1000文字制限でいきなり出鼻をくじかれる
水平線は今日も穏やかなものだった。
海と空の境界線は常に揺れ動いて明確には定まらず、解け合うようにしてそれぞれ微少に異なる二つの色を融和させている。晴天なのは良いが、いかんせん南方戦域ともなると、その日差しは内地に比べて格段に強烈なものになる。
今日付けで、本国から一隻の駆逐艦が到着する予定だった。もちろんわたしは誰がくるのかを事前に知らされているのだが、基地所属の駆逐艦娘たちたっての希望で、駆逐隊や水雷戦隊を組むことになる当の駆逐艦たちには、その詳細は伏せられている。
「もうすぐのはずだが……」
「ですねえ……」私と一緒に埠頭まで出迎えにきた大淀は、眼鏡をくい、と持ち上げると、書かれているスケジュールが初めから狂わされてしまった書類に再び目を通す。「道中何かあったのかしら……」
既にうちの艦隊から、迎えの艦娘が行っているはずなのだが。落ち合えたら電信を行う手はずで、本来ならとうにそれがあっておかしくない時間だ。
「島風のやつ……」
わたしが忌々しげにつぶやくと、隣の大淀が突然耳に手を当てる。
「はい、こちら大淀。――なに、襲撃……? それで、被害は、無事なの?」
大淀は少し前傾になってこの場にはいない通信相手に対してうなずきながら、突然の事態にも努めて事務的な口調で話し続けている。数分の後、分かったわ――と大淀は告げると、そこで通信が終わったのか、私の方へ向き直った。
「提督、どうやら島風たちは深海棲艦の偵察艦と遭遇していたようです。無事とのことですが」
「そういうことか……で、被害は?」
「本日〇八二三、ソンソロール諸島付近で海上護衛部隊と落ち合った島風が突撃してきた偵察艦と交戦し、敵魚雷の爆風を至近で受け、小破。同海上護衛総隊所属の普通型駆逐艦一隻が敵砲撃により中破。島風の魚雷二本が敵駆逐艦に命中、撃沈したとのことです」
「……で、例の艦は?」
大淀は強張った表情のままで、ずり下がりかけた眼鏡を元に戻す。
「随伴していたものの、無傷、とのことです」
「陽炎型駆逐艦八番艦・雪風、ただいま着任いたしました!」
執務室に現れた駆逐艦は、少しだけ舌足らずな発音で、立派に敬礼をして見せた。顔立ちは駆逐艦だけあって幼く、くりっとした目や口元が、小動物を連想させる。ワンピース風のセーラー服に、不釣り合いなほど大きい双眼鏡を首から提げており、頭上には電探が載せられている。
「呉の教育隊出身か、期待している」
艦娘の製造方法は今もって機密とされている。すべての艦娘は本国の大規模な妖精工廠で製造されている、というのが公式に開示されている情報の限界だが、中将になった前線指揮官の私にさえ、その方法は開示されていない。
「はい! 頑張ります!」
雪風は眉を緊張させてびしっと直立不動――というより硬直している。
「そんなに気を張るな、もう少し楽にしてもいい」
「はい!」
あまり変わった様子はないように見える。新人だからか、肩に力が入っているのかもしれない。私は机の上にあった書類を取り上げ、辞令を読み上げる、と宣言する。
「雪風、貴艦は本日付で、連合艦隊所属第一二艦隊・第一二水雷戦隊、および第一駆逐隊の指揮下に入ってもらう」
はいっ、という元気のよい返事を聞いた私は満足げにうなずき、おもむろに立ち上がると、ハンガーに掛けてあった士官用の帽子を手に取る。
「何か、質問は」
「あ、あの」
「なんだ?」
「島風ちゃん……はどうなったのでしょうか?」
あ、そうだった、と私は思い出す。雪風は島風の出迎えを受けた直後に深海棲艦からの攻撃を受け、一緒に来たはずの島風は修理でそのまま
「ああ、沈んだ」
「ええ!?」
「嘘だ。平気だろう、小破程度だから大した傷でもない」
分かりやすく騙された雪風は、ほっと胸をなで下ろすと、「嘘は困ります」と困り顔になった。
「すまない。――さあ、行こう。基地の案内がてら、他の艦との挨拶を済ませる」
そう言ってドアを開けると、眼前に飛び込んできたのは綺麗な金髪のつむじだった。