リンノスケとハヤシが去り、一人ミヤシタ・セキボの部屋に残ったゴンベは一人壁を見つめ思案していた。
誰が犯人なのか?どうやって殺したのか?などという事は一切考えていない。ハヤシがなぜ生きているのか、そしてこの消し損ねたダイイングメッセージをどうリンノスケに結びつけ、彼を有罪にするのか。イレギュラーにより生じたこの二つの疑念と問題を解決するために、彼のニューロンは加速していた。
「スライサー=サンもアナライズ=サンも何をしている?無能共め、後でケジメさせてやる。このメッセージも…クソッタレ、まるで意味が分からん。ソーマト・リコールでも見ていたのか?」
ゴンベ……否、ソウカイニンジャであるデスマンティスは、気だるげに舌打ちをすると壁のダイイングメッセージを、三角形の右下に「なの」と書かれたそれを指でなぞった。
リンノスケがああも早く駆けつけていなければ充分消せていた。その為にアナライズには足止めをするよう言い聞かせていたと言うのに。ハヤシの生存にしてもそうだ。スライサーはなぜ殺していない?
アクシデントに次ぐアクシデント、デスマンティスは自身の堪忍袋がふつふつと温まるのを感じていた。しかしそれでも尚冷静なのは、一刻も早くこのダイイングメッセージをリンノスケに結び付けなければならないからだ。
彼のミッションはリンノスケへとミヤシタ殺害の濡れ衣を着せ、コウリンマートの権利書を奪い取ることだ。実際簡単なはずのミッション、失敗は許されない。もしミスでもしよう物なら己の地位は陥落し切るだろう。無論出世など夢のまた夢となる。
(俺はマケグミになどならん!そのためにも、こんな所でつまづく訳には行かんと言うのに…)
彼の脳裏に人間であった頃の光景が過ぎる。飢饉に怯え、流行病に怯え、貧困に怯え、ヨーカイに怯えながら掘っ建て小屋のような家で過ごしていたあの日々。もしこのミッションを成し遂げられなければ、今の高層マンション暮らしから再び過去の暮らしに戻る羽目になるのか?
焦りがじわりと汗を滲ませる。彼は鹿撃ち帽を直しながら改めてミヤシタの死体を見下ろした。
「俺がリンノスケ=サンならどう殺す…?」
ニンジャとしての己なら簡単だ。リンノスケに水を買いに行かせ、その隙に窓から出て壁伝いに二階へと登り、ハッキングし客室の窓を開けた上で中にいるミヤシタにナイフを投擲する。あとは苦しみながら死んでゆくミヤシタを笑いながら見て、後片付けをしたらいい。実際自分もそうしたのだから。
しかしリンノスケはモータルだ。到底モータルには出来ぬような犯行をでっち上げても、ゲンソウキョウのマッポは直ぐに虚偽だと見抜いてくる。ダイイングメッセージも意図を読み取る必要は無い。しかし、架空の、限りなく本物に近い意図を汲み取り証拠として成立させなくてはならない。
「……リンノスケ=サンは三角のピアスを着けていたな。ならば、装飾品の話をしようと言いながら部屋に入ればそれほど不自然では無いな?」
彼の脳内でのシュミレートが万を越した時、ふと彼のニューロンに光明が走る。
「その上でこう言う。『ミヤシタ=サンのアクセサリーも見せて下さい』と。するとミヤシタ=サンは自身のキャリーバックからアクセサリーを取り出そうとし、その背後から一突きして……リンノスケ=サンは殺したと確信し出ていくが、まだ息があったミヤシタ=サンは壁にダイイングメッセージを残したのだ。リンノスケ=サンの三角のピアスを暗示する三角を書いたのだ。ご丁寧に三角形を強調して」
おおゴウランガ!ダイイングメッセージすらも絡めた完璧なシュミレートだ!例え弁護士であったとしても、この主張に何ら異議を唱えはしないだろう。それ程までに完璧で現実味を帯びたシナリオだ!
