「イヤーッ!」
薄らと虹色に煌めく羽が幾重にも残像を残すと、異形に肥大したファイアフライの身体が一気に音速を越えて加速する。チョップ突きを構えたままの突進、しかしその破壊力が如何に凄まじいのかを示すように、ファイアフライの指先が空気との摩擦熱により赤熱する!
「イヤーッ!」
三連続側転により間一髪回避!脇腹をファイアフライの指先が掠めてゆく。
「イヤーッ!」「グワーッ!」
刹那、その脇腹から伸びた昆虫じみた腕によるラリアット!回避行動中のニンジャスレイヤーの胴体を的確に打ち据え、ニンジャスレイヤーの身体が空中で回転する!めぐるましく景色が移り変わる中、ニンジャスレイヤーが捉えたのは四肢を広げこちらに迫るファイアフライの姿!セミめいた殺人的ベアハッグ!!逆立ちめいた体勢のまま腕で身体を押し上げ緊急回避!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
しかしその身体を、毒サソリの尾めいた蹴りが捕える!なんたる速度、なんたる膂力、なんたるワザマエ!先程までとは比にならぬニンジャ身体能力に、ニンジャスレイヤーの対応が後手になる!
「イヤーッ!」
BANG!BANG!弾丸めいて飛来するカナブン・スリケン!しかしあからさまに異常な破裂音!これは音速の壁を超えた際に生じる、ショックウェーブの破裂音だ!通常のスリケンの二倍近い速度、即ち百倍の威力を秘めた凶悪な破砕スリケンがニンジャスレイヤーへと一直線に向かってゆく!
「イヤーッ!」
迎撃にスリケンを放つニンジャスレイヤー。その数実に32枚!二列に並んだスリケンがカナブンと衝突!
CRAAAAAAASH!!!!!
スリケン大多数破砕!しかし十数枚のスリケンにより生じる衝突エネルギーは、カナブン・スリケンの耐久限界を遥かに超えている!カナブン・スリケンはバラバラの肉片になり崩壊!生き残ったのはニンジャスレイヤーのスリケンだ!更には衝突時の衝撃波により散弾めいて拡散されている!これでは回避も困難!ファイアフライは……馬鹿な!回避行動を取っていない!
謎の余裕を見せつけるファイアフライ。それがはったりではないと示すように、ファイアフライの眼前、僅か0.1mm先でスリケンが静止する。あまりにも不可解な現象に、ニンジャスレイヤーの顔に驚愕の影が刺す。
「マヌケめ、私がただカナブンを飛ばしただけだとでも?」
トリックの種を明かすように、前腕を立てると指で叩きながら指し示すファイアフライ。ニンジャスレイヤーが自身のブレーサーに目を向ければ、そこにあったのは糸であった。極めて細い、僅かに視認できる程度の糸が自身の腕からファイアフライの方向へと伸びている。これは蜘蛛の糸だ。この細い糸を網めいて張り巡らせることでスリケンを全て空中で止めてしまったのだと、そしてカナブンと共にこれをこちらへと飛ばしていたのだと即座に理解するニンジャスレイヤー。
(((不味い!切り落とせ!)))
「イ」「遅い!イヤーッ!!」
ニンジャスレイヤーのチョップが糸を切るよりも早く、ファイアフライが糸ごとニンジャスレイヤーを手繰り寄せる!
「イヤーッ!」「グワーッ!」
そのまま、ファイアフライの強烈な横蹴りが、蜘蛛の巣に張り付いたスリケンごとニンジャスレイヤーに叩き込まれる!一度の蹴りで打撲と幾つもの裂傷を生じさせ、更に蜘蛛の巣により動きを封じる。なんと巧妙なカラテか!
