Unsinkable Ship   作:admiral56

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なんだか色々書きすぎてしまった……


『夜宴 6月19日』

「乾杯の音頭は、不肖このわたくし、隼鷹が取らせていただきます……」

 

 いよっ、と囃し立てる声がどこからか沸く。たぶん涼風あたりなのだろうが、実はあいつの生まれは横須賀海軍妖精工廠なのだ。どうしてべらんめえな口調なのかは誰も知らないし、誰も聞こうとはしない。最も聞いてはいけないのかも知れない。

 

「それでは、新人の雪風ちゃんの着任を祝って……カンパァーイッ!!」

 

 乾杯!!――部屋に集まった艦娘たちが一斉に持っていたジョッキやグラスをぶつけ合う音がそこら中で鳴り響き、甲高い音と歓声で部屋が満たされる。雪風の着任を祝う歓迎会、という口実を得た隼鷹は我が世の春とばかりに飲んでいる。確か奴は乾杯の音頭を取る大分前から飲み始めていたような気がするが、想像しただけで胸やけがするので余計な詮索は止めておく。

 

「おーい雪風ちゃーん、こっち来て飲めー……ひっく」

 

「ひっ……」

 

 早くももう出来上がっているらしい隼鷹が、食堂の長机を並べた中で首座に座る雪風に絡んでくる。すっかり目の据わった先輩軽空母におびえた雪風が、隣の不知火に助けを求める。

 

「不知火ちゃん助けて……!」

 

「あ?」

 

 不知火が急に抱きついてきた雪風を、鋭い眼光で睨む。雪風は一瞬、不知火を怒らせた――と身体を強張らせたが、

 

「なによ、いきなりー」

 

 意外にも不知火は怒るどころか笑顔で、よほど上機嫌なのか雪風の肩に手を回した。ほっとした様子の雪風が「すみません」と軽く謝ると、急に表情を変えた不知火が回していた手に力を込め、突然のことに戸惑う雪風の顔をぐっと引きよせる。

 

「口移しで、飲む?」

 

「えっ……」

 

「やめなさい、不知火ちゃん」不知火が先ほど隼鷹にそそのかされてかなり飲まされていたのを見ていたらしい鳳翔が、お盆の上のグレープフルーツジュースを目の前に置いてやる。「雪風ちゃん、怖がってるわ」

 

 水を注されて少し酔いの覚めた不知火が、酒で赤い頬をもっと赤く染めて、「あの……ごめんなさい」と雪風から視線を逸らす。不知火は酒癖が大分悪いタチで、酔うとすぐに周りの艦娘に手を出そうとし始める。普段からは想像もつかないが、これが不知火の本性の一部なのだろうか。この前は隼鷹が純潔を散らす一歩手前までいったと泣きながら執務室に駆け込んできた。

 

「不知火ちゃん、やっぱり断酒ですね」

 

「すまないな、鳳翔さん」

 

 いいんですよ、とまるで母親のような微笑を浮かべる軽空母は、実は下戸であるわたしの空グラスに、慣れた手つきで新しいウーロン茶を注ぐ。

 

 実はこの歓迎会も、鳳翔と輜重科の給糧艦・間宮が企画したものなのだ。

 

「あっ、ありがとうございます。鳳翔さん」

 

 突然吐き気を催したらしい不知火が宴席を中座したのを見計らって、雪風が鳳翔のもとへお礼を言いに来る。ちょっと涙目にも見えるのは、恐らく気のせいではない。普段は冗談の一つも言わない不知火が突然あんなことを言い出せば、誰だって当惑する。

 

「大丈夫?――ごめんね、雪風ちゃん。不知火ちゃん、普段はあんな子じゃないんだけど。許してあげてね」

 

「はい!」

 

 不知火が自分の預かり知らぬところでどんどん鳳翔さんの世話になっていく。わたしを含め、この軽空母に恩義を抱いていない者は一人もいないだろう。

 

「はーい、ウチ一発芸やりまーす!」

 

 わたしたちの反対側で、龍驤が大声を張り上げて周囲の艦娘や妖精たちの視線を引き付けている。観客が集まってくるのを見計らって、龍驤が突然自分の飛行甲板である巻物を広げ、ヒトガタ状に変形された艦載機を展開する。照明にきらめく五二型の緑色の翼が優雅に光り、しばらく自分の周囲で曲芸飛行をさせる。そして不意に龍驤は自分の着ていた上着を脱ぎ、艦載機を操る炎を指先にひらめかせ、ぴっ、と一直線に巻物――ではなく龍驤自身の胸に誘導する。

 

