ソードアート・オンライン~The Devil May Cry (リメイク) 作:i-pod男
今回はバージルの方に目を当てて行こうかなと思います。アニメ版『黒の剣士』のエピソードです。
ではどうぞ。
西暦2024年 2月23日 35層『迷いの森』フィールドで、バージルの口から何度目か分からない溜め息がまた口から漏れた。もうどれだけ歩いただろうか?
「母さん・・・・・」
彼女は正に天使と呼ぶに相応しい女性だった。慈愛に満ち、気立ても良く、いつも笑顔を絶やさない。彼女の側にいると、いつの間にか自分も笑顔にして心を温めてくれる、そんな人だった。だがその笑顔を、温もりを、全てを奪ったのがダンテ———紅一だ。生まれ付き体が弱かったのに自分と弟の出産がその虚弱体質に更に拍車をかけてしまい、やがてこの世を去った。世界を照らす眩い希望の光を永遠に奪われてしまった。
人は死ぬ物だ。理不尽とは言え自然の摂理には逆らえない。だが、自分はまだ子供だった。そう言われた所で納得出来る筈が無い。だから弟の所為にした。
また時が過ぎ、今度は父が死んだ。弟を庇って凶弾に倒れたのだ。
———お前が殺した。お前が、母さんだけじゃなく、父さんも殺したんだ。俺は許さない。何時かきっと俺が殺してやる。そしたらまた地獄で何度でも何度でも殺してやる———
それが父の葬儀を終えてから間も無く、消息を絶つ前に弟と交わした最後の言葉だった。今思い返すと、あの時自分は泣いていなかった。母を看取った時も、父を看取った時も、自分は泣かなかった。
しかしあの時、あの場で弟を葬らんとした刹那、二人を思い出したのは何故だろうか?
「何をやっているんだ、俺は?」
脳裏に蘇る忌まわしい記憶を払拭しようと身震いしながら大きく息を吐き出して精神の統一を図った。だが、それも開始から一分と経たず耳障りな甲高い悲鳴に中断される。
イライラに更に拍車をかけられたバージルは凄まじいスピードで生い茂る木々の間を駆け抜け、悲鳴がした方向へと急行した。
もしMPK———モンスターにプレイヤーを襲わせるPK技———を使おうと言うつもりならば五寸刻みにする事を心に決め、森の少しばかり開けた場所にたどり着いた。そこには大木の幹を背に預けた少女がいた。モンスターの攻撃で吹き飛ばされて叩き付けられたのか、ぐったりしている。その傍らには少女を庇う様に周りのモンスターを威嚇し、二の腕程の長さしかない翼を力一杯羽搏かせている水色の小さなドラゴンの姿も見えた。だがそのドラゴンの抵抗も空しく棍棒の一撃を食らってHPが完全に削られ、倒れてしまう。
「MPKの可能性は無いか。」
木々の中から飛び出し、バージルは丸太を削って作った粗末な棍棒を携えたゴリラ並みの巨体を持つニホンザル型のモンスター『ドランクエイプ』の群れに肉薄すると、擦れ違い様に切り裂いた。
「斬滅せり。」
その言葉と共に『大蛇丸を鞘に納めたバージルは取って返し、何事も無かったかの様にその少女の方へと歩を進めた。そうする間にドランクエイプ達は皆ほぼ同時にポリゴンとなって四散する。
「身の丈に合わないレベリングをここでするとは、お前は馬鹿か?それとも自殺志願者なのか?」
だがバージルの言葉など耳に入っていない。少女は倒れたそのドラゴンを抱き上げ、泣きながら何度も名を呼んだ。
「ピナ、ピナ!しっかりして、ピナ!」
だがそのドラゴンもポリゴンに砕け散り、一枚のぼんやりと輝く羽を残して消え去った。
「やだ・・・やだよ・・・!私を一人にしないで!!」
震える手でその羽を拾いあげ、抱きしめた。まるでそうしていればまたそのドラゴン———ピナがいつもみたいに鼻先で自分を小突いて励ましてくれるかの様に。
「お前を庇ったのと、あれを名前で呼んでいると言う事は・・・まさかとは思ったが、やはりビーストテイマーか。随分と珍しいプレイヤーだな。」
