エンカウント・ゲンソウガール #1
────────草木も眠るウシミツ・アワー。ネオンすらない夜の森には不気味アトモスフィアがたちこめている。一般ネオサイタマ市民であればしめやかに失禁していたことだろう。
「ヌゥゥッ…!」
汗も凍るほど冷たい空気を裂き森を歩く男が一人。
全身には血染めの衣服を纏っている。その足取りは酷く重く、その服の下に刻まれているであろう怪我の重さと、同時に男の命がロウソク・ビフォア・ザ・ウィンドである事を語っていた。
ZAAAAAAP!!
刹那、男を狙いすますように閃光が走った!ヤクザのチャカ射撃か!?否、レーザーだ!なんと非道なアンブッシュ!
「あれ〜?火力間違えちゃったかなぁ」
次の瞬間闇夜が人の形を産み落とした。金髪の少女が姿を見せる。
否、あれは少女では無い。オバケガールだ。
先程のレーザーによるアンブッシュを放ったのはこのオバケガールなのだ。 ぎらりと光る目はマグロを見つめるバイオスモトリの如く爛々と輝き、口からは凶悪ライオンのような牙が覗いている。コワイ!
ビームの弾痕を示すように煙と溝の出来た獣道の奥にもぞりと動く影がある。先の男が生き延びていたのだ。 なんたる奇跡!そしてなんたる不幸か。見よ、獲物に息があることを知ったオバケガールの赤く輝く目を!おぉ、ブッダよ!寝ているのですか!
コンマ0.1秒の隙もなく、オバケガールの脚が大きく隆起し、シンカンセンさながらに身体が発射される!ナムサン!男の運命もこれまでか!?
「イヤーッ!」
「グワーッ!?」
宙を舞ったのはオバケガールの身体だ!強烈な回し蹴りによりその小さな身体が飛翔する。
しかしながらスモトリすら凌ぐパワーを持つオバケガールを一体誰が?その問いは森に差し込む月明かりによって晒された。
「...ドーモ、ハジメマシテ、ニンジャスレイヤーです。二度目のアンブッシュとはなんたるシツレイ!オヌシもニンジャの端くれであろうっ!」
血染めのような赤いニンジャ装束。顔に『忍』『殺』と刻まれたメンポ。礼節を欠かさぬアイサツとオジギ。死神と見まごう威圧感を放てど遺伝子がその認識を間違うはずなどない。オバケガールが襲いかかった男の正体は『ニンジャ』であったのだ。
"ニンジャスレイヤー"、ニンジャを殺す者。狂人めいた名前であるが、彼にとってそれは冗談などでは無い。妻子の仇を討つ為に、そして妻子を殺したニンジャと同じ邪悪なニンジャを殺す為にこの世へと蘇った殺戮者、それがニンジャスレイヤーなのだ。
「あっ、アイエエエエエ!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」
ニンジャを視認した瞬間オバケガールが取り乱し始める。ニンジャリアリティショックだ!空想上の存在であるニンジャが実在したというショックは果てしなく大きい。ドラゴンやメデューサを目の当たりにして怯えぬ人間がいないように、ニンジャの存在を初めて知って尚恐れを抱かない狂人はこの世にはいない。
オバケガールは錯乱!しかしながら錯乱で済ませる辺り、流石とも言える。アンブッシュにより殺気立つニンジャを目の当たりにした今、並のモータルであれば嘔吐の後ショック死していた事は自明の理である。
「どっ、どうもハジメマシテ、ニンジャスレイヤー=サン。ルーミアです。なっなんで直撃したのにそんなピンピンしてんのよっ!」
遺伝子に刻まれた本能が反射的にオジギとアイサツを返す。しかしながらその混乱は未だに尾を引きずっていた。ルーミア、そう名乗る彼女はヨーカイだ。しかしその力は弱く、当然ながらニンジャに対抗できるほど強大な存在ではない。
ニンジャ動体視力をもってすれば以下にアンブッシュのレーザーと言えど躱すことは、ましてやブレーサーにより弾くことなどベイビー・サブミッションなのだが、ルーミアにはそれを理解することは出来なかった。
そして同時に、ニンジャスレイヤーは目の前の少女がニンジャでは無いことを悟っていた。
「オヌシ、何者だ。どこのヤクザクランのヒットマンだ」
「どっどこをどう見たらヤクザになるのよ!」
「こんな夜中に彷徨いている挙句見ず知らずの人間に襲いかかるものなど、ヤクザ以外にいるものかマヌケめ」
「グ、グヌーッ…!」
事実がどうであれ実際正論、これに対して何を返したとしてもそれは下らない言い訳にしかならない。反論の術を無くしたルーミアは、威嚇するように獣のような唸り声を上げた。一方ニンジャスレイヤーは、モータルと分かるや否や現状を判断すべく一瞬意識をルーミアから逸らした。
(((ニンジャでは無い……ヤクザ?しかしソウカイヤには見えぬ。フリーランス?