 心得ているパイロット妖精は、緩やかに高度を落としていく。もちろんそれは甲板ではなく――龍驤の胸板だ。練度の高い一航戦所属のパイロットならではの芸といえる。高い技術の要請される着艦を、さらに通常の甲板ではない――が、確かに余計な凹凸はない――ところにしようとしているのだから。

 

 先ほど見た彩雲と同様、まるでミニチュアサイズの五二型のフラップが微妙に動くのが見て取れる。制  止  索(アレスティング・ワイヤー)が無いにもかかわらず着艦できるのは、妖精技術を利用したものという話だ。

 

 龍驤はわざと身を反らし、胸板を床と水平にしようとつとめる。その姿がまた可笑しく、何人かが吹き出した。そうして五二型が無事にふわりと着艦すると、一気に大歓声があがる。

 

「楽しそうですね」

 

 雪風がどこか他人事な口調で、盛り上がる艦娘たちを眺めている。

 

「まだ、この艦隊にはなじめきれないか」

「……はい」

 

 雪風が申し訳なさそうな顔をする。初日でその集団になじめないからと言って、別に謝るようなことでは全くない。わたしは別に雪風にそこまでの社交性を求めていない、というのはいくら何でも礼を失する発言であるかも知れないが、少なくとも陽炎型の姉妹たちとは仲良く話していた。それだけでも十分な成果だ。

 

「大丈夫、ここは戦場だ。なじむも何も背中を預け合う仲間になる。心配しなくてもあいつ等はお前を受け入れてくれる」

 

 自分で話していて何か可笑しい。戦場だから大丈夫とは何事なのか。明日死ぬかも知れない艦娘たちに行けと命令する人間が話していい言葉ではないのではないか、なんてことが突然心に浮かんできてしまう。

 

「頑張ります」

 

 雪風の言葉の最後にほとんど被る形で、再び歓声が上がった。今度は赤城と加賀が早食い競争をしているようだが、まあ決着の付かないうちに間宮が止めに来るだろう。あの二人が本気を出せば食料備蓄ぐらい一挙に一月分ぐらい消し飛ぶ。

 

「雪風、少し外に出ないか」

 

 夜の黒い海に立つ波が、光ったときにだけわたしたちにその存在を主張して、海面の静謐さをあくまで保とうとしている。三日月の周りはおろか見渡す空に一つの雲もない様子はどこか冷え冷えとしており、熱帯特有の朝晩の低い気温がその印象をより助長していたが、それでも、天頂から隅々にかけて瞬く膨大な数の星々には、やはりいつ見ても感嘆のため息のほかに、唇の間から漏れるものはない。

 

 深海棲艦戦争が始まって以来、人々は海に対して今まで以上の畏怖を持つようになった。最もこれは海洋国での話である。内陸国の一部では深海棲艦との共存を模索せよという意見もあることにはあるらしいが、安楽椅子に座って唱える意見にそもそも進んで傾聴するほどの価値はないとわたしは思っている。

 

 実際に殺し合っているのはわたしたちなのだ。

 

 実は、わたしには親兄弟が一人もいない。皆、十代中盤になる頃にはいなくなっていた。こんな身の上でも海軍兵学校に入れたのだから、継親の大叔父や大叔母には感謝しなくてはならない。大叔父は元内務省の官僚で、わたしの海軍入りに最後まで反対していた。

 

 ――何もお前が死ぬことはない。

 

 大叔父の放ったこの台詞だけでも、艦娘登場以前の深海棲艦戦争が一体どのようなものであったかを推測するのは難しいことではない。

 

「司令は、どうして軍人になられたんですか」

 

 無言で空を見上げながら歩いていたわたしたちの沈黙を最初に破ったのは、雪風だった。乾式船渠の方へ向かう消波ブロックの続く埠頭は、有事以外は巨大な電力消費を押さえるために照明が全体の三割ほどしか稼働しておらず、かなり暗い。時折、灯台の回転する光りが地面を撫でる時が最も明るく、それ以外の時は一メートルは近づかないと相手の顔も認識できない。

 

「早く独立したかったんだ」

 

 わたしはとっさに嘘をついていた。深海棲艦に殺された家族のことは、雪風に話すようなことではない。わたしの嘘に気づく様子もない雪風は、「そうですか」と素直に感心している。

 

「呉の海軍のみなさんはみな立派な方たちばかりでした」

 

 雪風は呉の教育隊で学んでいたはずだ。制海権のある日本海あたりで練習艦隊として活動していたのだろう。

 

 わたしも呉の江田島で教育を受けたが、艦娘登場直前のその頃はもう深海棲艦による海上封鎖で日本は瀕死の状態であり、前線へ出ればほぼ死を約束される海軍志願者は激減していた。同期はたぶん三〇人もいなかった。誇りある海軍兵学校は、希望者がいくら減ろうとその門戸を広げるつもりはなかったようである。

