戦闘シーンってやっぱり書くのに体力いりますね。というわけですげえ長いです
――ソロモン海の海上は、ラタンガイ島南方沖。
雪風を含む紅組の九隻の艦娘が、戦闘形態で集結している。
戦闘形態は、艦娘の最大出力を引き出す際に使用される、戦闘時の基本形態である。艦娘の相手である深海棲艦には様々なサイズと形状があり、魚型から巨人というような脈絡の無さで存在している。例えば、完全な人型深海棲艦で最も多く見かけられるのが空母ヲ級であるが、これの全長は場合にも依るものの、平均して二〇メートル程度と言われている。
艦娘の場合は、その原型艦の十分の一のサイズが戦闘形態時の全長とされている。そのため、正規航空母艦は比較的巨大化する傾向にある。場合によっては超弩級戦艦をも凌ぐ身長となることもある。
「この演習、もらったも同然ね」
瑞鶴が、自身の装備である長弓の弦を弾きながら言う。自信に満ちたその横顔に、赤城が少しばかりの不安の色を見せる。
「でも、相手の基地周辺での航空戦は正直言って不利ですよね」
「そのための作戦じゃないですか」
提督には親しみを込めて敬語を避ける瑞鶴も、直接の先輩となる一航戦には言葉遣いを気を付けている。端的に言ってしまえば、加賀がうるさいからである。
「戦力誘引……頑張らないと」
鳥海が最終確認を終えた艤装の20.3cm連装砲に手を置いて、独りでに呟く。隣に控えていた摩耶が「あん?」と反応すると、鳥海は何でもないというように首を横に振った。「高雄姉さんたち……どうしてるかな」
「さあな……アタシたちと似たようなもんだろ」よしっ――と摩耶が二の腕の艤装の調子を整えて、基地の方角を睨みつける。「今日こそは、姉貴たちに勝つ!」
「なんか皆さん、気合が入ってますね」
「ああ、せやな……」
息巻く鳥海たちを横目に、黒潮は雪風を困り者を見るような眼で見る。その実、雪風は困り者だった。初日に部屋に来たとき、提督が行ってしまってから、雪風の態度は一変したのである。何を話しかけてもなんだか釣れない様子なのだ。陽炎のことはお姉さんとして尊重しているようにも見えるのだが、それもあくまでも陽炎が新兵に世話を焼こう、という時だけの話で、僚艦として、友人として接してみようとすれば途端に向こうから拒否反応が出てきてしまう。
「やっぱり、記憶の所為なのかな……」
昨夜、急遽開かれた駆逐艦会議で、時雨はそう口にした。艦娘の持つ、原型艦の記憶。原型艦の黒潮たちは同一の隊であった経験が無いため、雪風のトラウマの対象になるとは思ってもみなかったのである。とはいえ、黒潮たちとて、その沈む直前の頃、第三次ソロモン海戦やらなにやらでの雪風の不気味な戦果のことは耳にしていた。
死神。味方殺し。
「ふう……」双眼鏡で基地の方角を眺める雪風を尻目に、再び溜息を吐く。「やりにくいったらあらへん……」
「駆逐隊のみんなっ」
うつむき加減の黒潮の頭上で、瑞鶴の凛々しい声がする。少し不機嫌そうな表情で見上げた黒潮に、瑞鶴は不思議そうに首をかしげる。
「どうかした?」
「いいえ、別に」
「ならいいんだけど」もちろん、瑞鶴は雪風をめぐる駆逐艦たちの葛藤など知る由もない。一昨日の宴会では、『帝国海軍の強運艦が三隻も揃った!』なんて騒がれていた。「作戦はさっきの打ち合わせ――図上演習の通りに頼むわ。その都度、臨機応変に対応すること」
「はっ!」
四隻の陽炎型が一斉に敬礼するのを見て力強く頷いた瑞鶴は、赤城の方に向き直る。瑞鶴の自信満々な表情に、どこか芯の強さを感じさせる赤城の微笑が応えて、二人は――二隻は周囲の艦娘たちを見回す。
「行きますよ! みなさん!」
「はい!!」
図上演習の際に提案された作戦は、いわゆる戦力誘引――各個撃破からなる基本的なものだった。赤城・瑞鶴両空母の航空隊が基地上空へ侵攻したのち、即座に反転、南飛行場航空隊と鳥海たちの陽動隊(雪風・黒潮)に遅延攻撃を任せて、追撃してくる小型艦を北上たち雷撃隊(陽炎・不知火)の長距離からの雷撃で叩く、というシンプルな作戦である。
雷撃隊にも陽動隊にも参加しない摩耶が空母の護衛に残り、長距離雷撃の開始とともに交戦海域を迂回してラタンガイ島の海岸線に沿って
「ま、加賀さんが中にいるとも限らないし」