それは僅か0.1秒にも満たぬ時であるが、何たるウカツ!これがニンジャとの戦いであればきっとこの様な油断はしなかったであろう。しかしながらルーミアがモータルであったが故に、そしてニンジャスレイヤーが既に瀕死であったが故に起きた偶然であった。
キューソーは猫を噛んだら殺す。そして何よりニンジャスレイヤーは知らなかった。目の前のモータルがニンジャに匹敵するモータルである事を。
(((に、ニンジャを襲ったなんて知られたら、明日にはサンズリバーでスイミングする羽目になるじゃない!)))
可及的速やかに、最悪の可能性がルーミアのニューロンに浮かぶ。たった一度のワンミスでサヨナラなどあまりにも非情であるように思えるかもしれないが、このマッポーめいた世の中ではごく自然なことである。
であれば、それを避けるためにはどうすれば良いのか。
「死ね!ニンジャスレイヤー=サン!死ね!」
突如としてルーミアの身体が発光!ただならぬ剣呑アトモスフィアを放ちながら、空中へと浮かんでゆく。
体が元気でも首を刎ねれば死ぬ。それはニンジャとて変わりない。バレて困ることがあるのであれば、相手を殺してしまえば良いのである。ルーミアは極めて合理的な判断の元攻撃を開始した。
「スペル・ワザ!【夜符】ミッドナイトバード!イヤーッ!」
「グワーッ!?」
突如としてチョウチンじみた緑色のレーザーバレットがスリケンめいた速度でばら撒かれた。無造作にばら撒かれた弾はタツマキめいてニンジャスレイヤーへと降り注ぐ!まるでヒサツ・ワザだ!
一発一発は弱くとも、レーザーバレットは千発二千発と襲い来る。ニューロンの闇に沈みかけるニンジャスレイヤーの脳内に彼のセンセイたるドラゴン・ケンドーソーのインストラクションがふと浮かぶのは、今己が受けているこのヒサツ・ワザめいたものこそその教えを体現したものであるからだろう。
「イヤーッ!グワーッ!!」
堪らず空中に逃げれば、スリケンにてレーザーバレットの迎撃を図るもスリヌケ!
オバケバレットだ!
スリケン投擲により体制が崩れた所へ直撃し、ニンジャスレイヤーの体が木の葉めいて落下する。
誰もが勝利を確信する光景。しかしながらルーミアの心の内に油断はなかった。恐怖は極限まで高まり、逆にその心に平穏を産んでいたのだ。ルーミアは立ち上がりつつあるニンジャスレイヤーを仕留めるべくダンマク・スペルを再度放とうとしていた。
「スゥーッ!ハァーッ!」
その一瞬の内に、ニンジャスレイヤーはザゼンを組んでいた。
吸い込んだ息は精霊とエテルの流れにコネクトし、ニンジャスレイヤーの内にカラテとして流れ込んでゆく。チャドー呼吸だ!
ニンジャスレイヤーの体表に滴っていた血液はカラテをくべられ燃え上がる彼の体温により蒸発。促進されたニンジャ回復力は傷を癒えさせると共に彼の身体に活力を漲らせる。全身にゴムタイヤを思わせる筋肉が隆起し、塞がらぬ傷を塞いでゆく。おぉ見よ、これが先まで満身創痍であった男の姿だ!
