ウマ娘プリティーダービー ―inside derby―   作:鈴木シマエナガ

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3年振りくらいに書きます。サイレンススズカ好きです。


手を伸ばす あなたが待ってる

 

「トレーナーさん、何を見ているんですか?」

 

「ん? これか」

 

トレーナーさんが読んでいる雑誌のページをほら、と広げて見せてくれた。カゴ付きのママチャリや山道も走れるマウンテンバイク...どうやら自転車の雑誌らしいです。

トレーナー室のあまり綺麗とは言えないソファーからすすすっと横を開け私が座れるスペースを作ってくれる。そこに腰掛け、改めてテーブルを見ると手に持ってる雑誌以外にも色々な雑誌やカタログが乱雑に散らばっていた。

 

「よくよく考えたらトレーナー寮から学園まであまり距離が無いなと思ってな。今は車で通ってるんだけど、やっぱり面倒でね」

 

パラパラと雑誌を捲って睨めっこしている。トレーナーさんは考え事をすると毛先を丸める癖があるらしい。短髪で清潔感のある黒の毛先を指先で丸めては崩し、丸めては崩し...。毛先が時々崩れ切れずぴょこんと飛び出ているのが面白い。

 

「バイクも考えたんだけど、免許持ってないからなぁ。免許取る時間があったらトレーニングメニューとか教材の準備に使いたいし、自転車にしようかと思って」

 

「なるほど...」

 

「それにロードバイクってカッコよくてさ! ついついこういう雑誌読んじゃうんだよね」

 

目を輝かせるとはこの事を言うのだろう。少年のようにワクワク、という擬音が見えてくるかのように雑誌を読むトレーナーさん。

 

「スズカは将来乗ってみたい乗り物とかあるのか?」

 

「私は...走っている方が...」

 

「はは、言うと思った」

 

お母さんの車とか、この学園に来るために広すぎる構内で迷子になりながら、よく分からない切符を買って乗った電車とかはあるけれど、どんな乗り物よりも走っている方が、私は何倍も楽しい。

 

「うおーかっこいいなこれ...これに乗って走れば、学園まで一瞬だぞ!」

 

「うわ速そうだなこっちも...」

 

「見てくれスズカ! レーサー仕様のクロスバイクだ!!めちゃくちゃ速そうじゃないか?」

 

風を切るように走り、風が頬を撫でる。自分の足音と息遣いしか聞こえない、先頭の景色。

トレーナーさんが見つけてくれた、私がやっと見ることが出来た、私達の景色。私が私であることを肯定してくれた、私のトレーナーさん。トレーナーさんが居なければ、私は自分の走りが分からないまま、このトゥウィンクルシリーズを終えていたかもしれない。自分が本当に欲しいモノに手が届かずに、走れなくなっていたかもしれない。

 

私はトレーナーさんが、私にとって正しい事をしてくれると思っている。

 

トレーナーさんがする事は、きっと。

 

「いやーこんなのに乗ったらすんごいスピードでかっ飛ばしちゃうなー。ウマ娘に負けないくらいじゃないか?」

 

「...」

 

「...スズカ?」

 

「...」

 

...何で私はむくれているのでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゅひゅかひゃんほほれーなーはんがひへんしゃほ?」

 

「...飲み込んでからで良いわよスペちゃん」

 

「はひ!」

 

元気そうにお椀のご飯をかきこむ。何で飲み込んでからって言ったのにまた口に頬張っちゃったのかしら...。

 

「んむ...自転車ですかー。良い事だと思いますよ?」

 

私とテーブルを挟んで向かい側で大量のお昼ご飯を食べているのは、同部屋のウマ娘、スペちゃん。最近はいつも何かを食べている。

私はあまり喋らないし、明るく楽しいというタイプではない。暗めだという自覚が自分にはあるけれど、スペちゃんと喋っている時はそんな自分を忘れてしまう。いつも私に元気と勇気をくれる、大切な子。

ご飯つぶが頬に付いているのに気づいてないけれど、こう見えてダービーウマ娘。

 

「そう...よね」

 

「トレセン学園広いですからね! 駐車場も大きいし、ちょっと学園から離れてるし」

 

「...そうよね...」

 

「それに朝の運動にもなりますし、お出かけも楽ちんですよね」

 

「...」

 

良いこと、しかない。というか、そもそも悪いことじゃない。トレーナーさんが、ただ自転車に乗るだけ...それだけ...。

なのに、何故か私の心はモヤモヤする。

 

「スズカさんは、何で気になるんですか?」

 

「え? それは...えっと...」

 

何でだろう。自分でも、このモヤモヤが何なのか全く分からない。

 

「...分からない。でも、何だかモヤモヤして...」

 

でも、明確に。自分の心に陰りが出来た瞬間は分かる。

速くて、カッコよくて。そんなトレーナーさんの眩しい目を見れるのは、本当は

 