とは北上の台詞である。普段は魚雷発射管だらけにしている四肢に、今日は15.5cm三連装副砲が二基六門装備されている。夕張の改修案――大火力化改装と呼称されるこの換装で、北上の夜戦時の戦果は倍になると発案者・夕張は太鼓判を押していた。
「その時はその時です。わたしたちで討ち取りましょう! そうすれば昼戦ではわたしたちの勝ちです!」
陽炎が自慢の四連装発射管を高く掲げてはつらつとした笑顔を見せる。北上は肩をすくめて、可愛い妹でも見るような目つきで口角をほんの少し釣りあげる。駆逐艦をうざいと公言してはばからない彼女も、本心からそう口にしているわけではなかった。
「さあ、時間です」赤城が搭載されている時計機能の正常を確かめて、弓をやや前傾にに構える。瑞鶴もそれに倣い、空母二隻が臨戦態勢をとる。「――状況開始!」
数条の矢が、青空に黒い軌跡を描く。途中でそれぞれの矢がいくつかに分離し、徐々に航空機の姿に変わっていく。彩雲の偵察隊と五二型を護衛に付けた彗星の艦爆隊による第一次攻撃隊が、赤城と瑞鶴の速射によって次々と撃ち出されていく。
「さあ、行きましょうか!」
航空隊の出撃と共に、鳥海率いる陽動隊が、両弦最大戦速で出発する。走り出したとたんに、彼女らの足が付く海面に光の文様のようなものが浮かび上がる。水上航行のための力場が、妖精工廠製の艤装によって展開されたのだ。
「雪風、艦列を乱さないで」
「はい!」鳥海の言葉に先ほどまでの穏和さはない。既に演習は始まっている。雪風は上空を見上げ、初日に見た艦戦の編隊が飛んでいることに気が付く。「……くっ」
『――敵、二個飛行隊が接近中デスっ』
努めて事務的に振る舞おうとする妖精さんの可愛らしい声が通信に入ってくるのを受けて、鳥海がいまだ敵影の見えぬ空を睨む。艦娘の視力は人間のそれとは比にならない。数キロの先であれば艦型識別は容易に行える。
「交戦前に援護射撃します!」鳥海が斜め上前方に主砲や副砲の対空火器を向ける。「撃ち方用意っ!」
黒潮と雪風が素早く反応して、鳥海と同じく主砲を斜め上に向ける。いまだ視界には敵編隊は胡麻粒ほどしか確認できないが、対空電探が既に味方ではない航空機の陣容を捉えている。
「
光弾の帳が前方に展開される。電探の捉える敵機の構成する規則的な構造が突如として動揺し、いくつかが脱落する。
『援護射撃に感謝。――交戦しマス』
今まで通信していたらしい隊長機の五二型が流麗な操作で左に滑り、列機がそれに続いていく。弾幕を受けて機体同士の間隔を広げた白組航空隊が、左右に展開して第一次隊に襲いかかる。向こうも爆撃機と攻撃機を庇っているらしく、襲いかかるのは護衛の艦戦である。
『空はもう任せましょう!――わたしたちは海上の艦を誘い出さなくては』
鳥海が秘匿回線で僚艦の二隻に呼びかける。
『前方に単縦陣で展開してはりますよね?』
黒潮が手をおでこに付けて、遠目になる。別にこの行為で視力が上がるわけではないが、望遠機能をしようとすると何故だか、こんな姿勢になる。
『並んでいるのは四隻……全戦力の三分の二を回していますね』
雪風は双眼鏡から目を離す。黒潮が「う……」というげんなりとした声を漏らし、鳥海は無言のまま水偵を飛ばす準備を始める。
『四隻、なら全員引きつけないと……!』
水偵が飛んでいく。空中戦が行われているその真下を通過していく様子にはらはらしつつ、三隻が行く末を見守っている内に、前方の艦影が見える距離に近づいている。――もうとっくに搭載砲の性能上の射程範囲には行っているということだ。
『艦型から推測するニ、高雄型二隻、白露型一隻、隼鷹型一隻がいるものと思われマス』
水偵パイロットの妖精さんから通信が届き、『ありがとうございます』と鳥海が感謝の辞を述べたその刹那、交戦空域から反転していた白組艦戦が水偵の後方を素早く占位する。撃墜判定だ。水偵がゆったりと着水し、撃破の白旗を揚げる。
『もうしわけないデス……』
しょぼくれた声で謝る妖精さんに、三隻は思わず微笑んでしまう。
『こちらこそ、無理を強いてしまいました』
数の上で負ける第一次隊はやはり劣勢のようだ。おまけに燃料の問題もある。南飛行場隊の出動が行われるまで、空母航空隊は飛行場への着陸を許されていないのだ。ところが作戦上、まだ、南飛行場隊は動かすことはできない。
