まず思った。引き出しをしっかり閉めておくべきだったと。確かにあの資料は、一般人が見るには内容があまりに鮮烈過ぎるだろう。
「小櫃、さん…」
欧我も例外ではない。その顔は恐怖に塗り潰され、目の焦点も若干合っていないようだ。とにかく、今は彼を落ち着かせねばならぬ。
「まあ座れ。落ち着くんだ」
ロッキングチェアを引きずって動かし、半ば硬直した体を座らせる。俺はそのすぐ前に立った。
「小櫃さん、どうして…」
「至極単純な理由だ。悪は滅びる。正義に勝てぬからな」
「そうじゃなくて…!退治ならともかく抹殺だなんて…」
彼の言わんとするところは分かる。彼は純粋過ぎるのだ。魑魅魍魎が跋扈するこの危険な世界に於いて、彼はスペルカードルールのもたらす不殺生の恩恵を貪るばかりで、生死の賭けられた本物の戦いを経験したことがない。俺とは根本的に思考回路が異なるのだ。俺は自分の正当性を主張するべく、彼の前でしゃがみ、おもむろに話し始めた。
「…欧我、お前にも、『絶対に許せないもの』があるはずだ。無論俺にもある。『自身の目的の為に他人を顧みない者、他人を不当に傷付け利益を得ようとする者』。それが俺にとっての最大の悪だ。鬼人正邪は…」
その時、ピッという電子音が機械から響いた。その音は間隔を空け連続して鳴り、部屋の中の緊張を高めるかの如くその間隔を狭めていく。
「来た…!」
この音がするのは人里に正邪が近づいている証だ。すぐさまバイオロケーションによる力場を発生、索敵を開始する。果たして、力場から脳内に書き起こされた地図上には、道場に向けまっすぐに飛んでくる影があった。
「飛んで火に入る夏の虫ッ!」
俺はバイオブースターを最大出力で噴かした。背中、踵、尾てい骨から高密度のバイオエナジーが漆黒の奔流となって溢れ、強大な反作用が天狗も舌を巻く加速度を生み出す。欧我をその場に置き去りにして、体当たりで窓ガラスを破壊、植え込みにぶつからぬよう逆噴射による急制動を行ない、秋晴れの空に飛び出した。
「げっ!」
以前見つけて追いかけた際顔を覚えられたらしく、正邪は俺を見るなり逃げ出した。
「逃げるなよ小僧。今この場で、美しさの欠片も無しにこの宇宙から往ね」
ようやく捉えたチャンスだ。見逃す訳にはいかない。キャノン内部のダイヤルを回し兵装を変更。銃口が展開・変形し、弾の装填される無機質な音を確認してトリガーを引くと、消しゴム大の超小型ミサイルが5発発射された。普段ならウォーズ・オブ・ピースメーカーのスペル宣言を行なうが、事態は一刻を争う。スペルカードルールなど、今は通用しない。
マルチロックオンマイクロミサイルシステムに使用されるミサイルは、それぞれに光学センサーやアクティブソナーを備え、計6門の超小型高出力バイオレーザー砲を持ち、それらを独立して制御できる高性能の人工知能が搭載されている。キャノンから5発同時発射されると最大で200の目標を捕捉し、内30の目標に対して同時攻撃可能。推進力は高圧ガス噴射であり、通常のロケット兵器と違い噴射炎が発生しないので、感熱式の迎撃装置を無効化できるし、しかも、統合戦術情報分配システムを応用した、ミサイル同士の無線通信でリアルタイムに情報を交換してターゲットを発見する索敵能力は百発百中の命中精度を誇る。以上の理由から、人妖問わず月並みな方法では撃墜も回避も不可能である。
「ちぃっ!しつこい!」
だから、こうして正邪が『反則アイテム』を使うことは想定内だった。彼女の投げた爆弾が爆発し、ミサイル全てを巻き込む。
俺はすぐに次の手を打った。
バイオブースターを用いる俺の飛行方法は、『飛べる』という概念で飛ぶ幻想郷の住人達とは違い、地上・空中問わず機動性が異常に高い。高速回転しながらのホバー移動、突進系攻撃動作の強制中断、…スピードではやはり素子に劣るものの、加速力と機動性に於いては右に出る者はいないだろう。