「トドメ!!イィィィッ……」
「マッテ!!」
トドメのチョップ突きを繰り出さんとするファイアフライの前に躍り出たのはミスティアであった。恐怖からか、その膝は子鹿のように震えていた。
「どいて、ミスティア=サン。大人しく帰るならそこの男以外は見逃してあげるから」
「ご、誤解よリグルチャン!この人はソウカイヤのニンジャなんかじゃないの!」
チョップ突きの体制は崩さず、感情の読み取れぬおどろおどろしい声色でそう語り掛けるファイアフライ。並の人間ならとうに失禁しているであろう光景。しかしそれでも退くことなく、ミスティアは口を開いた。
「だからリグルチャン、この人を殺す必要なんて……」
「知ってる」
「……エ?」
必死に声を粗げながら、手を広げニンジャスレイヤーの前に立ち塞がるミスティアへと詰め寄るファイアフライ。その表情は酷く冷徹だ。
「知ってるよ、ソウカイヤじゃないことくらい。だって私がソウカイヤのニンジャだもの」
「エ?エ?」
続けて、ファイアフライはクロークの襟を見せつけるように広げた。そこに刻まれていたのは……おおゴウランガ!クロスカタナのエンブレムだ!なんと無慈悲な光景か、ファイアフライ、リグル・ナイトバグはソウカイヤに仕える血も涙もないニンジャであったのだ。
「……ナンデ?ソウカイヤのせいで、ケイネ=サンはまだまともに歩けないんだよ」
「そうだね」
「チルノチャンは、あれから一回も笑わなくなっちゃったんだよ」
「……それで?」
「人里の、学舎の子供たちだって!!」
「そんな些事で一々喚くな!!」
ミスティアの声を掻き消すような怒号に、ミスティアは思わず息を飲んだ。
「人間のガキが死んだ?それを守ろうとした馬鹿が歩けなくなった?だからどうした、我々になんの影響がある。下らぬ問題だ」
次いで淡々と告げるファイアフライ。なんと横暴な、なんと自己中心的な発言か。脱力したニンジャスレイヤーの指先がピクリと動く。その瞳に写るファイアフライの姿が、あの日妻子を手にかけたニンジャと重なる。
「……ユウジョウのよしみに、もう一度だけ警告してあげる。そこを退け、退かなければお前ごと殺す」
再度突進チョップ突きの構え!木々をざわめかせる、絶対的強者のアトモスフィアが、躊躇いのない殺気がミスティアの全身を貫く。
「リグルチャン!!なんで、なんでソウカイヤなんかに!!」
「質問は受け付けていない。……時間切れ、サヨナラ。イヤーッ!!」
瞳に溜めた涙を零しながら訴えかけるミスティアを見るファイアフライの表情は、機械人形めいて冷徹だ。
バッファローの角めいて両腕を構えた姿勢のまま、一気に最高速まで加速!!そこに躊躇いは感じられない。当然、ミスティアのニューロン処理速度では回避行動が間に合わない。ナムサン……!!
「イヤーッ!!」「ナニッ!?」
しかしそのチョップ突きを、ミスティアの背後から伸びた赤黒い腕が掴み止めた!!その正体は……おぉ、ニンジャスレイヤー!蜘蛛の巣に絡め取られ、身動きが取れなくなっていたはずのニンジャスレイヤーである!
ファイアフライの脳裏に走る、どう脱出を?などという陳腐な疑問をその両腕から伝わる万力のような握力と自身に宿るソウルからの警告が洗い流し、反射的に退避行動を取らせる。
「二、ニンジャスレイヤー=サン、待って!まだ、まだちゃんと話を……」
「……ミスティア=サン、残念だが、オヌシの友はニンジャだ。心の無い、ワタシが最も忌み嫌うニンジャになってしまった。故にワタシはオヌシの友を殺す、躊躇いなく」
そのまま前に躍り出るニンジャスレイヤーを静止せんとするミスティアに対し、ニンジャスレイヤーはそう淡々と告げながらカラテを構えた。その体表に僅かに纒わり付く蜘蛛の糸が、黒い炎により燃やされてゆく。
「ここから先、案内は不要だ。ワタシはオヌシの要望に応えられん」
「……私は、私はどうしたら……」
非情な現実に打ちひしがれるミスティア。無理もない。身を案じた友はニンジャに、それもソウカイ・シンジケートの手先となり、己を手にかけることすら厭わない怪物に成り果ててしまっていたのだから。
「知らぬ。ワタシを討つでも、ここから逃げ出すでも好きにすれば良い。ここにセンセイは居らぬ、オヌシの道はオヌシにしか決められん」
そう告げると、ニンジャスレイヤーは深く息を吐いた。その瞳がセンコめいて光り、メンポから地獄の蒸気めいた硫黄混じりの熱風が噴出される。先程までとは明らかに違う、異質な存在感。
「イヤーッ!!」
故に追い詰められた小動物めいて油断なく、しかし肉体に緊張無く。精神と肉体のベストコンディションを伴った、ファイアフライの突進チョップ突き!!初撃よりも、ニ撃目よりも明らかに早い!!しかし!
