ウマ娘プリティーダービー ―inside derby― 作:鈴木シマエナガ
だからこそ、君が居るだけで良いんだよと言ってあげられる友人が、彼女に大好きだよと伝えられる友人が居ることが、彼女が前を向くために必要な事だと思っています。
話的には菊花賞の後に・限界の、レースが終わってすぐ一生でも!!!ではなく少し間を置いて、的な感じです。
アタシの周りに居る奴は、変なヤツばっかだ。
うるさいヤツ、気難しいヤツ、お節介なヤツ...あとうるさいヤツ。
何でアタシなんかに構うんだろう。何でアタシなんかの隣に居るんだろう。時々、どうしようもなく考える。そして...自分が嫌になる。
素直に一緒に居てくれる人達と、自分は釣り合っていないと思ってしまう自分が、心底嫌いだ。
走ることだけでここに居られたら、どんなに楽だったか。
「おおおおおおおおおおおおおっっはようタイシイイイイイイィィィィィ」
「ん」
「────イイインってタイシン!! 避けないでよ!!!」
「いやそんな速度で突っ込んできたら避けるっての」
「受け止めてよ!!!! 私の挨拶をさ!!!」
「無理」
うるさいヤツ1号、ウイニングチケット。アタシの同期でダービーウマ娘。とにかくうるさいしすぐ泣く。その豊かな感受性を少しは分けて欲しいくらい。
何でアタシみたいなのと一緒に居るのか、ますます分からない。
「タイシン今日のトレーニングは?」
「あー...今日は休みにするって、トレーナーが」
昨年の菊花賞、体調が悪いのを無理に押し通して出走した罰か見事に惨敗。体調はより悪化し、長期の調整を余儀なくされた。
アタシが無理やり出たいといってこの様。熱戦を繰り広げたハヤヒデとチケットに合わせる顔が無かった。ただ、一人になりたかった。何も考えず、ただ一人でぼーっとしていたくて。トレーナーにも会いたくなかった。自分のキャリアに傷を付けるようなことをしてしまったから。自分の担当の体調も考えず、無理に出走させた身勝手なトレーナーだと、何処かの誰かが言っていた。
全部、アタシのせいなのに。アタシが、ダメで弱かったからなのに。アイツは、私の分も背負って...何て言ったら良いのか、分からない。だから、練習にも出なくなった。
怒りと執念だけが、アタシを突き動かす力だったのに。今はもう、何も無い。
「タイシン...大丈夫?」
「は? 別に...体調悪かったのも無理にトレーニングしたからで、何処も悪くなんか」
「そうじゃなくて!! ...そうじゃなくてさ...」
「...何」
コイツは、妙な所で勘が良い。
「...いや!! 何でもない!! 朝練行ってくるね!!! あ!!!! お昼は一緒に食べようね!!!」
「え? あ、ちょっと...」
そう言ってチケットは走り去ってしまった。何...? なんか、アイツらしくなかったな。
アイツは距離感関係なくすぐ入り込んでくる。その明るさで、その朗らかさでアタシの壁さえ乗り越える。どうしようもなく眩しくて、羨ましい。...いやあのうるささは羨ましくないけど。
勝手に昼の約束も取り付けられた...だけど、今はとにかく
「...一人にしてよ」
アタシは、もう空っぽだ。
「────それで明治維新では、薩摩藩の〜」
...何も頭に入ってこないな。いつもは割と真面目に聞いてる歴史の授業も、これっぽっちも分からない。最近は授業もぼーっとして、何も身に入らない。
だけど、いつも頭の片隅には。空っぽのはずの心にあるのはいつもの光景──────大勢のウマ娘がアタシの前方を走っている。芝の匂い。地響きにも似た蹄鉄の音。
アタシの身体じゃポジションの取り合いには絶対勝てない。
だから、最後の直線に全てを賭け追い込む。あぁ、もっと身体が大きければ、もっと身体が強ければ。アタシはここで中団に着けている。
先頭集団には見知った顔がある。綺麗な白髪、目を引く長身、無駄の無い完璧なフォームとテンポ、流石ハヤヒデだ。あと少しで逃げている先頭も追い越すだろう。
そしてそれを静かに狙う、中団より少し後ろの短い黒髪。目立つ赤色の勝負服は、うるさいコイツによく似合っている。いつもは騒がしいのに、レースの時は虎視眈々と先頭を追い抜くタイミングを待っている。チケットのコース取りは天才的だ。まるで自分が走るべきコースが見えているかのように、集団を掻き分け走り抜けていく。
アタシも、負けたくない...!!! 絶対2人に勝ちたい。最後の直線、ハヤヒデは絶対スピードを落とさない。最終コーナーを抜けても最高速度を保って直線に入ってくる。そしてチケットは最終コーナーが終わってから、全身全霊をもって中団から一気に先頭に着けてくるはず。
それを、後方から一気に...!!!
