───深夜0時。
本来なら大体の人は自室の寝室で寝静まる時刻に僕たちは丘の上で隣合いベンチに座っていた。自然と外へと歩き始め、たどり着いたのがこの場所。
満点の夜空が輝き、車の音すら聞こえることなく喧騒一つない二人だけの世界が心地いい。お互いが何も言わずただ夜空を眺め、時々肩と肩が触れ合ってはほのかな温もりが共有されいく。
星空を眺めているとトワが口を開いた。
「今日は君の両親が亡くなった真実と私の過去を伝えたいが為にこの時間を貰ったの」
この言葉を皮切りに静かな空間へ言霊が漂い始め、僕の耳に届き響き伝わると過去の追憶が流れた。
物語は異端の少女が生まれた瞬間から始まる。幼少期から青年期、大人の女性と進みトワの人生が寝静まるひと夜の間に紡がれていく。まるで一つの壮大な小説を読んでいるかのような物語。
壮大とはいえ冒険譚な心が掻き立てられる物語ではなく異端として生まれた女性の悲劇譚であったが。
息遣い一つすら色濃く映り言葉が更に重みが増す。当時の心境や思い出が感情と共に情景として映像を眺めているかと疑うほどに浮かび投影され、泣きそうな程に悲痛な叫びが残痕として心を締め付けた。
紡がれていく物語からトワの過去と傷を知った。僕はトワの優しさがこの物語の核であり、一人の少女の願いすら無碍にする世界の現実に悲しく感じる。
今なら、あれ程までに一人の少女でありたいと、普通になりたいと切に願っていたのか理解できる。
誰だってそうだろう。僕だって、例え王様であっても宇宙人であったとしてもこの苦しみは簡単に解決することも叶えられることすら望めないのだから。
トワは一度、口を閉じて乾いた口内を潤すように何度か水を飲んだ。潤んだ唇をこちらへ向ける。
僕は合図として頷き続きを即し、頷きを確認すると何度か深呼吸を繰り返し、トワの口は再び開く。
「烏達は白い烏を爪弾きにする事を躊躇わない。
それは君と出会う運命で証明されてしまった」
僕は静かに再び耳を傾けて物語に入り込んだ。
なんて不思議な物語なのだろうとしか思えない。
生まれて初めて聞いた両親の存在。この人生で一度も顔を見ることもなく、遺影すら、アルバムすら残らず頭の中の想像でしかなかった二人が突如登場したのだから。誰も彼も僕の両親の事を話する事がなかったから実は元から居ない存在なのか、僕は捨て子なのかと思っていた。
聴いている限りは赤ん坊の僕は両親から心から愛されていたようだ。突然の襲撃から命を懸けて僕を守ってたみたいで、文字通り必死に。本当に僕の事なのか疑心が芽生えるほどに愛されていた。
変な言い回しだけど親近感が湧いてしまう。僕も白音と黒歌の為なら躊躇いなく自分の命を差し出す事に抵抗はないから。
僕を守ってくれたのは両親とトワ。
そして死体に隠れ潜み、不意を突いた堕天使から救ってくれた逆撫。本当に感謝しきれないな。
僕が潜在的危機感で逆撫を呼び出したのか、逆撫が自律して僕を救ったのかは不明だけど自分の為に無理をしたのは理解出来る。今までの邂逅で能力や行動に厳しい制約がある筈なのに無理したんだろう。
「私は宝刀の事を両親から聞いて二人の死後、一緒に連れて堕天使の世界に行く予定だった。
けど私は堕天使を殺したことで追われる身になる可能性と天秤にかけ苦渋の決断で人間に任せたの。
そこでなら貴方は子供らしく何にも縛られず何にも恐れることなく育ってくれると信じていた。
それがまさかこんな事になるなんて、、。」
トワは僕の身体に刻み込まれた消えない跡に手を添えて慈しむように撫でる。撫でる手からは何も感じる事が出来なかったが振り解くなんて選択肢は浮かぶ訳もない。
「君の両親が最後に伝えてほしいといわれた言葉があるの。だからよく聞いて心に刻み込んで」
愛してくれた二人が僕に向けた最初で最後の言葉。
「………。」コクンっと頷く。
『貴方を心から愛している。私達の命よりも。
どんな子に育つか側で見たかった。
愛をあげたかった。撫でてあげたかった。私達のせいで貴方は苦労するかもしれない、それでも貴方は望まれて生まれた事だけは忘れないで。
どうか、どうか幸せになって、、。』
自然と瞳から一雫が流れ落ちた。嘘偽りなく僕は両親から望まれて生まれた事実が心に染み渡る。
死して知った愛の言霊が僕の欠けた最後のパーツがカチリとハマる音が聞こえた気がした。
──あぁ、僕は生まれて良かったんだ。
何も残してくれなかった二人。この言葉を物語を聴くことがなかったらずっと怨み続けていただろう。だって思い出すら無くてお金も頼れる人も何もかもが欠損した僕の歩んできた人生なら忌み嫌うには十分でしょ。でもそれが、それが、、。
全てが覆えるように、逆さまになっていくように、この感情になんて名前を付ければいいのだろうか。
二人は遺言を言い残して息とったらしい。
最後まで僕を抱きしめて心から愛した形跡を残すように。いつの間にか身体を自分で抱きしめていた。
もしかしたら二人の残した痕が今もこの身体の何処かに潜んでいる気がして何度も何度も繰り返す。
息を引き取った後にトワは様々な後悔の念や、躊躇いがありながらも記憶を改竄した。僕の名前も家族の死すらも何もなかったかのように全てを。
