ソードアート・オンライン~The Devil May Cry (リメイク) 作:i-pod男
「ダンテ、朝だゾ。」
「ん・・・・・」
揺すられるのを感じて、ダンテは目を開けた。
起き上がった。ストレッチを行って伸びをすると、ボキボキと音がする。
「随分と爆睡してたナ。もう十一時だゾ。ホレ、キー坊から買ったクリームと黒パン。一個先に食ったガ、意外と美味いゾ?後、回復アイテムも少し余分に買っといたからやるヨ。」
声の主はアルゴだった。外套などの装備を外している為に、服装や顔立ちが良く見える。髪は巻き毛で褐色の金髪で、肌は白く、顔は頬に三本ずつ鼠の髭らしきペイントが塗られており、体もかなりメリハリのある肉付きをしている。普段は外套の所為で見えなかった簡素な軽量の革製防具、そして太腿や腰回りに大量の投擲ピックが収納されているのも露わになっている。
「おお、悪い。腹減ってたんだわ。」
差し出された素焼きの小瓶を指で触り、黒パンをなぞった。途端に、カスタードクリ—ムがごってりと塗られ、特有の甘い香りが鼻腔をついた。大口を開けてそれを頬張ると、シンプル且つ繊細な甘味が口の中に広がって行く。
「んん〜、まいう〜。ごちそうさん。随分と急がしそうにしてたみたいだが、裏付けは終わったのか?」
「始まりの街とホルンカ、メダイ、カーザは終わっタ。後はトールバーナをちょびっとって感じだナ。言われた通り道具屋で無料配布しといたヨ。」
ダンテは頭を掻きながら起き上がり、シーツから抜け出た。首筋や肩をしきりに揉み解し始める。
「仕事が早いな。 俺も手伝うべきなのに押し付けて悪いな。お疲れ。」
「悪いけド、ダンテじゃ俺っちのスピードにゃ付いて来れないヨ。相変わらずのパワー寄りのバランス重視だロ?それに、お疲れはこっちの台詞ダ。その装備、殺戮系クエストとフィールドボス殺っただロ?HPバーが一々チカチカ変わるもんだから・・・・」
アルゴはダンテが現在身に纏っているコート・オブ・ブラッディームーンとブラッディー・ウルフブレードを指差した。視界の左上の隅を見ると、自分のHPバー以外にArgoと書かれたHPバーがその下にある。パーティーを組んだ者同士は互いのHPの増減を確認出来る以外に、メニューで開いたマップで互いの現在地を確認出来るのだ。つまり、昨夜ダンテが行っていた無茶なレベリングは彼女に筒抜けだったと言う事である。
心の中で自分の詰めの甘さを叱責し、何時ものおちゃらけた表情で返答した。
「ああ、中々カッコいいだろ?けどやったは良いが、アニールブレードのクエストやったほぼ直後だったし、それでだるくなってた所為でちょい死ぬかと思ったがな。」
「アホッ!」
そう言った瞬間、額にアルゴの拳をモロに食らった。ゴツンと鈍い音と共に命中して、おぅ、と変な声を上げてしまったダンテは頭を仰け反らせ、再びベッドに倒れ込んだ。普段ならば避けるなり防御なりの対処が出来たのだが、起き抜けである所為で対応出来ない。
だが倒れた先はアルゴの膝の上だった。ダンテの頭を胸にかき抱く彼女は声も体も小刻みに震えていた。
「・・・・いなくならないって、約束だロ?いきなり破る気カ?」
付き合い始めてから何度もそう言われた。現実世界でのアルゴの両親は学者で、歴史や神話に付いては並々ならぬ知識を持っている。だが彼女の両親は常に講義やレクチャー、その他の仕事に追われて殆ど側にはいない。それが影響して人見知りと寂しがりと言う性格が輪をかけて交友関係の拡大を阻んでいた。
そんな彼女を気にかけてくれたのが紅一である。
「すまん。」
ダンテをベッドに寝かせると、アルゴがその上に馬乗りになって覆い被さる様に抱きつき、顔を覗き込んだ。
「・・・・・お前に死なれたラ、俺っちはどうなるのサ?俺っちみたいな変わり者を貰ってくれる様な変人、ダンテ位しかいないんだからナ。早々簡単に死なれたら、また元に戻っちまウ。」
