血傘美人見返図   作:アクエリ

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静心無く、花は散る

 

「さ、さあ帰ろう、早く帰ろう! あー楽しかった、燐待ってるだろうなー!」

「そうだね」

「ひひ、急に元気になったな」

「静かに!」

 

 今のうちにと身を屈めて海岸に降りようとした、その時だった。

 

 

「そこを動くな!!」

 

 

 落雷が背骨を撃つような制止に、足が動かなくなった。顔だけを後ろに動かした。すっかり日の暮れた空には暗雲が立ち込めており、先までの爽快感は消え失せている。

 黒焦げになった陣屋の前に立ち並ぶのは、稲妻城に駐屯する兵士と、黒い羽を閉じゆく切先鮮やかな短髪の女性──九条裟羅が前に出、苛烈な目端を歪める。

 

「……私は確かに申し上げました。次に相見えることがあれば、その神の目を貰い受けると」

「おやおや、これは……」

 

 すぐに気づく。無憂は本気で、九条裟羅の登場に困惑している。

 

「これは、なぜ宮仕の貴女が戦さ場へ」

「それは、こちらの台詞です……!」

 

 自分たちを押し退けるようにして下がらせた無憂が傘を傾けて坂上の九条裟羅を見上げる。

 

「どうするのさ。ここでわたしを襲う?」

「そうするしか……あるまい」

「じゃあ来なさい。相手してあげる」

「無憂!」

「だめだおまえ、もう大分疲れてるだろ!」

「代わりにこの二人には手を出さないでもらえる」

「……承知した」

 

 ああ、そうか。

 

「無憂、オイラ達を助けるために、わざと煽ったのか……?」

 

 そうだ、愕然と俯く。九条裟羅が見逃すのは、あの日だけ、あの時だけ。今再び見つかれば、正勝先生を牢から出したその刑に問われるのは、自分たちだ。

 無憂はこちらを守るために、前に出たのだ。

 

「御兄いさま、パイモンさん、心配無用」

「でも」

 

 無憂は、いつも楽しそうだ。

 

 

「わたしは負けないから。絶対に」

 

 

 誰にとっても──自分にとって怖いことも楽しくできる、真に『楽しい人間』だ。

 

 

「ほらほらどうした九条裟羅、天領奉行の天狗大将!」

 

 

 その戦いは、実に、流麗だった。

 完璧に、一寸の狂いなく型を使いこなし立ち回る九条裟羅と、それを執拗なまでに崩し、無駄な動きを無駄と思わせず立ち回る花鈿無憂は、まるでそれぞれ別の舞を踊っているようだった。それが不思議と噛み合い、新たな芸術にまで昇華されそうな気がした。

 

 

「く、まだまだ!」

 

 

 しかし、優勢なのは明らかに無憂だった。彼女は、九条裟羅の行動を読んでいるかのように──九条の型を知り尽くしているかのように、矢も雷も最小限の穂先の動きで捌き続けた。

 

「血からも家からも逃げないことは立派さ。だけどもね、だからわたしに勝てないんだよ」

 

 余裕だった。楽しげだった。楽しかった。

 

「花鈿、無憂……ッ!!」

「終わりだ、九条裟羅!」

 

 だから、油断した。

 

「伝令です!」

 

 不協和音が、響いた。

 

「木漏茶屋付近で社奉行所家司、トーマの神の目狩りを完遂!!」

 

 瞳の歪みから、光が、落ちた。

 

「あっ!」

 

 一瞬の雷鳴が轟く隙に槍が弾き飛ばされ、雷矢に撃たれた無憂が体勢を思わぬ形で崩し、思わぬ形で型通りに裟羅が倒れた無憂の首に二の矢を直角に突き立てた。肩で息をする裟羅がなぜか伝令をした兵士の方へと鬼の形相で叫ぶ。

 

「おい、今の報告は何」

「今のうちです、裟羅殿!」

 

 硬い信念を宿す切長の目がぐらついた。

 

「何を……どういう」

「方便です、花鈿無憂はトーマの危機に弱いからと……そう情報が降ってきまして」

 

 平然と答えた一兵に奥歯を噛み締めたのが見えた。

 

「騙し討ちをこの私にさせたというのか!?」

「いいえ、騙し討ちではありません! これはあなた様のお父上の大義による目論見、計略です!」

「は」

「ブッ、あはははは!」

 

 地面を叩いて仰向けに取り押さえられた無憂が笑った。矢の刺さった腹から紫雷を纏う血が出た。楽しくなさそうに、不快を込めて、腹から笑った。

 

「なるほど……嵌められたのは、わたしらしい。さあ、早く取ればいいさ……もう、詰んでいるし」

「これは無効です」

「同じことを……海祇軍との戦争でも、言う?」

 

 ぐっと痛みを堪えるように押し黙る。

 

「……あなたはいい子だけど、鳥目ね。もう少し……よく見なさい……」

「何を……言って」

「早く、持って行って。じゃなきゃわたし、死ぬから……」

 

 その掠れ声に石のように動かないでいた裟羅がのろのろと左足から無憂の神の目を外し、掲げた。野太い歓声が上がった。気持ちのいいものではなかった。感電したままの身体の震えを嘲笑うようにして、無憂が笑みを崩し、苦しげに目を閉じた。片手に水神の目を握った裟羅が立ち上がり、兵士たちを引き連れ撤退し始めた。

 

 やっとの思いで駆け寄った。触れようとした指先を刺々しい雷が拒絶した。それでも抱きかかえた。パイモンが力の入らない手を持ち上げて泣き顔で縋りついた。

 

「無憂、無憂! 返事をしろってば!」

 

 普通の医者ではだめだ。未だに彼女の血液は感電反応を起こし続けている、この元素反応を抑える治療もしなければならない。ここから遊廓は遠い、一番近いのは、社奉行所だ。

 

「……」

 

 思考が選択肢で渋滞する。抱えるためには、矢を抜かなければならない。でもこれ以上の出血は危ないから、横腹の矢を抜いてはいけない。体格の差がある、横抱きにすることはできない。舟までは引き摺るしかない。持つのか、そこまで、彼女は。

 

 

「おい、空っ!」

 

 

 はっと、する。

 

「オイラも手伝うから、絶対ぜったい、助けるぞ! 指切りだ!」

 

 小さな小指に、力が湧いてくる。しっかり絡ませ、頷く。

 

「せーのっ」

 

 重たい、熱い、まだ、生きている。

 

「大丈夫だよ、無憂、ぜったい、平気だから、もう少し頑張って」

 

 どんなに恐ろしくたって、指切りを、破るわけには、いかない。

 

「今度は俺とパイモンが、助けるから……!!」

 

 彼女はいつだって、そうして俺たちやみんなを、助けてくれたのだから。

 

「………………はは……」

 

 楽しませて、くれたのだから。

 

 

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