.hack//G.U. 俺たちはココにいる 作:舞@目標はのんびり更新
かつてマク・アヌに置物と称される呪療士がいた。
何をするでもなく、日がな一日橋の上で景色を眺めているだけ。
しかし彼は唐突にログインをしなくなった。
所詮は互いのリアルも分からない環境だ。卒業したのだろうと人々は納得し、時間は流れていく。
その橋の上で、とある呪療士が置物と同じように景色を眺めていた。
たった1度だけ、呪療士はその置物の会ったことがある。置物の言葉は呪療士の心を動かすには至らなかったが、波風が立った。だからこそ呪療士は、再度この橋までやって来た。
「おんやぁ、めっずらしい」
ばみゅん、と独特の掛け声がして、呪療士の隣に双剣士が降り立つ。
「アンタがログインすんの、久しぶりじゃん」
ニタリ、と双剣士が笑った。
双剣士の名は「楚良」
呪療士の名は「ロアン」
これは、本来なら有り得ないはずの会合。
しかしロアンはこうしてログインし、楚良はマク・アヌにやって来た。
「ねーねー、何してんの? 教えてよ~」
しかしロアンは、楚良を一瞥するだけ。
口を開こうともしないロアンだが、楚良は気にしない。ロアンが無口なのはいつもの事だから。
「ほーんと、相変わらず。だんまり禁止~」
「………」
「ちぇー、いけずー」
もしここがフィールドだったら、ロアンは楚良にPKされていたかもしれない。だがそれでもロアンは気にも留めないのだろう。
ロアンは他者に何をされても、自分の事にすら基本無関心なのだから。
「んじゃあさ、アンタはどう考える?」
ずっと、楚良はロアンに聞いてみたかったことがある。
何が、とは言わない。楚良が言いたいことはロアンにも伝わっている。ただ言葉を発しないだけ。それが分かっているから、楚良も気にせず続ける。
「だってさ、怪しすぎじゃんwww」
ハセヲをグリ―マ・レ―ヴ大聖堂に呼び出したのも、ハセヲを恨んでいるPKKにタレコミをしたのも同一人物なんだろうと、楚良は疑っている。
それにハセヲにデータドレインを向けたあのPCのビジュアルは。
しかし、それを親切ご丁寧にハセヲに教えるつもりは毛頭ない。
ロアンもまた、それをハセヲに伝えない。
真面目過ぎるくらいに真面目。既にボロボロなのに、更に酷使して壊してしまっても構わないってくらいに他人の為に行動する。それがハセヲだ。
それはロアンにも、勿論楚良にも持ちえないもの。
もしも2人がハセヲに隠し事をしているのが露見したら、更にハセヲを追い詰めるだろう。それでも構わない。
楚良は「そちらの方が楽しそう」だから。
ロアンは「オーヴァンの思惑もハセヲの行動も関わるつもりがない」から。
「……楚良」
ロアンが言葉を発した。そのことに楚良は目を丸くする。
「スケィスのこと、どう思う」
ロアンの質問に、楚良はにんまりと笑った。
「僕ちんにとっては、どうでも良いよ。面白ければ、ね」
日課となっている志乃の見舞いから帰宅すると、珍しく母親がいた。
「あら、お帰りなさい亮くん」
「……母さん、帰ってたんだ」
母親の顔を見るのも何日ぶりだろうか。父親に至っては思い出せないくらいに顔を合わせていない。
「ええ。でも、すぐに会社に行かなくちゃ」
「また、しばらく泊まり?」
「……ごめんね」
「別に。もう夏休みだし。家のことは大丈夫だから」
素っ気なく答え、帰りがけに寄ったスーパーで買ったゼリー飲料を冷蔵庫に入れる。
「……ねえ亮くん、学校の成績は?」
(そういう事か)
どうやら母親がわざわざ帰宅した理由は、亮の成績をその目で確認したかったかららしい。
電話で報告はしたというのに、わざわざご苦労なことだ。
「……ちょっと待って」
2階の自室に戻り、学校指定の鞄に入れっぱなしにしてある成績表を引っ掴んだ。
「はい」
わざわざ階段の下で待っていた母に、成績表を渡す。
「……成績、少し落ちたんじゃない?」
どうせ、ゲームのやり過ぎだと小言を言うんだろう。
「ごめんなさい。来学期から気をつける」
しかし亮は、母親のヒステリーに付き合って時間を浪費するつもりはない。
「そう……? 亮くん、もう高校2年生なんだから……」
「分かってる」
「本当に……? ゲームを止めてくれる?」
ネットゲームを、止める?