胸に顔を埋めたアルゴの頭をダンテは優しく撫でた。少しだけだが泣いていると言う事が分かる。
「心配するな、俺もそう易々と茅場にくれてやる程安い命は持ち合わせてない。それより、このままでいるとハラスメントコードやらが発動するぞ。開始早々黒鉄宮送りは御免被りたいんだが。」
覆い被さったままメニューを開き、アルゴはメニューを操作してハラスメント警告の発令を止める倫理コードを解除した。
「これデ、良いだロ?」
「なあ、初めて俺達がデートに行った時の事を覚えてるか?」
「忘れる筈無いだロ、あれハ。」
現実世界で二人が出会ったのは、数年前にトリッシュと別れた紅一が大学を卒業して間も無くイーグル9の研修生になって遊里も大学生としての生活が安定した軌道に入った頃だった。十月三十一日のハロウィーン当日、セレッサが研修生達の緊張を解す目的で仮装大会を開いた。審査員はセレッサ以外にイーグル9日本支部の比較的年齢層が低い幹部のトリッシュ、そしてセレッサのライバルにして日本支部の元研究開発部部長ジャンヌ・ルーメン・パラディーソが勤めた。自由参加制だが、優勝者は金一封が贈与されると言う、大学を出たばかりであまり自由に使える金銭が無い研修生達に取っては何とも魅力的な話だ。
何事に関してもやり込む性分の紅一は何としてでも優勝したいと思い、早速壮大な計画を立て始めた。何になるかは割と直ぐに決まり、遊里を伴って古着屋を片っ端から回り、使えそうな服を買った。更にそれを二人で試行錯誤を繰り返しながらも改造し、縫い針や待ち針、そして仕付け糸と悪戦苦闘しながらどうにか形にする事に成功した。
だが紅一は遊里の仮装した姿も見てみたいと言って聞かない。最初は尻込みしていたが押しに負けてしまった。しかし思いのほか彼女の衣装も意外と直ぐに構造は纏まり、既に紅一の衣装で練習したお陰か以前より制作がスムーズに進む。
コンセプトは『恋をした殺し屋』と言う映画や小説では使い古されている物だが、色々と捻りを加えた物にしたのだ。まず殺し屋役の紅一は黒い長ズボン、更に上はタンクトップに膝まである袖が七分丈の赤いコートだけと言う、目立たずに人の命を奪う殺し屋とはかけ離れた出で立ち。次に遊里の衣装は所々よれたり血糊がついたり、更には銃弾が幾つか開通したかの様な継ぎ接ぎの服の上に白衣を羽織って審査員の前に現れた。遊里の衣装は闇医者を意識しているのか、一対の翼を生やした杖に蛇が巻き付いた黒い刺繍が施されている。
結果は文句無しで紅一ペアの大勝利だった。そしてその祝いには遊里への礼を兼ねて当たり障りの無い至って普通のデートをした。と、言っても、衣装を身に着けたままでかなり目立ってしまったが。
「ああ、そう言えばお前の装備を新調する為の素材を手に入れたぞ。聞いて驚け、ダイアー・ウルフとブラッドグリズリーの毛皮だ。お前敏捷値にステータス振り過ぎだから、防御力と腕力もある程度は上げといた方が良いぞ。防御が紙のまま攻撃食らったら絶対死ぬからな。幾ら基本的に戦闘はしない商売人とは言え、お前は情報屋と言う商売人の中でも特殊な立ち場にある奴だ。それ故にあの手この手で情報を絞り出そうとするクズな連中なんてその内探しゃあ腐る程出て来るからな。」
「心配すんナ、そんな奴らに掴まる程俺っちの足は遅くねえサ。」
それを聞いたダンテは馬乗りになったアルゴの太腿を掴んで上半身を右に捻った。
「だ・か・ら、」
「ニ”ャッ!?」
ベータテストの時は鼠のアルゴと呼ばれていた彼女は強引に姿勢を入れ替えられ猫の様な声を上げた。
「だからこそ心配なんだよ。まあ、昨日の今日でお前に心配かけまくってる俺が言えた義理じゃねーがな。兎に角自分の事は大事にしろよ、遊里。俺もお前に死なれたら何をするか分からん。」
アバターの名前でもリアルで何時も呼ばれる愛称でもなく、本名で呼ばれるのは、プライベートの事を真面目に話している時のサインだ。アルゴ、否遊里は顔を背けて再びメニューを操作し、纏っていた残りの装備も全て外した。つまり丸裸一歩手前のあられもない格好なのである。
