ニンジャ・ビジット・ゲンソウキョウ   作:ハングネック

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ディム・ドリーム・ダイ #2

 

 

 バケツをひっくり返したような大雨も降り止み、ネオヒトザトは霧に包まれていた。酸性雨と地上に残留した化学物質が混合して発生した霧は化学スモッグに近く、人体に対して有害である。そのような環境下で彷徨こうなどと考える人間は早々居らず、居るのは彷徨かざるを得ない浮浪者だけだ。

 外気から身を守るように耐酸性コートの裾を硬く握りしめる老人の上をハゲタカが飛び回り、その内の一匹が誤って霧の中に突っ込んではあぶくを吹き出しながら地上へ落ちる。それを待ち構えていたネズミがいそいそと死骸を排水溝に引きずり込む様は、この人工都市における食物連鎖が如何に厳しいものであるのかをまざまざと見せつけていた。

 

 上空のツェッペリンから照らされるサーチライトも、濃霧に阻まれ地上までは届かない。霧の中から見れば霧に阻まれたサーチライトが、幾つも浮かぶ月のように見える。それを眺めながら老人は一言「インガオホー」と呟き、樹木のように乾燥し、皮膚が層を刻む手でその日暮らしの道具を詰めた麻袋を肩に担ぎ直した。

 この数時間後、老人は薬物汚染と低体温症で命を落とす事になる。しかしその光景に感傷を抱くものは誰もいない。それほど人の死というものが、この街ではありふれているからである。

 

『安い、安い、実際安い』

 

 遊覧ツェッペリンから、マーケティング広告音声が木霊する。それはどこか皮肉めいていて、ゲンソウキョウに翻弄される人々の命を指し示しているようにも聞こえた。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「今日の運動もオツカレサマ!打ち上げに行きましょう、カミキ=サン!」

 

「いいんですか?自宅で奥さんが待ってますよ」

 

「構いませんよ!どうせ冷めた飯しか出やしないんだ、これは我々の活動に相応しい対価ですよ!」

 

 殺伐とマッポーの暗闇を誤魔化すように人工的な灯りが灯る暗黒街、「激しく前後する」「殆ど違法行為」の看板の下でヨーセイやカッパモデルのオイランドロイドが道行く人へ見せつけるように胸元の服を下へと引き、煽情的に足を組み直す。「ザッケンナコラー!」「アイエエエーエエエ!」それに見惚れたサラリマンがガタイのいい重サイバネヤクザにぶつかり、スーツを汚した罪で暗黒街の暗がりへと引きずられて行く。

 変わらぬ本質を嘘で塗り固めただけの街。しかし好き好んで自分が乗る船が泥船であると再確認するものは居らず、マケグミ・サラリマンであるサカタとカミキはネクタイを緩めながら飲み屋街の方角へと足を進めてゆく。

 

「「スミマセン!チャンポン一つづつ!」」

 

 やがて見えて来る立ち飲み店の「まねきや」と書かれた暖簾を潜ると、彼らは声を揃えてそう注文した。チャンポンとはローカルフードのチャンポンの事ではなく、高濃度低品質のアルコール飲料やケミカル色の清涼飲料水と七味、そこにZBRアドレナリンを混ぜた脱法ドリンクだ。低所得層の労働者が安く記憶を飛ばすまで飲み明かすための必需品であり、見ればカウンターに経つくたびれたスーツのサラリマン達は皆、チャンポンを手にウメスイショウやイカジャーキーを貪っていた。

 

「アイヨ!チャンポン二つ!」

 

 店主は殆ど違法とも言える商品を販売しているとは思えぬほど軽快な声でグラスを置くと、仕上げにと言わんばかりに三日月状にカットされたレモンをテッコで絞り上げた。果汁に含まれたクエン酸がチャンポンの成分と化学反応を起こし、天の川銀河めいた虹彩を放ち始める。カラン、と氷が揺れる度にキラめく様は、プラネタリウムの様でもある。

 

「「カンパイ!」」

 

