「美味い」
一口食べて出た感想はそれだ。女子アナのような食レポができる程の能力はない。
「これが鮪…感動した…!」
「うーん、海産物なんて久し振りだ…美味しい…」
「食べる前に写真を撮っておいて正解だったわ、記事にしましょう!」
「ま、まあまあ良いんじゃない?」
今、俺を含めた5人は人里の蕎麦屋にいる。俺が幻想入りして初めて外食した店だ。
チルノの運営する冷凍保存業者『チルド連』が、紫が外の世界から仕入れ魚屋に卸した海産物の長期保存を可能にした結果、海産物を生で食べることができるようになった。しかしながら、生の魚はどうもこの世界の一般家庭に馴染みが薄く、この蕎麦屋にメニューとして存在するこの「鉄火丼」も、殆ど俺の為だけにあるようなものだ。故に入荷量も少なくならざるを得ない。
「おいブン屋さん、下手に客を増やしたら需要に供給が追い付かないぜ」
「なら今のうちに入荷量を増やしておけばいいさ。万が一客が増えずに腐らせても知らんがな」
「何をぅ?!」
店主を挑発してけたけたと笑うのは、2日前まで抹殺対象だった妖怪、鬼人正邪だ。永琳に薬を処方して貰ってはいるが、如何せん『生命の根幹そのものへの直接攻撃』を受けた為に、利き手だった左腕の再生が進んでいない。『何でもひっくり返す程度の能力』で自身の利き手を反転させて辛うじて鮪を口に運んでいる。
正邪のバイオエナジーの流動パターンは、確かに悪意に満ち満ちている。だがそれは種族上致し方ないと目を瞑る(慣用句ではあるが、俺の場合物理的に目を瞑ればバイオエナジーは見えなくなる)ことにした。…無論、彼女が実際に平和を乱すような行ないをしたならば容赦なく退治するつもりだ。そう、あくまで『退治』である。改心するかどうかはともかく。
談笑しながら箸を進める鈴仙、欧我、文、正邪の4人を眺めつつ、丼の中の赤と白を頬張った。そして、そのまま思考の海の中に潜っていく。
四季映姫に過去の選択を白と認めて貰ったからといって、『自己の正当性の証明』という動機で行われた独りよがりな正義が相殺される訳ではない。しかし、もう俺は迷わない。幻想郷拡張計画の解決の際にも慧音に伝えた。『迷うな、恐れるな、諦めるな。迷いは悪を助長し、恐れは悪に屈服させ、諦めは悪を許容する。信じた道を、迷わず、恐れず、諦めず進め』と。あの時は自分の正義云々以前に、計画自体の規模が大きく、完全なテロリズムで侵略行為だったから迷う必要もなかったが、ファンタズムキャリアの存在しない今、第二第三の弾蔵は現れないだろう。即ち死者の出るような、異変にすら即さない陰謀が動くことはなく、故に到って平和に暮らしていけるということ。幻想郷らしい正義がある。それで十二分だ。
だが逆に、この世界の正義とは何なのか。
霊夢の職業である博麗の巫女は、妖怪退治と異変解決、結界の管理を生業とする、ある意味では究極の絶対正義だ。…いくら彼女が職権を乱用して気に入らない妖怪を殆ど見敵必殺の要領で退治しているとしても。
俺も異変解決なり妖怪退治なりをすれば、この世界の正義たり得るのだろうか?その答えは否。俺が『退治』する対象は人外にとどまらない。形骸化しているとはいえ、やはり妖怪がヒトを襲い、ヒトが妖怪を退治する関係が存在しなければ幻想郷は回らない。…ひょっとすると、俺はどうもバウンティハンターとなる宿命から逃れられないのかもしれない。と、勝手ながら理由付けさせて貰う。バウンティハンターの仕事の方が性に合っていると思うのだ。にとりには悪いが、人里の住人達の為、無線機の量産を依頼しよう。
「そういえば、道場のサバイバル訓練は明日からだったわね?」
「ん、…ああ、そうだ。永琳に伝えておいてくれ。今夜は準備で忙しくて帰れそうにない」
確認してきた鈴仙に若干鈍く反応し、重要事項を伝えた。サバイバル訓練に参加する生徒を運ぶ為にとりに作成を依頼したあるものを、今日中に人里まで移動せねばならないのだ。アームキャノンのカメラで撮影した映像を見た欧我が尋ねる。
「何だっけあれ…高機動多脚戦車?運転できるんですか?」
「さあな。大抵の軽トラックとランドクルーザーなら運転経験はあるが。でもOSの進歩と操作系の簡略化でマニュアル覚えたてのペーパードライバーでも楽々運転できるようになったらしい」
そう、それは幻想郷拡張計画に利用されたにとりの機動兵器の技術を流用した高機動多脚戦車だ。電磁石を応用したマグネイズボールジョイントシステムの採用によって、一つの駆動系で複数の動きを実現し、それが備わる計6本の脚であらゆる地形を走破する。ただし戦車とは名ばかり、そこらのトラックと同等の用途でしか扱えない。
「…え?17歳なのに車を運転?!」
「コーカサスで免許を取得していた。ランドクルーザーは依頼遂行中に拝借しただけだ」
欧我が驚くのも無理はない。コーカサスの法律では16歳から自動車免許が取れる。勿論、俺が生まれる半世紀前に化石燃料が枯渇していた為、道を走るのは電気自動車ばかりである。全く人間の欲望というのは…
「ふふふ、蕎麦屋の鉄火丼に河童の新兵器にサバイバル訓練…最近の私はネタに恵まれているようです!」
文が嬉々としてメモ帳にペンを走らせ、その喜びを口にした直後。
「ひったくりよー!こら待ちなさーい!」
「誰が待つもんか〜!」
俺が今までの人生で経験してきた中でも、かなり平和な事件が店の外で起こったようだ。本来ならこれが起こらない状態が平和なのだが、悲しいかな、俺の感覚は麻痺していると思われる。
どの道、俺はその事件を解決する。
「鈴仙、文、正邪。席は確保しておいてくれ。欧我、協力を頼めるか?」
「勿論です!禁忌『フォーオブアカインド』!!」
現れた欧我の分身が颯爽と店外に出ていき、俺と欧我がその後に続く。
「小櫃」
その時、鈴仙に呼び止められ、
「ん?…!」
唇を奪われた。軽く触れるだけの、一瞬の接吻。
「頑張ってね」
にこり、美しい笑顔の大輪が咲いた。
「…言われるまでもないさ」
余裕で口の端を小さく歪ませ、応える。シャッター音は聞こえなかったことにしてやろう。
俺の闘いは終わらない。この世に絶対敵はいないからだ。闘うべきもの、それは人の心に巣食う悪。だから、俺はこの世界の平和という
「激符『ウォーズ・オブ・ピースメーカー』!!」
今作品はこれにて終了であります。
戌眞呂さん、読者の皆様、駄作にお付き合いいただき誠にありがとうございました。