あの世界から離れる?
無理だ、という言葉はとっさに飲み込んだ。
7年前。
亮が意識不明になった理由を、両親はウイルス性の麻痺疾患に罹ったと説明されている。
だから『The World』が原因とは知らない。しかしゲームのプレイ中に意識不明となったからと、この人は亮がゲームをするのをとても嫌がる。それとも単純に成績が下がったからか。
どちらの割合が多いのか亮には分からないし、興味もない。だが、FMDを取り上げられるのはとても困る。
「……ちゃんと、2学期になったら成績取り戻すから」
「亮くん……」
「ごめんなさい」
母の手から成績表を奪い取り、亮は自室に籠って鍵をかけた。
Ω闘争都市 ルミナ・クロス
アリーナ、つまり合法的にPKが許可された場所。
存在自体は知っていたが、今までここに来たことはなかった。八咫からのメールがなければ、わざわざ来ようとは思わなかっただろう。
「あれ? ハセヲ、こんなトコで何してるんだ?」
「ハセヲはよくアリーナに来るの? 参加したことは? あるの?」
なんというタイミングか、シラバスとガスパーと鉢合わせしてしまった。
ルミナ・クロスはサーバーメンテナンスが終了し、ようやく解放されたばかり。そのためにプレイヤーが集まっているのだろうが……何故鉢合わせするのだろうか。
「いや、ねーよ」
「ええ~? 本当に!? あの『死の恐怖』が?」
「PKKとアリーナバトルは関係ないでしょ (^_^;)」
「観客の見世物になってランク稼ぐなんて、俺の性に合わねぇし。……お前らはよくアリーナに来るのか?」
「そんなに来るわけじゃないよ。なんたって今日は……」
「あ! そろそろ、始まるんじゃないかぁ?」
「……タイトルマッチか」
「うん。行こ、ハセヲ」
何故か2人と一緒に紅魔宮のタイトルマッチを観ることになった。反対する理由も特にないので、溜息ひとつついて大人しくついて行くことにした。
アリーナには紅魔宮、碧聖宮、竜賢宮という3つのクラスがある。
今日は紅魔宮の
挑戦者は最近頭角を現したランカーだというが、そこまでアリーナに興味があったわけではないので詳しく知らない。
観戦を申し込むと自動的に転送されるコロッセオ。すり鉢状のステージに、大歓声と共に現れたのが斬刀士……宮皇のエンデュランス。誰ともパーティを組まずに常勝する宮皇。
「……あいつ」
それはエルディ・ルーで見かけたあの青年だった。
「彼は変わり者で、タイトル防衛戦以外では滅多に姿を現さないんだって」
そうしてタイトル防衛線が始まる。
数で劣る中、エンデュランスは挑戦者たちの攻撃を避け続ける。
「いつもこうなんだ。まずは相手に攻撃させるのさ。まるで何かを見極めるみたいに」
舞うように。コントローラーの操作だけで、あそこまで鮮やかに動くことが出来るものなのだろうか。
「……つまらないな」
エンデュランスの声がアリーナに響く。
「こんな戦いでは……『彼女』が退屈してしまうよ……」
長調ラ音が響く。
「これは……」
エンデュランスが光に包まれ……現れたのは。
「『誘惑の恋人』……マハ……!」
「どうかしたのか?」
横のガスパーの声も、ハセヲの耳に入らない。
「消えてくれ……キミたちはみんな、醜いただの人形だ……」
やけにエンデュランスの声が耳に残る。
そのままエンデュランスはマハの憑神で、挑戦者を一掃する。
あたかもエンデュランスが挑戦者をスキルで『瞬殺』していたかのように。
「すごかったねぇ」
「っていうか途中から、全然ワケ分からん、って感じ (-_-) あれが上級者の戦い方なんだよね、きっと」
「ハセヲは流石だなw ちゃんと判ってるみたいだし」
「そなの?」
「……あんなもん、戦いじゃねぇよ」
静かに、そうハセヲは毒づいて踵を返した。
「ちょっと……!」
「待っておくれよぉ!」
退席したハセヲを慌ててシラバスとガスパーが追いかけるが、ハセヲの知ったことではない。