 由緒正しい飲み会のアイサツと共にグラスをかち合わせると、二人はチャンポンを一気に胃へと流し込んだ。

 わざとらしいまである果実の風味が鼻をぬけ、氷点下近くまで冷やされた液体により過酷な運動で熱を持った喉が、食道が、胃、脳が一気に冷却される。

 心地よい清涼感に包まれ、シロップに含まれた多量の糖分により意識がトリップしそうになる刹那、急激に吸収されたアルコールとトウガラシに含まれたカプサイシンが肉体とニューロンを点火させる。二人の顔は一瞬にして童話の鬼のように赤く染っていた。

 

「カァーッ!たまりませんね!追加でジャーキーを!あ、ビーフです!」

「最高ですね!あ、私はナッツで。」

「アイヨ!」

 

 注文が届くや否や、生体LANにより制御されたサイバネアームが彼の思考と同期し残像が残るほどの速度でバイオ水牛製のジャーキーとピーナッツやアーモンドの混ざったオツマミと呼ばれる物を機械のように正確に一人前づつ取り分け、それぞれの卓上へと並べてゆく。

 人の行き来の激しいここで営業をやるには、生体LANは必需品なのである。無論ハッカーによりニューロンを焼き切られた挙句、財産をネコソギされる危険性もあるが、暴徒と化した客に囲まれ棒で叩かれるよりはマシなのだ。

 

「サカタ=サン、金欠ですか?」

 

「実はそうなんです。運動は無償のボランティアですから」

 

 サカタは塩のまぶされたひまわりの種を一つ摘むと、慎重に先端から齧りつつそう答えた。

 この所、彼は会社を欠勤しキリサメ・コーポへのデモ運動に参加ばかりしていた。彼は決してキリサメ・コーポの被害者などではない。キリサメ・コーポは腐ってもカチグミ企業であり、彼のようなマケグミ企業の下っ端が関わることなど、末端としてでも実現しえないのである。故に彼の参加の動機は八つ当たりである。

 マケグミとして日頃蓄積していた鬱憤を自分より上だったものへとぶつける。最初こそ不条理に困惑こそしたが、今では彼は自身の暴力的な行いは正当なものであると疑いもせず日々活動に参加している。しかしそうなれば当然給料やボーナスが会社から支給されることは無く、彼の貯金残高は着実に減少の一途を辿っていた。

 

「高潔性のある社会的に正しい運動ですからね。キリサメ・コーポから保証金が貰えれば良いんですが」

 

「払うわけがありませんよ!奴らは私腹を肥やすことしか頭にないんだ!」

 

 常識的な思考能力があれば支離滅裂だと鼻で笑う思考回路であるが、ZBRによる高揚感に長年のデモ活動により歪んだ認知が合わさることで、彼らはその言動が正しいものであると信じてやまなかった。

 

「ハイその通り、連中は我々にばら撒くべきカネを停滞させ、社会を衰退させる悪でございます」

 

「全くだ!経済を回すのは我々消費者だと言うのに!」

 

「はは、言えてますねサカタ=サン」

 

「そんなお二人にいい話があるのです。明日、キリサメ・コーポへ討ち入りに行きませんか?幸いあそこは警備も緩い。」

 

「「…討ち入り?」」

 

 良いですね、やりましょう。酔った頭から捻り出されかけた言葉は幸いにも喉元で止まり、それと共に唾を嚥下しながら二人はいつの間にか左にいた、ネズミのような顔をした面長の男を見た。針のように鋭い、こちらを品定めをするような目付きに綺麗に七三に分けられた髪。だらしない格好をした二人とはあまりにも対象的であり、二人はその醸し出すようなエリート街道的アトモスフィアに椅子の上で後退りをした。

 

「えぇ、討ち入りです。ドーモ、ウメダです」

 

 思考先回りするような電撃的アイサツに圧倒され言葉も出ないまま、二人は会釈をした。

 なんと綺麗な身なりだろう。明らかにカチグミだ。しかしキリサメ・コーポに討ち入りということはデモの参加者?だが動悸は一体何なのだろう。しかしなんだかカネの匂いがする。込み上げる疑問を押し込むように、二人はツマミを視線もやらずにつまむと口に放り込んだ。

 

「キリサメ・コーポの警備はせいぜい防火シャッターとテーザー銃くらいです。大勢で押しかければ突破できます。上に行って、憎きキリサメ・ダイフから資産を奪い取るのです」

 

 ウメダと名乗る男の口から語られた恐るべき計画に二人は内心肝を冷やしながら、しかし片隅でほくそ笑んだ。これはビックチャンスだ、乗ってしまえ。そう短絡的な思考から導き出された酷く独善的な天使と悪魔が囁くのを二人は感じていた。