「そんな事言われたラ・・・・こうなっちまうんだゾ紅一?責任取ってもらうからナ?」
顔を赤く染めて睨むアルゴに全ての装備を解除して顔を近づけたダンテは、舌先を僅かに出してアルゴの唇をチロッと舐めた。
「コレで済むなら幾らでも相手してやるよ、エロ鼠。」
「う、うるさいこのエロ魔人んぁあ?!」
結局二人が外に出る頃既に時刻は正午をとっくに過ぎていた。手に入れた素材の一部を売却してその金で回復アイテムを買い足した。
「うゥ・・・・・アホ。腰がいてーゾ・・・・・・」
「お互い様だ、誘ったのはそっちだろーに。お互いムラムラが解消されただろ?」
悪びれた様子を見せずにクハハハと屈託無く笑うダンテ。
「腰を痛めたらプラマイゼロだ、この色情魔メ。ふン・・・・!」
フードを更に深く被ってそっぽを向くアルゴを見ていると、見覚えのある黒髪の少年にぶつかった。背中にダンテが左腰に差しているのと同じアニールブレードを背負っている。
「っとと、悪い。・・・・ってキリトじゃねーか。」
「おお、キー坊!ヨッ、久し振りだナ。パーティー解消したからどうしたのかと思ったゾ?」
ベータテスト時代から顔見知りである三人が再びホルンカの村で相見えた。
「ああ、ちょっとね。でも、久し振り。アルゴ、ダンテ。」
「パンとクリーム、ゴチになったぜ。」
自分の前で恭しく両手を合わせるダンテを見たキリトは小さく頷いた。
「気に入ってもらえたのは何よりだ。」
「レベリングは順調か?」
「まあ、なんとか。今でレベル6だ、もうすぐ7になると思う。そっちは?」
ダンテは周りを素早く見渡してからキリトと肩を組んでアルゴに目配せすると一緒に歩き出し、声のトーンを落とした。
「8だ。しかし、まだ閉じ込められて一日しか経過してないとはなあ。このペースをずっと保っていれば・・・えー、今が七日だから、後二十三日間、大体一週間に平均でレベルを3上げれば安全マージンを余裕で超えられる。いやいや、中々ハラハラした夜だったぜ昨日は。実はお前と組んでやったクエストの直後、偶然フィールドボス討伐を立て続けにやっちまってな。結構素材もコルも経験値も右肩上がりなんだ。クールダウンまでまだ時間は掛かるが、やってみる価値は有るぞ。」
現実世界にある自分の体は指一本動かせず、何時戻れるかも分からない明日は我が身と言う危機的状況に瀕している。こうしている間に現実世界の肉体も時間と共に栄養失調に蝕まれている絶体絶命の状態なのに、昨夜の武勇伝を搔い摘んで語るダンテは実に能天気だ。まるで危険に晒される事を臨んでいたかの様に、口元には笑みすら浮かんでいる。
「ああ。確かに、あれは人生最悪の日曜日だったよ。」
キリトの表情は暗い。
「キー坊、昨夜何があった?お姉さんとお兄さんに話してみナ。」
「アルゴ、お前は兎も角俺はお兄さんて年齢じゃねえよ。アラサーだ、アラサー。もうおっさんになる四歩手前の二十六だ。」
アルゴは余計な茶々を不謹慎に入れるダンテをキッと睨んだ。いい加減に黙れと言うサインだ。彼もまた両手を上げて小さく降参のポーズを見せ、それ以上は何も言わずに口を閉ざした。
「まずは場所を変えよウ。」
三人は人気の無い袋小路に辿り着くと、低いトーンで会話を再開した。
「実は昨日の夜、森の秘薬クエストを終わらせた後にもう少しレベリングをしようと思って暫く森の中を彷徨いていたんだ。それで新規らしいソロプレイヤーがリトルネペントと戦っているのを見て、助けに入った。でもあいつは・・・・」
「知ってか知らずか、『実付き』の奴を攻撃してフェロモンをぶちまけた。」
「前者だよ。彼は俺をモンスターの餌にしてPKしようとしたのは間違い無い。『実付き』のリトルネペントを攻撃してから直ぐに姿が見えなくなった。恐らくハイディングのスキルを習得していたんだろうが、多分視覚を持たない相手に通じない事を分かってなかったんだ。結局は大量に集まったネペント達の総攻撃を受けて、死んだ。」