「────ンさん。ナリタタイシンさん、聞いていますか?」
「...え? あっ、はい!」
...最悪だ。何も聞いていなかった。何か質問されているんだろうけど、その質問の内容すら分からない。
「...西郷隆盛だ、タイシン」
「えっ...と...西郷隆盛、です...」
「...良いでしょう。そうですね、西郷隆盛は────」
「...ごめん、ハヤヒデ」
「ふふ、良いさ。それにしても、歴史好きな君が上の空なのは珍しいな」
「まぁ、ちょっと...」
もう何も無くなってしまっても、心も身体も空っぽになってしまっても。それでもアタシの中に残っているのは、2人とのレースの記憶。
「体調がまだ優れないんだろう? 今はゆっくり休むべきさ」
「...うん」
お昼。騒がしいチケットをどうにかやり過ごし、お気に入りの校舎裏で寝そべっている。
「そういえば今朝チケットが言っていたが、昼食を一緒に摂るんじゃなかったのか?」
「いや...昼ぐらい静かに食べたいし」
「はは。チケットがまた泣くぞ」
「いつも泣いてるでしょ」
ハヤヒデは校舎の窓を開けて、そこに肘を着いている。
「しかし、万全の状態でないのにあの気迫...君はやはり恐ろしいな」
「え?」
「菊花賞、確かに私が勝った。私達でクラシック戦線は山分けだ」
ハヤヒデの声に、鋭さのようなものが混じる。
「タイシンは皐月賞、チケットはダービー...正直、私は気が気でなかったよ」
「...何で」
「私達は同時期にデビューしたが故か、BNWと呼ばれ、クラシック戦線に挑んだ。私は誇らしかったよ。強く優秀な2人と肩を並べ、レースに臨む事が出来る。私には無い物を持っている2人と、レースで競う日々に充足を感じていた」
...!! ハヤヒデも、そう思っていてくれたんだ。
「無論私は三冠を貰うつもりだった。君達2人に一冠もあげるつもりはなかったよ」
「それはアタシもおんなじ」
「だが結果は違った。皐月賞の君の...鬼神にすら迫る末脚。正直怖かったよ」
「何、怖いって。失礼」
「はははすまないすまない。しかし私の素直な感想だ。私はあろうことかレース中に恐怖してしまったんだよ。君に勝てない、と思ってしまった。その時点で私の負けだった」
何だかむず痒い。いつも実力に裏打ちされた自信に溢れているハヤヒデも、弱音吐くんだな。
「しかしダービーは、私の全てを出し切れたはずだ。その上で、チケットが上回った。負けはしたが、最高のレースが出来た。満足はしていたが...菊花賞までの期間は、気が気で無かったよ」
「...んふ。ハヤヒデ、もしかして仲間はずれにされるって焦ってたんだ?」
「...あぁ、認めるよ。このままではNWになってしまう〜...と焦っていた」
「く...ふふ...アハハッ!」
「おい! そんなに笑うな!」
いやいや、まさかあのハヤヒデがこんな事言ってたら誰でも笑うでしょ。
ハヤヒデも不安になったり、焦ったりするんだな。何だか少し安心した。私だけが、置いていかれる気持ちになってるわけじゃなかったんだ。
「だから菊花賞は負けるわけにはいかなかった。本当は万全のタイシンとチケットを相手に圧勝...が理想だったがな。競技人生そう上手くいくはずもない」
「...ごめん」
「何を謝ることがあるんだ。君は...無理をしてでも、私達に立ち向かってくれた。そして、出せる全てをもって私に迫った。それだけで充分さ」
本当はアタシだって...最高の状態で、走りたかった。アタシ達の王冠の最後の勝負。胸を張って、アタシは強いと言いたかった。
本気で走れないアタシなんて、眼中にもないはずなのに。
本気で走れないアタシなんて、いる意味が無いのに。
そんなアタシに、ハヤヒデは何を求めるの?