「イヤーッ!」「グワーッ!!」
ファイアフライの背中に、ストンピングが突き刺さる!ニンジャスレイヤーは突進に合わせ空中で跳躍回避、そのまま宙返りを行うと、体重と遠心力の伴った強烈な蹴りをファイアフライの背中に浴びせたのだ。なんたる神速のカミワザ!ファイアフライには、突如としてニンジャスレイヤーが掻き消えたようにしか見えないだろう。
「イヤーッ!」「イヤーッ!イヤーッ!」「グワーッ!」
背中のニンジャスレイヤーに対し、シャチホコめいたつま先蹴りが迫る!軽々とブレーサーでパリィ!!そのままファイアフライの後頭部にストンピングを放つニンジャスレイヤー。なんたる膂力、なんたる速度!先程までとはまるで別人のごときニンジャ身体能力だ。果たしてニンジャスレイヤーの身に何が?
「些事、か。グググ、小虫風情が語りおる。大局でも見据えておるつもりか?」
その答えを示すような、古くさくおどろおどろしい語りぐさ。まるでナラク・ニンジャの生き写しだ。ソウルの暴走であろうか?しかしそれを否定するように、瞳の奥で理性の光が輝く。
怨嗟の炎と理性の光、二つの光がニンジャスレイヤーの瞳でぐるぐると渦を巻いている。これは正しくニンジャソウルの、ナラク・ニンジャとフジキド・ケンジの共鳴!人の命を軽んじるファイアフライの言動が、ニンジャスレイヤーとナラク・ニンジャの意識を一つに重なり合わせたのだ!
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
突如として、ファイアフライを足場にしていたニンジャスレイヤーの身体が浮く!おお見よ、ファイアフライの昆虫めいた脱皮回避だ!
姿勢を崩したニンジャスレイヤーに対し、クアドラプルラリアットが迫る!しかしニンジャスレイヤーの身体を覆い隠す黒炎のカーテン!そのおぞましい様相に対する嫌悪感ゆえか、ファイアフライの手が僅かに止まったその隙を的確に貫く、殺人カラテフックの五連撃!!パンチの破砕音が一つに重なる電光石火の連撃に、ファイアフライの顔が苦痛に歪む!!同時に両者の距離はワンインチへ!!即ち!!
「「イィィィヤァァッ──────────!!!!」」
両者必殺のカラテの間合い!!
ニンジャスレイヤーの、首をもぎ取るかのようなアッパーカット!それを迎え撃つアームハンマー!互いに頬を掠める!収穫祭の鎌めいた水平フック!それを迎え撃つクロスカウンター!互いに頬を掠める!フック終了姿勢のまま、拳を掴み押し込んでの肘打ち!それを迎え撃つ、甲虫めいた頭突き!閃光弾めいた光源が一瞬生じる!そのまま互いに互いの頭部をしっかりとホールドすると、肉薄しての連続膝蹴り!両者の身体から骨が軋み肉が爆ぜるような異音が響く!!
カラテを制した側が勝者となる、それを双方理解しているが故の、残った体力を絞り出すような壮絶なカラテシャウトとカラテ!!その間は正しく暴風域、如何なるニンジャと言えど、踏みいれば即ミンチへと変貌する神聖領域!!
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤァ──────────ッ!!」「グワーッ!」
先に肉体の限界を迎えたのは……ファイアフライだ!ニンジャスレイヤーの膝蹴りが深々と肋に突き刺さり、体がくの字に折れた所へと、無慈悲な追撃の膝蹴り!!がっちりホールドされた頭部へと破砕キャノンボールめいた一撃が突き刺さり、頭部が高々と浮き上がる!!神話光景めいたカラテの応酬、制したのはニンジャスレイヤーか?
「ラスト・スペル・ワザ!!イィィィヤァァァァッッ!!」
「グワーッ!」
否!まだ勝負は着いていない!!踏みとどまると、高々と宣言しながら、チケットを破り捨てるようなルーティンを取るファイアフライ!刹那、暴風の壁がニンジャスレイヤーを弾き飛ばす!