そのプレイヤーの死に方を聞いたダンテは小さく身震いをした。馬鹿でかいウツボカズラと口がキマイラ化したあの気色悪いリトルネペントに囲まれ、看取られて死ぬなんて随分と嫌な末路だ。
「・・・・大変だったんだナ、キー坊。」
哀愁漂うキリトを元気付けようとアルゴが彼の頭を優しく撫でてやるが、彼の心に重くのしかかる自責の念は、見えない力で彼を押し潰そうとしていた。
「キリト、気に病むなとは言わないがどんな理由があれ、お前の命を狙った事に変わりは無い。未遂に終わったから不相応な死に方かもしれないが、ありゃ自業自得ってもんだろ。」
だがキリトは何も言わずに俯いた。実年齢より大人びた雰囲気を漂わせている彼だが、心はまだ幼気な少年の物なのだ。あの時、あの静寂と闇に包まれた森の中でキリトを贄にアイテム入手を目論んだプレイヤー、コペルは、死に物狂いで叫びながら押し寄せるリトルネペントを相手に戦い、やがて飲み込まれて見えなくなった。
「頭の中じゃ分かってる。神や仏でもない俺達がアインクラッドにいるプレイヤー全員を生きて現実世界に返すなんて事が不可能だって事も、死に対する恐怖で他人を蹴落としてでも生き残ろうとする奴が出て来る事も。でも、納得出来ないんだ。ここが変に締め付けられて、吐きそうになる。」
キリトは自分の胸に拳をぐりぐりと押し当てた。だが嫌でも納得する事になる時が必ず来る。
「遠慮しとくよ。俺は別の村に用があるからさ。」
ヒラヒラと手を振るキリトに止めはしないとばかりにダンテは肩を竦めた。
「ま、無理強いはしない。移動の事だが、俺達も付いて行こうかと思ってる。」
「別に構わないけど、理由を聞いても?」
キリトは目を細めた。ソロ攻略の利点は経験値、金、そして素材を自分一人で自由に使える事と、ギルドの様な大所帯に比べると確実に自由に動けると言う事。だが、当然危険が付き纏う。モンスターや状態異常もそうだが、下手をするとそれよりももっと恐ろしい物があるのだ。オンラインの世界では『ゲームだから』と言う理由で十中八九人格が変わる人間がいる。SAOとて例外ではない。寧ろこの仮想空間では攻撃パターンを持つモンスターより、置かれた状況下で何を仕出かすか間際にならなければ分からない人間の方をよっぽど危険視するべきかもしれない。
「他の村でやってないクエストがいくつかある。短剣を新調したいんでね。お前もどうせクエストと道中のpopモンスターのドロップ目当てだろうから、互いのおこぼれに預かろうって訳さ。ギルドやパーティーは組まなくても極少数のソロプレイヤーがそれぞれ遊撃しながら移動するって事さ。」
「実にダンテらしいナ。欲望に忠実な理由と計画ダ。」
「お前の為でもあるんだよ、アルゴ。使える素材は集められるだけ集めておいて損は無い。装備の新調は村より断然規模が上の都市でやった方がクォリティーも成功率も高いから。まあ、一番の理由はお前が相変わらず人との交流を避ける社会病質を患ってるかどうかの確認だな。」
「余計なお世話だ。」
冗談と知りつつキリトはダンテの脇腹を小突いた。横ではアルゴが爆笑している。
「ニャハッ、ニャハハハハハッ・・・・社会病質者て・・・・・・コホンッ。ここから一番近い村でも道程は長いシ、モンスターもコボルドタイプが出るから多少時間は掛かるゾ?まあ、良質の素材も手に入るし、迷宮区の次に高い効率でレベリングも出来るから一石二鳥なんだがナ。移動しながら情報提供も頼むヨ。」
「鼠印の情報屋は相変わらずご盛況な様で。」
「ああ、確かに盛んだったな。性欲が。」
キリトが皮肉混じりのジョークを飛ばし、それに便乗してダンテが不必要な下ネタを至極ナチュラルにブチ込んだ。当然それでアルゴが黙っている筈が無い。
「う、うるせェーーーー!!!」
再びトリオ復活となった三人は騒ぎながらもホルンカの村を出て、トールバーナを目指して走った。