「イヤーッ!」
「イヤーッ!」
薙ぎ払うように前腕を振り抜くファイアフライ。その手に握られているのは、身を寄せ合いヌンチャクめいた形状を築く毒虫の群れである。その表面は光沢を帯び、ヌンチャクの軌道を示すように毒液が滴り落ち跡を残す。
それが出血毒か神経毒か、或いは先程の大百足の物のように消化液に近しい性質を持つものなのか、或いはその全てなのか。いずれにせよ直撃はまずいと判断すると、ニンジャスレイヤーは大きく後ろに飛び退き回避した。
「随分と勘が良い」
不満を隠すことなく態度へと表しながら、ファイアフライはヌンチャクを右脇で挟み込むようにして腰を落とした。空いた左腕はニンジャスレイヤーの反撃を阻むように前方に構えられている。隙のない、一対一に趣を置いたヌンチャクの基本的な構えだ。
「でも、逃げ回るばかりじゃ決着は付かないと思うけど?」
「随分とよく鳴くものだな、蛍ではなくコオロギのヨーカイであったか?」
「臆病風に吹かれるミノムシの分際で抜かしてくれるじゃない。オスなら喋らないのが美徳じゃなくて?」
両者の距離はニンジャ一人分。その間合いはヌンチャクを持ってしも届く距離ではなく、そしてジュー・ジツを扱うニンジャスレイヤーにとってはあまりにも遠すぎる距離であった。拳もチョップも届かない、しかし近付けばあの危険なヌンチャクが待っている。攻めるか、引くか、その選択を誤れば待つのは絶対的な死である。
その選択の時間を奪い去るように、手の平を上に向け、指を二度折り曲げ、掛かってこいと言わんばかりにニンジャスレイヤーを挑発するファイアフライ。
「イヤーッ!」
それに乗るようにニンジャスレイヤーは懐に迫ると、居合抜きのようにチョップを振り払う姿勢を見せた!それを受け止めるように、ヌンチャクを垂直に立てんとするファイアフライ!その表面ではニンジャスレイヤーのチョップを招き入れるように、毒蟲が一斉にうぞうぞと身体を起こし始めていた。このまま行けば結果は火を見るより明らか。ニンジャスレイヤーのチョップがめり込んだ瞬間、ニンジャスレイヤーの右手は爛れ腐れ落ち虫の餌となる事だろう。ファイアフライの口角が僅かに上がる。
「ンアーッ!」
しかしながら、苦痛の声を上げたのはファイアフライであった。手首に走る、思わずヌンチャクを取りこぼしてしまうような衝撃。顔を顰めながらも見開いた瞳孔に映りこんだのは、棍棒めいた木の枝であった。
ニンジャスレイヤーは闇雲に突っ込んだのではなかった!短絡的な突撃に見せ掛けつつ木々の枝を忍ばせ、鞭のようにしならせることでファイアフライの手をうち据えたのだ!ワザマエ!
「イヤーッ!」「ンアーッ!」
そのままファイアフライの腹部へと強烈な肘打ち!ファイアフライのニンジャ装束下に仕込まれていた、装甲服代わりの甲虫が潰れる異音が響き渡る!胃を持ち上げられるような一撃に、ファイアフライは血の混じった胃液を吐き出した。
「イヤーッ!」「ンアーッ!」
腹部への殴打により下がったファイアフライの頭部を打ち据えるような唐竹割りチョップ!!ファイアフライの緑色の毛髪が一瞬逆立つと、そのまま更に下へと押し下げられる!ファイアフライの脳組織は、上下に激しくシェイクされていた。
「イ……」
(((ならぬ!フジキド!)))