ニンジャスレイヤーにとっても未知のジツだ。これは果たして何か?もし読者の方の中にダンマク・ゴッコ裁定に明るい研究者の方が居れば、或いはご存知かもしれない。これこそファイアフライの、否、リグル・ナイトバグのラスト・スペル、季節外れのバタフライストーム!!ダンマク・ゴッコにおける彼女の最大にして最後のヒサツ・ワザである。
恐るべきはファイアフライ!ダンマク・ゴッコの中でのみ許された、100%中の120%を出し切る奥義めいたワザ。それをダンマク・ゴッコの外にて再現しているのは、ファイアフライの脅威的なワザマエなのだ。
「死ね!塵芥すら残さず、風と共に死ね!ニンジャスレイヤー=サン!イヤーッ!」
「イヤーッ!」
秒速200mの暴風、それにより飛散する石礫、風の中にまじるカタナめいた羽のオバケバタフライ!!これに飲まれてしまっては、さしものニンジャスレイヤーと言えど……!
「イヤーッ!」
CLANG!金属音が響くと共に、勝利を確信したファイアフライの頬を飛翔体が掠める。驚愕と共に視線を向けた先に、暴風と蝶の壁の中で、徐々にこちらに迫る一つの影が見える。あれはなんだ、UFOか?スカイフィッシュか?
「イヤーッ!!」
「ワッザ!?」
否!ニンジャだ!黒い竜巻として嵐の壁を貫き、蝶を弾き落としながら迫るニンジャスレイヤーだ!!その手に握られているのは黒檀製のヌンチャクである!その柄には薄らと、『忍』『殺』の文字が浮かびつつある。これぞ伝説の神器が一つ、聖なるヌンチャク!!ファイアフライの姿を視認したニンジャスレイヤーの瞳がより大きく見開かれ、黒い旋風の中に一筋の赤い光を残してゆく。
「バカナーッ!ヒサツ・ワザを真正面から!?バカナーッ!」
「必殺?この程度でか?随分と笑わせてくれる!イヤーッ!!」
嵐の壁を叩き伏せ、黒い竜巻がファイアフライへと迫る!その距離3インチ……2インチ……遂にワンインチ!ヌンチャクがファイアフライの眼前を掠め、ニンジャスレイヤーが大きく身体を捻じる!必殺の姿勢だ!
「かかったり!!イヤーッ!!」
しかしそれは最大の悪手!ニンジャスレイヤーが振り向くのを待ち構えていたかのように、ファイアフライの下腹部が発光!蛍のヨーカイであるファイアフライにのみ許された隠し玉、目くらましのヒカリ・ジツ!!なんたる光量か、これをまともに浴びれば確実に網膜が焼き切れる!
決着を確信するに十分な切り札、完璧と言わざるを得ないタイミング。トドメの瞬間を記憶に焼きつけるべくニューロンが鈍化し、周囲の時が止まっているかのように見える中で、ファイアフライの五感が一つの違和感に勘づく。
「ガ……?」
そう口にした通り、それは蛾であった。蝶の群れの中に蛾が一匹……否、二匹、三匹、四匹……数え出せばキリが無いほどに紛れ込んでいる。しかしなぜ蛾が?そもそも何故今の今まで気づかなかった?そう言えば、やけに視界の端が暗い。これはまさか、もしや。僅かな、途端に首をもたげだした違和感が加速的に結び付いてゆき、ファイアフライの意識を視界の端、僅かに映るだけのミスティアへと向けさせる。
「オワカレ、リグルチャン」
ニンジャとして得た超感覚が、唇の動きから言葉を読み取ってゆく。それを見届けた瞬間、突如としてファイアフライの視界が白に包まれる──────────。
「グワァ──────────ッ!?」
瞬間、ファイアフライの口をついて出たのは激痛に対する悲鳴だ!その両目からは煙!!明らかに網膜を焼かれている!!果たして何が起こったのか!?それを示すように、キラキラと突風の中を鱗粉が舞う。竜巻に紛れ込んだ蛾の鱗粉が、鏡めいて閃光を反射したのだ!収束された閃光は正しく破壊光線!ファイアフライの複眼が、一瞬にして焼け焦げる!
「ミ、ミスティアァァァァァッ!!」
怒りによるアドレナリンが痛覚信号を鈍化させ、怒りの咆哮を上げながら鱗粉を闇雲に掻き分けるファイアフライ。
「サツ!」
しかしそれを叩き伏せる!
