「「「「「エンヤコラ!エンヤコラ!エンヤコラ!」」」」」
分厚い合金製の門が、ミコシをぶつけられる度に大きく歪む。一分の隙間もなかったはずの門には既に犬程度なら通れるほどの穴が出来ていた。このままゆけば門の開閉装置も限界を迎え、暴徒と化した群衆はキリサメ・コーポへと雪崩込む事だろう。
「そこで止まりなさい!!」
それだけは防がねばならない。このビルはいつ崩れるか分からないのだ。あれだけの人が雪崩こめば、何人が生き埋めになるか分からない。少なくとも下の救助が終わるまでは凌がなくてはならない。今下に残っているのは、数多の苦難を共に乗り越えてきた同胞達だ。死なせてはならない。その決意が、キリサメ・ダイフを立たせていた。
「あなた方の行いは違法なものだ!これは我々への重大な営業妨害であり、その上脅迫、器物破損、家屋放火、殺人未遂まで重なっている!これ以上このテロめいた行いを看過することは出来ない!」
窓ガラスの崩壊音に気を引かれた群衆に、拡声器を通して投げられた言葉が突き刺さる。それは下の彼らの行いへの叱責にも近く。
「ザ…」
「「「「「ザッケンナコラー!!テロダ!?ザッケンナザッケンナコラー!」」」」」
「どの口で言う!詐欺師が!」「悪魔!」「外道!」「カルティスト!」「ツブレチマエ!」
故にその反発は当然の物であった。正しいと信じてやまない行いを、征伐の対象が非難する。それは心理的に看過できない物であり、群衆は口々にキリサメ・ダイフへと罵りの言葉を連ねた。
「上手いな。マッポを待っているなら無意味な努力ではあるが」
しかしそれは同時に侵攻の手を止めるものでもあった。興奮し短絡的な思考に縛られた頭では暴動と反論を同時に行えない。キリサメ・ダイフのその一言は時間を稼ぐ上で最善とも言える物であった。その様子を眺めていたウメダは、その手腕を評価するように静かに手を二度叩いた。
「そもそもあなた方は何故このような暴挙に及んでいるのでしょう!」
投げられた火炎瓶が引火し、火の手が会社をぐるりと包む。熱気が肌を焼き、拭った先から汗が吹き出す。
それは暑さの為だけでは無かった。もしかしたら暴徒が今に発砲し、己は無意味な死を迎えるかもしれない。そうでなくとも死にたくは無い。死ぬ覚悟があっても、恐怖は消えるものでは無いのだ。死ねば、娘の顔を拝むことすら出来ないのだから。ストレス性の脂汗が瞼の上から垂れる。しかしそれでも、キリサメ・ダイフは言葉を紡いだ。
「ふ、フザケルナー!我々にこんな事をさせているのは誰だ!他でもないキリサメ・コーポだ!」
それに対して声を荒げたのはサカタだった。ネクタイはとうの昔に外れてどこかへ飛んでゆき、ミコシが曲がりきれず衝突した際にできた擦り傷でスーツは愚か顔までボロボロな、浮浪者と見まごうばかりの有様のサカタであった。
「我々はお前らにより被害を被った被害者だ!弁償しろ!」
「ではお聞きしますが、アナタは我が社にどのような被害を受けたのですか!」
「……へ?」
不平不満、嫉妬憎悪。普段の社会生活の中で、サカタに募った怒りが爆発する。指を指し権利を主張するサカタに対しキリサメ・ダイフが返した言葉は、サカタの口を噤ませるには充分なものであった。
「そこのご婦人に、そこの男性もだ!我が社ではプレス機も特殊化学液も扱った試しが無いと言うのに、どこでどう事故になり、どこへ労働災害申請を出したと言うのですか!あなた方には答える義務がある!」
「ア……」「それはその……」
キリサメ・ダイフは群衆を一人一人指し示しながらそう訪ねてゆく。無論その問に答えられるものなど一人もいない。今日この日、このテロルに加担した者達は皆、キリサメ・コーポに恨みなど無いからだ。ただ他の人が怒りを覚えているから身を任せ、輪に入るために架空の被害をでっち上げたのだ。
(((私達は正義で、キリサメ・コーポは被害者に保証もしない暗黒メガコーポでは?ヤジマ=サンもコジマ=サンも被害を受けていない?ナンデ?)))