更なる追撃を仕掛けようとするニンジャスレイヤーの脳裏に突如として同居人、ナラク・ニンジャからの警告が発せられる。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
咄嗟に回避行動を取るニンジャスレイヤー。しかしそれよりも早く、ファイアフライの蹴りがニンジャスレイヤーを打ち据えた!ニンジャスレイヤーの身体が地面へと叩きつけられる、即ち頭上からの蹴りである。馬鹿な、あの体勢からどう頭上へと蹴りを!?その答えを示すのはファイアフライの構えであった。バレリーナのように片足で立ちつつも、もう片方の足はシャチホコめいて天へと構える。それがサソリ・ニンジャクランに伝わるサソリ・ファイティング・スタイルの派生の類であると、ニンジャスレイヤーは過去の戦闘経験から即座に看破した。
なんたる判断能力か!ファイアフライは、ニンジャスレイヤーの攻撃をあえて受けることでカウンターを直撃させたのだ。
(((ウカツに飛び込みおって、愚か者めが!呆けておる場合では無い!すぐさま転がれ、フジキド!)))
蹴りの衝撃により視界も歪む中、ニンジャスレイヤーの脳裏にナラクの声が響く。
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
上体を起こすと共に振り上げた足を、そのまま真下へと、ニンジャスレイヤーの頭部へと振り下ろすファイアフライ!ニンジャスレイヤーは転がるようにしてその踏みつけを間一髪回避した。地面に深々と足がめり込み、地面がぐらぐらと揺れる。直撃していれば、ニンジャスレイヤーの頭部はビーチのウォーターメロンめいて破裂していた事だろう。
再び距離が開く。ニンジャスレイヤーは息を整えつつももう一度ジュー・ジツの構えをとり、対するリグルは指先を錘めいてすぼめると、カマキリの威嚇めいた構えを取った。これはミメティクス・カラテの一種、カマキリ・ケンの構えだ!
「二足の草鞋か?それでは歩くこともおぼつくまい」
ニンジャスレイヤーの指摘は実際的を得ていた。サソリ・ファイテング・スタイルもカマキリ・ケンも実際恐ろしい。しかし二つのカラテを学ぶということは、当然必要な学習期間も二倍!一つのカラテに打ち込む者に比べてそのワザマエが実際稚拙なのは至極当然の理だからである。
「二足だけだと思う?」
しかしそれに対し、ファイアフライは不敵な笑みと共にそう返した。カサカサと、ニンジャ装束の隙間を百足が這い回ってゆく。少女のような見た目でありながら、なんと恐ろしく妖しげなアトモスフィアであろうか。
「それに、状況は五分と五分では無いもの。仮に私が遊んでたとしても、それは油断ではなく余裕よ」
何を、と返す寸前、ニンジャスレイヤーはその言葉の意図に気付いた。ダメージの影響を掻き消すべく呼吸を整えるニンジャスレイヤー。対してファイアフライは、余裕の表情を保ったままカラテを構えていた。馬鹿な!ダメージはファイアフライの方が大きいはずだ!その疑念に対する答えを唱えるように、ファイアフライが口を開く。
「同じニンジャと言えども脆弱なヒトと強大なヨーカイ。元が違うのよ?丈夫さが同じな訳無いじゃない」
なんと単純で、故に覆しようのない道理か!ニンジャスレイヤーが倍の攻撃を当てようとも、両者のニンジャ耐久力には倍以上の開きがあるのだ。被弾覚悟でのカウンターを続けられれば、先に爆発四散するのはニンジャスレイヤーである!
(((アヤツの言うことはあながち間違いでは無い、被弾覚悟の打ち合いは不利ぞ)))
「ならば一方的に叩くだけのこと!イヤーッ!」
「絵空事を!イヤーッ!」
カタナめいたチョップとカマめいたチョップが交差!両者の距離が一気にワン・インチにまで縮まってゆく!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
そのまま手首を曲げニンジャスレイヤーのチョップを絡め取ると、眼球を摘出するような鋭い突き!脅威的な首の柔軟性により回避!代償にニンジャスレイヤーの体勢が大きく崩れる!
