.hack//G.U. 俺たちはココにいる   作:舞@目標はのんびり更新

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本日は「旅の日」、松尾芭蕉が奥の細道に旅立った日らしいです。


……これは投稿するしかないじゃないですか。


1-8

トーナメント予選最終日。

本当にギリギリで、ハセヲは上位16チームに滑り込むことが出来た。これでエンデュランスへの挑戦権を賭けた本選トーナメントに出場できる。

CC社からの通知に従い、アリーナ受付で登録を済ませる。メンバーはアトリとシラバスで登録。とはいえリーダーさえ同じならメンバー交代は可能とのこと。

「トーナメントに選抜されたんか?」

「まぁな」

わざわざハセヲが受付に来るのを待ち構えていたのだろう、朔望が話しかけてきた。声は同じでも、口調が違うので判り易い。

「ふん、アホやなあ……。アンタのせいで、苦しむモンがおることも知らんと……w」

「わざわざ忠告しに来てくれたのか。優しいんだなww」

「バァカ! ンなワケあるかい! 精々自分が疫病神やということ自覚しぃ!」

PCの外見通り、中身は子供なのだろう。煽られ返れ、逃げるようにログアウトした。

「……疫病神、か。知ってるさ」

 

ハセヲは死神(スケィス)に好かれている。

そんな事、言われなくても分かっている。

 

登録も済ませたので、レベル上げに勤しもうとカオスゲートを目指したところで、シラバスからショートメールが入った。

 

 

 『相談したいことがあるんだ。

  マク・アヌの中央区まで来てくれないかな?

  実は今ショップを開いてるんだけど……。

  とにかく、ハセヲに急いで来てほしいんだ。

  急なお願いでゴメン!』

 

 

無視することも出来た。

しかしわざわざ送ってきたメールを無碍にも出来ない。どうせルミナ・クロスからフィールドには転送できないため、マク・アヌを経由しなければいけない。なのでギルドショップに行くのも手間ではない。

 

ルミナ・クロスのプラットホームからマク・アヌを選択する。数秒視界が白く染まれば、あっという間にマク・アヌだ。

「よお、ハセヲじゃないか!」

どうやらクーンはたまたまログインしてきたばかりらしい。取り巻きらしき女性や、パイの姿もない。示し合わせたわけではないが、何という偶然だろう。

「今日は1人なのか?w」

「たはは……(^^;) あの事は、頼むからパイには内密にしてくれ」

「分かってるって。そもそもやり取りしてねえし」

顔合わせの後に業務連絡のメールは来たが私信は全くなし。ハセヲもわざわざ友好を深めようとは思わない。メンバーアドレスすら一度も使ったことがない。

「ああ……パイは、いつも忙しく飛び回ってるからな。本職はCC社のプログラミングとかエンジニアとか、そっち系みたい。俺、『G.U.』入りにあたってパイに面接されたんだけどさ、結構美人だったよ」

「ふーん」

ということは、いずれハセヲも会わなければいけなくなるのだろうか。八咫(拓海)とは既に顔見知りだが、どこまでパイに話しているのかは分からない。その辺りのすり合わせも必要か。

「あー……ところで最近、シラバスとガスパーは元気か?」

言いにくそうに、クーンが切り出す。成程、偶然ではなく必然だったらしい。

本選出場の通知から登録締め切りの日にちは調べれば分かる。クーンは、夏休み期間中の高校生(ハセヲ)なら通知が来て速攻で登録し、レベル上げに勤しむだろうと賭けたのだろう。まさか、ハセヲがログインしたら通知が来るようにしていたのではないと思いたい。

