ウマ娘プリティーダービー ―inside derby―   作:鈴木シマエナガ

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私のシンボリルドルフの印象は、極度の不器用です。案外自己評価が低くて、周りと合わせる術を持たない。常に誰かの理想であろうとし、期待に応えるため自身に見合ってない高みへと登ろうとする。だから時々転んでしまうし、周りを楽しませようとジョークを勉強しちゃったりする。
自分はそんな不器用な彼女の、道標でありたい。


皇帝からは逃れられない

皇帝─────。私に付けられた名前は、シンボリルドルフ(皇帝)だった。良家の血筋に生まれ、幼い頃から絶対の強さを証明するために邁進してきた。帝王学を学び、あらゆるレースに勝ち...いつの日か、私は皇帝と呼ばれるようになっていった。

それを疎ましく思った事は無い。寧ろ誇りに思う。今自分が居る場所を後悔してはいないし、この先もそうだろう。私は全てのウマ娘の理想であるために、全てのウマ娘の理想を叶えるために、この玉座に座ったのだ。

 

私は、シンボリルドルフ。絶対の皇帝。私に敗北は許されず、私はそれを赦さない。全てを蹴散らし、ただ一つの王冠を手に入れる。

 

「───────認めろよルドルフ。お前の傲慢さを」

 

...あぁ。その通りだ。私は、満足したい。まだ足りないんだ。理想の結実を以て全てを。

 

私は全てを手に入れる。己の理想も、欲望も。皇帝()の思うがままに。

 

 

 

 

 

 

 

 

「...ん...」

 

私としたことが、少し微睡みに沈んでいたようだ。生徒会室の窓が少し開き、そよ風が頬を撫でる。いやに静かだが...そうか、今日は休校だったな。夕日が遠くの山に沈みそうだ。かなりの時間眠ってしまっていたらしい。

先日のリーニュ・ドロワット。ダンスパーティーイベントは、エアシャカールやフジキセキ、セイウンスカイ...何より、シリウスの協力をもって大成功で終わった。新年度という節目、経過点を走り抜けたウマ娘達が、更なる飛躍を出来るように。毎年生徒会主体で行っていたイベントだったが、より多くの助けを得て素晴らしい結果となった。ひとえに協力してくれた者達に感謝だ。

そして...シリウスの言葉は、より自分の傲慢さを自覚することになった。

 

「唯我独尊...か。言葉の通りだな」

 

「あ、ルドルフ起きた?」

 

「なっ...!? トレーナー君!?」

 

私は、"皇帝"から逃げられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは...恥ずかしい所を見せてしまったね。一暴十寒、気を引き締めねば...」

 

「いやいや、この前のイベント大変だっただろうから、起こすのは悪いと思ってね。ゆっくりしてなよ、そもそも休校日なんだから」

 

ドロワは休日に行ったため、今日は学園は振替休日。自主練等に来ていた生徒達も、もう帰っている時間だろう。閑散とした生徒会室に、私とトレーナー君だけの声が響く。

 

「お昼を過ぎたら、ルドルフ寝ちゃってたから。資料整理くらいはやっておこうと思って」

 

イベントで使った機材や物品の貸出や経費の資料をファイルにまとめながら、投書された生徒の意見書を綺麗に選別してある...本当にトレーナー君は手際が良いな。

 

「すまない、助かるよ。流石にエアグルーヴとブライアンを休日に呼び出すわけにはいかないからね」

 

「ブライアンは来ないだろうな」

 

「違いない」

 

トレーナー君はそう笑って生徒会室のソファーに腰掛けた。

私も、会長椅子から立ち上がり、トレーナー君の向かい側のソファーに座る。涼しい風がまた生徒会室を舞う。近々、この風も少し暖かくなるのだろう。新たな春が少し待ち遠しく感じる。

 

「ルドルフも、少し頑張り過ぎじゃないか?」

 

「今回は少し肩入れし過ぎてしまったな。反省しているよ」

 

「分かってるなら良いけどさ」

 

