「エンヤコラ!エンヤコラ!」
明朝、まだ太陽が地平線から僅かに顔を覗かせている様な朝方。ブッダも未だフートンの中で寝静まっているはずのゲンソウキョウ、ネオヒトザトは例を見ないほどの騒がしさを伴っていた。
その原因は迷路めいて入り組んだネオヒトザト郊外を歩く一つの群衆であった。ZBR中毒者の群れによる無秩序無計画な朝日からの逃走であろうか?否、その集団が担ぎ上げているのは伝統的攻城兵器ミコシであった。質量に任せて門を破る、江戸の時代においては農民の一揆のみならず攻城戦においても扱われた記録の残る、由緒正しき兵器である。
丸太のみならず鉄パイプや釘、ガラス片すら先頭部へと取り付け、その上のヤグラには反骨意識を示すようなオニの面。その様子は一丸となりミコシを担ぐもの達の怒りを具現化したような、芸術性すら感じさせる。
「ドケッコラー!」
「アイエエエ!」
騒音の元を興味本位で見に来た哀れな浮浪者は、瞬く間に人の波に飲み込まれる。出勤ラッシュなどとは比にならぬ数の人々に踏まれれば被害は内臓破裂などでは済みはしない。「エンヤコラ!エンヤコラ!」人々が立ち去った後には、人型のシミが一つ、アスファルトの上に残されるだけであった。
「も、もう後戻り出来なくなりましたね!サカタ=サン!」
「戻る気なんてないですよ!何もしなくたって、死んでるようなもんなんだ!」
ミコシを担ぐ人影の中に混ざっているのはサカタとカミキであった。頭には「打倒キリサメ」と書かれたアンタイキリサメ精神を伺えるハチマキ。そう、この殺人バッファロー鉄道めいたミコシはキリサメ・コーポの門を破るべく動いているのだ。しかしいくら彼らがマケグミとは言え、なぜこのような凶行を?その答えはズボンのポケットに入った栄養ドリンクの空容器が持っている。
ポタリ、とまだ残留していた内容物が振動で一滴地面に落ちる。それに痩せこけたネズミが駆け寄り、卑しく舐めとってゆく。次の瞬間、ネズミの体にはたるんだ皮の上からですら分かる筋量が宿り、物理法則を無視するように壁を走り抜けて行く。そう、この騒動の参加者には皆同様の興奮剤が配られ、理性のタガを外されているのである。
「ハシレ!モット!モットハヤクハシレー!!我々のゲコクジョはすぐそこですよ!」
ヤグラの上で人々を扇動するのはウメダだ。両手に昇り龍の描かれた扇子を持ち、舞めいた動きで人々のやる気を引き出しているのだ。
「「「「「エンヤコラ!エンヤコラ!」」」」」
最早その暴走は止まらない。群衆はマッポーめいた跡を残しながら確実に、キリサメ・コーポへと近づいていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「こんな粗茶しかないが、どうぞ」
「……ドーモ、何から何までスミマセン」
キリサメ・コーポ上階、社長室。空間とは裏腹に小さなちゃぶ台を挟み、両名は向かい合っていた。
茶を受け取れば、分厚い湯のみ越しでも温かみが伝わる。ニンジャスレイヤーはまだ湯気の立つそれをずずいと啜れば、全身の血管、凍えきった指先にまで温かみが伝わってゆくのを噛み締めるように目を閉じ瞑想した。
ニンジャ回復力が僅かではあるが加速する。傷口の再生が始まり、むず痒くなるような感覚が走るのをニンジャスレイヤーは感じ取っていた。
「……さて、それでは話して貰おうか。キミはあんな所で何をしていた?」
その問いを受け、ニンジャスレイヤーはカタナのような眼光を向けた。
(((この男は本当に信用に値するのか?これも罠なのでは?)))
