───そうしてまた、変わりない一日が始まる。誰よりも速さを求める種族に産まれていながら致命的……宿命地味た弱点を抱えながら生きてきた私の、同期や他のウマ娘とは違い、何時しか色を失ったモノクロの一日が。
他のウマ娘達と違ってルームメイトは居らず、一人だとやけに広く感じる二人部屋でいつも通りに目が覚めた私は軽く伸びをし、手早く身なりを整えた後、これまたいつも通りにジャージへ着替えて美浦寮を後にする。
「……ん、行こう」
首に自分専用のストップウオッチを提げ、走る時の邪魔にならないようにジャージの内に仕舞った事を確認した私は、朝早い時間帯故に誰も走っていない練習用のコースを走る。うっかり本気で走ると首に提げている専用のストップウオッチが動き出してしまう為、人間でいうジョギング程度のスピードに留める事を心掛けながら。
軽く走る分には制限時間的にも身体的にも問題ない事を何度も走っている為既に経験済みであり、制限時間が始まらないギリギリのスピードを保ちながらコースを駆けていく。そうして、制限時間に悩まされる事なく無事にコースを一周走り終えた時。学園の始業時刻を確認しようと一旦足を止めたと同時に背後から何者かの気配を感じた。
(……ん、誰だろう。こんな朝早くから居るのは私くらいだと思ってたんだけど)
背後に居るのが誰なのかが気になって仕方なかったが、今は走り込みに集中しようと心に決めた私は再び走り出す。走る前に振り返って何者かを確認すれば良かったのだが、その時は何故かそうしなかった。自分の後ろに誰かが居る事で、あれ以来忘れていたレースに対する強い情熱をふと思い出したのが原因なのかもしれない。
兎に角、始業時刻までまだ少し時間がある為、朝練は勿論自主練でも滅多にやらない本気を出してもう一周走る事に。先程とは違うスピードを検知したストップウオッチが小さいながらも鋭い音を立てて動き始め、制限時間というカウントダウンを始めてしまう。だがしかし、一度走り出してしまった今はもうそんな事を気にしていられない。
距離の目安としては自分と同期のルドルフが七冠の内の一つ……無敗伝説の幕開けとなるクラシック三冠最初の一つの冠を手にした
(もしかしてだけど、私について来てる…? ヒト……いや、ヒトでは無いか。多分私と同じウマ娘なんだろうけど、一体何者なの…?)
そんな事を頭の片隅で考えながら99.9秒という制限時間が来る前に、例え走りきれなかったとしても自ら定めた目標である皐月賞の距離を今出せる全力で走る。
朝練は勿論日頃から欠かさない練習に於いても全力を出すのは稀な為、身体に重い負荷が掛かっているのをひしひしと感じつつ、ペース配分や脚質適正の事を微塵も考えていない滅茶苦茶なギアの上げ方、走り方をしているのは明白だった。
だが、制限時間という幼い頃からある重い縛りの前にはそれ等も
超スピードからの急激な失速によって足がもつれるが、転ばないように気をつけながら極端に落ちたペースに歩を合わせる。タイムを測る為に持ってきていたストップウォッチを見れば、否応無しに現実を突きつけられる。今回も又、記録更新は出来なかった。
「くっ……また、か」
苛立ちを抑えるように小声で呟き、普通なら絶対にやらないであろう滅茶苦茶なペース配分で走った影響で乱れに乱れた息を整える為に立ち止まる事なくゆっくりと歩いていれば、私から少し離れた所で私の走りについて来ていた何者かも歩いている事が分かる。
やった本人は勿論、誰の目から見ても分かるくらいに滅茶苦茶なペース配分で走っていたにも関わらず、引き離される事無くしっかりと着いてきていた何者かの正体が気になった私はある程度息が整った所で不意に立ち止まり、
「そう言えば貴女……一体誰なの?」
「───っ!」
私が振り返っただけでなく声を掛けたのも不意を突かれたのか、ウマ娘特有の耳を持ち、まだ暑さが残る時期にも関わらず顔を覆い隠すようにフードを深く被った小さな背丈のウマ娘と思われる人物はびくりと肩を震わせ、何も言わずにその場から逃げるように走り去っていった。
あんな滅茶苦茶なペース配分、滅茶苦茶なギアの上げ方で走っていた私に一時も引き剥がされる事無くしっかりと後方に着いていたウマ娘と思われる人物。此方としてはその正体が知りたかったがそれを知る前に張本人が逃げてしまった為、がっくりと肩を落とす。
「あれ? 名前だけでも聞きたかったんだけど……まぁ、いいか。朝練はこのくらいで切り上げよっと」