「リンノスケ=サン!ハヤシ=サン!謎は解けました!」
メンポの下にどす黒い笑みを浮かべながら、デスマンティスは二人の名前を読んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「嘘をつくな!快楽殺人鬼め!」
「アイエエエエエエ!!」
慌てふためくリンノスケを見て、デスマンティスは手を叩きながら大笑いしたい気持ちを噛み殺していた。
「ハヤシ=サン!雪が止み次第マッポを!こんな殺人鬼を野放しにしては行けません!」
手違いで生きたままになっているハヤシも、今となっては証人としてちょうどいい。このまま証言をさせて、リンノスケがエンマに裁かれ次第殺せばいい。アクシデントを乗り越えここまで漕ぎ着けた達成感と全能感に、デスマンティスのニューロンは満たされていた。
「勿論お呼びしましょう。ただ一つ、そのダイイングメッセージはそのような意味では無いと思われますが」
「…ナニ?それはどういう意味でしょうか」
幸福の絶頂とも言える状態の己に異議を唱えられたことで思わず強くなった口調をすぐさま訂正する。
(落ち着け…どうせ下らぬ推理だ。それに、この状況下で俺が犯人だと気付くわけが無い)
デスマンティスの安心は実際正しい。彼はニンジャであり、現場に彼が犯人だとする証拠は一つとして残っていないのだ。ここから彼を犯人と断定するなど、狂人以外に居はしない。
「言葉のとおり、これはリンノスケ=サンを犯人とするものではないと申しているのです」
「ナニ!?」
「アイエッ!?」
故にこそ、その狂人めいた言動にデスマンティスは驚愕した。
「もしこれがリンノスケ=サンのピアスだったとして、ではなぜ彼はピアスを壁に?」
「それは、先ほど申した通り死ぬ直前までピアスの話を」
「そこまで分かりやすいメッセージを残しては犯人に消されてしまう。第一発見者はリンノスケ=サンですよ?なぜ消さないのでしょう」
「グ、グ…!ではこれはなんだと言うのです!犯人は誰ですか!まさか自殺などとは言わないでしょうね!」
思いがけない正論にデスマンティスは閉口する。しかし超加速したニューロンが、彼の意志よりも早く言葉を紡ぎ出す。
ハヤシの意見は犯人がリンノスケでは無い可能性でしかない。他に犯人がいる可能性が出てこなければ、結局一番アヤシイのはリンノスケなのだ。
「犯人はアナタですよ、ゴンベ=サン」
「ナニィーッ!?」
しかし更に狂人じみた、しかし実際正しい一言を受けデスマンティスは驚愕の声を漏らした。
「この三角形の謎を説き明かす鍵は、この「なの」という文字なのです」
混乱するデスマンティスとリンノスケを他所に、ハヤシは壁へと近づいた。
「この後に続く言葉は形からして恐らく"に"。…即ち、これは三角なのにと記していたのです」
「そ、それがどうした!なんだと言うのだ!」
「まだ分かりませんか?では答えを言いましょう」
捲し立てるデスマンティスを、ハヤシは冷静に諭しつつ窓際に立った。
「このダイイングメッセージの続きは三角なのに四角……即ち口、を示すダイイングメッセージです」
「それがなんだ!」
「その答えは貴方がよく知っているはずですよ、ゴンベ=サン。貴方のマフラーに書かれている、その文字を見てミヤシタ=サンはこのダイイングメッセージを書いたのですから」
「ハッ!」
「そんな、ゴンベ=サン!」
ハヤシに指し示された自身のマフラーを、メンポを隠すためのそれを見てデスマンティスは唖然とした。『口は災いの元』。ソウカイシンジケートの恐ろしさを暗示するコトワザが、自分が犯人だと示す証拠となっていたのだから。
「な、なんでですかゴンベ=サン!どうしてこんなことを!」
「クク、ククク…随分面白い推理だ…だが、それをここで吐いたのが運の尽きよ!イヤーッ!」
「ア、ア、アイエエエエエエェェ!?」
リンノスケがデスマンティスを問い詰めようとした次の瞬間、突風が部屋を吹き抜ける。
思わず目を瞑る直前、リンノスケは見てしまった。常人とは思えぬ速度で腕を振り抜くゴンべと、それにより腕から展開された内蔵ブレードにより股下から頭部にかけて両断されるハヤシの姿を。
なんだ今の動きは?人間では無い?まさかニンジャ!?神話の中の存在が目の前に!?リンノスケの脳内を恐怖が支配する。
「探偵ごっこは終わりだ。ドーモ、リンノスケ=サン。デスマンティスです。この際仕方がない。今から貴様を拷問し、ハンコの在処を吐かせてやる」
「ニンジャ!拷問!?アイエエエエ!」
ニンジャが自分に拷問を?まさかこの招待自体が罠だったのか!?恐怖が加速し、混乱が脳を侵食する。
「安心しろ、俺はブッダとは違う。優しく、つま先から刻んでやる」
「み、見逃してください!」
「駄目だ、悪いがこれもビジネスでね。俺のために死んでくれ、リンノスケ=サン─────待て、ハヤシ=サンの死体はどこに」
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
鋸のような刃を見せつけながらリンノスケに迫る最中、ふとデスマンティスの手が止まる。
窓際に落ちた、二つに分かれたトレンチコート。だが待って欲しい。先ほど両断されたはずの死体はどこに?死体の代わりに置かれたあの赤黒い布はなんだ?