メンポのない今、僅かな表情変化ですら情報を抜かれるかもしれない。その意識がより一層フジキドの表情を強ばらせる。目の前の男の、キリサメ・ダイフと名乗る男性の素性を探るべく静かに部屋に目を滑らせる。その最中、ニンジャスレイヤーの意識は一つの棚へと釘付けになった。
そこにあったのは二つの写真である。一つは家族写真だ。今よりも若い目の前の男と、恐らくはその妻であろう女性と娘らしき子供が三人で写りこむ写真だ。そしてもう一つは、妻と思われた女性の遺影であった。机もハンガーのコートも誇りを被りつつあるこの部屋の中で、その二つだけが新品同様に光り輝いている。恐らくはあの二つだけ何度も何度も手入れしているのだろうということをニンジャスレイヤーは察していた。
「恥ずかしい話だろう。妻を奪われ、娘に愛想をつかされて尚私は何も出来ないままだ」
その様子に気づいたのか、キリサメ・ダイフは口を開いた。
「ニンジャに妻も、栄光も、私が持っていたものは殆ど奪われてしまった。けれど、いや、だからこそ怖いんだ。娘まで奪われてしまうんじゃないかと思うとね」
そう語るキリサメ・ダイフの肩が僅かに震えるのをニンジャスレイヤーは感じ取った。
「……はは、いや、負け犬めいた話などしても意味が分からんだろうね。すまない」
「……よく分かる。ワタシも、ニンジャに家族を奪われた」
目の前のものは僅かに残った者を攻めて守り通そうと足掻いているのだ。ニンジャスレイヤーはその様子に己を重ねていた。
マルノウチで妻と子を失い、妻子の仇、ニンジャに復讐を誓ったあの日の自分。しかしもしあの時、どちらか一人でも生き残っていたのなら?己は今のように戦えただろうか。全てを犠牲にするような戦い方が出来ただろうか。その問の果てに映る自分の姿がキリサメ・ダイフと重なるのをニンジャスレイヤーは感じていた。
「ドーモ、キリサメダイフ=サン。ニンジャスレイヤーです。ワタシはこの地のニンジャを抹殺するために来た、外の世界のニンジャです」
故に話すと決めた。それがどう転ぼうと、今話すのがこの男への礼儀であると、ニンジャスレイヤーはそう考えたのである。
「ニンジャを、殺す為にか。ははは、そうか」
その言葉を聞いて、キリサメ・ダイフは僅かに涙を滲ませた。
その涙の真意をニンジャスレイヤーが尋ねることは無かった。それは「もっと早くに来てくれていれば」という怒りであったのかもしれない。或いは「なぜ私はこうなれなかったんだ」という後悔であったのかもしれないし、或いはニンジャスレイヤーにゲンソウキョウの未来を見てのものだったのかもしれない。その全ての可能性だってある。しかしそれを尋ねることは目の前の男への不義理であると思ったが故に、ニンジャスレイヤーは口を噤んだ。
「キミがここへ来た理由はよく分かった。ハクレイのミコが手を貸した理由もな。……しかし、あの壁を超えるのは無理だろう」
「……」
暫くして、キリサメ・ダイフは手書きのネオヒトザトの地図をちゃぶ台の上へと広げながらそう語った。
「この中央の柱があの悪趣味な城だ。そしてこの周りにある二つの壁。これが極めて厄介だ」
「トラップだけでは無いのか」
その問いを肯定するように、キリサメ・ダイフは頷いた。
「一つ目の壁を何者かが超えた場合、二つ目の壁から電磁防壁が貼られる仕組みになっている。チタン合金だろうと蒸発するほど強烈なやつがな。これを越えるには、コンマ一秒で400mもの距離を移動せねばならん訳だ」
その発言を聞き、ニンジャスレイヤーは汗を滲ませた。
壁を突破する上で考慮していたのは外から何らかの乗り物、例えばバイクが自分と共にこちらへ来ている可能性であった。しかしその考えもこれで切り捨てなければならない。コンマ一秒で400mなどセスナを持ってしても不可能だろう。あまりにも難題だ。
「他の手は」
「連中の手先になるか、賢者に頼むかだ。しかし奴らに取り入るのはまず無理だ。何せキミは一度見付かっているわけだからな。そして賢者の方も当てには出来んだろう」
「何故だ」
「奴らに目を付けられて居るからさ。まずコンタクトが取れん。取れば全面戦争になりかねん、彼女らからしたら会うだけで賭けだ」
縋るように尋ねた他の手も尽く根回しをされている。どうしようも無いというのか、なにか変化が起きるまで待てと言うのか。ニンジャスレイヤーの眉間のシワがより一層深くなる。
「……しかし、一つだけ方法はある。分の悪い賭けだがね」
そう呟くとキリサメ・ダイフは床の畳を一枚剥がし、そこから奇妙な置物を取り出した。
研磨された鹿の角を思わせる歪曲した足場の上に、八角形の金属質な台座らしきものが取り付けられた妙な代物だ。中央にはハクレイのミコが渡したタリスマンと同じ陰陽の印が刻まれ、時折鼓動するように淡い光を放っていた。