同時に、ニンジャスレイヤーはニューロンにへばりつく疑念をチャドー呼吸により振り払っていた。
先程ニンジャスレイヤーが受けた一撃。しかしながらあれはニンジャ視力とニンジャ機動力があれば躱せたはずのものであった。
ましてや彼はレッサーニンジャとは比較にならないワザマエを持つニンジャなのだから。しかしながら先程の攻撃はそう、あまりにも躱しやすすぎたのである。
それはこの世界におけるダンマク・ルールに従ったが故のものであったのだが彼がそれを知る由もなく、足を止めた所に直撃してしまったのだ。さりとて今度は迷いはない。アウト・オブ・アモーを待つつもりも無い。ニンジャスレイヤーはその瞳孔の萎縮した目でルーミアを睨んだ。
「死ね!ニンジャスレイヤー=サン!確実に、死ねーっ!」
ルーミアから再度チョウチンめいたオバケバレットがタツマキのごとく放たれる。その全てはニンジャスレイヤーへと密集。ニンジャスレイヤーのワン・インチ距離へと迫った時である。
「イヤーッ!」
掛け声と共にニンジャスレイヤーの身体が掻き消えた。哀れにもオバケバレットに貫かれてしまったのであろうか?
否、古代ローマカラテより伝わるブリッジ回避だ!ニンジャスレイヤーはそのままバネ仕掛けめいて起き上がり、キリモミ回転しながら跳躍。同時にスリケンをルーミアの足元へと投擲し、砂埃でその視界を奪った。ワザマエ!
「ナメ・ルナ!」
砂煙で見えずとも斜め45度に対して迎撃するように対空射撃。このモータルの少女が以下に死線をくぐり抜けてきたか分かる一瞬である。しかしながら当たらず。当たらず。更に当たらず。ニンジャスレイヤーは空にはいないのか!?
「Wasshoi!」
「ンアーッ!」
次の瞬間前方の砂煙を掻き分けて豪脚が飛び出てくる。ローリングソバット、伝説のカラテ技だ!直撃!小柄な身体が後方へ吹き飛ぶ。
グレーター級のニンジャ耐久性であろうと爆発四散していたであろう一撃。それでも息があるのは実際スゴイ。しかしながらまともに受けた今もはや立ち上がる余力すら残されていまい。
「モータルであろうが貴様は危険だ、生かしておけぬ。ハイクを詠め、ルーミア=サン」
非情、非情、きわめて非情。瞳にロウソクの如き光を灯し、赤黒のニンジャ装束が迫る。瀕死のルーミアの目に映るその姿は死神そのものだ。コワイ!!
「だ、ダンマク・ゴッコならこの私が·····」
「イヤーッ!!」
「アバーッ!?サ、サヨナラ!」
ニンジャスレイヤーのナタめいたチョップが直撃!鮮血のようにパワーアップアイテムを撒き散らし、ルーミアはしめやかに爆発四散した。漆黒の森を爆炎が包みこむ。そのど真ん中に赤黒の死神が佇む様は、正しくアビ・インフェルノ・ジゴクだ。ゴウゴウと燃える火に照らされるニンジャスレイヤーの顔は、どこか泣いているようにすら見える。
「森は燃やすわドンパチ騒ぎは起こすわ...ソウカイ・シンジケートのニンジャってどいつもこいつもこんなのなわけ?」
ふと背後から聞こえてくる少女の声。ニンジャスレイヤーはコマの如く回転、再度後ろ回し蹴り、即ちローリングソバットを放つ。しかしながらそれよりも早く一閃、アンブッシュ・パンチがニンジャスレイヤーの顎を捉えた。
それは負傷からの疲れか、混乱からくる疲れか、或いはその両方か。己の意識がニューロンの闇の中へ沈みこんで行くのを感じながら、ニンジャスレイヤーは瞼を閉じた。
後にニンジャスレイヤーの名を広める事になるこの一夜。さりとてそれは未だ誰も知らず。ただ誰もそれを知ることないまま、物語の歯車は大きく動き出したのであった·····。