「あ、あの・・・・助けてくれて、ありがとう、ございました。私、シリカって言います・・・」
しゃくり上げて言葉が途切れながらも少女は名乗り、礼を述べた。
「別にお前を助けた訳では無い。考え事をしている時に悲鳴を上げて俺の集中力を削いだ馬鹿をどうしてやろうかとここに来ただけだ。まあ、ガキだと分かって興が醒めるだけに終わったがな。お前を斬った所で寝覚めが悪くなる。」
バージルはポーチから転移結晶を取り出してシリカの足元に投げ捨てた。
「あ、あの、これは・・・・?」
「転移結晶だ。それを使ってさっさと俺の視界から消えろ。迷いの森のマップは四方2.5kmの区画が全て一時間ごとにランダムに入れ替わる。短剣を使うお前のステータスは敏捷寄りなのだろうが、今のレベルとスピードでは間に合わない。ここを踏破する前に死ぬぞ。飼いならしていたあれの様にな。」
「ピナですっ!!」
バージルはフンと鼻を鳴らしてシリカの言葉を一蹴した。
「名など知るか。」
バージルは首を捻るとそのまま走り去った。シリカはそれを見て手探りで短剣を探して鞘に納めると、羽をしっかり手に持って彼の後を追い始めた。走りながら涙が溢れて来る。
心の中で死なせてしまった相棒を悼み、詫びながらも必死で足を動かした。自分の所為だ。ソロで迷いの森を突破出来ると思い上がったばかりにこの様だ。自分の思い上がりが、ピナを殺した。胸が張り裂ける様に痛い。
「あれ・・・?」
バージルの姿が見えない。確かに少し出遅れはしたがそれ程遠くには行っていない筈だと言うのに。辺りをキョロキョロと見渡した所で視界が悪い夜間では意味が無い。そして不意にひやりとした物が頬に当てられ、シリカは再び悲鳴を上げた。
「MPKを仕掛けるつもりが無いと分かったから見逃したが、やはりお前も殺した方が良いのかもしれんな。」
シリカの鼻先にバージルの刀の切っ先が現れた。
「付いて来るな。」
シリカは全身の毛と言う毛が逆立ち、肌が今まで感じた事が無い位恐怖で泡立った。バージルの瞳は何も映していない。やろうと思えば埃を払うかの様に躊躇い無く自分の首を斬り飛ばすだろう。腰を抜かしてその場に座り込んだが、震える己の体をかき抱きながらも口を開いた。
「ピナを・・・・ピナを生き返らせる方法を教えて欲しいんです!どこかで、クエストを・・・後は何かアイテムとか・・・・?」
パートナーを死なせた罪は自分で償わなければならない。その為にも何とかしなければ。その一心で勇気を振り絞ってバージルに訪ねた。
「世界とは無慈悲だろう?何も出来ずに目の前で誰かが朽ちて行くと言うのは理不尽だろう?それに抗い、それを覆すのに必要なのは力だ。力こそが全てを支配する。力なくして、他人は疎か己を守る事すら出来ない。それを忘れるな。あの羽を三日以内に47層のフローリアに持って行けば蘇生アイテムが手に入る。後はお前自身で何とかしろ。」
そう言い終わった直後にバージルにメッセージが届いた。
「『鳩』か。」
メッセージを開き、内容を確認すると顔をしかめる。そしてメッセージを素早く撃ち終えて送信するとシリカに向き直った。
「おい。47層の蘇生アイテム入手だが、気が変わった。手を貸してやる。」
「え!?」
「俺もそこでやる事があるから、あくまでついでだ。時間が惜しい、今から行くぞ。転移、フローリア。」
転移結晶でバージルは飛んだ。シリカは何故自分を助けたこの男が急に考え直して手助けをしてくれるか全く分からなかったが、藁にも縋る思いで手を伸ばした甲斐があったと安堵し、自分も転移先を唱えてフィールドから姿を消した。
47層の主街区『フローリア』は名前の通り一面が色鮮やかな花に覆われており、その光景にシリカはその美しさに心を奪われて思わず息を飲んだ。
