たきなと一緒に左遷されたリコリスが飯を食べる話 作:ケーズ雷電
切った張ったの世界の住民が美味しいもの食べてる姿が好きなので書いてみた
おいしい焼きおにぎりの作り方。
和風だし、みりん、醤油、ごま油を混ぜたお手製タレを、ごはんに混ぜ込み形成。
こうしてできた7個の三角型おにぎりをクッキングペーパーに並べてトースターで焼き上げる。
これだけ。簡単そうに見えるでしょう?
そう思っていた時期が私にもありました。
最大の難関は最後に待っていた。
焼きの工程でおにぎりの両面を交互にひっくり返す必要があるのだが、これがくせもので、加熱されたことで香り立つ醤油と和風だしのハーモニーが私の胃袋を直撃。
しかもひっくり返すごとに強く香ばしくなる芳香が波状攻撃を仕掛けてくるのです。
私は断固として、この誘惑と戦わなくてはなりません。
喫茶リコリコの新メニューを開発するためにキッチンと食材をお借りしているのですから、完成前に焼きおにぎり全滅などという失態は犯せません。
鋼の意思で焼きおにぎりを完成させました。
出来上がった6個の焼きおにぎりを、すぐにでもかぶりつきたいという欲求をこらえてお皿に並べます。
こうして完成品を並べてみると感動もひとしおで、ここまで我慢した甲斐があったというものです。
それもこれも、途中で焼きおにぎり全滅の危機を察知して一つを犠牲にすることを選んだ私の英断の成果と言って過言ではないでしょう。
コラテラルコラテラル。
では、ひとつ目を手に取りまして。
「いただきま―――」
「試作品いただいてんじゃないわよこのチビ!」
「―――ぐへっ」
いざ実食、というところで邪魔が入りました。
人の頭に手を乗せて、あまつさえ焼きおにぎりを横取りしたアラサーの名前は中原ミズキ。27歳独身で大雑把なO型です。
「ふむ、外はカリカリ中はもっちり。美味しいじゃない。クック○ッドのレシピ丸パクリとは思えないわ」
「ひとこと余計です。大体、自分は試作品食べてるじゃないですか」
「アンタひとりで食わせると焼きおにぎりが全滅するでしょうが、この暴食チビ」
「……こんな遅い時間に食べると太りますよ、独身貴族さん」
何が気に入らなかったのか、ぐっと人の頭に全体重を乗せてきました。
ので、私はその手首を掴んで垂直に持ち上げて対抗します。
「何か言ったかしら、この馬鹿力チビ!」
「肥って嫁の貰い手がいなくなるって言ったんですよ、この飢えたハイエナ」
「「ぐぬぬぬぬ〜っ!」」
「……お前たち、厨房で喧嘩はやめろ。危ないだろ」
「あっ、店長」
そこへやってきたのは、謎多き和服の黒人男性、店長ことミカさんです。
私は掴んでいたナマモノを脇に放ると―――ぐぺっ、とカエルの潰れたような音がしましたが無視して―――店長に焼きおにぎりの皿を差し出します。
「試作品ができたので、食べてみてください。
さっき途中で食べましたが美味しかったですよ」
「いい香りだな、どれ。
……初めて作ったにしては上出来じゃないか」
「本当ですか?
なら醤油味は、これをベースにしてよさそうですね。
それと味がひとつでは物足りないので、みそ味と、季節ごとに入れ替わる3個セットがいいんじゃないかと思うんです」
「や、焼きおにぎりの3個セット?
それは重くないか」
「そうですか?