「イヤーッ!」「ンアーッ!」
しかし躊躇うことなく地面に手を着くと、大きく身体を回すように後ろ回し蹴りを放つ!半月めいた華麗な蹴りの軌道を見れば、カラテに親しみのある読者の方はそれが何かお分かりになられただろう。攻防一体のカラテ技、メイアルーア・ジ・コンパッソ!!予想だにしない角度からの蹴りが、ファイアフライの身体を大きく吹き飛ばす!!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
ニンジャスレイヤーの連続側転!スリンキーめいた挙動で迫ると、電撃的トビゲリによる強襲を仕掛ける!アンブッシュならばファイアフライの首を切断していたであろう一撃は、しかし真正面から受け止められた。
「取った!」
決着を確信したファイアフライの顔に凶悪な笑みが浮かび、複眼特有の奇妙なギラつきを瞳から発する。
ガッチリとニンジャスレイヤーの足を掴むと、筋力に任せて振り上げる!その末端速度はリニア新幹線の比ではない。このまま地面に叩きつけられれば、ニンジャスレイヤーは赤いジャムへと変わるだろう。
「イ」「イヤーッ!」「ンアーッ!」
あわや衝突といったタイミング、勝利を確信し気の緩んだ隙を突くように、姿勢制御の為に畳まれていた片足による蹴りがファイアフライの頬を叩く!
「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」
続けて二度、三度、ファイアフライを踏み付けるような蹴りの嵐!文字通り真上からの攻撃、これではカウンターカラテすら放ちようがない!ファイアフライの膝が、徐々に、徐々に折れ曲がってゆく。
「カメ!」 「GIBSHHHHH!!!」「イヤーッ!」
反撃も儘ならぬ空中からの連撃、しかしその最中、ファイアフライが奇妙なカラテシャウトを口にした次の瞬間、木々の隙間から複数の影が飛来する。オバケクワガタだ!魔改造殺戮オフロードピックアップトラックの装甲めいた凶悪な刺々しい外殻に身を包んだ、牙と顎を持つ殺人食肉クワガタの群れである!!
「イヤーッ!」
牙を鳴らしながら迫るクワガタの突進を跳躍回避!その上で背後からスリケンによる迎撃!柔らかな腹部を切り裂かれオバケクワガタ撃滅!ファイアフライには距離を取られてしまったが、この選択は極めて冷静な判断であった。もし万が一最初からスリケンによる迎撃を試みていたならば、その全ては弾かれニンジャスレイヤーは内蔵を食い荒らされていたであろう。
「無闇矢鱈に虫を飛ばすだけとは、随分下らぬジツだなファイアフライ=サン。それでお茶を濁すのがオヌシの常套句か?羽虫の王を気取るのはさぞ楽しいと見える」
「気取りじゃないわ、虫は全て私の下僕。それにどう煽ろうとも私の優位は揺るがない。私はまだこの通り元気いっぱいだもの」
「ならばなぜ逃げた?」
ニンジャスレイヤーのカタナのように鋭い指摘が突き刺さる!攻撃からの退避、それは即ちニンジャスレイヤーの蹴りの嵐の中で死の可能性を垣間見たことを示す証拠に他ならない!図星を突かれたファイアフライの笑みに、苛立ちが陰る。
「余裕を見せつけたいというのなら好きにするが良い。その余裕が砂上の楼閣に過ぎぬと教えてくれるわ。イヤーッ!」
左右にステップを踏みながら、ニンジャスレイヤーが前進する!愚直な突進しか出来ぬクワガタでは、ニンジャスレイヤーを捉えきれない!
「カミツケ!カミツケ!」「イヤーッ!イヤーッ!」
それでも尚、雨のごとく降り注ぐ殺人クワガタの嵐!さながらスリケン!しかしその全ては、ニンジャスレイヤーの残像ばかりを捉えてゆく!
「イッ……」「イヤーッ!」「イヤーッ!」
強襲カラテフックを仕掛けるニンジャスレイヤーの視界に、上体を倒したファイアフライの姿が映り込む。咄嗟の対空ポムポムパンチ!メキシコ毒サソリの尾めいたカウンターケリ・キックと衝突!