「...ねぇ、ハヤヒデ」
「何だ?」
「...何でハヤヒデは、アタシと一緒に居てくれるの?」
心が少し解ける。ハヤヒデが求める対価。今のアタシの価値。ハヤヒデとチケットと一緒にいるための理由。それが知りたい。
「...ふむ...いや...」
歯切れが悪い。突然の質問だから無理も無いか。
ハヤヒデとチケットは、きっと...アタシと同期じゃなかったら、絶対つるむ事は無い奴らだ。アタシとは何もかも違うから。
アタシみたいなヤツと一緒に居るなんて、同期だから何となく...とかそんな理由で。いつか、この学園を卒業したら会わなくなっていくんだろう。もう思い出すこともないかもしれない。
それは...すごく嫌だ。
「...特に理由は無いな」
「......はぁ!?」
「そんなに驚くようなことか? 私は...ただ共に居たいから居るだけだが」
「は、いや、え? だって、じゃあ何で」
何でアタシみたいな嫌なヤツと一緒に...?
「確かに知り合った理由は、デビュー時期が一緒で、目指す場所も同じだったからだが...そうでなくても、私は君とチケットを見つけたよ」
「そんな、嘘...だよそんなの」
「まぁこれも仮定の話だ。今はこうして走る事で共に居る...が、もし私達が走る事も無くなり、普通のヒトと同じようになったとしよう」
いつの間にかハヤヒデは、校舎から出てアタシの隣に座っていた。
「それでも私は、君と友好な関係をいつまでも続けたいと願っているよ」
もしアタシが、普通の女の子だったとして。走る事も無く、この学園に来ることも無かったとして。
そんなアタシを、友達だと思ってくれるヤツなんか居るのだろうか。
卑屈で、ねじ曲がってて、目付きも悪い。すぐ悪態つくし付き合いも悪い。一人で居るのが楽で、大勢でいるのは苦手。
それが、アタシ。走る事以外何も無い、ただの嫌なヤツ。
「もしタイシンが、ここで走る事を辞めてしまったとしても。私は君と友人で居たいんだ。君が君であること以上に、一緒に居る理由など無いよ」
「...何で...だってアタシは、こんな、なのに」
そんなアタシを、求める理由なんか何も無いだろ
「君の人間性を好ましく思う者も居るということだ。君達と居るのは、私にとってかけがえのない時間さ」
「...ハヤ、ヒデ...」
「タイシン。君が思ってる以上に、周りは君を認めているし、好ましく思っている。無論私もだ。...素直に信じることが出来ないかもしれないが、それは紛れもない事実だ。そろそろ自覚したまえ」
アタシから、走る事が無くなったら何も残らないのに。2人と並び立つ資格も...結果も...アタシは何もあげられないのに。いつも貰ってばっかりだ。
「...今はこっち見ないで」
「あぁ。...だが、ここに居るとしよう」
「...失礼します」
「!! ...おかえり。待ってたよ」
「...ごめん」
「良いんだよ。休みって言ったのは俺なんだから」
トレーナー室。いつもはうるさいコイツは、今日は少し静かだ。
いつもは乱雑に置かれてるトレーニング本やトレーニング用具が結構片付いている。
「1週間くらいトレーニング無かったから、少し掃除したんだ。せっかくおっきい部屋貸して貰ってるんだからもっと有意義に使わないとな」
「...広すぎるくらいだと思うけど」
「広くて悪いことなんて無いだろ? ほら、蹴っ飛ばされても物に当たんないし」
「そもそも蹴られるようなことすんな」
コイツと居ると、いつもペースを乱される。うるさいしウザイし。だけど、そんなのも悪くないなと最近思うようになった。一人になって、色々分かったような気がする。ハヤヒデが言ってくれた事で、少し自分を許せるような気がする。
「...来てくれたってことは、答えを聞かせてくれるってことか?」
「まぁ...ちゃんと決めたわけじゃない」
「それで良いんだよ。タイシンの気持ちが1番大事だ」
こいつは歯の浮くような事をすんなりと...。
「...走る事だけが、アタシがここに居る理由。それは、今も変わんない。今までバカにしてきた連中も、なめてるヤツらも全部見返すためにここまで走ってきたんだ」
「うん」
「...でも、もう分かんないんだ。こんなアタシを、好きだって言ってくれる奴がいる。認めてくれるヤツもいる。アタシはアタシの事大っ嫌いでみっともなくて...信じることが出来ないのに」
それでも、レース場でアタシを応援してくれる声が聞こえた。
アタシを、認めてくれるヤツがいた。
「このまま走り続けたって...アタシは、変われない。自分を信じれない」
でもそれじゃあダメなんだ。周りがアタシを認めたって...自分が自分を認められなきゃ、アタシは空っぽのまんまなんだ。
「...」
「アタシが、自分を認めなきゃ...何も意味なんか無い」
「じゃあ、諦めるか?」
「えっ...?」
「君が走る事を辞める事も、立派な選択肢の1つだ。君が走ってきた道は消えない。結果は消えない。皐月賞ウマ娘ナリタタイシンは、居なくなったりしない」
アタシの記録は、そこで終わり?