だったらミニサイズのかわいい焼きおにぎりにしますね。
これ、たきなたちにも食べてもらってきます」
私は残り4つの焼きおにぎりの皿を抱えて、店の奥に入りました。
☆
「……DAで育った殺し屋が、すっかり喫茶店の店員になっちゃってまぁ」
「言ってやるな。いくら訓練したところで、生まれ持った気質は変えられないもんだ」
「けっ」
☆
隠し階段を降りると、そこには喫茶店に似つかわしくない施設があります。
喫茶リコリコの裏の顔。
DA(DirectAttack)の殺し屋であるリコリスの拠点、それがこの地下射撃訓練場です。
そして射撃レーンには、私の同僚の姿がありました。
名前は井ノ上たきな。
非常に戦闘能力が優秀なリコリスです。
もう一人の同僚の姿はここには無く、どうやら先に帰ってしまったようです。
皿に残った焼きおにぎりは残り3個なので、ちょうど3人で分けられると思っていたのですが仕方がありません。
仕方がないので私がふたつ頂きましょう。
「たきな、お疲れ様です。
お夜食ですよ」
「
それは、営業中に言っていた試作品ですか」
「はい。頑張って作ったんですよ、食べてください」
たきなは視線をホカホカと湯気を立てる焼きおにぎりと私の顔の間で往復させ、
……それから、顔を背けました。
「すみません、まだ訓練があるので」
「えっ、でも」
「私には、あなたに甘えている時間なんて許されないんです」
たきなはそう言って、イヤーマフを着け射撃レーンに入ってしまいました。
……仕方ないので、焼きおにぎりは3つとも私が食べることにしましょう。
射撃訓練場の壁に背中を預けると、その場に座り込んでちびちびと時間をかけて焼きおにぎりをかじります。
やっぱり気が変わったとなった時に、たきなの分がなくなっていてはかわいそうですからね。
(さっきの反応、焼きおにぎり自体は欲しそうにしてましたよね?
やっぱり嫌われているのでしょうか)
私は、たきなの左遷に便乗してDAから逃げ出しました。
喫茶リコリコに配属されてからというもの、たきなとのコミュニケーションを試みているのですが、ことごとく避けられてしまっています。
左遷をもぎ取るために上部批判を繰り返したことは、DAへの忠誠心が強いたきなにとって業腹でしょうし、何より我が身可愛さに戦場を逃げ出した臆病者と思われているに違いありません。
仲間を見捨てて逃げた者など、もう見向きする価値も無いということでしょう。
「……私もたきなも、育ててもらった恩の分だけ切った張ったをしたのですから、そろそろ普通の暮らしをしても良いと思うんですが。
ままなりませんね」
結局たきなが焼きおにぎりを求めることはなく、すっかり冷めてしまった3つ目の焼きおにぎりを口に詰め込んで、私は射撃訓練場をあとにするのでした。
☆
井ノ上たきなが小山辛と出会ったのは、DA関東本部・東京支部に移籍したその日のことだった。
新入りに対する通過儀礼、あるいは度胸試し。
そういうものがあったとして、たきなには周囲に実力を認めさせるだけの自信があった。
だからその内容が『握手』だと聞いた時は内心ほくそ笑んだものだ。
その『握手』の相手が、自分と同い歳とは信じ難いほど小柄でひ弱そうなサードリコリスだと知るまでは。
辛の姿を見た時、馬鹿にされていると怒ればいいのか、それとも陰湿ないじめに加担させられることを嘆けばいいのか迷ったものだが、この時、たきなは見事に辛の外見に騙されていた。
相手として周囲の人垣から押し出されるようにやってきた辛を見て、適当に痛がらせて脅せば相手からギブアップするだろうとたかをくくった。
その顛末は、相手を甘く見たリコリスが支払う代償としては安いものだったと言える。
…………どんな過酷な訓練にも耐えてきたたきなをして、手を握り潰さんばかりの激痛に叫びを上げたのは初めてだったが。
(あの時は死ぬかと思いました)
射撃を繰り返しても握力が弱まらないほどトレーニングした右手を開閉しながら、当時の痛みを思い出す。
あの力は、まさに万力のそれだった。
それもそのはず、苦悶するたきなを一通り笑った周囲のリコリスたちが謝罪まじりに教えてくれたことによると、彼女は常人の数倍の筋密度を持つ特異体質らしい。
その身体スペックは他の追随を許さず、身体計測では数々の新記録を打ち立て、銃撃戦で遮蔽物が足りなければ車を横に転がして運び込み、あるいは敵陣にドラム缶を投げ込んで制圧するほどの怪物っぷり。
ついたあだ名が人間重機というのも頷ける話だった。
もっとも、本人が1番活躍する場面を挙げるなら人型担架とでも呼ぶべきだろうが。