 

「雪風の世代はもう艦娘への信頼性も多少は増していたからな」

 

「先輩方のおかげですね」

 

「わたしが卒業してすぐの頃はまだ、なかなか信用されていなかったからな」

 

 艦娘の運用を行う特殊戦科の第一期生は、わたしを含めたった三人しかいなかった。教官は直接艦娘の製造に携わったという技術士官と、後に快進撃を見せる第一艦隊で参謀長となった山口教官だけで、通常艦船勤務の兵学校生と口を利くことは厳禁とされていた。

 

 わたしたちは他の生徒から、宇宙人でも見るような目で見られていたのだ。

 

「雪風は、みなさんのお役に立てるでしょうか」

 

 小柄な少女の不安そうな表情が、灯台の明かりに照らされて浮かび上がる。

 

「役に立たなければまた内地へ突き返す。それだけだ」わたしの厳しい口調に、雪風は不安の色をかき消して勇ましい表情を作る。かえって痛ましくもあるそんな顔に、自分がとある女の子の顔を重ねていることに、私は気づく。「――わたしたちには、やらなければならないことがあるんだ」

 

「はい」

 

 もう灯台の光りは向こうを向いてしまっている。雪風が今どんな表情をしているのか、わたしには分からなかった。

 

 

「ねえ、鳳翔さん」

 

 宴会の後かたづけも終わろうとしている頃、間宮さんがそれまでの朗らかな表情とは打って変わって、明らかに深刻そうな面もちでわたしの顔をのぞき込んでくる。

 

「なんです?」

 

 何となくなんのことかは分かるが、あえてとぼけて聞き返す。

 

「あの新しい娘……雪風ちゃん、だっけ」

 

「ええ」

 

「大丈夫なのかしら……」

 

 間宮の皿を洗う手が止まり、網戸越しに夜の軍港を見やる。憂悶をたたえた瞳が、星空の下に暗い軍港の明かりを映しこむ。

 

「心配ですか」

 

「原型艦のことがありますから……」

 

 生存艦。太平洋戦争を生き残った海軍船には、そのように呼ばれる艦もある。このわたし、空母鳳翔がそうだ。欠陥空母の烙印を押されて以後、わたしは内地で練習艦となっていた。ほとんど全ての艦載機パイロットがわたしで修練を積み、大空に散っていった。

 

「最前線で常に生き残る。……奇跡の駆逐艦、でしたよね」

 

 間宮さんは振り返って、ソファの上で長門に膝枕をされながら、一緒にすやすやと眠りについている駆逐艦を見つめる。十数回以上の主要海戦への参加、そして生還。駆逐艦としては異例の武勲を立て、最後は他国の海軍総旗艦を勤め上げた、正に奇跡の駆逐艦。今はあんな風に、小さな女の子となってしまっているが、その戦歴は下手な戦艦すら凌ぐ。

 

「提督は気づいていらっしゃらないようだけど、あの子、どうも他の駆逐艦の子とかを避けているような気がして……」

 

「一六駆と一七駆のことですか」

 

 いずれも太平洋戦争では壊滅した駆逐隊だ。そのどちらの駆逐隊にも雪風は在籍していた経験があり、そしてどちらの隊でも雪風だけが生き残った。この基地には、その当時の駆逐隊を編成していた僚艦はいない。

 

「あの子、やっていけるのかしら……」

 

 まるで母親のような口ぶりで間宮さんは心配顔になる。わたしにはそれが少し可笑しく、うふふ、と口から笑いが漏れてしまう。

 

「どうしたんです、鳳翔さん」

 

 間宮さんが心外そうにこちらに向き直る。いいえ、とわたしは目尻を拭って、口元を歪ませたままにする。

 

「お母さんみたいですよね」

 

「もう、からかわないでください」

 

 困ったような表情で、間宮さんは洗い終わった最後の皿を妖精さんに託す。妖精さんはそれをせっせと籠の中へとバケツリレーのようにして運んで行く。途中よろめきながらも、『間宮』所属の妖精たちは、健気に不釣り合いな大きさの皿を頭の上に掲げている。赤城と加賀はたぶん、今頃提督にこってりと絞られていることだろう。

 

「いずれにせよ、わたしたちがどうこうできる問題ではないと思います。わたしたちはこうして、おいしいご飯を作って待つのがいいんです」

 

 間宮さんは「そうですね」とだけ答えると、再び顔を窓の外へと向けた。その視線の先で一つの流れ星が落ちていく、その別段珍しくもない光景が、わたしにはとても不思議なものに思えた。

 

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