ニンジャ第六感が警鐘を鳴らす。咄嗟に腕を交差させ防御姿勢を取った次の瞬間サイバネティックアームが大きく軋み、暴力的な衝撃が体を襲う。旅館の壁を貫通しながらも衝撃を殺し、起き上がったデスマンティスの視界に赤黒い装束が映り込む。
「ドーモ、デスマンティス=サン。ニンジャスレイヤーです」
「ドーモ、デスマンティスです。貴様、ハヤシ=サンでは無かったのか!どうやって成り代わって…まさかアナライズ=サン達は!」
「左様、ワタシが殺した。次はオヌシが死ぬ番だ」
ニンジャスレイヤー?ニンジャを殺す者?パペッティアー=サンが行方不明になったのも、下にいたはずのアナライズ=サン達が姿を見せないのも、まさか目の前のニンジャの仕業なのか?まさか、消息不明になったスライ=サンは!?ニンジャとしてのIQと加速したニューロンが一つの結論を導き出す。
それを頷き肯定する様を見て、デスマンティスはカラテを構えた。
「減らず口を……死ぬのは貴様だ!イヤーッ!」
「イヤーッ!」
「グワーッ!」
腕を振り上げると同時に、前腕に格納された内蔵鋸刃がバネ仕掛けめいて展開される。音速を超えた先端に触れれば、超合金製のマネキネコすら両断されてしまうだろう。しかしニンジャスレイヤーは刃の背を的確にチョップし叩き落とすと、デスマンティスの懐に迫りパンチを繰り出した。
ジュー・ジツ奥義、ポン・パンチだ!サイバネ補強したデスマンティスの肋骨が砕け、乱回転しながら吹き飛んでゆく。
「このまま殺す!」
「かかったなニンジャスレイヤー=サン!イィィヤァァーッ!」
追撃を仕掛けるべく、吹き飛んでゆくデスマンティスを追いかけるニンジャスレイヤー。
しかしデスマンティスもまたニンジャ、乱回転する勢いを利用し、鞭のように内蔵鋸刃を振るう。懐に入れば即座にネギトロになること必死の斬撃群。実際、彼はこれで功を急いだヨーカイを幾度となくネギトロに変えてきた。
「イヤーッ!」
「バカナーッ!?」
ニンジャスレイヤーは壁を、天井を、床を蹴り、さしずめゴム毬の様に跳ね斬撃群を回避。そのままダブルチョップでデスマンティスの両腕を切断した。ゴウランガ!何たるワザマエか!デスマンティスの胴から、腕の代わりに鮮血が噴出する。
「この程度のワザマエで粋がるなど笑止千万。ハイクを詠むがいい、デスマンティス=サン」
「アバ…ハイクだと?ハイクな……クク…」
両腕を切り落とされ、満身創痍のはずのデスマンティス。しかし見よ!この歪んだ笑みを!まだ戦意を失っていないことを示すように、その両目にはまだどす黒い輝きが宿っていた。
「良いだろう…これが俺のハイクだ!ニンジャスレイヤー=サン!イヤーッ!」
突如、デスマンティスのメンポが突き破られる。サイバネ拡張したインナーマウスだ!直撃すれば内部から強酸が放出され、ニンジャと言えどドロドロに溶解し死ぬ!
「イヤーッ!」
「バカめ!貰った!」
ニンジャスレイヤーはこれを跳躍して回避!それを内蔵ブースターで追尾するインナーマウス!以下にニンジャと言えど足場のない空中では回避はできない、打つ手なしか…!
「イヤーッ!」
「アバーッ!?」
突如ニンジャスレイヤーは宙返り!ジュー・ジツの高等奥義、カマキリケンだ!二連の蹴りが頭部にめり込み、砕けた頭部から脳漿を撒き散らしながら大きく吹き飛ばされるデスマンティス。
「サヨナラ!」
破裂した強酸タンクから漏れる酸により頭部を内から溶かされ、デスマンティスは爆発四散した。
篝火めいて、ニンジャの残骸が燃え上がる様をリンノスケはただ呆然と眺めていた。
「ドーモ、ニンジャスレイヤーです。怪我はないか、リンノスケ=サン」
「アッハイ、ドーモ。エト、あなたも僕を殺しに…?」
極度の恐怖の果てに、リンノスケは悟りのごとき心境に達していた。
感情が麻痺しているのか、昼の献立を訪ねるようにそう質問するリンノスケに対し、ニンジャスレイヤーは否定するように手を前に突き出した。
「ワタシはキリサメ・ダイフ=サンからの頼みでオヌシを探していた」
「…どういうことだい?どういう要件で僕を…?」
その一言を聞き、リンノスケは目を見開いた。それがコウリンマート……元キリサメマートを自分に譲り、商売のイロハを教えてくれた恩師とでも言うべき人物の名だったからだ。
今はトラブルで失脚しつつある彼の名前を、どうして目の前のニンジャが?なぜ僕を?その答えを知るべく、リンノスケは目の前のニンジャの瞳を見た。
「キリサメ・ダイフ=サンの娘、キリサメ・マリサ=サンにコンタクトを取りたい。ワタシはその為にオヌシに会いに来たのだ、モリチカ・リンノスケ=サン」
【クローズド・ルーム・キリング・ピラミッド】終わり