肩を落としたものの、仕方ないと割り切って気を取り直し、時刻を確認してから汗を流す為にシャワーを浴びようと寮へ引き返す。それから少しして汗を流してさっぱりした後に制服に着替えてその上にいつも着ている白いコートを羽織り、トレセン学園へ向かう。その道中でいつもなら見かける事があまりない珍しい人物に遭遇した。
癖のある茶色のロングヘアに、CBのバッジが付いた白いミニハットを被っているウマ娘。私やルドルフ、マルゼンと同期であり、デビュー戦すら経験していない私と違って今やルドルフと同じ高みかそれ以上へあっという間に登りつめたスターウマ娘……ミスターシービーだった。シービーは私に気づくと手を振りながら走り寄って来る。
「やっほ、ゴウテン。珍しいね? こんな時間に会うなんてさ。というか、前々から……ううん、入学当初からずっと思ってたんだけど相変わらずそのコート着てるんだ……暑くない? 見てるこっちは暑苦しく感じるよ」
「……そうね、こんな時間に会うのは珍しいかも。シービー。コートの事はルドルフにも同じ事を言われた。暑くないのか、って。まぁ……心頭滅却すればなんとやら、って返したけど」
「あっはは、ゴウテンらしいね」
子供じみた笑みを浮かべて笑うシービー。反対に私はそこまで表情を崩さずに笑みを浮かべていた。彼女達と同期ってだけでルドルフやシービー、マルゼンと同じ期待を寄せられていた私は耐えられなくなり、身体の事や家柄の事を免罪符に掲げ、盾にし、彼女達から逃げたのだ。
逃げたお陰か今となっては稀有な目で見られる事はあってもあの時のように過度な期待を寄せられる事は無くなったが、その反面、レースに出ないウマ娘……自分に此処に居る価値はあるのかと思ってしまう事が極端に増えた。それが今ではある種の悪夢として見てしまう程に強い念となっている。
そんなどす黒い感情や念を誰かに話す事無く抱え込んだまま今まで過ごしてきた私と、今尚スター街道を突っ走っているシービー。両者の差は歴然だ。でも、そんな私に対してもルドルフやシービー、マルゼンの三人は今も良き友達として接してくれている。
「あ、そうそう。そう言えばゴウテン……もしかしてさっきまで走ってた? 洗い流して誤魔化しても分かる。少しだけ、汗の香りがするよ」
「───え"っ、何でそれだけで分かるの。流石に怖いんだけど。ま、まぁいいか……貴女の言う通り一度走ってたけど、それがどうかしたの?」
「アレ、当たってた? 香り云々は兎も角適当に言ったつもりだったんだけど……まぁいいや。私ね、久々に
シービーの口から出る併走という二文字に、私は顔を顰める。ウマ娘という種族に産まれ落ちてから今まで走るのは好きだが、誰かと共に走る併走は大嫌いなのだ。それこそ、嫌悪感を示すようにとてつもなく大きいため息を付くくらいに。
「はぁ……併走したいならルドルフかマルゼン、それか生徒会副委員長の二人の誰かに頼めば良い。私はあくまでも日頃の鍛錬を欠かしたくなくて走ってただけ。それと、私にシービーの相手は務まらないから」
「えぇ〜? そんなつれない事言わずにさぁ、お願い。正直に言えばルドルフ達とも走りたいけどね……今はゴウテンと一緒に走りたいんだ。駄目かな?」
「う"っ……」
上目遣いで頼み込んでくるシービー。彼女にとって今の私と共に走りたいのは何がなんでも譲りたくない事なのは分かるのだが、流石にそれはずるいと言わざるを得ない。その上目遣いに何度やられたか数えた事もない。
そこで断ったら明らかに分かる程に落ち込む事が容易に想像出来る。自分の我を通す為、断りづらい雰囲気を出す為にシービーが昔からよくやる手口だ。ここで断りでもしたら気まずい空気が流れるのは明白な為、仕方なく二つ返事で了承した。
「やった、じゃあ……今日の放課後に練習場! 必ず来てよ。待ってるからね、ゴウテン」
「───は? いやいや、流石に急すぎるんだけど。え、何? 私の意見はガン無視か、シービー?」
「今日と言ったら今日、そこは頑として譲らないよ? それに、善は急げとも言うし、何よりルドルフやマルゼンより先にゴウテンと併走するっていう入学当初からの夢が叶うんだと思うと……嬉しくてね♪」
「……そうだった。貴女はいつもそうだって事、すっかり忘れてた…」
"自由"という二文字が誰よりも似合い、それを全身で体現しているような存在のウマ娘、それがミスターシービー。いつだって常識という枠組みに囚われない雰囲気を醸し出す彼女に惹かれるウマ娘は多い。斯く言う私もその一人である。