少し前までの私だったら、これも苦労だとは思わなかったのだろう。心身の疲労に目もくれず、また倒れていたかもしれない。

 

「それでも...成功させたかったんだ。私は満足したかったんだよ。私が導き、指し示した催しが、全てのウマ娘が祝福し祝福される光景を見たかった」

 

傲慢にも程がある。驕慢放縦(きょうまんほうじゅう)とはこの事だ。全てのウマ娘が、自分に満足し他を祝福する事など、出来はしないと言うのに。

 

レースで必ず順位が着いてしまう以上、走ったウマ娘達全員が満足する結果を得ることは出来ない。1着がいるのなら、必ず2着、3着と続いていく。

全員が勝つ事は出来ないし、全員が皆で勝とうとは思わないだろう。誰しもが、自分だけが勝つ事に執着する。1着という結果に固執するのだ。それが、自分が走る理由なのだから。

 

だが、それでも。私は確かにこの目で見た。勝ち負けが確かに着いたはずなのに、それでも両者が、観客が、全てがその場を祝福する光景を。

 

私ではきっと、成し得る事の出来ない光景を。オグリキャップとタマモクロスはやってのけたのだ。

 

「私は、その光景が瞼に焼き付いて離れないんだ。両者が死力を尽くし、相手を喰らい尽くさんと走り抜いた。負けた方は悔しくて堪らなかっただろう。相手を叩き潰したくて仕方がなかったはずだ。なのに...彼女は笑っていた」

 

「あぁ...あの2人か」

 

「...その場の全員が、祝福していたはずだ。勿論、他の負けた子達は悔しかっただろう。2人が到達したステージに届かなかったのだから当然だ。しかし、全力でぶつかったあの2人を、あの場に居た人達はきっと忘れない」

 

きっとそこに、私が思い描く理想の一端があった。

 

「全員が全力でぶつかり合い、勝敗を決する。誰もが、自身の力の最大限を発揮出来る場を用意する。それこそが、私がやるべき事なんだ」

 

何のしがらみも無く、考える事も無い。ただ死力を尽くしてゴール板を駆け抜ける。それだけで良い。

 

─────例えそこに、私が居

 

「─────例えそこに私が居なくても、とか考えてないか?」

 

「え...」

 

「やっぱりな。君ならそう考えてそうだと思ったよ」

 

...トレーナー君の目は、何処までも真っ直ぐだな。私が何処へ行こうと、何処へ逃げ出そうとしても、すぐ見つかってしまいそうだ。

 

「まーた1人で背負い込んでる。君の良くない癖だ」

 

「...だが、私は」

 

私は、誰もが祝福する場所に居ることは、出来ないんだ。

 

「───私は、」

 

「君はシンボリルドルフ。偶然にも皇帝と呼ばれてしまった普通のウマ娘、だ」

 

「なっ」

 

「気に食わない? だけど本当のことだよルドルフ。君は、普通にレースに出て勝負を楽しむウマ娘だろ?」

 

「そうだが、私の走りは...誰にも...」

 

「祝福されない? 楽しめない? やめてくれよ、トレーナーについてる俺が馬鹿みたいじゃないか」

 

「ちが、そうではないんだ!」

 

トレーナー君と歩んできたこの道が、誰にも認められない等あっていいはずがない。私達が目指してきたものが、そんなものであっていいはずが

 

「皇帝と呼ばれる走りを、俺は誇りに思ってるんだ。誰も追いつけない、誰も寄せ付けない、絶対を体現するかのような君の走りを、俺は誰よりもかっこいい姿だと思ってる」

 

─────いつの日だったか。私と共に走ったウマ娘が、この学園を去った。別に、珍しい事ではない。自身の力の限界を自覚し、この学園を去るウマ娘は数多く居る。

私は、それを救いたかったはずなのに。誰もが自分の限界など超えて走っていられる学園を作りたかったはずなのに。私が、彼女達の夢を壊してしまっていた。だから、私は...この学園を卒業する時、レースを引退しようと思っていた。私の走りは酷く退屈で、到底華々しいものではなかったから。