 

「し、しかし死人がでたら?マッポが黙ってませんよ」

 

「ノープロブレム。キリサメ・コーポはカチグミ企業ですよ?」

 

 メガネの縁を持ち上げながらそう尋ねるサカタを手で制し、ウメダは邪悪な笑みを浮かべた。

 

「焼却炉もさぞ大きいことでしょう。死体も残骸も、燃やしてしまえば証拠は残りません」

 

「それはそれは」

 

「グッドアイデアですね。角材を持っていけばいいですか?」

 

「えぇえぇ、角材でもツルハシでもナイフでも何でも。我々は正義の元に動くのですから、何を使おうとエンマに叱られる言われはありません」

 

 邪悪な談合を終えた三人は風に散らされる蜘蛛の子のように、少し多めの代金を残し暗闇の中へと消えていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「それはジョークか?ヤクシニンジャ=サン。だとしたら笑えんな、宇宙人の間ではそれがブームなのか?」

 

 一方その頃、オーサカ・キャッスルピラーの外郭では、二人のニンジャが対面していた。ナガユミを持った、ヤクシニンジャと呼ばれた女ニンジャと漆黒の焙烙頭巾にフェイスベールめいたメンポ、研究者じみた漆黒のローブを纏ったニンジャである。

 

「生憎ジョークは嫌いなの、だからもう一度言ってあげましょう。取り逃した鼠の為に動くのも癪ですし、私達が討ち損ねたニンジャの首を取ってきなさい、ディスセンブル=サン」

 

 ヤクシニンジャがそう告げた瞬間、鹿威しの音が響き渡り、火花が外郭を照らした。

 双方の頬を掠めるようにして飛来したスリケンが互いの背後の城壁へと深々と突き刺さる。

 

「なんのつもりかしら、これこそジョークにしては趣味が悪い」

 

「あまり図に乗るなという意味だ。貴様と俺は同格の立場、あれこれ指図される言われは無い」

 

 ディスセンブルの声色には憤怒が滲んでいた。それも当然である。ヤクシニンジャから告げられたのはヤクシニンジャの後始末。云わば自身の配下にでも頼むべきクエストであり、それをわざわざディスセンブルに頼むなど挑発に等しい行為なのである。

 

「同格?それこそお笑いね。我々六人の中でなんの領地も管轄も持たぬアナタが同格な訳が無いでしょう。それともあなたの中ではベンチの球拾いが四番バッターと同じなのかしら」

 

 しかしヤクシニンジャはその言葉を鼻で笑うと、輪をかけるように挑発を重ねた。その挑発はディスセンブルが正に気にかけていることであった。

 己が元は人間だからか?故にボスは己を信用などしていないのか?蓋をしていた疑念が首をもたげ起き上がるのが分かる。それを再び押さえつけるように、ディスセンブルは静かにコッポ・ドーの構えを取った。

 

「あら怖い。まさか私に勝てるとでも?思い上がりも甚だしいわね」

 

「やってみるか?無駄に歳だけ重ねた老骨めが。同僚もそろそろ新顔が欲しいと思ってた所だ、墓は無縁塚に石でも立てておいてやろう」

 

「今日はよく喋るじゃない、若造」

 

 視認できるほど濃密な殺気が混ざり合う。天に輝く満月が歪み、半径10kmのバイオスズメが一斉に飛び立ち雲のように影を作る。

 互いの身体にカラテが滾る。ゆらりと立ち上った湯気めいたオーラはやがてはっきりとした鎧めいた物へと変わり、全身を凶器そのものへと変貌させる。それは神話の再現か、火蓋のように再度鹿威しが落ちる──────────

 

「戯れも程々にねー」

 

 否、物理法則に従って落下していたはずのバンブーは突如として反対方向へと戻ってゆき、中の水が()()()落下してゆく。

 突如としてそこへと表れた二つの影を前にして、二人のニンジャは地面に頭を擦り付けるようにドゲザの体勢を取っていた。

 

「大変申し訳ありません、よもやボスがこのような所に居られるとは」

 

「おや、てっきり私に会いに来たのかと思ったが。これは出る幕じゃ無かったかな?」

 