その様子にサカタは狼狽した。自分が正義だと信じたものが正義ではないと突きつけられ、足元がガラガラと崩れ落ちていくような錯覚すら感じ取り、その場にへたり込みそうになる。
「サカタ=サン、どうします、逃げますか?」
「か、カミキ=サン。アイエエェ……」
同じく困惑と後悔に顔を染めるカミキにそう尋ねられ、サカタはミコシを担ぐ手を僅かに緩めた。見れば周りもざわめき始めている。
そうだ、逃げよう。ミコシを捨てて逃げてしまおう。サカタがそう決心した時、彼の足元で瓶が弾ける。
「アイエエエエエエ!?」
(((カミキ=サン!?そんな!カミキ=サン!)))
次の瞬間、彼の眼前でカミキが燃え上がった。上から降ってきたのは火炎瓶だ。しかし上にいるのは両手の塞がったヤクザとウメダ=サンだけ。……ウメダ=サンが投げた?そんな馬鹿な、しかし暴動を起こそうと持ちかけたのもウメダ=サンだ。まさか自分たちは利用されたのか?
(((直ぐに、直ぐに周りに知らせなくては!)))
自分を利用したウメダに対する怒りと、僅かに残った罪悪感がサカタにそう決心させる。
「アイエエエエエ!!」
しかし、サカタの口を突いて出たのは悲鳴であった。ナンデ、と感じたその時、サカタは初めて自身の身体も炎に包まれていることに気がついた。
(((ナンデ!?嫌だ、死にたくない!)))
後悔も最早役に立たず。激痛からくるショックにより、サカタは静かに命を落とし物言わぬ黒炭となった。
「グワーッ!これはキリサメ・コーポの非人道的な対人兵器です!皆さん騙されないで!彼はああやって我々の足を止め、我々を焼き殺すつもりなのです!」
その声の主は、頭から血を流したウメダである。無論負傷は血糊、彼は無傷なのであるがそのような事を下の群衆に見破れるはずもなく、むしろ心理的効果で信憑性は増大。冷静になれば怪しいその発言を鵜呑みにした群衆の目には、再び憎悪と怒りが灯っていた。
「ザッケンナコラー卑劣!」「「「エンヤコラ!エンヤコラ!」」」「ま、待ってくれ!我が社にそのような物は」「スッゾスッゾオラー!」「グワーッ!」
キリサメ・ダイフの言葉を遮るようなクローンヤクザのRPG射撃が壁面へと炸裂する。
CRAAAAASH!一呼吸置いて門が崩壊する。「「「「ツッコメー!!」」」」キリサメ・ダイフが朦朧とする意識の中で見たのは、キリサメ・コーポへと雪崩込む群衆の姿であった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ザッケンナ!」「ザッケンナ!」「ザッケンナコラー!」
送電機能が停止し、暗く静まり返ったキリサメコーポの中を火花が幾度となく照らす。彼らはキリサメ・コーポ上階のキリサメ・ダイフに正義の鉄槌を食らわせるべく、階段の瓦礫をツルハシで撤去しながら上へと進んでいた。その様子をほくそ笑みながら眺めるのは当然ウメダだ。
(((つくづく間抜けな連中よ。まぁいい、キリサメ・ダイフを道連れにビルと共に死んでくれればそれで良いさ)))
「ガンバッテネ!キリサメ・ダイフはすぐそこです!あと少しの辛抱ですよ!」
内心毒づきながらもそれをおくびにも出さない。彼にとって、計画の遂行は命にも等しいからである。
「そこまでだ!そこで止まりなさい!」
階層は次で76階、社長室のある階層だ。ツルハシを握る手により一層力が籠った瞬間、彼らを止める声があった。キリサメ・ダイフである。
「これ以上瓦礫を撤去してしまえば、このビルは崩落する!キミ達も死にに来た訳ではないだろう!」
キリサメ・ダイフの言葉は実際的を得ていた。度重なる爆発により建物を支える支柱は殆ど吹き飛ばされてしまっている。今は僅かなバランスにより形を保っているが、それもいつまで続くか分からない。
