妹と家出した
妹と家出した。
父親は死んだ。血の繋がりなんざないから、情も糞も無い。
実の父親は、妹が産まれた直後に死んだ。
母親は、妹が中二の時に新しい父親を連れてきた。その後、母親も死んだ。
俺は今、大学二年生。妹は中学三年。父親があまりに妹に乱暴はたらくのは、いい加減見てられなかった。
俺が気付いたときには、父親は風呂場で死んでいた。突き飛ばされ、頭を打ち付け、血を流して死んでいた。
恐怖と、しでかしたことの大きさにガタガタ震える妹を抱き締め、レンタカー借りて二人で家出した。
「……兄ちゃん」
助手席から、妹がおずおずと俺を呼ぶ。
「どした? トイレか?」
「ううん……本当に、良かったの?」
一緒に逃げて良かったの? とかなんとか、そう言うことだろう。アホらしい。
「血の繋がった兄妹だろ? 気にすんな」
「でも……」
「でももヘチマもねぇよ。可愛い妹のために、ちょっとは兄貴らしいことさせてくれ」
「……ごめんね、兄ちゃん」
謝んなよ。
スマートフォンを、海に投げた。
*
家出して、かれこれ四日ほど経った。カーラジオからは、いよいよ事件の話が聴こえてきた。
「兄ちゃん。私……」
「実は俺な、大学で呪術サークルってのに入ってたんだよ」
嘘だ。だが、吐かねばならない。
中学三年。まだ、生きることの喜びも、広い世界もなにも知らない妹を、塀の向こうに入れるわけにはいかない。
そうならずとも、罪悪感を一生背負わせる訳にはいかないだろう。
「呪術サークル?」
「そ。藁人形とか、呪文とか。あの日俺な、自分の部屋で試しにやってたんだよ」
出来うる限りフランクに、出来うる限り明るくおちゃらけて語る。
「藁人形の中にアイツの髪の毛どっさり入れて、呪文唱えて……ってやってたらな、風呂場から音がしたんだ。あれ、兄ちゃんのせいだから。兄ちゃんが呪ったからだからさ、お前は大丈夫」
多少無理矢理なのは分かってる。俺の妹は賢いから、こんなのすぐに嘘だって気付く。でも、でも……吐かなきゃいけないんだ。
「…………兄ちゃん」
「大丈夫、大丈夫……大丈夫」
パトカーが視界に入る度、心臓が跳ねた。
下道で来たから、随分遅い。でも、後もう少しで青森につく。せめてそこまで行ければいい……
「なぁ、青森ついたら、なに食いたい?」
不安な顔の妹に、俺は努めて藁って、そう尋ねた。
*
警察は有能だ。
後もう少しで、目的地に着けたのに……
「おばちゃん……ごめん」
慌てて逃げ込んだ空き家の窓から、おばちゃんの家の方を望む。
あと何百メートルもない、すぐ見える距離なのに。
「兄ちゃん……私、大丈夫だから……」
あの日のようにガタガタ震えながら、妹が言う。
考えろ……考えろ……考えろ……
「兄ちゃんがなんとかすっから、お前は心配すんな。な?」
考えろ、考えろ……
脂汗が身体中からにじみ出る。
窓の外から、投降を呼び掛ける警察の声。マスコミのヘリも来てるらしい。
一つ、思い付いたことがある。
「……アイツを殺したのは、俺だ」
「え?」
俺は妹の頭を撫で、優しく、強く抱き締める。
「お前は、逃亡犯になった兄貴の人質として、こんなとこまで連れてこられた。そう言うんだ。良いな?」
「でも……」
「たまには俺に、兄貴らしいことさせてくれ。な?」
俺はまた、こいつを力強く抱き締めて、窓の外にこう叫ぶ。
「今から人質を解放する!! 銃を下ろせ!!」
頭にポンと手を置いて、精一杯の笑顔を作る。
「大丈夫、待っててくれ。兄ちゃん必ず、迎えに行くから」
俺は静かに、玄関扉に手を掛けた。