「ボス、お戯れは程々に。これは規律を乱す行為ですよ。売り言葉に買い言葉、挙句ボスの前で怒りに任せて闘争など、ソウカイヤの顔となる者共がなんと考え無しな」

 

「まぁそう怒らなくても、それに私が目に入らんのも仕方ないさ。今度(こたび)の無礼は水に流そう」

 

「「痛み入ります」」

 

 頭を下げたまま言葉を連ねるディスセンブルの額には汗が滲んでいた。柔らかな口調とは裏腹に、そこに居るだけで細胞が震えあがるような威圧感、神話時代のニンジャという指標すら矮小に感じられる存在感。

 僅かに番傘めいた影が見える。これ以上頭をあげようなどとは考えられない。故にそれしか見たことがないが、それは確かに幾度となく拝見した己のボスの姿である。赦しを得ても安堵など起きず、ディスセンブルは更に強く額を土に擦り付けた。

 

「それに気持ちも分からんではないし。しかしそのニンジャは誰かが仕留めばならんのはお前も分かるだろう?だがヤクシニンジャ=サンはヤゴコロ製薬を纏めないといけないし、アラミタマニンジャ=サンは山に集まった不穏分子の処理がある。他の面々もそれぞれ任を課しているし……となるとお前にしか託せんわけだ」

 

「……私は都合の良い球拾いに過ぎぬのでしょうか」

 

 ソウカイシンジケートのニンジャとして、これまで数多の仕事をこなして来た。数だけなら最多だろう。故にこそ己はボスの寵愛を受けていると、そう信じ込みながらやって来た。けれど最近、その思い込みにも翳りが見えるようになってきた。

 他のニンジャのこぼした仕事を処理するだけの木っ端でしかないのか。結局、己に信用など1ミリもかけられていないのか。そんなやりきれぬ重いから零れたディスセンブルのその言葉は、実際シツレイとも取れるもの。隣にいたヤクシニンジャは内心毒づき、声の主を肩に載せる人影がカタナめいた殺気を放つ。

 

「馬鹿を申すなディスセンブル=サン。責務とは即ちしがらみよ。煌びやかな宝石で飾った短剣は美しいが、振り回すのに躊躇いが生まれてしまう。躊躇いは人も組織も殺してしまう。故に何にも縛られず、何びとにも妨げられぬ強き刃というものが組織には必要だ」

 

 しかしそれを制すようにその影はディスセンブルの前へと降り立ち、その足でゆっくりとディスセンブルへと歩を進め。

 

「それにな、私はお前に託すと言ったのだぞ?敵はヤクシニンジャ=サンとアラミタマニンジャ=サンのアンブッシュでも仕留めきれん怪物よ。有象無象に任せるものか、お前なら必ずや成し遂げると信じているから、お前だからこそ託すのだ。言葉足らずであったやもしれぬが、私はお前が他のシックスゲイツより劣るなどと、一度たりとて考えたことは無い。」

 

 ぽん、とその頭へと手を置きながら諭すように告げた。

 それは紛うことなき、純然たる、己への信頼であった。ZBRよりも、トロ粉末よりも、メン・タイよりも、あらゆる麻薬よりも凄まじき多幸感がディスセンブルの胸中を満たす。

 

「ソウカイヤに仇なす敵を、撒いた芽すら残さず摘み取ってまいれ」

 

「ヨロコンデ」

 

 喜びを噛み締めるように地面の土を握り締めると、その一言と共に、ディスセンブルは風となり消えてゆく。

 

「ははは、律儀なやつだ。…さて、外も冷えてきたし戻るとしようかね」

 

「…奴一人でよろしかったので?」

 

 小さな影は再び、小さな池の前へと立つ大きな影の肩へと乗ると、促すように城の方角を指す。

 その一方で、立ち尽くす人影は既に見えぬディスセンブルの背を見つめ続けていた。

 

「戦闘にしろ統治にしろ、何も背負わせず一人で自由にやらせた方が万全を期せるタイプでしょ。それに、何も知らないままディスセンブル=サンに勝てると思う?」

 

「……成程、確かに」

 

 そう言い放ちつつ、小さな影はヤクシニンジャの背後に出来た砂の山を、元々()()()()()()()()を見ながら不敵に微笑んだ。

 夜の街へまた一人、狩人が降り立った。

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