「欺瞞!」
「ナニ!?」
「欺瞞です!皆さん騙されないように!ここが崩落するというのなら、なぜ彼は逃げていないのでしょう!逃げない理由はただ一つ、上にカネがあるからです!」
「何を、言って」「この期に及んで保守かー!」「卑劣!」
しかしその忠告すら群衆の怒りに転化させるウメダの巧みな話術により、ツルハシを振り下ろす速度はより一層ヒートアップした。
「グワーッ!」
瓦礫が破砕され、破片が炸裂弾めいて飛び散る。埃が舞い上がり生じた砂埃を踏み越え、ヘルメットや角材で武装した労働者がなだれ込み、たちまちキリサメ・ダイフを取り押さえる
「シネッオラー!」
釘を埋め込んだ、凶悪な形状をしたバットが振り上げられる。(((ナムサン……!)))キリサメ・ダイフは心の中でブッダに祈りながら目を閉じた。無論、この地にブッダなどいるはずも無い。
「イヤーッ!」
「「「グワーッ!」」」
突如割り込んだ赤黒い風が、労働者の群れを後方へと吹き飛ばす。この地にブッダは居ない、しかし彼が居る。
「ドーモ、ハジメマシテ、ニンジャスレイヤーです」
それは死神のような出で立ちをしたニンジャだ。おどろおどろしいメンポを付け、鮮血のごとき装束を身にまとったニンジャだ。神話の中にしか居ないはずの、神々すら恐れる戦士だ。
「ニンジャ……?」「ニンジャナンデ?」「ニンジャ!?」「「ニンジャナンデ!?」」「「「アイエエエニンジャ!!アイエエエ!!」」」「ゴボーッ!!」
絶対強者から放たれる濃密な殺気に当てられ、人々は次々にNRSを発症してゆく。唯一正常な状態で立っているのはウメダだけである。
「皆さん落ち着いて!これはキリサメ・コーポの」「イヤーッ!」「グワーッ!」
群衆を落ち着かせようと言葉を紡いだウメダを、ニンジャスレイヤーの強烈な飛び蹴りが打ち据える。ウメダは空中で乱回転しながら後方の壁に激突した。
「オシャベリが好きなようだな、ソウカイヤの下っ端よ」
「ぐ、アイサツも待たぬ無礼者が何を!」
「時間は与えた。その上で無様にも隙を晒して喋りだしたのはオヌシだ。無礼?抜かせ、自分の手は汚さずに上から油揚げを掠め取ろうとする傲慢な鳶めが。生憎貴様の手先ではワタシは止められん。観念してカラテを構えよ」
しかしウメダは健在だ。ニンジャの蹴りを耐えたのか?どうやって?その答えを示すようにスーツの下から現れた、ラバーニンジャ装束を見て、群衆は再びざわめいた。
「ニンジャ!?ウメダ=サンも!?」「アイエエエ!」「「「ザッケンナコ「イヤーッ!」「「「グワーッ!」」」「「アイエエエ!」」
群衆に紛れチャカを抜いたクローンヤクザを、的確なスリケンが射抜く。緑色のバイオ血液が辺り一帯に降り注ぎ、パニックになった群衆が一斉に階段を下ってゆく。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
スリケン投擲の隙を突いた無慈悲なモロテ・ツキ!ニンジャスレイヤーの股間と頭部に鉄拳が迫る。しかしニンジャスレイヤーは冷静にその拳の間に前蹴りを繰り出した。カウンターめいて炸裂した蹴りにより、首が後方へ大きく捻れる。
(((バカナ……!こんなニンジャ、上から聞いてない!)))
頸部に甚大なダメージが蓄積したのを感じ取りながら、ウメダ、否、スニッチはソーマト・リコールめいて上からの任務を反復していた。キリサメ・ダイフを民間人主体のデモで死んだかのように見せかけ、ソウカイヤに仇なす反乱分子を潰す。たったそれだけの任務だったはずだ。しかしこのニンジャはなんだ?赤黒いニンジャ装束、「忍」「殺」と書かれたメンポ、卓越したジュー・ジツのワザマエ。キリサメ・コーポが秘密裏に隠し持っていたニンジャ?しかし上がそれを見逃すか?