「実は……メールしても返事がないから、心配してるんだ」

「ガキじゃないんだから、放っとけよ」

「……そう、なんだけどなぁ」

肩を竦めてみせると、それでもクーンはぽりぽりと頬をかき迷いを見せた。

「……シラバスとマク・アヌの中央区で待ち合わせをしてる。来るか?」

「あ、ああ。そうだな!」

ハセヲの提案にクーンは頷き、ハセヲを置いていく勢いでドームを飛び出した。

「あ、おい! クーン、待てって……!」

だがクーンは、ドームを出てすぐの大通りで足を止めていた。

 

そこからは中央区にあるギルドショップの露店が一望できる。だからクーンは異変にすぐ気付いてしまった。

PCたちで賑わいを見せるエリア。そこの一角に不自然な空白が出来ている。その場所はカナードに提供されている露店だということが、クーンにはすぐ分かってしまった。

 

「……クーン!」

背後からハセヲに名を呼ばれ、クーンは肩を震わせた。

「……行ってやってくれ」

「……ああ」

走り出すクーンと対照的に、ハセヲの足取りはゆったりとしていた。

 

 

 

ハセヲが露店に着いたとき、店番をしていたガスパーがクーンに抱き着いて泣いていた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ~ん!」

「一体どうした? 何があったんだ、ガスパー」

「みんなが……何も買ってくれないんだ……買うとPKされるからって……」

「PK!? 何だよそりゃ!?」

「……シラバス」

ハセヲが、ガスパーの隣に佇むシラバスに尋ねる。

「えっと……」

「言えよ。……それとも、俺には言えない話か? それなら帰るぜ」

「待ってよハセヲ!」

メールを送っておいて相談できないというのなら、ハセヲに用はない。本当に踵を返すと、シラバスが慌てて言葉を紡いだ。

「違うんだ、違うんだよハセヲ。……実は……ハセヲが、アリーナに参加した頃から、ずっと嫌がらせをされていて……」

「……誰に、っていうのは分かってるのか?」

「前に、ハセヲを狙ってた『ケストレル』のPKたちだよ。最初はショップを出してる僕らをバカにするぐらいだったんだけど……でも、だんだん、ひどくなってきて……。最近じゃ、僕たちと取引した人にまで、手を出すようになって……」

「酷いな……だから、誰も側に寄ってこなかったのか」

「どうして、俺に言わなかったんだ」

名義のみとはいえ、ハセヲは『カナード』のギルドマスター。ギルドで起きたトラブルには対処する義務がある。けれどシラバスは、ガスパーもハセヲ(ギルドマスター)への報告を怠った。

 

だから、ハセヲは何もしなかった。助けを求めてこないということは、ハセヲ(ギルドマスター)にそこまでを求めていないのだと判断して。

(所詮、シラバスやガスパーにとってハセヲはその程度ってことなんだろう)

 

