.hack//G.U. 俺たちはココにいる 作:舞@目標はのんびり更新
7年前。
初めに言い出したのはBTだった。メンバーアドレスを持っているのはBTしかいなかったから、逆を言えばBTが言い出さなければ、誰も知らないままだった。
「……そういえば、最近楚良と連絡が取れない」
司がリアルに帰還した。
昴は毎日車椅子を押しながら面会に行き、ベアもリアルの手続きで忙しい。
BTやクリムも己の生活があり、一連の事件がひと段落したのもあって集まる機会がなかった。ログインの回数すら減って、いちいちログインしているかどうかの確認すらしなかった。
だから、気付くのが遅れた。
楚良が常に
楚良はソロプレイヤーだ。常にパーティを組んでいるなんてあり得ない。
だというのにパーティに誘えず、ショートメールもエラー表示で送れない。
「……それって」
司と昴の話では、楚良は
もし楚良が、そのままモルガナに捕まってしまっていたら。司と同じ状態になってしまっていたら。
「おいおい……まさか」
「……調べてみる価値は、ありそうだな」
そうして調査してみると。
その患者は小学4年生、僅か10歳の少年だった。これにはある意味、司が女性だったとき以上の衝撃を受けた。
それを知ってBTは「通りでガキっぽかったわけだ」と納得し、クリムも同意した。大人ぶろうとしている子供に子供と言ったら、そりゃあムキになるに決まってる。
カイトというプレイヤーの活躍で死神が倒されても少年は昏睡状態のまま。
少年も奇跡的に回復したのは、
それを知って、ベアとクリムは少年が入院している病室を訪れることにした。そこで2人は、少年の扱いを知った。
初めのうちは両親も見舞いに来ていたという。
しかし子供が目を覚まさないと分かると、2人共徐々に仕事に復帰し、病院への足は遠のいた。
目を覚ましたと連絡をした時も、その直後には来院したがリハビリは看護師任せ。今はもう顔を見せることすらしない。
子供の方も、親が忙しいことに理解を示し寂しがる様子はないらしい。
司は親に虐待を受けていた。
そして楚良は。
「……友達が、見舞いに来たこともないそうだ」
「……そっか」
ノックをすると、少しの間があった。きっと見舞いに来そうな人物をリストアップしようとして……失敗したのだろう。
ベッドの上で上体を起こした子はまるで、世界の全てを諦めたかのような、凪いだ目をしていて。
「……どなたですか?」
看護師の話では、後遺症として一部の記憶が欠落しているらしい。特に入院する半年から1年前の記憶が酷くあやふやで、その間に知り合ったのだとしたら期待しない方が良いとまで言われた。
だがそれでも構わない。あんな目で世界を眺めているだけの子供を、放置しておけるわけがなかった。
Δかそけし 赤誠の 怠け者
「私、経験値稼ぎって、その、あんまり好きじゃないんです」
アトリに冒険に誘われた。アリーナのこともあって付き合う暇などないはずだが……何故かハセヲはその誘いを無視することが出来なかった。
だがエリアに来て、すぐに後悔する羽目になる。
「数字ばっかり気にかけて、周りのステキなもの、見えなくなっちゃうでしょ? そんなの、なんだか勿体ないじゃないですか」
「………」
弱いモンスター。わざと遠回りして、ゆっくり歩くアトリはラッキーアニマルすら見逃す始末。
前回より酷くなっている。
リアルで、ハセヲは頭を抱えた。
それがアトリのプレイスタイルなのだろう。のんびりとフィールドを眺めるだけ、というスタイルを否定するつもりはない。つもりはないが……今のハセヲには苛立たせる要因にしかない。
「……アリーナとかは? 最近、メンテ終わっただろ。行かないのか?」
それでも、ハセヲは深呼吸を繰り返し冷静を保とうとする。
試しにハセヲにとって最近の懸案事項の話題を振ってみたが……すぐに失敗を悟った。アトリが、アリーナを好むわけがなかった。
「行きません。人を倒してランクを稼ぐなんて……私、はっきり言ってキライです」
