日差しまでが怒っているのではないかと思うほど、暑い。むしろ痛い。俺はしんどくてその場に座り込んだ。暑い……。
部活帰りに自転車がパンクして、正直絶望的だった。自転車を捨ててしまいたい衝動に駆られるけれど、そんなことができないのが俺のダメなところだ。
俺は柔道部に入っているけれど、全然強くない。どうして入ったのかと言えば、昔、家の近所に道場があって、通っていた。その時の先生が、この高校の先生だったのだ。そそのかされて入ってしまった。後悔している。やめる理由を探している毎日だ。なのに、どんどん他の奴がやめていってやめづらくなっている。何気に今いるメンバーが俺にやさしい。絶対俺弱いのに優しいとか、本当恐怖しかない。
「ハヤテ、何やってるの?」
バカなの? と語尾にしているように感じる。小さくて白い人間がぼやけて見える。もうダメだ。暑さで目が見えなくなっている。もう俺は終わりだ。
「バカなの?」
いうのかよ。わざわざ言うのかよ。
「カナ、何やってんだよ」
「ええ、それが、このカナ様に対して言う言葉ですか!」
何様だよ、カナ様かよ。マジでしんどい時に勘弁しろよ。
「バカかなぁ」
顔にふか、ふか、とタオルが触れる。目に汗がしみていた痛みが少し弱まった気がした。
「どうして目に汗入ってるの放ってるの」
目に汗入ってたのか。なんかもう汗かきすぎて、しんどいわ。わからんわ。もう朦朧としてるわ。みなまでいうな。もうむしろ何もいうな。バカなのとかいうな。本当に俺はバカなんだからな。じゃないと向いてないことやってないだろ。
「はい、スポーツドリンク飲んで」
冷たい……俺はきらきらと輝いて見えるスポーツドリンクを受け取った。代わりに肩にひっかけていた学生カバンを地面に落とした。
「ええ」
カナが慌てて、自転車を持つ。
「自転車パンクしたの?」
「そう」
「パパ呼ぶ?」
「もう少ししたら俺のパパにもなるパパな」
「そう、みんなのパパ」
俺が茶化していると、さっそく電話していた。カナは、母さんの再婚相手になる人の連れ子だ。
「少ししたら来るって、アイス買ってよ」
俺はげんなりしながらとぼとぼとアイスを買いに歩いた。
「ちょっとちょっと、カナの好きなアイスわかんないでしょ?」
「イチゴ味だろ」
「え」
「なんだよ」
違うのかよ。カナは驚いた顔をすると、少し伏目がちに、「うん」とうなずいた。大きな麦わら帽子に、白いワンピース。小さな体。
「すぐ戻ってくるから、チャリ見ておいて」
「わかった」
なぜかもじもじしている。もしかして、俺にはアイスを買うこづかいもないと思っているのか。そんな風に思われているのか。こづかいならある。なぜならば、ほぼ使わないからだ。万年彼女もおらず、友達ともたいして遊ばず、部活にお金もかからず、俺は、ものすごく経済的な男なのだ。飯は家で食うし。
ぽつんとある昔ながらすぎる店でアイスを二本買って俺は元来た道を戻った。
「おまたせ」
「カナを待たせるなんて、全くなってないわ!」
「あ、そういらんのか」
「いる」
ひょいとアイスを上にあげる。くやしそうに、頬を膨らませて
「いるます!」
と膨れた。いるますってなんだよ。俺は笑いながら、カナにイチゴ味のアイスバーを渡した。ちなみに俺はバニラだ。
「ねぇ、そっちもちょうだいよ」
「えー」
いいと言っていないのに、カナが俺のバニラにはむっとかみついてきた。至近距離に女の子の顔がある。俺が食べているアイスの棒をはむはむしている。
「おまえ」
「おいしい」
アイスが溶けて、口についている。
「口、付いてる」
俺は手をのばして、カナの頬、唇の横にふにっと触れた。やわらかい。大きな瞳が俺ととらえて固まっていて、なんというか、これは、なんだろう? この、感じは。妹? 妹になるんだよな?
「アイス取れた?」
「とれた」
俺はカナの手を掴むと、イチゴ味のアイスにがぶっとかみついた。
「ああ! カナのアイスが!」
「俺が買ったアイスだし」
「ああ、あああ」
うう、とうなると、カナがぐいっと俺の首を引き寄せてきた。がぶっと俺のほっぺたにかみついて、それから、ぺろんと舐める。
「カナのだもん」
え? 何が? 何がどう? え? 俺はカナの方をまじまじと見ると、カナがふいっと顔を反らして
「ついてたもん。アイス、だから、食べただけだもん」
と耳を赤くしている。え? これは一体どういう状況なんだろうな? え? カナ? ちょっとどういう、もっと詳しく。ちょっと。
「もしかして、私ははやまってしまったのだろうか?」
呆然と俺の父親になるカナの父親が顔を青くして立っていた。
「パパ!」
「もしかして、私は結婚しない方がいいのかな? ちょっと、百合子さんと相談してみるようにするよ」
カタカタカタ。手が震えている。いや、ちょっと待ってほしい。俺もよくわかってないから、これがどういう状況なのか、全然わかってないから。
「パパ、どうしたの?」
「カナ、カナは、う、ううううう」
カナの父親が泣きながらうずくまってしまった。俺は、一体、どうしたらいいんだろう。そして、この状況を誰か説明してくれないだろうか。
「ええ、パパ大丈夫? おなかいたいの?」
痛いのはおなかじゃないだろ。カナが「どうしたの?」とあわあわしている。俺のこれからは前途多難らしい。太陽は相変わらずじりじり俺たちを照らしていた。
おしまい