(((フジキド!叩き落とせい!)))
「イヤーッ!」「イヤーッ!」
技の起こりを察知したナラクの声が響くと同時に、鉤爪の如く強ばった十本の指が迫る!振り下ろしのアームハンマーにより迎撃!しかし再度、サソリの尾めいた蹴り足が首をもたげる!このままではカウンターの餌食になることは必然!
「イヤーッ!」「ナニッ!?」
しかしカウンターよりも早く、ニンジャスレイヤーはファイアフライの両腕を掴み、脇で挟み上げた。
「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」
腕を引き抜くべく身体を後方に寄せるファイアフライ。その結果生まれた僅かな隙間に、ニンジャスレイヤーの身体が滑り込む!挟み込んだ両腕を支点とした、坂を蹴り上がるような三連蹴り!鳩尾、胸、顎を的確に蹴り上げると共に、両肘の先を異様な方向へとひねり揚げた。肘関節粉砕!ワザマエ!
「イヤーッ!」「ンアーッ!」
そのまま流れるような殺人ライナータックル!ファイアフライの身体をくの字に折り曲げると、パワーボムめいて地面へと叩きつけつつマウントポジションへと移行する!
「カミッ……」「イヤーッ!」「ンアーッ!」
虫呼びのためのシャウトを、ニンジャスレイヤーの強烈なパンチが制する!頭部を拳ごと地面に叩きつけられ、反動でファイアフライの頭蓋が跳ね上がる!
「イヤーッ!」「ンアーッ!」
マウントポジションからの右フック!防御を試みるも、肘関節は既に粉砕されている!直撃!
ファイアフライは今や、カラテを防ぐ術も持たぬまま、死神にマウントポジションを取られているのだ。我が身に置き換えると、なんと背筋の凍る光景か。
「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」「イヤーッ!」「ンアーッ!」
ニンジャスレイヤーの嵐のような、鉄拳の連打が降り注ぐ!ファイアフライの外殻めいた強度の表皮に、次第に亀裂が入ってゆく。一方的な蹂躙、この先の結末の見え透いた光景。
「イィッ……!?」
それを終わらせるべく、これがトドメ、と言わんばかりに高々と拳を振り上げるニンジャスレイヤー。しかしそんな彼の視界に映ったのは、膨大な暗闇の底から、巨大な髑髏が手招きする光景であった。
「「イヤーッ!」」
それが第六感が感じ取った死の予感であると判断すると、反射的に跳躍回避!刹那、ニンジャスレイヤーの下部を二本の鉤爪が掠めた。
猫めいた敏捷性で距離を取り、ファイアフライを見据えるニンジャスレイヤー。その眼前に立っていたのは、脇腹から一対の、キチン質の甲殻に包まれた昆虫めいた足を生やしたファイアフライであった。ブン、という風切り音と共にクローク下から展開された薄羽が高速で羽ばたき始め、歯をむき出すようにしてしかめた口の端から、明らかに人のものでは無い硬質な牙が顔を覗かせる。腰の付け根からは昆虫の腹部めいた器官が生え、薄ぼんやりと光を放っている。ヘンゲ・ヨーカイジツでも唱えたかのような、異形の姿。しかしそれこそがファイアフライの本来の姿に近しいものなのだと、ニンジャスレイヤーは本能で理解した。
「随分と化け物じみたものだ。体裁は取り繕わぬのか?」
「取り繕って死ぬよりはマシだもの。それにヨーカイは怖がられてなんぼでしょう?」
砕けたはずの両腕が抜け落ちると、置き換わるように黒光りする装甲に包まれた両腕が姿を表す。正しく全身凶器、正しく人間大の兵器。先程までとは比にならぬ、危険なニンジャがそこに立っている。
「……ならば貴様に、真の恐怖を教えてやろう」
それをはっきり理解するとニンジャスレイヤーは朝日を背にするファイアフライを睨み上げた。