『こちら陽動隊、クレドナー島南方を通過。敵防衛線は予測通りの座標である模様。――第一次攻撃隊が足止めを受けていて、陽動の役に立ちそうにない』
『こちら雷撃隊、了解。そちらは手はず通りに』
後方から付いてきている北上たち雷撃隊へ通信を行った鳥海は、もうすぐそこの艦列を前に立ち止まる。丁字戦不利の状況だが、今はむしろ被弾の可能性が少ない分好都合だ。
「撃ってくる!」相手の砲塔の作動を見切った黒潮が真っ先に回避行動を取る。雪風たちが続き、元々立っていた場所が水柱で蹂躙される。ペイント弾を使用しているため、海面が破裂したペイント弾の白で染まる。「あーこわ……」
「第二次攻撃、いっけぇーっ!」
隼鷹が自らの巻物を撫でると、式神型に収納されていた艦載機が次々と実体化し、まるで重力などに全く縛られていないかのような動きで丸くうねっている飛行甲板から発艦していく。
「敵空母から艦載機の発艦を確認! 陣容は――艦攻八、艦爆四!」
雪風が乱れた艦列――もとより三隻しかいない――への復帰を諦め、敵戦列の最左翼へ突撃をかける鳥海たちを追いかける。隼鷹航空隊はその側面を捉えようと小さく旋回し、雪風たちと併走のかたちを取ろうとする。
「墜ちろっ!」黒潮が腿や二の腕に設置された対空機銃のいくつかを撃ち放っているが、熟練したパイロットたちは射程の外まで逃げてしまい、さほどの効果を上げない。「ちょこまかと……!」
「主砲斉射用意!――目標・前方の重巡愛宕! 距離一五〇〇!」
鳥海が叫ぶと同時に、雪風たちも砲を愛宕へ向け構える。狙われた愛宕からは既に牽制攻撃が繰り返し繰り出されている。水柱が見当違いな方向に立っていたのは初めだけで、高雄たちから発艦した水偵二機ががっちりと鳥海たちを捉え、完全に散布界の中に捉えていた。
「撃ち方――始めぇっ!!」
鳥海の号令に合わせて、回避行動を取っている愛宕へ偏差射撃が放たれる。
「きゃっ!――愛宕小破ぁ! やったわねぇ!!」
数発の被弾が、愛宕の水色の服が
「航空魚雷が三時方向から多数!――うっ!?」目の前の鳥海がいきなり真っ白になる。左肩にペンキをひっかぶったような格好で、艤装までびしょ濡れになってしまっている。「鳥海中破――作戦続行よ!」
「はい!」
雪風は顔に恐怖にも似た表情を浮かべながら返事をする。隣の黒潮を見れば、慌ててはいるが恐怖の色は全く見えない。表情を引き締めた雪風は、周りを見回す。まずは魚雷を避けなければならない。航跡が出ない酸素魚雷を直前で回避するのは難しい。黒潮と雪風は鳥海を砲弾の盾として背中を合わせ、頭上を艦攻が通過していく中、砲撃を魚雷の進行方向に叩き込む。
「誘爆しいっ!」
「――黒潮、上っ!」
砲撃をする一瞬前、不穏な急上昇をする艦爆を雪風は視界に捉えていた。この基地の熟練パイロットは敵艦にこんな角度から急降下爆撃を仕掛けられるのか――などと考えて、雪風の二の腕の対空機銃が火を噴く。模擬爆弾を放される前に撃墜判定が出れば勝ちだ。
「喰らえっ!」
断続的な砲撃音で耳が麻痺している。機銃の音がほとんどうるさく感じない。機銃のオレンジ色の光弾の描く線が艦爆を捉えようとうねり、急激な運動を繰り返す艦爆がやがて諦めたように爆撃コースから外れる。あと気づくのが数秒遅れていれば三隻はもろとも中破か大破扱いだったに違いない。
『離脱準備!』
秘匿回線に鳥海の怒鳴り声が響く。既に残った敵三隻はクレドナー島方面を塞ぐようにして展開している。航空攻撃と砲撃を回避するうちに、鳥海たちは敵艦列が元々いた位置まで誘導されていたらしい。
『どうしなはるんです!』
黒潮から先ほどまでの冷静さが少し失われている。打ち合わせでは、クレドナー島まで敵艦を誘導してから、伏兵の雷撃隊が一撃必殺の魚雷攻撃を行う手はずだった。誘導できなければ、ここで鳥海たち陽動隊はすり潰され、かえって各個撃破の憂き目にあう。
『小破したわたしが隼鷹と刺し違えます! その隙に包囲を抜けてください! 魚雷の使用も厭わないで!』
鳥海が再び、今度は足に五月雨からの砲弾を受ける。どうやら五月雨はこちらに突撃をかけるつもりらしい。