「だ、だって……ハセヲ、アリーナで頑張ってるし……」

「う……ひっく……余計な心配……か、かけたくなくて……」

「何度も頼んだんだよ。もう、こんな事しないでって……。でも、「ハセヲに手を貸すからだ」って笑われるばっかりで……」

なら、ハセヲを切り捨てれば良かったのに。

ハセヲをギルドから追い出して、無関係だとアピールして、ハセヲを嘲笑うアピールでもしておけば、『ケストレル』は手を引いただろう。

下手に庇い立てするから、被害が大きくなった。

「もう、どうしたらいいか判らなくなっちゃったんだよぉ! うわぁぁぁん……っ!」

「……ったく」

店にカーソルを合わせ、閉店を選択する。どうせこの様子じゃ店を開けたところで売り上げは見込めないし、精神的にも無理だろう。

「……ああいう連中は、泣き寝入りしたらますます調子乗るんだぞ」

ハセヲならやり返す。例え打ちのめされても、連中に齧り付き叩きのめすまで諦めない。

だから泣き寝入りなんて絶対にしない。

「それは、そうだけど……」

けれどシラバスにはそれが出来ない。ガスパーも。だからこうして惨めに泣きつくしかない。

「……話は判った。俺が『ケストレル』のマスターに会って、話をつけてこよう」

「あの……“がび”に? 会ってくるんですか……?」

「ああ、行ってくる。だからガスパー、もうそんな悲しい顔するな、な?」

「クーンさん……」

「……チッ。おいクーン、俺も連れていけ」

これはハセヲ(カナード)に売られた喧嘩だ。

『ケストレル』が狙っているのはハセヲだ。だが榊に釘を刺され直接狙うことが出来なくなり、作戦を変更したのだ。

だからハセヲが落とし前をつけるべき。しかし、ハセヲには『ケストレル』への伝手はない。どうやらそれを持っているクーンに頼るしかなさそうだ。

それにハセヲが矢面に立てば、クーンは第三者のままでいられる。

「これ以上、『ケストレル』のクソ団員に好きなようにされるなんざ、御免だからよ」

「ハセヲ……」

「う、ひっく……ハセヲぉ……」

(だから泣くな、縋るな)

2人はただ巻き込まれただけ。もっとハセヲを責め、詰ってもいいのに。

「喧嘩しに行くんじゃないぞ。あくまで話し合いだ、いいか?」

「判ってるよ」

「ギルドマスターの言葉はメンバー全員の言葉。ギルドマスターの行動はメンバー全員の行動だ。ギルドマスターっていうのは、単なる名前じゃない。メンバー全員に対する責任の名前なんだ」

「……判ってるって」

だからハセヲは行くのだ。

ハセヲはシラバスとガスパーに、たった2人のギルド団員に迷惑をかけた。だから『カナード』のギルドマスターとして赴く。そうすれば被害はハセヲ(『ギルドマスター』)へと集約されるだろう。

 

 

 

 

 

 

 Δ嘲笑う 必衰の 帝国

『ケストレル』程の巨大ギルドには、CC社から専用エリアが与えられる。

ギリシャの神殿を思わせる建造物が乱立する荒野のフィールドに入ることが出来たのは、クーンが持つ『ケストレル』のギルドキーのお蔭だ。

「これが本部……オリジナルモデルか。へえ、随分な優遇のされようじゃねぇか」

このようなフィールドを、ハセヲは見たことがない。『ケストレル』にのみに与えられたグラフィックらしい。

「ここはさ、単なる集会所として使うことも出来るんだけど、マスターの意向でモンスターを配置して団員の訓練所にすることも出来るんだ」

「ふーん」

かつてハセヲが所属していた『黄昏の旅団』や、弱小ギルド『カナード』には縁遠いフィールドだ。

「ガスパーは本当に『The World』が好きなのに。……今回は相当ショックを受けたみたいだった。ギルドマスターの“がび”にはメールを送ってるから、奥で待ってくれてるはずだ」

「おや~? ケストレルを退団したお方が、今更何の用だい?w」

わざわざ待ち構えていたのだろう。ボルドーがいつもの通りネギ丸とグリンを引き連れてやって来た。だが今回の標的はハセヲではなく、クーンだ。

「そうなのか?」

「そこのお方は、恐れ多くもケストレルの副団長サマさ!」

関係者なのは判っていた。そうでなければギルドキーを持つことはないからだ。だがまさか副団長だったとは。

「あー……ギルドの運営方針で、意見が食い違ったから抜けたんだ」

気まずそうに、クーンが頬を掻く。

「それはともかく……『カナード』に対する嫌がらせ、即刻、やめてもらおう」

「『カナード』~? 知らねぇなぁw おい、お前ら知ってるか?」

「知らないっすねぇ~w 待てよ……この前いじめたチビの獣人が、そんなギルドに入ってたっけ?」

「あぁ、あのトロそうな奴かい? ちょっと脅かしたらグズグズ泣き出しやがって……面白かったよなw」

「テメーら……」

コントローラーを握りしめ、腸が煮えくりかえるのを耐える。

今のハセヲはギルドに押し掛けた客分。ここで暴れたら、それこそ『カナード』は潰される。

(……落ち着け)