「私はこうして君の全てを改竄した。
だから君の名前は宝刀じゃない。追手が現れないように念の為に私が名付けた仮の名前なの。
君を宝ものかのように守る刀だから宝刀。」
貴方の本当の名前はね、、
───
「くしな せつなが僕の、、。」
「そう。緤はきずなと読み、挐はつかむ。
幸ある出会いを経て絆を紡ぎ掴んだ糸からまた新たな幸な出会いをして欲しいと願っての名前。
君にとっても似合う素敵な名前よね」
勿忘 緤挐、勿忘 緤挐、勿忘 緤挐。
初めて聞いたのにスッと受け入れる事が出来た。
お父さん、お母さん素敵な名前をありがとう。
僕には勿体無いくらい考えられた名前だよ。
会いたかったな。抱きしめて欲しかったな。名前を呼んで欲しかったな。二人の愛を直接感じ取りたかった。愛を呟いて欲しいよ。
「私が伝えた通り君は愛されていたの。助ける事が出来なかったから言える義理じゃないけどね。」
「それでも、こうして伝えれて良かった」
トワはふわりと僕に近づいて抱きしめた。
いつも香る匂いで現実に戻れた気がした。
トワの過去、両親、僕の過去。
知れて良かったと思うけど余りにもセンチメンタルになりすぎて逃避しかけてる。段々と落ち着いてきた時に一つだけ気になる事があった。
「聞きたいことがあるんだ。今まで隠していたけど、少し前から僕は人の感情が分かるんだ。これも僕のお父さんやお母さんが何か関わってるの?」
ずっと疑問だった。黒歌と白音と出会った時から徐々に相手の気持ちが伝播する事が。
言葉の一つ一つの感情が色として情景として、時々相手が何を考えてるかすら伝わってくる。
トワは驚いた顔をした後に難解な問題に直面したかのように顔を顰め考え込んだ。
「そっか、受け継がれていたのね、、、。
時には知らなくていい事もあるけど良いのね?」
両親の事が知れるのなら僕はどんな些細な情報でも知りたい。後悔もするかもしれないけど頷き返す。
トワは躊躇いながらも引かない僕を見て重い口を開いて僕と僕の両親に隠された秘密を告げた。
「とても信じれない話かもしれないけど、、。
実はね、君のお母さんは妖怪だったの。人の心を読み解き、時として惑わし誑かす覚妖怪。
その妖怪のお母さんと人間のお父さんから生まれたハーフの存在である事実が君の出生の秘密なの。
だから覚妖怪ほどの読心力とはいかなくても人の感情が伝わったりするのかもしれない」
「お母さんが妖怪で僕はハーフ?」
何か両親が原因だとは思ったけど返答するだけで精一杯な程の事実だった。妖怪?人の心を読む?頭の中でぐるぐると巡りこんがらがる。
でも妖怪のような特異な存在でもなければ僕の現象を言い表すことは不可能なのも事実。
「そう。本来ならあり得ない事だけど人間と覚妖怪から子供が生まれた存在。覚妖怪は心が分かるから醜い欲望を持つ人間を酷く嫌うの。
君のお父さんはさぞ素敵な人でしょうね。」
「今日この事を聞けてようやく腑に落ちよ。
だから僕は人の心の中が理解出来んだ。
あの男が常々、化け物って言ってた意味がやっと分かった。そっか、人間ですらなかったんだね」
「今は分からなくてもいい。でも二人は言ったでしょ?望まれた子供だって。だからいつかは二人の血を受け入れて欲しい」
「驚いたけど大丈夫だよ。僕は二人の子供である事にもう怨みなんて抱かないよ」
僕はついため息をついてしまった。
「そっかぁ、何で襲われたのかと思ったけど珍しい半妖怪で逆撫のような神器だったら堕天使や悪魔が狙っても仕方ないか」
「私からすれば複雑だけど君の言う通り、、。
ほぼ有り得ない人間と覚妖怪のハーフで、発動したら無敵に近い出鱈目神器を持つ子供。それだけの要素が有れば狙われてしまうかもしれないわね」
平子さんが言っていたけど、僕は悪魔や堕天使からすれば邪魔な存在になりえるだろうね。
知らぬうちに自陣営の秘匿事項が心から読まれ、もし神器を上手く扱えるようになるのならお手上げになってしまうのだから。
「改めて私はあなたに謝りたい。あなたを守った素敵な両親の真実を書き換えた事。君を置き去りにした選択で身体に消えない跡を残してしまった事。
君をずっと探していたと言い訳にしか聞こえないけど時間の許す限り探し回ったわ。
私の身体がどうなろうと魔眼の異能を駆使して何度も何度も、君を見つけようとしたけど、それでも君を見つける事ができなかった事が、、。」
トワはずっと一人で後悔して懺悔し、罰せられることを望むかも知れないけど僕は貴方には感謝しか言えないよ。見つけてくれて本当にありがとう。
「確かに辛かったですよ。いつも身体に傷がついててね、髪も今みたいに綺麗じゃなくてもっとドロドロで匂いも酷くてね大変だったんです。
それに今、何歳かも実は分かららないんですよ。誕生日も男が適当につけた日ですから」
「……。」
「でもね、そのおかげで黒歌と白音という家族に出会う事が出来たんだ。醜い僕を何の打算もなく抱きしめてくれた人に家族になって欲しいって言ってくれた人にさ。
だからね、どうかそんな辛そうな顔をしないで。
僕はトワに何一つ恨んでいないよ?