辛は率先して負傷者救助や移送を引き受ける、心優しいリコリスだった。
小さな両肩に負傷者を担ぎ、さらにもうひとり横に積んで駆け出す姿に、苦しい場面に立たされたリコリスたちはどれほど頼もしかったことだろう。
(そんな辛をDAに居られなくさせた私に、彼女の好意に甘える権利なんてありません)
楠木に呼び出され左遷を告げられた時、司令部の扉を蹴破り現れた辛の姿はひどいものだった。
彼女を引き止めたリコリスたちに掴まれただろう服装や髪は乱れに乱れ、なおしがみついてでも止めようとしたリコリスを文字通りに引きずってきたのだから当然だろう。
彼女たちを力ずくで振り切ると、辛は楠木司令の前に立った。
「楠木司令、たきなを転属させるというのは本当ですか。
だったら私も処分を受けます」
「……小山辛か。お前を処分する理由は無い」
「理由ならあります。
私も勝手に発砲しましたし、司令部の命令は増援到着までの待機でした。
命令違反は立派な処分理由です」
「だがお前は武器商人の一人の膝を撃ち確保している。功罪半ばだ」
「下っ端ひとり捕まえたところで、情報源にならなくては意味がありません。
それも、たきなが機銃で注意を引いたからできたことです」
「それでも情報源そのものの抹殺は話にならん」
「そもそもの話をすれば、仲間を人質にとられたあの状況で司令部との―――」
不思議な光景だった。
部下が自らへの処罰を求め、上司が諌めている。
普通は逆だろう。
たきなの胸中には、庇ってくれていることへの嬉しさよりも戸惑いが先に立っていた。
辛とたきなの間にはほとんど接点が無い。
なぜこのような行動に出たのか不思議でならなかった。
その理由を知っていれば、たきなは必ず止めただろう。
「―――私はこれ以上、リコリスの命を軽視するDAで戦うことはできません」
そして、理由がわかった時には既に手遅れになっていた。
「発言を取消せ小山辛。これ以上、DAを批判する発言は看過しない」
「拒否します。私は上部批判を行っている自覚があり、その根拠となる問題が解決されない限り、撤回するつもりはありません」
「そこまで処分されたいか」
鉛のように重たい沈黙が降りた。
辛が引きずってきたリコリスの誰かが、ひっと息を詰まらせる。
たきな自身、自らを処分するために呼ばれてさえいなければ、この場を辞して逃げ出したくなる。
楠木の威圧を込めた視線を、辛は一歩も引かず真っ直ぐに見返していた。
やがて、怒気を吐き出すようなため息とともに室内に充満していた重圧が解けた。
「……いいだろう。
小山辛、貴様を命令違反と上部批判で処分する。
荷物をまとめろ」
「ありがとうございます。
失礼します」
肩を怒らせて退出する小さな背中には、どこか悲しみが滲んているように見えた。
(辛がDAに不信感を抱いてしまったのは、私があのビルで犯人確保に失敗したからです。
人質を取った犯人の腕だけを撃ち抜くことができていれば、私にもっと力があればそうはならなかったのに!)
この喫茶リコリコに配属されてから、たきなは己に厳しい訓練を課していた。
通常の射撃訓練に加え、遮蔽物から顔を出しての早撃ち、複数の動ターゲットへの連続射撃、的の中央を人質と仮定して両肩を狙った曲芸撃ち。
ミカをはじめリコリコのメンバーにオーバーワークを心配されるほど自身を追い込み、いじめ抜いた。
だが、まだ足りない。
きっとこの先、困難な状況はいくらでも起こる。
理不尽な要求に応えなければならなくなる時がいつか必ずやってくる。
どんな過酷な試練だろうと、乗り越える強さを身に着けなければならない。
(どんな状況だろうと、必ず仲間を救えるようになってみせる。
私が、DAが求める理不尽を解決できるリコリスになる)
それが叶えば、きっと辛はDAに、リコリスたちのもとに帰ることができる。
震える手を堅い意思で抑え込み、たきなはターゲットに銃を向けた。
僅かに香る焦げた醤油の匂いに、疲労した身体は刺激され空腹を訴える。
だが、彼女を仲間のもとへ返すまで甘えるわけにはいかないと、たきな己の身体にムチを打ち、引き金を引いた。
美味しいもの食べてる姿が好き(食べるとは言っていない)。
なんか書いてたら、たきなさんが覚悟ガンギマリの思い込みコミュ障キャラと化していますが、きっとコミュ力極振りの最強人たらしリコリスがなんとかしてくれるので大丈夫でしょう。
苦労するのは彼女だけなので事実上の悪影響はありません。
最後に焼きおにぎりの誘惑に負けたオリ主のイラストをピクルーの『妙子式2』で作ってみたので置いておきますね。
【挿絵表示】