だから深呼吸をして、ハセヲはあえて嘲笑を浮かべた。

「んで、テメーらは弱い者苛めだけで満足してるってわけだwww 俺に手が出せないからって、随分セコいやり方じゃねえか」

「ッ……!」

逆にボルドーがこちらに危害を加えたら、ギルドマスターの客に手を上げたと『ケストレル』の中でも立場が悪くなる。

必然的に口での応酬になるが、こちらはハセヲに分があるようだ。

しかし、乾いた音が水を差す。

「ん? 続きはもう無いのか(^ω^)」

石造りの階段の最上段。玉座に座る巨体が立ち上がった。

「……久しぶりだな、“がび”」

「おう! 久しぶり!!」

ハセヲが最初確認したとき、あの玉座は空だった。ボルドーに気を取られていたとはいえ、“がび”のログインに気付けなかった。

時折掲示板の質問コーナーに出没する姿から、てっきりひょうきんなオヤジという姿をイメージしていたが……『ケストレル』の長という肩書は伊達ではなさそうだ。

「……で、改まって何の話だ?」

「用件はメールに書いた通りだよ」

「うむ! 自慢じゃないが、俺は三行以上のメールは読まない主義だ!」

「………」

「どした?」

「あぁ、あぁ、そうだよな! お前ってそういうヤツだったよなorz ……ほんと、嫌ンなるくらい変わってないな」

「お前もな!! ガッハッハッハ!!」

豪胆、悪く言えば大雑把。この様子ならハセヲが多少乱暴な口調でもすぐには切り捨てられないだろう。そう踏み、クーンとの間に割り込んだ。

「おい、そこのケモノオヤジ! こっちはそこのギルドメンバーに迷惑してんだ。どう落とし前つけてくれるんだ?」

少しでも冷静さを欠いてくれたら儲けもの、と考えたが“がび”の奔放さはハセヲの上をいった。

「PKしたい奴はすれば良いんじゃないか? PKKしたい奴もすれば良い! 死にたくなければ逃げれば良い! それも『The World』だ!!」

「なら、テメエんとこのギルメンに報復するのも自由ってことだな」

『ケストレル』と『カナード』が争っても、『カナード』が勝てるわけがない。ハセヲのかつてのレベルがあったとしても『ケストレル』5000人を相手にすることは不可能だろう。

しかし、これがハセヲとボルドー個人となれば違う。“がび”に嫌がらせを止めるよう頼むのは早々に諦め、ハセヲはギルド同士の抗争ではなく個人の諍いレベルまで落とすことにした。“がび”の前で『カナード』への手出し無用を宣言させる。それだけでいい。

「その通り! ただし、退屈はいかん! つまらんオチしか用意できんのなら!」

玉座から瞬時に移動した“がび”が、大剣の刃をボルドーの首に宛て、空の手で己の首を掻き切る仕草を見せた。

そのジェスチャーの意味は、万国共通だろう。

「……ハセヲ、今度の『紅魔球』トーナメントに参加するんだろ?」

ボルドーの声が震えているのは気のせいだろうか。

「……ああ」

「実は、私たちもトーナメントに参加するんだけどさぁ。一回戦の相手の名前、ハ・セ・ヲっていうんだよ。ほんと、奇遇だよねぇw」

「……そいつは、本当に奇遇だなw」

自分がトーナメントを参加するのに必死で、他チームの情報を集めることも出来ていない。だから相手がどんなチームかすら知らなかった。だからこの通告は有り難いし、好機でもある。