慌てておいかけると、オーヴァンは闘宮の裏あたりで待っていた。
「……やあ、ハセヲ」
「やあじゃねぇよ」
「『三爪痕』。倒せなかったか……」
その言葉に思わずハセヲは唇を噛みしめた。
「どうやら、もっと強い『力』がないと、奴には勝てないようだ」
「………」
脳裏にメイガスの、マハの姿が嫌でもちらつく。
「闘宮でエンデュランスの戦いを見ただろう?」
「……ああ。あいつは一体」
ハセヲの知るマハ……いやミアはR:1ではあり得ない獣人型のPCだった。
だがミアは2年前。
「奴は満たされない想いを追い続ける者……。ある意味において、お前と同じだ。しかし、奴は……お前に足りないものを持っている」
「……なんだよ、それ」
「……その答えは、お前が1番よく知っているはずだ。……俺は、いつだって待っている。お前が――――」
「俺が……?」
「いや……」
「なんだよ?」
「……また会おう、ハセヲ」
「って、おい! 待てよオーヴァン!」
そう言い、オーヴァンがログアウトする。
「……チッ」
相変わらずの変人ぶりに舌打ちをする。
仕方なしにハセヲもログアウトしようとしたところ、背後から声がかけられた。
「ちょっと、アンタ……! こんなトコで何してんねん!?」
「お前は……望?」
「馴れ馴れしく話かけんといて。キショイわぁ!」
だが気弱そうな望と違って威勢が良い。どうやら姉の朔が今はPCを使っているらしい。
「……あ、判った! アンタもエン様目当てやろ! ダメ、許さへんよ! エン様はウ・チ・と赤い糸で繋がってるんやから!」
そして朔はエンデュランスの大ファンというわけだ。
「おーい! 急に走り出すからビックリしたよ」
「はふはふ~……ふぅぅ…… (-_-)」
わざわざシラバスとガスパーは、ハセヲの後を追いかけてきたらしい。更に人数が増えて、朔が眦を釣り上げた。
そのとき、壁からあの黒い泡が湧き出る。とっさにハセヲは警戒態勢を取った。またあの微生物のようなものが出てきたとき、すぐ対応できるように。
しかしそこから現れたのは、宮皇エンデュランスだった。
「エン様~♡ お疲れ様ですぅ♡♡ 今日もホンマ、最高の試合見さしてもらいました!」
あっという間にハセヲたちの存在を無視し、朔がエンデュランスに走り寄る。しかし、エンデュランスは朔の存在を気にも留めない。
「おいお前
「アンタ、何のつもりやねん!? エン様はアンタみたいなカスが口きける存在とちゃうんや! とっととそこどき」
エンデュランスの肩に乗る猫。まるで本物のように鳴く装備があるわけがない。
「随分と楽しそうじゃねえか。マハの力を使うのは、そんなに気持ちイイか?」
初めて、エンデュランスがハセヲを見た。
「……ふ~ん。キミにも『彼女』が視えたんだ。……だけどそれだけか。キミには『力』がない」
「なに?」
「『彼ら』を理解する心もない……。『視えた』ところで、大勢の中の1人には変わりない……」
ハセヲの頬にエンデュランスが触れてきた。
ざわりと、手袋越しの人肌の暖かさと……奇妙な冷たさが伝わってきた、ような気がした。
「キミは何もできないまま年を取って……。そして、死んでいくんだ……。可哀想に……かわいそう……カワイソウ……」
そんな哀れみを向けられて。ハセヲが黙っていられるわけがない。
だが怒鳴りつけるよりも先に。
真後ろに引っ張られるような感覚に襲われた。
「……へえwww」
「この俺に、『力』が無いって?」
その反応にエンデュランスは僅かに小首を傾げる。
「この俺が、カワイソウだって?」
「アンタ……!」
朔が怒鳴りつけようとして……出来なかった。笑い出したハセヲに気圧されてしまって。
「ククク……ヒャハハハハハハハハ!」
狂ったように、あらんばかりの嘲笑と侮蔑を込めて。
「なら教えてやるよ! アンタに、死の恐怖をさ!」
体感温度が数度下がった。
シラバスやガスパー……エンデュラスさえも、それを感じた。
