「奇跡の駆逐艦、ね」
私がそう言うのを聞いて、雪風の頬が紅潮する。少し、憮然としているように見えなくも無い。
「奇跡じゃないです」
「では、実力か」
「司令は意地悪ですね」
つん、と雪風がそっぽを向いてしまう。そうして彼女が窓の外にやった視線の先では、数機の航空機が編隊飛行している。零式艦上戦闘機五二型だ。識別カラーを見るに赤城の航空隊かもしれない。
「司令、あれは」
「我が艦隊が誇る航空戦力だ」
雪風の顔に少しの憧憬の混じった笑顔が浮かび上がる。艦娘と言えども、やはりまだそういったところは捨てされていない。うちの艦隊には一人、そういった感情の乏しい奴がいるが。
「あれ、提督じゃねーか」
窓を見ながら雪風と歩いていると、いつの間にか目の前には何人かの艦隊所属の巡洋艦娘がいた。第一二艦隊には、実はほとんど軽巡洋艦がいない。書類上、一隻が在籍するのみだ。もう一隻いることにはいるのだが、本来ならば軽巡とカテゴライズされるべきところを、帝国海軍は特殊な名称を用いて区別している。対して重巡洋艦は四隻、ちょうど一個戦隊分いる。
して、前方にいるのはその重巡のうちの三隻だった。
「あら、こんにちは」
「あー提督ぅー、新人ちゃんは見つかったー?」
「よっ、提督」
三人同時に話し出した連帯感のない高雄型重巡洋艦姉妹の視線は、すぐに私の足下の駆逐艦に向かった。つい今さっきまではつっけんどんな態度を取っていたくせに、長門のトラウマがよみがえったのか、雪風はわたしの脚の後ろに隠れて挨拶しようとする。
「こ、こんにちは」
「ん? 新人かぁ?」
高雄型三番艦・摩耶が腰を折り曲げてわたしの脚の裏の雪風をのぞき込む。柄の悪い見た目の摩耶にますます萎縮の色を強める雪風は、いきなり脚にしがみついてくる。
「んだよ、逃げんなよ」
「困ってるじゃない、やめてあげなさいよ」二番艦の愛宕がにこにこしながら雪風に歩み寄ると、しゃがみ込む。「お名前は?」
「雪風……です。陽炎型の」
「駆逐艦ちゃんなのねー。お姉さんの名前は愛宕。よろしくね」
愛宕の優しい笑顔に警戒を解いたのか、雪風はつかんでいた手を離すと、よろしくお願いします、と頭を下げた。敬礼でないのは、逃げようとした謝意も含まれているらしい。
「わたしは高雄、わたしたち重巡姉妹のネームシップよ」前屈みになった高雄が雪風に微笑みかける。両腕でその豊満な胸を挟む所為で――なんかこう、その、ぱつんぱつんだ。「ちょっ、提督、どこ見てるんですか」
「アタシは摩耶ってんだ。よろしくな、新入り!」
ぽんぽん、と雪風の頭を軽く叩く摩耶は、不意に何かに気付いたようにはっと顔を上げた。雪風の頭の上には手が残ったままで、当人は困ったような顔をしている。
「そうだ、提督」
「なんだ」
「夕張が言ってたんだけどよ、島風の予備パーツの備蓄がもうないから修理が終わらねえって」
「そうか。内地に連絡して調達してもらう」
島風の原型艦はワンオフの試作品というような向きがあった。その量産性の低さを艦娘の島風も受け継いでいる。雪風と同程度には製造確率の低い艦娘であるという。
内地勤務である技術士官の後輩の話には、内地の鎮守府にある大規模な妖精工廠で、艦娘の建造は一手に引き受けられているというのだが、詳しいことまでは相手がたとえ先輩であっても話せないらしい。ここ、南東方面基地にも小規模な妖精工廠は存在するが、艦娘を一から作るような製造能力は持っていない。
「そんじゃな、提督」
「またねー」
「失礼します」
摩耶たちが手を振って廊下の先に消えていって幾ばくもなく、雪風が険しい目つきになってわたしのズボンを握りしめる。さっきも握っていたから、きっとその部分は皺になってしまっていることだろう。士官候補生時代の癖で、アイロン掛けをするのはわたしなのだが。
「……高雄さんの胸ばっか見てましたね」
雪風にもばれていたらしい。
「あ、後で工廠にも行かないとなー」
「誤魔化さないでください!」
分かった分かった、とわたしがなだめてみても、雪風は口を利いてくれない。最初に比べたらずいぶん打ち解けたように思えるが、なんだかその方向は上官部下の関係ではないように思える。
「陽炎型の部屋にも行くか」
「えっ――あっ、はい!」
虚を突かれたような様子の雪風は、期待と不安に混じったような目だ。転校生、という表現が最も似合う。わたしの母校――海軍兵学校にはそんな奴当然いなかったが。
「ここまでくればそう遠くもない」
たぶん、八〇メートルもない。とはいえ、あと一〇回ぐらいは曲がり角を経る必要があるだろうが。南東方面基地は建設してからというもの増改築を繰り返しており、その構造は複雑怪奇を極める。ニューギニア地域を信託統治領としていた日本の航空基地を艦娘用に改造したものであるため、その歴史の深さから種々の怪談話にも事欠かない。
「あの、その怪談ってどんなのがあるんですか……?」
「お、聞きたいか?」
あれは着任してすぐのことだった――と訥々と話しだしたわたしを慌てて雪風が制止する。
「いっ、いえ! やっぱりいいです!」
「なんだ、聞きたいんじゃなかったのか」
「なんか怖そうです! 結構です!」
「そりゃ怖い話だからな」
くだらない話で時間を空費しているという自覚が生まれる暇もなく、わたしたちは陽炎型の部屋の前に着いていた。名札には、『陽炎』『不知火』『黒潮』とある。現状のこの三隻が、この基地にいる陽炎型駆逐艦娘である。
しっかり者の長姉・陽炎、冷静沈着な二番艦・不知火、陽気な関西気質の三番艦・黒潮――と、陽炎型はバラエティに富んだ逸材が揃っている。この艦隊には雪風と同じ
「このお部屋に、雪風の姉妹がいるのですか」
「ああ」
その横顔からは、明らかな緊張が見て取れる。先程の高雄たちの時とは別種の、ある意味幸せな緊張なのかも知れない。雪風は比較的後期に建造されているため、初期生産の陽炎たちとの面識はほぼないのだ。
「開けるぞ」
ドアのピンホールの下あたりに拳を据え、再び横目に雪風を見やると、当の本人は意を決したように、「はい!」と大きくうなずいた。
「おい、邪魔するぞ」
軽く二、三回扉を叩くと、「はーい!」という朗らかな返事が飛んで来るとともに、部屋の中からどたどたどた、という足音が近づいてくる。いきなりそれが消えたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。
「はいはいはーいっ! 陽炎型のお部屋に何かご用ですかーっ!?」
――茶色ががったツインテールが快活な印象を与える少女・駆逐艦陽炎は、面食らった表情の司令官と見知らぬ少女をいっぺんに視界に捉えて、自分が登場の仕方を誤ったことを悟った。
日常パートには日常タグ付けようとか、お話単位でのタグ付けはできないのかなるほど