「イィィィヤァーッ!!」
「ヌゥッ!」
思考よりも先に、スニッチの体に染み付いたカラテが反応した。ニンジャスレイヤーの脚部を掴むと、それを支点とした亜種サマーソルトキック!ニンジャスレイヤーは咄嗟に蹴り足を踏み防御するも、ニンジャ握力により地面を掴んだスニッチによる派生トモエ投げ!そのまま振り上げられた足により、テコの原理で空中へと身が放り出されるも、高速回転し勢いを殺し相殺!スニッチの追撃を警戒しつつ着地する。
「バカメ!俺の目的はこいつよ!」
「グワーッ!」
しかしスニッチは、ニンジャスレイヤーの後方に控えていたキリサメ・ダイフに掴みかかり、盾めいて構えながらニンジャスレイヤーを睨んだ。
「さぁ、こいつの命が惜しければセプクしろ!」
「グヌーッ……!」
ウカツ、何たるウカツか。目の前のニンジャの力量を見誤った結果がこれだ。そもそも負傷などしていなければ初撃で殺せたはずだ。手負いにしてしまったが故に、目の前のニンジャに本領を出させてしまった。或いは、キリサメ・ダイフを抱えて逃げるべきだったのかもしれない。
(((構うなフジキド、諸共殺してしまえ)))
脳内の邪悪な同室者の声が聞こえぬように心に蓋をし、ニンジャスレイヤーは打開策を考えた。ナラクには頼れない。ならばスリケンか?カラテか?スリケンか?カラテか?
「ニンジャスレイヤー=サン!!」
ニンジャスレイヤーの迷いを吹き飛ばす様な、キリサメ・ダイフの声が響く。
「迷うな!やれ!」
それはキリサメ・ダイフの覚悟であった。死の恐れすら抑え付け跳ね除ける、壮絶な覚悟であった。
ならばそれに応えるために、己がやるべきことはたった一つ。
「イヤーッ!」
カラテあるのみ!ニンジャスレイヤーはスニッチを抹殺すべく、全速力で前方へと駆けた。
「こ、この老いぼれ!何馬鹿な事を!」
スニッチのニューロンはこの事態に付いて行けなかった。パニックが脳を支配する。それでも任務は遂行しなければならない。死を前にし、震える手でチョップ突きを構えキリサメ・ダイフへと振り下ろす。
「青いな、若造」「ナニ!?」「イヤーッ!」「ナニーッ!?」
しかしそれが仇となった。キリサメ・ダイフの呟きに手を緩めた刹那、スニッチの身体が宙を舞う。
これはイポン背負いだ!拘束を緩めたが故に、キリサメ・ダイフを殺せる相手だと侮ったが故に決まった、奇跡にも近い一本!!物理法則に従い叩きつけられたスニッチの身体が二度、三度とバウンドする!
「グワーッ!グワーッ!グワーッ……アッ!?ま、待て!俺は次期ソウカイ、シックス」「貴様に聞くことなど、一つとして無い!イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーはその身体を踏み付け地面へと磔にすると、拳をスニッチへと振り下ろした。全体重を乗せたカワラ割り。それは当然スニッチに防げるものではなく、ガードを跳ね除け頭蓋が窪み拳がめり込む。
「アバーッ!サヨナラ!」
一瞬の間を置いて、スニッチは爆発四散した。ごうごうと、ニンジャの残骸が燃え盛る。
「……ニンジャスレイヤー=サン、やったな」
業火の中から姿を現したニンジャスレイヤーを見て、キリサメ・ダイフは安堵するような笑みを零す。ニンジャスレイヤーもまた、それに合わせるように静かに頷いた。
凄惨な暴動も、ようやく終わりを迎えたのだ。
「アー、スニッチ=サン、死んじまったか。出来のいい弟子だったんだが」
いつの間にか、スニッチの死体の傍にいた人影が口を開く。その一言が発されるや否や、ニンジャスレイヤーはキリサメ・ダイフを抱えパンサーめいてその人影から距離を取った。
「……ドーモ、ハジメマシテ。俺はソウカイ・
「ドーモ、ディスセンブル=サン。ニンジャスレイヤーです」
ジュー・ジツの構えを維持するニンジャスレイヤーとは対照的なほど丁寧なアイサツ。ニンジャスレイヤーはそれだけで、目の前のニンジャが強敵であると察し取った。
「さて、柄じゃねえけど敵討ちと行くか。悪いがハイクは詠めんと思ってくれ」
ディスセンブルの四肢が淡い燐光を放つ。ニンジャスレイヤーのニンジャ第六感が警鐘を鳴らす。
巻き上がる炎はイクサを報せる狼煙か、ニンジャのイクサが今始まろうとしていた──────────