誰よりも速さを求める種族でありながら本気を出せる時間に制限が設けられている、言わば遺伝子レベルで刻まれている"呪い"とも言うべきものさえ無ければ、私もシービー達と共に時代を築けるウマ娘になれたのだろうかと考える時期も少なからずあった。
栄光を手にした彼女達と同様に、怒涛の如く押し寄せる期待から逃げた今となってはそんな事も既にどうでも良くなってきていたが、シービーに併走をお願いされた事がきっかけでこの先の私の世界……あの時からずっと変化が無い灰色の世界が色づくきっかけになるなんて、この時の私は微塵も考えていなかった。
»»»»»»»»»»
───そして迎えた今日の放課後。いつもなら一人で練習し、適当な時間で帰るという普段通りのルーティンだった筈なのだが、
今や知らないヒトは居ないであろうスターウマ娘の街道を突っ走り続けているシービーの並走相手が、学園内で最も手の付けられない問題児代表格の
(……どうしてこうなったの)
いつも見ている灰色の世界なのにいつもとは違う風景を見て嫌気が差してきた。このままレースにも出ず、誰にも注目される事無く学園を去る予定でいたが、これではその予定も崩れ去ったも同然だろう。
また、
だが、周りを見れば練習場の入口にすら噂を聞きつけたウマ娘やトレーナーらしき人物の姿も幾つかあり、既に退路は絶たれている。物理的に逃げる事も考えたが、借りにそれをやってしまうとただでさえ少ない友人を無くしてしまう気がした為、諦めて準備運動に入る事にした。
「まぁいいや……さっさと終わらせて帰ろう」
そう呟き、入念に身体を解していく。いくら練習とはいえ、併走相手はあのミスターシービー。彼女は私と走りさえすればそれだけで満足するのだろうが、それには本気で向かい合わなきゃならない。
本気で走れる時間に制限がある事はシービーも知っているが、何故今になって併走をお願いしてきたのだろうかとそんな事を考えながら柔軟をやっていると、不意に声を掛けられる。顔を上げれば、そこに居るのはシービーともう一人……いや、二人。自分と違って輝かしい功績を残した同期にしてかけがえの無い数少ない友人。
───ルドルフとマルゼンだった。
「やぁ、ゴウテン。君がシービーと併走すると聞いてね、マルゼンと共に飛んで来たんだ。ようやく君の……あの時見せてくれた
「右に同じくよ。そう言えば、あの時の練習以来ね? 貴女の走りをみるのは……ふふ、久しぶりの本気を見せてくれる事、楽しみにしてるわ」
「誘われたからには仕方なく、だけど。まぁ……わざわざ来てくれてありがとう、二人共。期待してくれてるみたいだし、久しぶりに本気出すから」
その呟きに、二人は勿論と笑顔を見せる。その笑顔に釣られる形で若干笑みを浮かべる。昔から感情を表に出すのは苦手な為、精一杯の笑みがそれだった。
それから少しの間二人と会話を交わし、せっかく来たのだからと二人はそれぞれタイマー係とゴール板係を申し出てくれた。それに感謝をしつつ、柔軟を終えた私はシービーと共にスタート地点に立つ。
今この場に居る人だかりはシービーの走りを見に来た者が大半だろう。少なくとも、デビュー戦すら経験の無い或る意味モブのような私の走りを見に来たとは考えにくい。おそらく私を見に来たであろう物好きも居るだろうが、少なくとも居ないと思う。
「あれ? ゴウテン、もしかして緊張してる?」
「な訳無いでしょ。大勢に見られるのは久しぶりだけど、このくらいで緊張する訳ない」
「ん、良かった。さてと……行こうか」
「あ、そうだシービー。併走の距離はどうするの?」
「ん〜、とりあえず此処のコース半周はどう? それだったらゴウテンも本気のまま走り切れるでしょ?」
「……えぇ、それならギリギリ。ってか、それってもはやレースじゃない?」
「あはは、そうとも言うかもね?」
そう言いながら、ゴール板係のルドルフにゴール位置を教えてからスタート地点に立つ私とシービー。そうして、タイマー係のマルゼンの掛け声と共にほぼ同時に地を蹴って駆け出す。自分だけにしか聞こえない鋭い音で自分専用のストップウォッチが始動し始めるのを確認した瞬間にギアを上げる。
とはいえ、現役スターウマ娘であるシービーの走りは圧巻の一言。私はそれについて行くのがやっとだったが、それでもなんとか喰らいついていく。それを横目で見ていたシービーもまた、笑みを浮かべて速度を上げていった。
(今日の朝みたいに滅茶苦茶なギアの上げ方はもうやらないけど……半周くらいだったらいきなり本気でも、行ける…っ!)