 

 

「なるほどー。話は聞かせてもらいましたよ」

 

「ひゃっ!?」

 

「お? にしし、スズカ先輩の珍しいボイス聞いちゃいました〜」

 

「あ! セイちゃん!」

 

突然の声に思わず情けない声が漏れ出てしまう。後ろを振り返ると、両手を頭の後ろで組みイタズラな笑みを浮かべる芦毛のウマ娘、セイウンスカイが居た。

 

「スペちゃんスズカ先輩こんにちは〜。驚かせちゃってごめんなさい」

 

「いえ、大丈夫...こんにちは」

 

「んふふ、聞いちゃいましたよ悩める乙女の御相談。スズカ先輩もそういう事で悩んだりするんですね〜...ちょっと親近感湧いちゃいました」

 

「え?」

 

「いや何でも...それよりその話、詳しく聞かせてくれません?」

 

 

 

「...というわけなんだけど...」

 

「なるほどなるほど...」

 

「セイちゃんもトレーナーさんのことで悩んだりするの?」

 

「私の事は別にいいじゃん!! ...別にいいじゃん!?」

 

「悩んだりするんだね」

 

同期の子相手だと私とちょっと違う顔するのねスペちゃん。ちょっと怖いわ。まるで獲物を見つけた蛇...いや猫?虎?

とにかく。

 

「とーにかくスズカ先輩!!」

 

「はっ、はい」

 

「セイちゃんが思うにそれは...嫉妬ですね」

 

嫉妬...?

 

「えっと、つまり...?」

 

肘を組み指に顎を乗せる。所謂探偵ポーズを決めるスカイさん。

 

「スズカさんはきっと、トレーナーさんに速くてカッコイイと思われてるロードバイクが羨ましいんですよ」

 

「なっ...」

 

私が...自転車に...?

でも、言われてみれば。別に自転車を買って乗ることを否定してるわけじゃない。根本にあったのは、トレーナーさんが私の走りを見ている時と同じ目。あれは、私の

 

「...トレーナーさんのあの目は、私のなのに」

 

「スズカさん?」

 

「あっ、いえ...ん。確かに、そうかもしれない」

 

「分かりますよースズカ先輩。私のトレーナーさんも私がずーっとオススメしてた釣竿なんか目もくれませんからね。あれがあれば...」

 

「セイちゃんのは、何か違うような...」

 

 

トレーナーさんは、いつも私を見てくれる。私を、見ていてくれる。

いつか聞いた、トレーナーさんの言葉。

 

「スズカはちょっと目を離したら、すぐ何処かに走って行っちゃいそうで...突然、俺の前から居なくなりそうだ」

 

 

「だから、ゴールで待ってるよ。君は、止めても走っていくだろう? だから、君の走るその先を俺は見る。その先に、俺はいる。いつでも、スズカを待ってる」

 

私を信じてくれた。私を待っていてくれた。

 

私が走るその先に、トレーナーさんは待っている。

 

たくさんのウマ娘の鼓動をかき分けた先───────そこを走り抜いたさらに向こう───────。

スピードの向こう側、静かで、どこまでも綺麗な、私が見たかったモノ。

 

そこに、手を伸ばす勇気をくれたのは───────

 

「トレーナーさん!!」

 

「うおっ!? スズカ!?」

 

「トレーナーさんが!! はぁ...はぁ...」

 

スペちゃんとスカイさんを置いて、走ってきてしまった。考えも上手くまとまってない。ただ、そのことに気づいただけで、何も思いつかない。

ただ、今この言葉を紡ぎたくて。どうしても、知って欲しくて。

 

欲しいモノに手を伸ばして、掴んでしまった私は。どうしようもなく我儘だ。

 

「大丈夫かスズカ? 今日もすぐどっか行っちゃうし、今も...」

 

また、トレーナーさんを困らせてしまいますね。

 

 

 

 

「トレーナーさんが、1番速くてカッコイイと思うモノはなんですか...?」

 

「突然だなスズカ...」

 

「トレーナーさんが、1番速くてカッコイイと思うモノはなんですか!!」

 

「えぇ!? スズカ何か怒ってる!?」

 

つかつかとトレーナー室に入り込み、テーブルに散らばっている今朝見ていた雑誌を全部まとめる。

 

「トレーナーさんが何を買おうと構いません。だけど、私には譲れないモノがあるんです」

 

目を輝かせて、()()を言ってくれるのは、私が良い。私がトレーナーさんの、1番カッコイイでいたい。

今までも、これからも。私が見たい景色の、特等席で待っていて欲しいから。

そんな、私を置いていくようなこと言わないで。私を、見失ってしまうようなこと言わないで。

 

「俺の、1番速くてカッコイイモノ...」

 

「はい」

 

こんなの幼稚だ。子供の我儘、子供の嫉妬。トレーナーさんは、そんな意味で言ったんじゃない。だけど、そんな事でも私は苦しいから。

 

