ソードアート・オンライン~The Devil May Cry (リメイク) 作:i-pod男
西暦2022年11月5日、もうすぐ待ち望まれた日がやって来る。VRテクノロジーを使用して極限まで現実味を追求したMMORPGゲーム、ソードアートオンラインの正式サービスが開始するまで、残す所は後一日。
少し早めの昼休みにオフィスを抜け出した紅一はダイシーカフェと言う行きつけの店へと足を運んだ。見つけたのは開発研究部長への昇進が決まって間も無い頃で、入店した瞬間に雰囲気を気に入り、紅一は少なくとも二日に一度はここを訪れる事を誓った。
「おお、やっぱ来たな。席は空いてる。何時もの奴は直ぐに持って行くからちょっと待ってろ。」
入店したのが紅一だと気付くと、カウンターの向こう側でグラスを磨いていた大柄なスキンヘッドの黒人が嬉しそうに英語で迎え入れてくれた。何時も使っている窓際の円卓に腰を下ろすと、しばらくしてから目の前に好物のストロベリーサンデーが運ばれる。
「相変わらず美味そうだな、ニュートン博士。」
紅一は英語で会話を続けてストロベリーサンデーを口に運んだ。
「おいトニー、そう呼ぶのはやめてくれって言ってるだろうが?俺は物理みたいに余計に頭を使う勉強は嫌いなんだ。ビジネススクール一本でやって来たからな。」
ニュートンと呼ばれた黒人の男は不機嫌そうに顰めっ面を作ったが、目元は笑っていた。これが二人の何時ものやり取りなのだ。
「良いだろ、別に?覚え易いし、アンドリューにはみえねえんだよ。」
「トニー・レッドグレイブ、彼をからかうのも大概にしなさいよ?後、そんな甘い物を毎日良く食べて飽きないのが不思議だわ。」
戸口で女性の声が英語で紅一を窘めた。二人が振り返ると、そこには黒いレザーの上下に身を包み、ティアドロップ型のサングラスを頭に押し上げた金髪碧眼の美女が立っていた。客の視線は彼女に吸い寄せられ、誰かの口からほうと溜息が漏れた。歩く度に胸元まで届くブロンドの髪が揺れて、差し込む日光に煌めく。
「トリッシュ・・・・・お前にこの店の事を教えた覚えは無いんだがな?」
「あのねえ、あんまし私の事舐めないでくれる?一年半だけとは言え貴方の彼女やってたのよ?それ位の時間を過ごせばアンタの好みなんてすぐ分かるの。」
トリッシュ両手を腰に当てて若干前屈みになり、唇を尖らせた。彼女が椅子を引き寄せて腰を下ろすと、洗い物を中断したアンドリューはメモ帳を持って注文を取った。
「アンドリュー、アールグレイのレモンティーとサーモンサンドのセットをお願い。勿論彼の支払いで。」
「はいよ。」
思いがけない意趣返しが出来たのが嬉しかったらしく、アンドリューはほくそ笑みながらカウンターの奥にある中坊へいそいそと消えて行った。
「おい・・・・」
「良いでしょ、それ位。この前の酒代、私持ちだったんだから。」
抗議の声を上げようとした紅一だったが、事実である為何も言わずにパフェをつまみ続けた。
「で?どうした?俺に飯を奢らせる為にワザワザここに来た訳じゃねえだろ?」
トリッシュは仕事一筋の女で、彼女自身がこなす仕事の量と部下にこなさせる仕事の量は凄まじい。本人は涼しい顔をして処理するが、他の者達は字面の如く忙殺され、疲労困憊で倒れる者が後を絶たなかった。その為、仕事の事に限っては『天使の皮を被った悪魔』とすら呼ばれる。食事中も十中八九資料かその他の書類に目を通しており、休憩している姿など見た事が無い為に彼女はもしや生身の人間ではないのだろうかと言う随分とふざけた噂も幾つか立っている。
「いい加減にして頂戴、トニー。私そう言う噂、大嫌いなの。尾鰭どころか足も付いちゃうから。」
「分かった、謝る。すまん。それで?仕事の話だろ?」
「ちょっと、トリッシュ、レッドグレイブ!私を除け者にするってどう言う了見なの?」
ダイシーカフェの扉が乱暴に開けられ、今度は純白のビジネススーツ姿の女性がショートな黒髪を振り乱してツカツカと二人が座っている円卓へ大股で近寄って来た。