逃げ回る正邪に追い付き、後頭部にブースターで加速されたサマーソルトキックを見舞う。打ち上げられた彼女の前方に瞬間的に回り込んで、アームキャノンの銃口で鳩尾を殴り、落下予測地点から少し離れて待機。再びブースターを噴かし、落ちてきたところを回転しながら捕縛、引きずり押さえ込む。かつて日本で流行したアーケードジャンケンゲームに登場したという技が参考になっている。
「や、やめろ…やめてくれ…」
彼女の懇願も無視し、アームキャノンを振り上げた。ブレードを展開、左の肩口に振り下ろす。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
切断された彼女の左腕が宙を舞い、傷口から鮮血が迸る。自分の顔に着いた返り血を舐めてみたが、特に感想はない。
「貴様のような輩の血も赤いのだな」
「い…痛い…痛いよお…」
バイオエナジーを使用した攻撃は、対象の体内のバイオエナジーに対して直接作用する。それはいわば生命の根幹そのものへの直接攻撃であり、あらゆる生物に等しく有効。兵器として扱う場合の出力では痛覚を激しく刺激する為、そのストッピングパワーは絶大だ。
「跪け!命乞いをしろ!さもなくばミンチになるまで砕き潰してくれる!」
「ヒィイイイ…」
発生させていた力場に指向性を持たせ、バイオエナジーの濃度を高める。顔を憤怒に歪ませ、生まれつきハイライトのない赤い目で睨み付けて脅した。正邪は最早抵抗する意志も失ってぼろぼろと涙を流し、とうとう失禁してしまう。『逆襲のあまのじゃく』の名が泣くな。
「今更泣いても遅いわ。人間の皮を被った悪魔め、悪に虐げられる平和的文民の痛みと怒り、その身に刻み付けて地獄に堕ちろ!」
そしてもう一度ブレードで斬りつけんと、高々と掲げたアームキャノンを力一杯に振り下ろす――
「雷槌『クエイク・オン・テスラ』!」
刹那、鈍い衝撃が脊柱の中央を貫いた。
「か…はッ…?!」
肺から空気が抜け、半ば窒息しかける。内臓を揺さぶられ、腹の異様な感覚が行動を阻害する。それだけに留まらず、俺の体は突き飛ばされ、スピンがかかったまま何度となしにバウンドして、家屋の壁にしたたか打ちつけられた。
「ぐうっ…!」
雷槌『クエイク・オン・テスラ』。電気で筋組織や運動神経を刺激することで、爆発的な瞬発力を生み出す蹴撃。そのスペルカードを使える者は、およそ一人しかいない。
「早く逃げて!!」
深手を負った正邪に逃走を促す銀髪は、間違いなく葉月欧我だ。他人の命令は聞かない正邪も、今回ばかりは危険と判断したのか、小水を垂れ流したまま空を飛んで逃げていく。
「欧我…!何故邪魔をする!」
先程とは違うベクトルの怒りが沸き起こった。あと少し、あと少しで鬼人正邪を仕留めることができたというのに、一体何の真似だ。そういう忌々しげな怒りである。
「目の前で人が殺されそうになっているのに、助けずにいられますか!!」
俺はほんの少し驚いていた。ついさっきまでガクガク震えていた弱々しい姿からは想像もつかない程に、確固とした意志力の感じられる目をしていた。だがそんなことは関係ない。
「分からんのか?!奴を放っておけば、奴はまた必ず異変を起こす!多くの人々を苦しめる!鬼人正邪は人類全ての絶対敵だ!」
そう、このチャンスをものにしなければ全て無駄になる。俺の努力、俺の道、俺の正義…『あの時』の俺が、決して悪者でなかったことの証明が。
「貴様の土俵に上がってやる。スペルカードルールだ。貴様を倒し、そして鬼人正邪を殺す!!」
安定翼とする為にバイオウィングを形成し、空中戦を行なうべく空高く舞い上がった。
ムシキングに登場していた技『クロスダイブ』は、昔兄がコロコロコミックの企画で応募し採用されたものです。