「...そんなの、1番最初から決まってるよ」

 

トレーナーさんは、出会った時と変わらない笑顔で。

 

「サイレンススズカ、以外に何がある?」

 

トレーナーさんはいつも、私が欲しいモノを見つけてくれる。

 

「スズカ、もしかして今朝の俺が速い自転車欲しいってので、ヤキモチでも焼いたのか?」

 

「え!? えっと、その...」

 

「...ふふ」

 

「と、トレーナーさん! 笑わないで...」

 

「いや、ゴメンゴメン。今日は珍しいスズカが見れるなーと思って」

 

顔を背けて必死に笑いを堪えている。何だか、突然恥ずかしさが...

いざ、こんな小さな事で嫉妬している私を自覚すると、顔が真っ赤になる。

 

「大丈夫だよ、スズカ」

 

両手で顔を覆い隠して、立ちすくむ私の頭を優しく撫でる。

 

「俺の1番速くてカッコイイモノは、サイレンススズカただ1人だ。楽しそうに、全力で走る君を見たあの日から、俺のこの気持ちは変わってない。これからもだ」

 

「トレーナー...さん...」

 

「それに...」

 

「...?」

 

んん、と1度咳き込み目を閉じる。頬は少し朱く染まっている。

 

「...速いロードバイクに乗れば、俺もスズカと同じ景色が見れるかなと思って」

 

「え...?」

 

私と、同じ景色...?

 

「スズカ言ってたろ? 静かで、誰も居ない景色って。ウマ娘のトップスピードで走り抜ける、その感覚を俺も味わってみたかったんだ。そうすれば、もっとスズカの走りが分かると思ったんだよ」

 

そう言って、私の目を見る。

 

「スズカは、どんどん先に行く。きっと、誰も想像した事の無い凄いスピードで、先頭を走り抜ける。そんなスズカをずっと見てきて思ったんだ。俺も、もっと先へ行きたい。置いていかれたくない。誰も見たことの無い景色へ、スズカと一緒に走っていきたいから...だから、同じスピードで、風を感じてみたくて...」

 

トレーナーさんはどんな時でも、私の事を考えてくれる。選抜レースの時も、あの場所へ連れて行ってくれた時も、合宿の時も、今まで走ってきたレースの時も。

信じて、私を待っていてくれた。

 

「...私の方が、速いです」

 

「えっ」

 

「トレーナーさんがどんなに速い自転車に乗っても、私の方が速いですからね」

 

「いや、まぁ、それはそうだけど...」

 

「トレーナーさんがどんなに遠くに行っても、私は走ってそこへ行きます」

 

「俺としてはスズカがどんどん遠くに行っちゃうような気がしてたんだけど...」

 

「そんなわけ、ないじゃないですか」

 

私が、どんなに遠くへ行っても。誰も居ないところへ、走って行ったとしても。私の見たい景色には、いつだってトレーナーさんがいる。トレーナーさんが待っていてくれるその場所が、私が見たいモノ。

 

「...それもそっか。俺は、待っていれば良い」

 

「はい。待っていてください」

 

あなたが信じて待っていてくれるから、私は自分を信じて走っていける。

 

「...聞きたい事が聞けたので、良いですよロードバイク」

 

「えっ」

 

「だけど、私の方が速いですからね」

 

「分かってるって!!」

 

「ふふっ...ありがとうございます、トレーナーさん」

 

あなたの1番速くてカッコイイモノは、誰にも譲りたくない。

また、私の欲しいモノが増えてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一件落着かな」

 

「セイちゃんはトレーナーさんの1番欲しくないの?」

 

「スペちゃんさぁ!! 分かって言ってるよね!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、トレーナーさん」

 

「おはようスズカ」

 

朝、少し雲が出ているけれど風が心地よくて涼しい。走るのにはぴったりな朝。

学園の芝コースを1人走っていると、ピカピカに磨かれたロードバイクに跨るトレーナーさんが居た。

 

「今日は特に早いな。俺もいつもより早く来たんだけど...」

 

「ふふ、先頭の景色は誰にも譲りたくないんです」

 

「スズカらしいな。...そろそろ他の朝練する子達も来るな。外周でも行くか?」

 

「...! はい!」

 

 

 

車が少し行き交う、朝の日差しが建物を照らす街を駆け抜けて行く。自分の足音と息遣いが聞こえる。風が気持ちいい。ずっと走って行ける。

 

「ちょ!! まじでスズカ速い!!」

 

「はぁ...はぁ...」

 

私の方が速いですから。

 

この気持ちは、まだ走る事に費やそう。走って走って、走り抜いたその先で、この気持ちに名前を付ける事が出来たなら。

 

私は、また欲しいモノに手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 




正直自転車に嫉妬するスズカって可愛くね...?で書いたのであまり深みはないです。
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