だって話を聴いていても貴方が悪い事なんて一つもないし、ありがとうとしか言う言葉はないよ。
トワが見つけてくれて、愛してると言ってくれた事が何よりも嬉しいんだ。僕の為にありがとう」
私こそありがとう。それしか言えないよ。
私は君の家族も救えず、君の生きてきた悲惨な現状を作り出した張本人なのに。罰を望んでいた筈なのに君に拒絶される事に怖がって今日まで引きずってしまったことに後悔する。
私は本当に自分勝手。君からすれば両親の事を知りたいと願うのは必然だと言うのに、、。
ありがとう。ありがとう。愛してる。
緤挐は再び口を開き語ったその言葉を聞いて私は泣くしか選択肢が浮かばなかった。
「だからね、改めてだけど良かったら。
トワも、僕の本当の家族になってよ」
家族。このたった二つのフレーズの中にはどれほどに意味が含まれ、言葉に重みがあるのだろう。
私では想像でも出来ないしてはいけない君の領域に私は足を踏み入れていいの?
以前、姫島さんに紹介された時は嬉しかったけど、こうして直接言われるのでは訳が違う。
でも踏み込ませて欲しい。
もし、私が赦されるのであれば、、。
「君の家族になりたい」
緤挐は私の返答を聴くと顔を近づけて私の潤んだ銀色の瞳を見つめ、頬に片手を添え儚げに笑った。
「今日からトワは家族だね」
私は微笑む顔から息をすることすら忘れて、ただだだ──緤挐の笑顔に見惚れていた。
まるで蛇が絡みつくように私の心は締め付けられる。視線を逸らすことすら大罪を犯したかのように錯覚してしまうほど、神秘的で美しかった。
どんな世界的絵画でもこの世の美と称される人でさえ霞むほどに月夜が照らす微笑みは美しい。
「ねぇ、一つだけお願いがあるんだ。
宝刀ってこれからも呼んでくれない?トワに付けて貰った名前は失くしたくない。
トワにはこの名前で呼んで欲しいんだ。」
バカ、バカ。宝刀の人たらし。
あぁ、私は昨日であんなに堕ちたのに君はどこまで呑み込み引きずり込めば気が済むの?
そんな嬉しいことばっかり言われたら、私はこれ以上は望んではいけないのに願ってしまうのよ。
一人の家族よりも、もっともっと特別で甘くて深くて愛し合うそんな関係を欲しいてしまう。
強欲な私をどうか赦してね、、あなた。
「ねぇ、宝刀。私ね夢が出来たの。
今は聞かないで欲しいわ。
言ったら叶わなくなっちゃうから」
「ふふ、それはお参りや流れ星しだよ。
まぁ世間の噂や迷信だろうけどね」
「それでも言いたくないのよ!
もう情緒がないんだから。最近私の扱いが雑になってきてるんじゃないかしら?」
僕とトワはその場から離れる事なく語り合った。僕は白音と黒歌との思い出を、トワは様々な国で出会った人達や食べ物の話など。
くだらないけどそれが今の距離感にちょうど良くて夜空が輝いてた空が明るくなるまで語り合った。
トワの過去。覚妖怪の母と人間の父。半妖怪の僕。自律して動く神器。新しい家族のトワ。
ゆっくりと考えてみるとたった一晩の情報でパンクしそうなレベルだなと笑いそうになる。
自律して動く逆撫か。時間を味方に出来たのかは分からないけど一つのピースが手に入った。
あとは僕に気持ちの整理がつけば逆撫の課す嘘と真実に手を出すのもいいかも知れないな。
お父さん、お母さん。僕を愛してくれてありがとう。産んでくれてありがとう。僕は幸せだよ。
今日もご覧いただきありがとうございます。
更新の頻度が落ちていますが一生懸命に執筆に勤しんでこの結果ですので見捨てないで下さい。
全然、原作にすら到達しない事実に恐怖してます。私が時系列を飛ばして原作に入れば良いんですがどうしても細かく描写したくなるのは病気ですね。
よかったら高評価などしていただければ更に頑張れます。
感想や励ましのお言葉をお待ちしておりますのでドシドシ応援してください!