「バツ!!」
「グワワワワワワーッ!?」
ヌンチャクの嵐!!一撃ニ撃三撃四撃五撃六撃!!水平に加算されるベクトルで暴風域から逃れるよりも早く、次のヌンチャクが叩き込まれる!!
「き、貴様のような所在の知れぬニンジャにっ、この私が!?」
「サンズでこうべでも垂れて、命乞いするが良い!イヤーッ!」
「アバーッ!」
恐怖に声がうわずるファイアフライを、ヌンチャクで容赦なく打ち据えるニンジャスレイヤー!大きく踏み込んでの一撃がファイアフライの表皮の甲殻を打ち砕き、空中で七回転半させた後に地面へと叩き付ける。ファイアフライから噴出したパワーポイントが、ニンジャスレイヤーへと吸い寄せられていくのをファイアフライは朧げな意識の中で捉えていた。
「文字通り虫の息、という訳よのう」
「アバーッ……」
ヌンチャクを手元へと手繰り寄せながら、ファイアフライに歩み寄るニンジャスレイヤー。その姿は、サンズリバーにて船を漕ぐ死神めいて恐ろしい。
「カイシャクしてくれる!イヤーッ!」
高々と振り上げられたヌンチャクが、ファイアフライへと振り下ろされた瞬間!
「イヤーッ!!」
BANG!!白色の弾丸がヌンチャクへと着弾!僅かにニンジャスレイヤーの腕が後退した瞬間舞い降りた影は、ファイアフライを抱き抱えるとムーンサルトめいた回避運動を取りながら降り立った。
「お取り込み中ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン。ルナティックです」
そこに居たのはウサミミのニンジャだ!女子高生のごときニンジャ装束に身を包んだニンジャである!
「ドーモ、ニンジャスレイヤーです。マヌケな兎が鍋に入りに来たか?」
「ご生憎様、私は争う気なんてこれっぽっちも無いわ。そちらもここを通り抜けるのが最優先事項でしょう?最も、そちらがその気ならお相手してあげるけれど」
その立ち振る舞いは実際冷静沈着、強者のそれだ。手負いの状況、更にはリンノスケの存在や急がねばならぬ場所がある現状、交戦は不利益と判断するとニンジャスレイヤーは静かにヌンチャクを収めた。
「お、愚か者……!侵入者だぞ、マリサ=サンに接触させるつもりか!」
「お師匠様から会わせるようにと言伝を預かっているもの。だからこの件は不問。私もあなたも誰一人として見ていない。……それに、あの小雀と私は相性が悪い」
声を荒らげるファイアフライを諭しつつ、目を細めながらミスティアを睨みつけるルナティック。その瞳が、僅かに赤色を帯び始める。
「そういう訳でここは一旦サヨナラ。いずれまた会いましょうニンジャスレイヤー=サン。その時は優しく殺してあげる」
にたりと妖しげな笑みを浮かべた次の瞬間パッと、初めからその場にいなかったかのようにルナティックの姿が消える。
(((ゲン・ジツの類か。いずれにせよ先を急がねば)))
「……先に行くの?」
木からゆるゆると降りるリンノスケに視線を向けるニンジャスレイヤーへとそう言葉をかけるミスティアに対し、ニンジャスレイヤーは静かに頷いた。
「なら、これは私からの餞別。近くまでは案内してくれる……はず」
それを見届けると、ファイアフライは指先をくるくると二回しした。するとパタパタとはためきながら集まった巨大な蛾の群れが、こちらであると告げるように森の奥へと羽ばたいてゆく。
「……良いのか、ワタシは……」
「いいの。……待ってるから。私は、ずっと待ってるから」
ニンジャスレイヤーはニンジャ殺戮者だ。彼を手助けするということは、即ちニンジャである彼女の友人は……。
しかしその先に続く言葉が何であるか知っているかのように、ミスティアは言葉を待たずにそう告げた。それは可能性など欠けらも無い望みであった。しかし、ニンジャスレイヤーにそれを笑うことなど出来るはずもなく……。ただ何も言わずに踵を返すと、赤黒のニンジャは蛾の後を追うように森の奥へと消えていった。
朝を告げる雀の声が、やけに虚しく木霊していた。
【ヨモスガラ・シーク・ミチスガラ】終わり
誤字報告ありがとうございます!