「これは一体」
「八卦炉、ミニ八卦炉だ。マジックモンキーを燻した代物を再現し圧縮した、マジックアイテムと呼ばれるものだ。私は使えんがね」
東方学問や神話に詳しい方ならそれが何か既にお分かりだろう。それは神仙すら焼く火を宿し、ゲンソウキョウで最も強い光を放つ物。吸血鬼を、亡霊を、鬼を、月の民を、天人を、魔法使いを、神人を焼き鎮めてきた魔法の道具である。
「その道具で何をすれば良い」
「……これをとある少女に届けて欲しい。その少女の名は───────」
VOOOOOOOOMP!!突如として轟音が響き、建物全体が大きく揺れる。窓ガラスを見れば、空が橙色に輝いていた。それが朝日ではなく爆炎であると二人が気付くのは、そう遅くはなかった。
「何事だ!」
「アイエエエ社長!一揆です!RPGです!アイエエエ!」
「「「「「トットトアケッコラー!!スッゾオラー!」」」」」
コール音が鳴るよりも早くキリサメ・ダイフが受話器を取れば、混乱した様子の受付がそう答える。受話器越しに聴こえるのは暴動を起こしている者たちの声だろうか。思わず外を見れば、巨大なミコシがキリサメ・コーポの門に叩きつけられている。オニを象ったらしきヤグラの上に乗った何人かのクローンヤクザが、キリサメ・コーポへ向けてRPGを一発、また一発と放っていた。強化コンクリート製の外装が爆風で剥げ落ち、鉄骨製のフレームが徐々に露わになっていく。
「……ブッダファック。ブッダファックブッダファックブッダファック!!何を考えているんだ!これ以上、これ以上何を奪おうと……!」
あまりに唐突な無秩序、あまりにも残酷な暴動。数々の虐げを受け入れても尚気が済まないというのか。現実が己にだけ非情であるかのような錯覚に陥り、口汚い言葉を吐き捨てながら机に拳を振り下ろす。
何がいけなかった。己の善意は間違っていたのか。デモ隊が暴徒に変わる前に消せば良かったのか。なんだったら、今からでも消してしまえばいいのか?ふと、キリサメ・ダイフの視界に護身用のサスマタが映り込む。
「キリサメ=サン」
パニックに陥るキリサメ・ダイフを現実に掴み戻したのはニンジャスレイヤーであった。彼はその亡霊めいて冷たい手でキリサメ・ダイフの肩を掴み。
「何をすれば良い。ここの人々を救う為に、ワタシは何をすれば良い」
しかし光の灯った瞳でそう答えた。その言葉を聞き、キリサメ・ダイフは邪念を振り落とすように首を左右に振る。
行いを恥じるようにサスマタに伸ばしかけていた手を握りしめれば、彼はジャケットの裾を正しネクタイを締め直した。
「上に誰も逃げてこんという事は階段もエレベーターも使えんに違いない。私は彼らに声を掛けて少しでも時を稼ぐ。ニンジャスレイヤー=サンはその隙に従業員を一人でも多く外へ連れ出してくれ」
「承知した。イヤーッ!」
キリサメ・ダイフがそう声をかければ、次の瞬間ニンジャスレイヤーは赤黒い風となり割れた窓から外へと消えてゆく。
外は未だ騒然としている。恐らくはこの暴動は収まらない。しかしそれでも良い。キリサメ・コーポなどくれてやる、しかし少しでもソウカイ・シンジケートの尾を掴んだのなら、その時は必ず。
「刺し違える事も出来んような、牙のない駄犬と思ったか、マヌケ共め。イヤーッ!」
キリサメ・ダイフの瞳に火が灯る。壁の拡声器を手にすると、彼はサスマタで社長室の防爆ガラスを叩き割った。
「……えぇ順調です。ハイ、やはりキリサメ・ダイフは逃げていないようです」
その様子を、ヤグラの上から怪しく見つめる者がいた。ウメダである。彼は指で窓ガラスの割れた階が何階であるか数えると、耳元のインカムを抑えながらそう呟いた。
「えぇハイ、殺すのはあくまで暴徒共。ハイ、抜かりありません。……センセイも近くに?それはそれは、ぜひいいニュースをお聞かせしたい所ですね」
彼も一揆の参加者のはずである。しかしこの口振りはなんだ?これではまるで、彼は一揆には参加していないかのようではないか。その答えを明かすように、一筋の風が吹き抜ける。
「チッ、相変わらず汚らしい街だ。……いえ、こちらの話です、ハイ」
飛んできた弁当パックによりスーツに付着した汚れを、苛立たしそうに純白の手拭いで拭き取る。その隅に描かれるのはクロスカタナのエンブレムだ。
「今日が、キリサメ・ダイフの命日ですとも」
ウメダは一際邪悪そうにそう呟き、窓から顔を覗かせたキリサメ・ダイフを睨んだ。
「エッ!誤字修正が間に合いません!金曜日にしてください!」
「ダメだ、火曜日投稿にする 」
「アイエエエエエエ!」
へんしう役のニンジャに凄まれ、ボブは失禁しながら投稿日付を変更した