『でっでも――』
雪風がためらうような仕草を見せたその隣で、黒潮が『分かりましたっ!』と応射を止め、回避のステップから切り替えて砲撃の合間を縫い、一目散に駆け出す。
『ちょ、ちょっと――鳥海さんが!』
『ここでしくじるわけにはあかんねん!』
雪風の背中を、ぐっと誰かが突き飛ばす。振り返れば当然それは、鳥海だった。怖い顔をしている。温和な鳥海の印象からはかけ離れた、今まで見たこともないような表情。
「――っ!」
気迫に気圧された雪風は、不本意ながらも走り出す。砲弾の降ってくる量が急に増えた。戦列に復帰した愛宕が一斉射撃を始めたらしい。
「やぁーっ!!」
気づけば五月雨が肉薄していた。魚雷発射管の作動は確認できない。一瞬で相手の様子を見切った雪風は、これまでとは逆の方向――鳥海のいた方向へ反転し、五月雨の斜め前に出る。
「沈むわけにはいきませんっ!」
零距離射撃が同時に敢行された。カラフルな模擬弾がほとんど距離のない両者の間でやり取りされ――雪風に向けられていた砲弾はすべて逸れていき、五月雨の胴に雪風の撃った砲弾が直撃する。
「もう、なんでぇっ!?」
中破判定ものの量はあるペイント弾をまともに浴びたオレンジ一色の五月雨の脇をすり抜けて、雪風が駆け抜けていく。先行する黒潮は既に何発か身体にペイントを掠めさせている。完全に無傷なのは雪風一隻となっていた。
「あああぁぁ――――――っ!!」
悲鳴のような絶叫が、雪風の背後から砲撃音すらも凌駕して響いてくる。鳥海の捨て身の攻撃だった。一瞬だけ振り返ったその視界には、身体中を真っ白にした鳥海が隼鷹へ肉薄する姿が映る。隼鷹の動揺する表情が脳裏に残り、そこに巨大な水柱が立ち上がる。
その背後から残された高雄と愛宕が追撃してくるのが見える。二隻に抜かされた五月雨も、態勢を整え直してその後に続いている。
「…………むぅっ」
こんなときに涙が出てきそうになる。これは演習なんだ――自分に強く言い聞かせて、袖で目を拭い、平射で水平に飛んでくる砲弾を身をくねらせて回避する。あとどれぐらい走ればこの囲みを抜けられるのか――見れば、先行する黒潮がこちらを気遣わしげに見やっている。なんでそんな暇があるのか、と一瞬訝しく感じた雪風は、黒潮が包囲を既に抜けていることを悟る。まだしつこく航空機は付いてきているが、このまま先ほどの空戦域まで戻れば恐らく振り切れる。
「早く!!」
黒潮が後ろ向きに走りながら主砲や機銃などの火器すべてを、雪風を狙う航空機に向けて撃ち始める。その側面から、背後にあった数機の攻撃機が回り込んで迫りつつあることに雪風は気づき、感知していない様子の黒潮に向かって叫ぶ
「逃げてっ!」
が、ほんの少し遅かった。
「えっ――がぁっ!?」
艦攻の投射した魚雷が黒潮の直下まで高速で進み、内部の塗料を突然海上に向かって噴射する。炸薬も減らされ信管も抜いてあるはずだが、命中を知らせるために特別な機構を用いているらしかった。
「黒潮大破ぁっ!――自分、頼むで!!」
大破艦はもう戦速での航行を許されない。鳥海は今頃隼鷹と共に撃破判定を受けている。今や雪風だけが陽動隊唯一の生き残りだった。
「くぅう……」雪風は、魚雷を撃ち尽くして高速で去っていく艦攻を見送り、自らの背後を振り返る。「……あれ」
航空機はもう既にいなくなっていた。少なくとも、もう雪風を狙える範囲に一機もいない。どうやら鳥海が隼鷹を撃破したことに気付いたらしく、母艦を失った航空隊が基地に引き返したようだった。――この隙に、十分逃げきれる。
「全砲門、撃ち方用意――撃てっ!」全力で走る雪風の耳に、今度は高雄のハイトーンな号令が届く。砲弾が撃ち出される音がまた耳朶を揺るがす。振り返って、平射で撃ち出された砲弾の軌道を一瞬の間に読み切ると、雪風は緩急を付けたステップで砲弾を回避していく。「――しぶといわねっ!」
高雄が表情を苛立ちで歪め、さらに雪風を追い込もうと速力を上昇させる。まもなくクレドナー島南方に着く。敵部隊を引きずり出すことに成功したことを悟った雪風は、攻撃隊や赤城たちに打電する。
『陽動に成功――成功です!』
五月雨ちゃんとかは初登場ですね
いきなり雪風の強運の餌食に