「PKも、PKKも、所詮は戦闘マニア。高尚な口約束なんてガラじゃないw だからさぁ、トーナメントで白黒つけようじゃないか」

アリーナという場所なら決着も白黒はっきりつけられるし、証人が大勢いる。約束を反故にされることもないだろう。

「ボルドー!」

「っ、はい?」

突然名を呼ばれ、ボルドーは肩をびくつかせた。

「勝つのか?」

「あ、当たり前ですよ!」

「約束したな?」

「えぇ……」

「約束は守られてこそ約束! 敗れたときは……判っているな?!」

「はい!」

どうやらその『約束』とい言葉は、『ケストレル』の中では非常に重い言葉らしい。わざわざ“がび”の方から持ち出してくれるのは有難い。

「俺が勝ったら……二度と『カナード』に手を出すなよ」

「も、勿論だ……行くぞ! ネギ丸、グリンっ! トーナメントまでもう時間がない……!!」

「ボルドー!」

ルートタウンに戻ろうとして、“がび”に呼び止められボルドーは足を止めた。

「はい……?」

「美しい。追い詰められた今のお前は……」

「は、はい……!」

声のトーンが僅かに上がる。ボルドーは俺から見れば粘着質の面倒なPKだ。でも“がび”を素直に慕っている意外な一面もあるらしい。

だが、ハセヲには関係のないことだ。

 

 

『カナード』への妨害を止めさせる。その為にはハセヲがボルドーに勝たなければいけないが、この程度は想定内だ。下手をすればPK100人斬りの再現をしなければいけないかと覚悟していたところを、ボルドーたち3人相手で済むのだ。

問題はレベル差だが、これはもう睡眠時間を削るしかない。

「おい、何暗い顔してんだお前ら。いいじゃねえか、奴らをトーナメントでぶっ潰せば全部解決するんだぞ!」

だというのに、ガスパーとシラバスの表情は晴れない。

「……そんなんじゃ……ないんだよぉ」

「じゃあ、どんなだ!? 何が問題なんだよ!!」

「だって、だって……こんなの、おいらが知ってる『The World』じゃない……」

たどたどしく、ガスパーが言葉を紡ぐ。

「おいらの知ってる『The World』は……みんな、ニコニコしてて……おいらが手を振ると、全然知らない人でも手を振り返してくれたりして……あそこで店番してるだけで、みんなが行ったり来たりしてるの見るだけで……それだけで、嬉しかったりして……気付いたら笑顔になったりして……」

「ガスパー……」

「でもおいら、分かんなくなっちゃった……。どうやって笑ったらいいか、分かんなくなっちゃった……。……だって。……『The World』が楽しくないよ……。……『The World』が楽しくないんだよぉ!」

ガスパーの言葉に、ハセヲは息を呑んだ。

 

ガスパーは、当然シラバスも「楽しい」から『The World』をプレイしている。ログインしなければいけないハセヲ()とは違う。

そんな当然のことを、ハセヲは忘れていた。

 

楽しむ、なんて感情は志乃が殺されたときに切り捨てたものだから。

 

「……わりぃ、俺が言い過ぎた」

ハセヲとガスパーではスタンスが違う。だから、どんな言葉をかけていいのかも分からない。

それに、ハセヲよりも付き合いの長いシラバスの方がガスパーも安心するだろう。

「シラバス、ガスパーの事を頼む」

「うん、しばらくガスパーについてるよ。アリーナには出られないかも……僕もショックなんだ……ごめん」

「気にすんなって。……後は、頼んだ」

だからハセヲは@ホームを後にした。あの2人にハセヲが割り込むことは出来ないから。

「ハセヲ!」

フィールドでレベル上げをしようと転送装置を作動させたところで、クーンが追いかけてきた。

「お前の気持ちは判るが、今回は辞退した方がいい。これは言ってなかったが……」

「なあクーン」

クーンの言葉を遮って、ハセヲは続ける。

「ここって、ただのゲーム。ハリボテの世界なんだぜ」

その気になればいつでもログアウトできる、仮想の空間。誰もがリアルを切り離して、好き勝手動いている。それはハセヲも、クーンも変わりない。

だというのにガスパーは。

「ガスパー……本当に泣いてたんだ。嫌なら、辞めちまえばいいだけなのに」

「ここで……『The World』でしか出来ないこともある。ハセヲだって、それが判ってるから、続けてるんだろ? 簡単にただの、とか言うなよ」

『The World』の特異性。それをハセヲは身を以て体験している。けれどそれを知るのは極僅か。

その他大勢にはたかがゲームでしかない。

 