「おお、レディ。すまんすまん、待ち合わせの先約があったんだが、伝えるのを忘れてた。トリッシュに関しては持ち前の鼻の・・・・もとい、勘の鋭さで俺の心休まるオアシスの在処を暴かれた。」
「あら、リディア。久し振りね。まあ、座りなさいよ。トニーが奢ってくれるそうだから。」
紅一は若干大袈裟に呻きながら天井を仰いだ。二人とは浅からぬ間柄である故にあからさまに断る訳にも行かない。
「なら良いわ。アンドリュー、アイスコーヒーとオムライス頂戴。トニーのツケで。で?何の話してたの?」
「仕事だ。トリッシュが話そうとしてた所でお前が入って来てな。続けろ。」
「ソードアートオンラインの事よ。」
内心仕事の話題を何か振って来るのではなかろうかと高を括っていた紅一は僅かに眉を吊り上げた。プライベートの時もあまり娯楽を持ち出す事は無いトリッシュが人気急騰しているゲームの話を持ち出すとは思わなかったのだ。
「テレビで彼のインタビューが報道されてたでしょ?VRの事は素人に毛が生えた程度の基本的な知識しか無いけど、彼が言ってた事が何か引っ掛かるのよ。SAOは、ゲームであっても遊びではないってフレーズ。」
「まあ、確かにソードアートオンラインはゲームだが遊びではないわな。マジモンの武器を使って自分をぶっ殺そうとするモンスターやデュエルの相手をぶった切り続けなきゃならない。加えて、その武器をメンテ無しに使い過ぎると破壊されると言う設定付きだ。命を仮想的にやりとりしてるから、遊びとは言えないな。命懸けの趣味って奴だ。」
丁度トリッシュとレディーの注文した物が来たので会話はしばし中断となったが、三人が食べ終えると再開した。
「それ位私も分かってる。上手く言えないけど、何か違和感があるのよ。」
紅一はスプーンを口に銜えたまま思案に耽った。ソードアートオンラインの制作スタッフの末席に組み込まれた時の事を思い返し、確かに茅場秋彦の言葉の端々は今改めて考えてみた。確かに、どこか狂気めいた所があったのかもしれない。かく言う紅一自身もネットでの名『トニー・レッドグレイブ』の知名度は高く、どこか頭のネジが間違い無く一、二本外れている事を自覚している。だが天才にはいずれも多少の狂気は付き物だ。
「人間誰でもどこかしらちょびっとは狂ってるもんなんだよ。俺もお前らも、な。」
「その狂ってる原因が怒りでも?」
「あ?」
レディーが窓の外を指差すと、そこには恐ろしい形相で紅一を睨み付ける三人目の女性の、遊里の姿があった。その女性を見て紅一は額に手をやり、小さく悪態をついた。マズい所を見られた。今現在あらぬ疑いがかけられているのを察した
「知り合い?」
「俺の女だよ。ちと待ってろ。」
席を立ち、紅一はその女性の所まで小走りで移動した。
「あレ、誰ダ?昼休みに誘われて来てみれバ・・・・もう女二人を侍らせてるのカ・・・・?」
ノートや参考書を幾つか詰め込んだトートバッグを今にも紅一の頭に振り下ろしかねない女性は頭一つ分背が高い彼を下から睨み付けた。怒りで巻き毛の茶髪が今にも角の様に立ち上がりそうだ。やはり女は怒らせると碌な事が無いのを改めて痛感した紅一は、平常心を保つ努力をしながら答えた。
「人聞きの悪い表現をするな。一人は俺の先輩、もう一人は後輩で高校の同級生だ。働いてる先が同じで、待ってる間にこの店にいる事を嗅ぎ付けられて今に至るってだけさ。」
「ホントにそれだけカ?」
ここで本当の事を言わなければ後がまた大変になる。腹を括って話す事に決めた。
「黒髪の女はリディア・アーカム、高校一年と二年の間に付き合ってたが自然消滅した元カノその一だ。金髪の方はベアトリス・エバンズ、高校三年から一年半付き合ってこれまた関係が自然消滅した元カノその二。」
紅一はポケットから二人の直筆名刺と自分の名刺を取り出してみせた。三つとも同じイーグル9のロゴが印刷されている。
「そんな二人が何で働いてる先が同じなんだヨ。偶然にしちゃ出来過ぎだゾ?」