だがバージルはそんな事は気にも止めずに足早に歩き出す。
「急げ。他人に先を越されて困るのはお前だぞ。」
バージルの大きな歩幅にシリカはつまづきながらも小走りで後に続いた。
「あ、あの・・・・さっき聞きそびれたので・・・・お名前、何て言うんですか・・・!?」
必死で遅れない様に付いて行くシリカの言葉など気にも止めずに更に歩調を早めた。
「お前が知る必要は無い。『思い出の丘』にある蘇生アイテム、『プネウマの花』を手に入れる事だけ考えていろ。」
移動スピードを全く落とす事なく襲いかかって来る動植物型モンスターの群れを無造作に斬り伏せて行き、どんどんフィールドの奥へと進んで行った。顰めっ面を全く崩さないバージルだったが、フローリアに到着してからますます眉間に刻まれた皺が深くなった。
また母の事を思い出してしまったのだ。彼女も庭に自分の小さな花畑を作って世話をしていた。真っ赤な薔薇、青色の蝦夷菊、紫色の桔梗、そして白い桃の花。
色取り取りの花を自分達に例えながら笑う、最早思い出の中だけにしか存在しない母の姿をがハッキリと見えた。
「あれだ。行け。」
赤煉瓦を敷いた道の最果てには、シリカの腹辺りまでの高さがある石盤が鎮座していた。シリカがそれに近付くと、眩い光を発した。その光の中から一輪の白い花が芽を出し、あっと言う間に開花した。
白い花———自分が母に贈り、墓前にも供える白い花。不快さに顔を歪ませ、バージルはあからさまな舌打ちをして背を向けた。
「行くぞ。こんな所で蘇生してもまた殺されるのがオチだ。後、モンスターはお前が倒せ。」
花を取りに行く時よりかなり時間が掛かってしまったが、ようやく安全地帯付近に近い石橋に辿り着いた。
「隠れても無駄だぞ。俺は索敵スキルを最大まで上げている。さっさと出て来い。」
「あらぁ、凄いわね。私のハイディングを見破るなんて。」
端の向こう側へと延びる道の両脇にある木の後ろから一人の女性プレイヤーが現れた。赤髪で黒と赤の軽装に身を包み、十字形に枝分かれした槍を携えている。
「ロザリアさん!?」
「その様子だと、プネウマの花は首尾良くゲット出来たみたいね。おめでとう。」
ニコニコしていたロザリアと呼ばれた彼女の笑みは、一瞬にして邪悪な物に歪んだ。
「じゃ、早速その花を渡して頂戴。」
「俺を殺す事が出来れば好きにするが良い。それに、俺の当初の目的はこれで達成された。オレンジギルド『タイタンズハンド』のギルドマスターが御自ら出向いてくれるとは手間が省けた。」
「え?」
シリカは当惑した顔でバージルを見た。ロザリアが目の前に姿を現す事が当初の目的。つまり自分は囮———餌に使われたと言う事。
「何を言ってんだい?」
ロザリアも訳が分からない様だ。
「情報屋も兼ねている飛脚ギルド『エイビス』に中層ギルドが立て続けに二つ壊滅したと言うのを聞いてな。今現在残っているオレンジギルドはお前達しかいないから、動向を探ってもらっていた。偶然そこのガキがレアな蘇生アイテムを探していると分かってその情報を餌として散撒いたら、案の定食いついた。まあ、プネウマの花と言えば競売にかければ数十万単位の金が転がり込む事を考えれば当然か。お前の様な浅薄な考えしか出来ん雌犬が率いていると考えると哀れみすら覚える。」
小さな微笑を浮かべ、ロザリアを嘲笑うバージル。ロザリアは体を怒りに震わせながらも勝ち誇った顔で指を鳴らした。
「随分と言ってくれるわねえ・・・・?身ぐるみ全部剥がされても同じ事が言えるかしら!?」
ロザリアが隠れていた木々の中から更に七人のプレイヤーが現れた。頭上にあるカーソルはオレンジ、つまり犯罪を犯したプレイヤーであると言う事を示している。
「相手の実力も碌に測らずに挑むか。笑止!」