「だから『カナード』を抜けたのか?」

 

クーンが『カナード』を大切にしている。そうでなければガスパーたちを気にかけたり、『ケストレル』の“がび”に対話を申し込んだりしないはずだ。

そしてシラバスやガスパーも、クーンを慕っている。

 

「………」

「なあクーン、『カナード』のギルドマスターに戻れよ」

「ハセヲ、それは……!」

「噴水広場で、ガスパーが最初に頼ったのは俺じゃなくてお前だった」

ハセヲは所詮お飾りのギルドマスター。名だけの役職とはいえ義務は果たすが、ギルドメンバーの信頼までは得られない。

それが与えられるのはハセヲではなく、クーンだ。

「それに、俺じゃ結局巻き込んじまう」

クーンが危険に晒すまいとせっかく脱退したのに、ハセヲが入ったのでは意味はない。ただでさえPKから恨まれ、こうして報復を受けているのに。

「……ハセヲ」

クーンとて、ハセヲが『ギルドマスター』という役職に嫌気が差しての発言とは思っていない。シラバスとガスパーがこれ以上巻き込まれないように、傷つかないようにするための発言だということは判っている。

だから困惑しているのだ。

 

クーンは一方的にだが、ハセヲがデータドレインを受ける前のから知っている。

その頃から危うい印象を受け、だからシラバスたちにハセヲを気にかけてもらうよう頼んだ。

しかし実際に会い会話してみると、ハセヲは荒っぽさはあるものの意外と理知的で、冷静だった。そして危惧した通り、他者を排除しようとする。伸ばされた手を全て払い除け、独り修羅の道を歩く。

その姿があまりにも痛々しくて、どうしてもクーンはハセヲを放ってはおけなかった。ここでクーンが頷いたら、ハセヲは『ケストレル』との件が終わればまた独りとなってしまうだろう。

 

「悪いけど俺は、『カナード』に戻るつもりはないよ」

「ガスパーは、アンタを慕ってる。勿論シラバスも……」

マク・アヌの中央区で、ガスパーはクーンに抱き着いた。それもそうだ。先に駆け付けたのはクーンで、ハセヲは後からやって来たから。もし先に来たのがハセヲだったら、ガスパーはハセヲに抱き着いていただろう。そうさせたのは、外ならぬハセヲ自身。

「……それじゃあ、意味がないんだ」

「意味?」

「俺はな、ハセヲにもっと『The World』を楽しんでほしいんだ。だから俺はあいつらに……いや、何でもない。今の話は聞かなかったことにするよ」

ハセヲの頼みはなかったことにされた。ログアウトしたクーンを見送り、ハセヲもまたログアウトを実行する。

「……楽しむ、か」

 

そもそも何のために『ハセヲ』が『The World』にログインしたのかも、実はあまりよく覚えていない。

少なくとも『R:2』を楽しむわけではない。何かの衝動に突き動かされ、いつの間にかキャラクターのエディットを決定していた。

 

そして、『死神』は現れた。

 

7年前に解放されたと思っていた。思い込んでいた。

しかし死神はあっさりと目の前に現れ、嘲笑った。『The World』に留まっている楚良ではなく、あえてハセヲを依り代に選んで。

そうして、ハセヲを通り越して三崎亮に手を伸ばした。

 

「でも、俺にはどうでも良い話だ」

確かめるように呟き、ハセヲはCC社からの通知メールをクリックする。

 

 

ジョブエクステンド。

錬装士の特権が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

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