走り始めてすぐに始まる、刻一刻と迫る制限時間というカウントダウン。それを気にしすぎるくらいなら最初から飛ばそうと思った私はペース配分を度外視し、半周の半分に到達するより前に強く踏み込んで速度を上げる。
私がいきなり速度を上げた事に気づいたシービーもそう来なくっちゃ面白くないよね、とでも言いたげにもう一段階上に速度を上げてきた。それに追いついて抜かす為に、私も更にギアを上げる。力の入れ具合を少しでも間違えればウマ娘にとって重要な脚の骨にヒビが入るかもしれないと誤認させる程に力を込め、地を蹴り上げる。
そしてそのままカーブを曲がりきっても尚加速を止める事無く走り、お互いに前を譲らずあっという間にゴール板の前を駆け抜ける。どっちが勝ったなんて分からなかったらしく、ゴール板係のルドルフに聞いても分からないと困惑気味の返答が帰ってきた。おもむろに取り出した自分専用のストップウォッチを見ていると、いつもより笑顔なシービーが声をかけてくる。
「ねぇねぇ、久しぶりに本気で走った感想はどう? ゴウテン」
「……まぁ、悪い気はしないかな。そういうシービーはどうなの? 私と走れて満足した?」
「それは愚問というものだよ? ゴウテン。まぁ、ルドルフとマルゼンには申し訳ないけど二人より先に願いを叶えた事だしね」
「……そっか」
そう言い、今日一番の満面の笑みを浮かべるシービー。心做しか、シービーの居る所だけ色が付いているように見えた。そうして、ルドルフとマルゼンの二人も合流して四人で話し合っていれば……
「あー、えーと、その……すまない、ゴウテン。走り終えたばかりでこういう事を頼むのは不躾だと思うが、一休みしたら私とも併走を頼めるだろうか? 君の走りを見ていたらいても立ってもいられなくてね…」
「そうそう、ルドルフと走り終えたらその次は私よ? ゴウテンちゃん。あんな走り見せられたら闘争心を掻き立てられるようにうずうずしちゃって、ね?」
「え、えぇ……? まぁ、別に良いけど……久しぶりに火が付いたのは、私も同じだから」
私の走りを見ていた二人の闘争心に火を付けてしまったらしく、この場で併走を申し出される。たった半周、その距離を本気で走っただけでこうなるとは予想もしてなかったが、二つ名返事で了承した。
そんなこんなでルドルフとの併走の前に柔軟を行う傍ら、ふと気になって観客席の方に視線を向けると、何やらザワザワしているのが気になった。何故ザワついているのかが気になったがそれもすぐに分かる。
現役スターウマ娘のシービーとデビュー戦すら経験していないモブの私の併走ってだけでも話題性を呼ぶのに、モブ同然の私がシービーに迫る勢いで走っていたのだから。
その後、入念に行っていた柔軟を終えた私は続いてルドルフとマルゼンと併走を行い、その度にざわめく観客席に居る他のウマ娘やトレーナーらしきヒト達を背景に練習場を後にした。汗を流して着替えた後、胸の奥が熱い事に気づくのはそう遅くない。
(この熱さを感じるのはいつ以来、かな……)
シービー、ルドルフ、マルゼン。自分と同時期にトレセン学園に入学し、全員が輝かしい功績を残しているウマ娘。彼女達と同期というだけで重圧に近い期待を寄せられ、それから逃げた私にレースを走る楽しさや熱意を思い出させてくれた。
今からデビュー戦に出る事は可能なのだろうか、と考えもしたが、そんな考えを振り払うように頭を振る。久々に感じた白熱した走りへの熱意がそんな事を考えさせるんだ、と思うようにし、寮へ続く帰り道を歩く。
少し歩けば、先に着替えて待っていたであろうシービー達が私を呼んでいる事に気づき、駆け寄る。それから寮に辿り着くまでは先程の併走を中心とした話題で盛り上がっていた。
───コレが切っ掛けで、自分の中で勝手に夢物語と片付けていたメイクデビュー戦……強いてはトゥインクル・シリーズに出走することになるとは知らずに。
続きました、はい
大体二年ぶりくらいの更新ですね……二周年でタボ師匠と共にシービーが来た事を知って慌てて更新しました()
もしかしたらこっちも連載に切り替える、かも?
それではお読み下さりありがとうございました。また(・ω・)ノシ