「嘘だと思うならあの二人に名刺を見せる様に言っても構わない。前にも何度か言ったが、俺は女相手に嘘はつかない。だから機嫌直してくれよ。何を考えてるか知らないが、あの二人とはもうお前が思ってる様な疾しい関係じゃない。あくまで仕事仲間だ。トリッシュは営業と事業部の部長で、レディーは経理部所属。待ってる間に仕事の話をしていた、ただそれだけだ。」
だがやはりイマイチ信用していないのか遊里の疑いの眼差しが槍の様に突き刺さる。
「渾名呼びしてタ・・・・・」
ガラス越しに聞こえていたらしく、紅一はどきりとした。トリッシュとレディーは自分が覚え易い様に考えついた末に愛称となってしまった為、余計に始末が悪い。こめかみを抑えた。
「どうすれば信用してくれる?」
暫く思案してから遊里は紅一の耳元で信用し直す為の条件を提示した。
「それだけで良いのか?」
「ん。」
紅一は頷いた。彼女が提示した条件一つで自分が清廉潔白である事を証明出来るのならば安い物だ。
「分かった。来いよ。他の二人同様奢るから。」
紅一は心の中で父親似になってしまった事を心底恨んだ。彼も女性に関するトラブルがかなり多かった上、幼少期に巻き添えを食らったのは一度や二度だけではない。再び席に戻ると、遊里は紅一の隣に腰を下ろした。
「トリッシュ、レディー、俺の彼女の後藤遊里だ。お前らから言って俺に掛かってる濡れ衣を晴らしてくれ。」
傷ついた自分を癒すべくストロベリーサンデーの残りを食べ始める紅一は日本語に切り替え、向かいに座る二人に頼んだ。
「遊里ちゃん、彼はご覧の通り見た目はホストクラブで働いている様にしか見えないチャラチャラした女好きだけど、元カノとして言わせてもらうわ。彼は一途よ。高校時代に付き合ってた時、他の女には一切見向きしなかったから。でも、もうそう言う関係はお互い合意の上で何年か前に終わらせた。今は仕事の同僚で、たまにご飯食べたり飲んだりするだけ。それ以上でも以下でもないの。」
すればお前が殴るからだろうが、と紅一は心の中でレディーの言葉に嘆息した。
「レディーの言う通りよ。それに嘘つかないし、頭も良い。いざと言う時は十中八九問題を解決してくれる。疑っちゃうのは分かるけど、もっと彼を信用してあげて?貴方に私達の事を教えなかったのは別に疾しい理由があった訳じゃないんだから。まあ、もし泣かされたら電話してね?良い弁護士知ってるから。」
「私も蹴り入れに行くわ。」
二人はポケットから名刺を取り出して遊里に渡した。紅一が持っていた物に欠かれた情報とも寸分も違わない。支払いを任せると店を出た。
「納得してくれたか?」
「・・・・ごめン・・・・・」
先程までの激情はどこへやら、遊里は申し訳無さそうに目を伏せてしまった。
「いや、俺の方こそ悪かった、いらん心配させて。昔付き合ってた奴の話は基本的にペケだから、敢えて伏せたままにしてたんだ。まあ、あの二人がイーグル9にいるってのを知った時はかなり驚いたがな。てっきりアメリカに帰ったかとばかり思ってたし。」
「それもまア、そうカ・・・・・」
ストロベリーサンデーを食べ終わって会計を済ませると、公園のベンチに腰掛けた。未だに意気消沈している遊里の頭を紅一は優しく撫でて彼女を慰めた。
「元気出せよ、別に浮気してるなんて思われても不思議じゃねえだろ?このナリと性分を考えればさ。」
紅一は細身だが体が鈍らない様に毎日一時間半はキックボクシングのジムで汗を流している為、引き締まっている。背丈は185センチと平均的な日本人より遥かに高く、顔立ちも整っている。女性に人気があったのは今に始まった事でもない。
「さてと。じゃ軽く昼飯食いに行くか。」
「さっき食べたんじゃなかったのカ?」
「ありゃ言うなればおやつ、別腹だよ。俺は定期的に甘いモン食ってないと頭も体もまともに動いてくれねえんだ。まだ時間はたっぷりある。早引きしたら約束通りデートしようぜ。講義終わったら大学まで迎えに行くから。」
「うン。」
遊里は紅一の肩に寄りかかり、指先を絡ませながら自分より一回り程大きい彼の手を握った。