既に大蛇丸の鯉口を切っていたバージルはフンと鼻を鳴らした。
「に、人数が多過ぎますよ!!」
シリカにコートの袖を掴まれたが、それを振り払い大股でオレンジプレイヤー達の方へと進んで行く。
「俺を倒したければ血盟騎士団のヒースクリフかデビルメイクライのダンテを連れて来い。それ以外は有象無象だ。貴様らが何人いようと、目に見える違いなど無い。埃と同じだ。」
手招きしてオレンジプレイヤー達に掛かって来いと挑発をかけた。だが誰一人として動かない。
「ロザリアさん、こいつ・・・・『オレンジキラー』です!数ヶ月前から中層のオレンジギルドばかりを壊滅させてメンバーも刀一本で全員血祭りに上げたって言う・・・・!」
「刀一本って、じゃあ、コイツが『剣鬼』やら『斬滅』って言われてるあのバージルだってのか!?」
「おいおい冗談じゃねえぞ・・・だったらこいつ攻略組レベルのプレイヤーって事だぜ!?」
「談笑とは随分余裕だな。来ないなら、こちらから行くぞ。」
シリカは瞬きしたその刹那にバージルの姿を見失い、また目を開けた瞬間彼が端の向こう側にいる事に気が付いた。行く手を阻んでいたオレンジプレイヤー達は一太刀だけ深い傷を負わされており、一気にHPの半分を失っている。
「さて、女を斬るのはあまり好きではないが、元々お前達を葬る事が目的だ。」
何が起こったか分からずに放心していたロザリアは槍で応戦しようとしたが、その前に槍を真っ二つに切断された。
「ちょ、ちょっと分かってんのかい!?私を攻撃したらあんたもオレンジに・・・!!」
「だったらどうした。一日、二日の間町に帰らないなど、どうと言う事は無い。お前は自分の身を案じた方が良い。これからお前は死ぬのだからな。」
そう言い返されたロザリアは膝から下の両足を切り落とされた。彼女の機動力を削ぐと、その間に負傷した配下からアイテムと装備を全て巻き上げ、首を刎ねたり喉笛を穿って止めを刺した。
向こうに気を取られている隙にロザリアは無様に地を這いながらも逃げようとしたが、バージルはメニューを開いて一本の投擲武器をストレージから取り出した。投げ槍である。槍は放物線を描き、寸分違わず彼女の背中を貫いて標本にされた虫の様に地面に縫い止めた。
「お前からも恐喝の慰謝料を貰うとするか。」
ロザリアの右手を動かしてメニューを開かせ、装備を含めるアイテムを全て自分に譲渡させた。
「最後に言い残す事は?」
だがロザリアは恐怖に顔を引き攣らせ、無様にバタバタと跳ね回るだけだった。
「無いならそれでも構わん。」
彼女の首を刎ね、ポリゴンの欠片がバージルの周りを飛び交い、やがて消えた。シリカはこの一部始終を見て腰が抜けてしまい、座り込んでいた。彼は殺した。八人の人間を顔色一つ変えず、何の躊躇いも無く、まるで芝刈り機で雑草を刈るかの様に。
「一分か・・・・やはりまだ扱い馴れんか。」
「何で・・・・・?何で殺したんですか!?」
「理由は三つある。一、黒鉄宮に繋がる回廊結晶を持ち合わせていなかった。二、コイツらがプレイヤーを殺し続ければ、このアインクラッドから脱出出来る可能性が下がるから。三、これが一番重要だ。俺の邪魔をする奴はたとえ誰であろうと斬り捨てる。」
バージルはアイテムストレージからシリカが使えそうな短剣二本と高ステータスの防具各種、そして売ればそれなりの高値で売れるアイテムを譲渡した。
「普段は追い剥ぎ紛いの事は俺の義に反するが、死に行く者が持っていた所で何の助けにもならん。競売にでもかけて足しにするもよし、お前自身で使うも良しだ。兎も角これでお互いの目的は果たせた。もう二度と会う事は無いだろう。」
オレンジ色にカーソルが変色したバージルはそれを鬱陶しそうに一瞥し、シリカを残して転移結晶でそこから去った。
「バージルさん・・・・」