「……そうか」
「ハセヲさんは……、人に勝つことが好きですか?」
「何言ってんだよ。キライなヤツなんかいないだろ」
「私は……キライです。っていうか、勝てた試しがないんだけど。でも、いつも負けてるから、負けたときの辛さは判るんです」
つまりアトリは勝てないから、勝負を避けるようになったのだろう。負けるのが嫌だから、相手に辛い思いをさせたくないからと言い訳をして。
ハセヲだって負けるのは辛い。だから勝つためにレベルを上げ、装備を整え、無謀なレベルで『痛みの森』に挑戦した。
そうして出来上がったのが、レベル133の『死の恐怖』。
それでも勝てない相手はいた。
例えば『殴られ屋』、そして『三爪痕』。
全ての努力が無為に終わったときの絶望を、アトリは知らないのだろう。その前に全て諦めてしまっているから。
「この場所、私が始めたばっかの頃、クエストに使われたエリアなんです。タイムアタックのクエストだったんだけど、私、こんな性格だから、断トツのビリで……。みんなにすっごいバカにされちゃったんです。それ以来、競争とかのイベントには参加してません……」
そのクエストがパーティかソロかは分からないが、ソロだとしたら参加したアトリが間違っている。そもそも呪療士はソロ向きではないのは自明の理。それでも挑むならステータスをきっちり上げた上で道具を使って攻撃技も覚えるべきだ。しかしアトリがそこまでした様子はない。
仮に野良パーティで挑んだとしても、それはリーダーの指示が悪かった。アトリが戦闘向きでない性格なのは少し付き合えば分かる。それを踏まえた上で指示を出さなければいけない。それがリーダーとしての責任だ。
だから一概にアトリの所為ではないのだが、そのチームは成績が悪かった理由をアトリ1人に押し付けた。
だが、その1回でアトリはトラウマになってしまった。勝負事を忌避し、『月の樹』の宗教にのめり込む程に。
「だから、アリーナも嫌いってわけか?」
「アリーナだけじゃない。人よりレベルを上げて……人より良い武器を求めて……。その先にあるのはなんですか? 『力』を誇示して、相手を打ち負かして、そこから何が生まれますか?」
「……RPGで強くなりたいってのは、当然の欲求だろ?」
ゆっくりと深呼吸をする。
嫌ならそもそもプレイしなければいい。他者とリソースを奪い合うゲームではなく、もっと牧歌的なゲームが世の中には沢山ある。だけれどそれを選択しなかったのはアトリ自身だ。
そんな選択肢すら与えられなかった
「だけど、ハセヲさん……それだってゴールはないんですよ!? ちょっと立ち止まって、足元に咲く花とか、綺麗な景色とか……そんな『The World』の出会いを楽しむことだって、とっても大切なことだと思うんです!」
「……『出会い』? 『立ち止まって』?」
出会いを楽しむ余裕も、景色を楽しむ暇もハセヲにはないのに。
何のためにハセヲが我武者羅に戦い続けているのか知らないクセに。
「ハハハ……無理、限界」
「ハセヲ、さん?」
だから、ハセヲの事情を何も知らないで綺麗ごとをのたまうアトリを、思い切り唾棄してやった。
「バッカじゃねぇの、お前?」
「!?」
「こんなもの……」
錬装士の強みは様々な武器を使い分ける器用さ。しかし今のハセヲは双剣しか使えない。
「こんなもの! こんなものっ!」
その双剣を、破壊不能な柱のオブジェクトに叩きつける。
何度も、何度も。
「いいか! こんなもん、ただのデータなんだよ!! ポリゴンにテクスチャー貼っただけの、ただの
「ハセヲ、さん……」
「いいか、この世界で
突然怒声を上げたハセヲに、アトリは言葉を失った。
僅かに怯えの色が見えた気がして……ハセヲは表情を歪める。
「人より強くなって、相手を打ち負かす! それだって世界の楽しみ方だ! それのどこがいけないんだよ! どこが悪いか言ってみろよ!!」
「そんな……!」
多様性を受け入れろ。