冷気の中心部にいるのは、ハセヲだ。
「覚悟しとけよ、俺は波の先駆け、第一相『死の恐怖』だ」
先程までの大笑いが嘘のように、ハセヲはエンデュランスを見据える。
「テメエらをこの鎌で刻んで、十字架に磔にしてやるよ」
「……させない」
ハセヲとエンデュランスが睨み合い……先に視線を逸らしたのはエンデュランスだった。飽きたのか、疲れたのか、どちらかは分からないが。
「……フン」
エンデュランスがルミナ・クロスのネオンに消えていく。その後をすぐに朔が追いかけていった。
「ハセヲ……無茶だよぅ」
「エンデュランスに、喧嘩売っちゃった……」
2人の情けない声がして、ハセヲは
それから、台詞の意味を咀嚼し……ゆっくり息を吐く。
「……タイトルマッチは今日終わったばっかだし、次までにランクを上げる」
言葉が震えないように。異変を感じさせないように。
「簡単に言うなぁ (^_^;)」
「レベルも上げないとキツいよ? パーティも集めないと……」
「パーティ組むつもりないからいい」
「ええ~!?」
そう告げると、大袈裟にガスパーが驚いた。
「ハセヲ……パーティのメンバーが少ないと不利だって知ってるでしょ?」
「1対多数は慣れてる。下手な奴と組んで足を引っ張られたくない。……それに、あいつは俺の手でぶっ飛ばす」
幸いにして夏休みに入り時間はたくさんある。今からレベルを上げ、アリーナランクの1位になる。
そして、エンデュランスと戦う。
「でも……ガスパーは極度の上がり症でアリーナはとても無理だけど……僕なら協力するよ?」
おずおずと、シラバスが申し出てくれた。しかしハセヲは首を振る。
「……元々俺はソロプレイヤーだし、ロクな連携を知らない。パーティなんて組めるわけないだろ」
「そんなことないよ! ハセヲとパーティ組んでると、指示が的確でやりやすかったし……!」
「……エンデュランスだって1人だろ」
「……とにかく、メンバーが必要になったらメールしてよ」
「ああ、必要になったらな」
恐らくメールはしないだろうと思いつつ、ハセヲはログアウトを実行した。
電源を消して、ベッドに倒れ込む。
頭が酷く痛む。しかし常備薬を取りに1階に行くのも億劫で、仕方なしに目を瞑って堪える。
スマホの明かりですら毒だというのに、こんなときに電話がかかってきた。仕方なしにスマホに手を伸ばすが、呼び出し音は3コール目で切れてしまった。
発信者は……火野拓海。
「……ハァ」
このまま無視することも出来ず、すぐにリダイヤルをした。
「んで、何の用?」
『エンデュランスの試合は見たか?』
「CC社は、エンデュランスの
『仮に、したくても出来ないのだとしたら』
「……止められないってことかよ」
なら、正攻法でエンデュランスを宮皇の座から引きずり下ろすしかない。
拓海はハセヲで闘宮に挑戦してもらいたくて、タイトルマッチを見せたのだろう。そしてその思惑にハセヲは乗ってしまった。
「なら、クーンとパイは?」
『彼女たちは既にパーティを組んで、アリーナに挑戦してもらっている』
「あっそ。俺は保険ってわけか」
『むしろ、君が本命だ。……期待しているよ』
「そーかよ。ならせめてハセヲを戻してくれよ」
武器の使い分けも出来ないし、何よりレベルが低い。どうせ闘宮ではレベル調整されるから、ハセヲのレベルが133まで戻っても問題ないはずだ。
『それは出来ない』
だというのに、拓海に拒否される。
「はぁ? 何でだよ」
『ハセヲのPCにはスケィスの因子が癒着している。外から手を加えることは不可能だ』
「あーそーかよ」
あのレベルがあれば確実にタイトルマッチまで進めたというのに。
いい加減頭痛が酷くて、通話を切った。
(……言う必要は、ない)
震える体を抱き込み、頭を埋める。
このままでは、いずれハセヲは乗っ取られるだろう。
「……いい加減、大人しくしてろよ」
――――やなこった。
内に潜む死神が、嘲った。