 

「君は、皇帝なんだろ。その二つ名は、使い勝手の良い逃げるための言い訳なんかじゃないはずだ」

 

「逃げる、ための...?」

 

「あぁ、君は逃げようとしてる。自分は他を導き救うための存在だと決めつけて、自分はどうなってもいいと。それは皇帝なんかじゃない。ただの、民衆のための奴隷だ。だけど、君が目指しているものはそうじゃないだろ、ルドルフ」

 

君の真っ直ぐな瞳は、私の逃げ場を消し去っていく。

彼の瞳と向き合うしか、私にはなかった。

 

「君も、皆も、幸せにするべきだ。自分と周りが最高の結果を出す。君のような野心家なら、そうするべきだろ?」

 

「...それは、随分と傲慢じゃないか?」

 

「その傲慢さこそ、皇帝に相応しい力なんじゃないのか」

 

...君も、随分変わったな。皇帝の威光にたじろぎ、不安と葛藤で悩んでいたあの頃が嘘のようだ。今は、私に真っ向から挑んでくる。

私が求めていたものは、確かにそこにある。

 

「...君と私は、絵空事だと思っていた頂点を叶えた」

 

七冠の夢、日本の頂点。私の二つ名は、真実となった。

私はあの日、名実共に皇帝の玉座へと座った。

 

「そして今は、全てを叶えるために、そこに走っていくというわけだな」

 

「君なら出来るさ。必要なのは、勇気と決意だけだ」

 

「...勝てないウマ娘も、勝ち続けたウマ娘も...夢を諦めかけてしまったウマ娘も、全て」

 

「難しいことだ。綺麗事かもしれない。だけど、全力を出して走った子達が、全員笑ってまた前を向ける、そんな世界を君は望んでいるんだろ」

 

あの日見た、芦毛の2人の激走を私は忘れない。全員が、あの2人の走りに勇気と希望を貰った。私も、そうだ。

あんなレースが、いつまでも、いつまでも続きますように。全てのウマ娘が、まだ走っていたいと思えるように。どんなに苦してくて、悔しくて、心が折れてしまいそうになったとしても、自分の走りを諦めないでいて欲しいから。自分の走ってきた道を、誇りに思って欲しい。

そんな世界を、私は作りたい。

 

「...あぁ、そうだ。私は、まだ満足していない」

 

認めよう、己の、底の見えない程の傲慢さを。

 

「私は、私の望みを叶えるよ。どれだけの時間、苦労が掛かろうとも...私は、全てを幸せにしてみせる」

 

「うん。それでこそルドルフだ」

 

「そして、その場所で私は...頂点に立つ」

 

例え全てのウマ娘が、自身の全力を出し尽くそうとも、私は勝ち続ける。全てを叩きのめし、蹂躙し、私が走った蹄跡を未来永劫刻みつけよう。

 

「...やっと、皇帝らしい顔になったな」

 

「あぁ、感謝するよトレーナー君。随分と迷惑をかけた」

 

「担当が道に迷っていたら、導くのがトレーナーの責務ってものさ」

 

「はは...頼もしいな」

 

 

 

 

 

私が道を踏み外してしまっても、彼は必ず私を見つけ出してくれる。

その真っ直ぐな瞳で。真っ直ぐな言葉で。私を信じている。

 

なんて心地よい重圧だろうか。あの日重くのしかかった期待が、今は自分の誇りになっている。

自分の行いは、ただの自己満足。ただ私の欲望を叶えるために周りを巻き込んでしまう行為だ。だが、それでいい。それこそが、私を皇帝たらしめるものだ。

 

 

「さぁ、百駿多幸。創ろう、全てのウマ娘が幸せに暮らせる世を」

 

私はもう、皇帝から逃げない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全てのウマ娘に幸あれ。それを望む彼女にもどうか、溢れんばかりの幸福がありますように。
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