ハヤヒデはもう次のレースを決めてるのに。チケットは、もうレースに出てるのに?
アタシの結果は...もう何も無くなる?
「...ヤダ」
そんなの、嫌に決まってる。
「諦められるもんか、こんなところで!! アタシはまだ、足りないんだよ!!!」
アイツらに並ぶためには... アタシがアタシを認められるようになるには!!!
まだこんなところで諦めたら、アタシは一生変われないまま。自分が醜くて歪でみっともない、ダメなヤツとしか思えなくなる。
「...でも、アタシは...歪んでて、みっともなくて...自分を誇れない。自分を信じられない。この先走り続けるなんて...」
「だったら、俺が信じるよ」
「えっ...?」
「タイシンが自分を信じることが出来るまで、俺が君の分まで信じるよ!!」
「は...? だって、アタシ...何も変われてないんだよ? アタシの分なんて...いつになるのか」
「いつまでも信じるよ!!!」
コイツは...信じてる。強くてカッコイイ、ナリタタイシンを信じてる。
アタシも知らない、なれるかも分かんない眩しい存在をどこまでも信じてる大バカだ。
「なっ...〜〜〜〜〜〜〜っ、一生でもかよ、バカ!!!」
「一生でも!!!!!!!!」
「何言い切っちゃってんの!?」
コイツ、ホントにバカ? 一生て...一生...アタシの分も背負うって...
「...く、ふふ...あははは! ほんと...アタシのトレーナーはバカだよ」
「バカみたいに信じてるんだよ、君のことをさ」
アタシが自分を信じられるようになるまで、アタシは走る。いつになるか分からないけど。本当に、一生かかるかもしれない。
辛く苦しいのは変わらない。本当に出来るかも分かんない。だけど、諦めるより1億倍マシだ。それまで...走ってみようと思う。
強くてカッコイイアタシになれるまで、コイツはアタシを信じてくれる。それだけで、何処までも走っていけそうな気がする。
「...おす」
「あああああああああ!!!! タイシン!!!! 何でお昼いなかったんだよおおおおおおおお!!!!!」
「あーもううっさい!! 悪かったよ」
「でもトレーニング場に来たってことは、トレーニング再開するの!? う、うおおおおおおおおおおおおおおん嬉じいよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
「ホントにうるさい!!!! 蹴るよ!!!!」
コイツ何でこんなうるさくできんの? 全然羨ましいと思えなくなってきた。
夕暮れが照らすトレーニング場。今朝まで見たくもなかったのに、走ってる人達を見ると、自分も走り出したくなってしまう。
ほんと、アタシの魂は変なヤツだ。
「...ねぇ、チケット」
「なーに、タイシン!!」
「アンタは、何でアタシと一緒に居るの?」
...ちょっとめんどくさいやつになってるかな、アタシ。
「えーーーーー!? そんなの決まってるよ!!!」
夕陽が照らす、太陽のような笑顔。ホントに眩しくて、目を背けそうになる。でも...こんなに心が暖かい。
「タイシンだから!!! だよ!!!!!!!」
「...アンタも同じような事言うんだね」
バカみたいにまっすぐなヤツが言うんだ。嘘偽りなんか無いんだろう。疑り深いアタシでも、ここまで嘘が無いと裏を探る気すら起きない。
「何でそんな当たり前のこと聞くのーーー?」
「別に...アタシ明日からトレーニング再開するから。並走付き合ってよね」
「!!!!!!!!!!!! 分かった!!!!! うおおおおおおおおおおおおおおおおお燃えてきたああああああああああ!!!!!!!!」
「うっっっっっっっさい!!!」
アタシはチビで歪んでてみっともない、ダメなヤツ。それは今も変わんない。それが今のアタシだから。まずは、そこを認めよう。
だから変わりたいと思う。また走って、走って、走りまくって。答えなんか出ないかもしれない。変わることも出来ないかもしれない。それでも、アタシはここに居たい。
変わったアタシを見て欲しい。認めて欲しい。そして、いつか肩を並べられるように。
アタシを好きだって言ってくれることを、誇りに思えるような自分になるために。
アタシはまだ諦めない。
タイシンが、自分を信じられるようになっても、私はタイシンのトレーナーで居たい。