自分の楽しみ方を他者に押し付けるな。
「……帰れ」
「え?」
「2度と俺の前に姿を見せるな!」
ありったけの呪詛を込め、アトリを怒鳴りつける。
だというのにアトリは何度もこちらを振り返り……まるでハセヲを気に掛けるかのように走っていく。
転送ゲートへ走っていったアトリの背中が完全に見えなくなってから、ハセヲは大きく息を吐いた。
「……クソッ」
立ち止まっている暇なんてない。負けることは許されない。
それは今のハセヲの立場を揺るがすもの。だからアトリの言葉を受け入れるわけにはいかないのだ。
もし次、また『三爪痕』に負けたら。
前回は初期ステータスに戻されるだけで済んだ。けれど次また敗れたら。
志乃を、助けられない。
それだけでない。
ハセヲというPCがロストしてしまえば。
データドレインの所為でスケィスが目覚めた今、待っているのは。
「……あ」
その考えにようやく至りかけたところで。
「いーけないんだ、いけないんだ」
そんな嘲る声が聞こえて、思考が霧散する。
「言いつけてやろっかな~」
全身を黒い衣装に身を包んだ双剣士。R:1時代と変わらないエディット。
そのプレイヤーを、ハセヲは嫌という程知っていた。
「楚良……」
「ハジメマシテ」
にたり、と幽鬼が笑った。
楚良は、ハセヲの前世。
ハセヲは、楚良の来世。
7年前に現実に帰還した
本来なら交じり合うはずのない人格。同一人物なのに何故か分かれてしまった半身とも言うべき存在。
「……確かに、初めまして、だな」
楚良が『R:2』にも出没しているのは知っていた。何せ自分自身の事だ。朧気ながら知覚していた。だから楚良が好みそうなエリアワードは徹底的に避け、楚良もハセヲに接触しようとしなかった。
だというのに何故、今更。
「でしょ? 僕ちん、挨拶出来るイイ子なんだw」
「ハッ、テメエが?」
「そそ。仲間にしとくとお得よ~」
「裏切るのに?」
「持ち味だからwww」
「熨斗付けて返品してやる」
軽口の応酬をしているだけなのにノイズが走り、
楚良のリアルはない。現実に帰還できなくなり、この世界に留まることで存在を保てる幽鬼。
だから同アカウントと数えられることもないというのに、何故か視界にバグが発生する。
だんだんと目の前に
「ねーねー、あの子……殺していーい?」
その問いに、冷や水を浴びせられた。
「駄目だ」
「どーして。あんなにウザい子なのに?」
「……それでもだ」
アトリのことは正直そこまで好ましいとは思ってない。PCの外見云々よりも、その思想故に。
だけれども、ハセヲはアトリを見殺しにすることは出来ない。
楚良は気分次第で言動を決める。奔放に、自由に世界を駆ける。
みっともなく地を這い岩に齧り付くハセヲとは違うのだ。
そうだと思えば、いつの間にかノイズも収まってきた。
「……ふ~ん」
楚良も、いつもの人を喰ったかのような笑みを引っ込める。
「ま、いっけど」
「それで、PKが何の用だよ。PKKに恨みでも晴らそうってのか?」
「アハッwww そんな事に興味な~い。どーせ、どっちも人殺しに変わりないじゃんw」
「違いねえ」
所詮は同じ穴の貉。ハセヲとてPKKが正義だなんて微塵も思わない。ただ三爪痕がPKだと信じて、PKを狩っていたらPKKになっただけ。
しかしそこに快楽は見出せない。PKすら自分が楽しむ為だと宣う楚良とは違う。
それは当然の事だ。
そうでなければ、
「……ほ~んと、損な奴」
だから、楚良は嗤った。
さっさと割り切ってしまえばいいのに、変に真面目だからハセヲは深みに陥る。自ら底なし沼に飛び込んで、助けを求めずに蹲るだけ。
「あ?」
「ま、いーや。オレには関係ないことだしねw」
「……ところで」
「ん~」
「さっき言ってた……言いつけるアテ、あるのか?」
「………」
「………」
「……それ、突っ込むの野暮じゃない?」
「いないんだなw」
「アンタだって人の事言えないでしょ」
溜息が揃った。