ソードアート・オンライン~The Devil May Cry (リメイク) 作:i-pod男
2022年12月2日。ソードアート・オンラインと言うゲームが遊びの世界からデスゲームへと変貌した日からおよそ一ヶ月が経過し、その一ヶ月の間で既に二千人近くのプレイヤーが命を落とした。それはモンスターからの攻撃だったり、自殺だったり、理由は様々だ。元リスポーン地点にある生命の碑石と呼ばれる一万人のプレイヤーネームを表記した物があり、死者が出たその都度名前に横線が入れられ、死んだ場所、日時、死因が細かく記載される。
そしてこの日の昼下がり、キリト、ダンテ、そしてアルゴの三人は一昔前のヨーロッパの街並に見える第一層の主街区、トールバーナの中を移動していた。
「トールバーナ到着からおよそ一ヶ月で、一万あった残存兵力は残り八千か。俺達はこの箱庭から出られるのかねえ。」
「大事な事なんだからもう少し緊張した面構えをしてくれないか?コレは大問題だぞ。全戦力の二割を一ヶ月で削られたのにも拘らず、未だに第一層が突破されない・・・・・まあ、あの茅場晶彦が簡単に俺達を次の層へ行かせてくれるとは思っちゃいないけど。」
欠伸をしながら緩み切った面構えを崩さないダンテをキリトが窘めた。 アルゴが発行している情報新聞『Weekly Argo』のページを睨んでいる。
「まア、どちらにせよかなりの情報を流せたんダ。生存率は幾らか上がってる筈だゾ?」
「そうとは限らない。」
アルゴの言葉に壁に凭れ掛かって腕を組んでいたダンテが首を横に振った。
「ダンテ、何が言いたいんだ?」
「情報を持っているからと言って事を有利に進められるとは限らないって事さ。」
どれだけ情報を手に入れても一番の問題はその情報を手に入れた後にどうするか、そして何が出来るか、だ。そればかりはプレイヤー自身の腕前に掛かっている。あらゆる状況に立ち向かえるだけの知能、度胸、精神的な強靭さ、状況に合わせて戦法を変える柔軟な思考能力など、色んな面で試されるのだ。手に入れた物を上手く使いこなして立ち回る事が出来なければ意味が無い。死んで行くのが落ちだ。
「例えるなら、メカ音痴が最高級のパソコンを持ってるのと同じだ。幾ら使ってる物が良くても扱ってる奴が阿呆じゃ宝の持ち腐れだ。まあ、確かに下らんトラップに引っ掛かって死ぬなんて間抜けな末路を辿る奴はめっきり減ったがな。」
「それも、そうだな・・・・・・・」
「おいおい、お前が暗い顔してどうする?」
アルゴが毎週制作している情報新聞『Weekly Argo』で顔を隠しているが、まるで遮断物を透視しているかの様にダンテはキリトの表情を読み取った。手のかかる弟を見る目付きで、オブジェクト化した酒瓶を傾けた。
「俺は、今まで自分の事しか考えて来なかった。ダンテやアルゴは同じベータテスター同士だから、いざピンチになったら自分でどうにか出来るだろうって思ってて。でも、死んで行ったビギナー達は違う。クラインも・・・・」
「あのなあ・・・・・お前は、ガキの、癖に、深く、考え、過ぎだ。」
キリトの手から新聞を奪い取ったダンテはそれを丸めた棒にして言葉を区切る都度、彼の頭を叩いた。普通ならそれを払い除けて反撃なり何らかの反応を示すのに何もして来ない。まるで無気力症患者だ。
「けど俺は・・・・」
「あー、もう!分かった、こうなりゃ荒療治だ。」
ダンテはメニューを開いてある操作をした。すると、キリトの目の前に小さなウィンドウがポップアップした。
『Danteさんから初撃決着モードのデュエルを申請されています。受諾しますか?』
その文章の下にイエスとノーの二択のボタンが備わっている。
「息抜きにやろうぜ、な?前にやった時は、結局引き分けちまったし、こちとらいい加減白黒付けたいんだよ。」
「悪いが今はそんな気分じゃ」
ない、と言い切る前にアルゴがノーのボタンを押そうとするキリトの手を掴んで無理矢理イエスを選択させた。
「おい、アルゴ・・・・」
「キー坊、悪いが俺っちもいい加減にして貰いたいんだヨ。そんな辛気くさい雰囲気漂わせてたらこっちまで辛気くさい気分になっちまウ。一度で良いから自分の事を考えてみロ。考えたところで罰が当たる訳じゃないんだしサ。」
「・・・・・今回だけだ。これ以降はもうしないぞ。俺は伊達や酔狂でデュエルする性分じゃないんだ。」
「大いに結構だ。とりあえず、アニールブレードで良いな。」
数字が空中に現れ、六十秒のカウントダウンが始まった。
キリトは左足を後ろに下げ、右半身を前に出してアニールブレードを構えた。対するダンテも右肩を前に出したが構えらしい構えは取らず、左手に持ったアニールブレードを鞘ごと肩に担いでいるだけだ。
「続けてりゃあお前もその内に味を占めるさ。」
カウントがゼロになった瞬間、ダンテは剣の鞘を握り締めて槍の様にキリトの顔面目掛けて投げつけた。キリトは右足を引いてスウェーで交わし、『レイジスパイク』を発動した。繰り出される突きは光の尾を引き、ダンテの胸へと吸い込まれて行く。
「おっとぉ。」
だがダンテは少しばかり後ろに下がり、キリトの剣先は胸の数センチ手前、即ち『レイジスパイク』の射程範囲外ギリギリで回避したのだ。そして屈伸すると上半身と下半身の両断を横一閃の『ホリゾンタル』で狙う。
間一髪で硬直が解け、キリトは飛び退いた。
「良いねえ、初めてデュエルをした時を思い出すよ。なあ?」
「鞘を使った不意打ちはあんたの得意技だったな。」
「まさか卑怯だなんて空気読めない発言はしねえよなあ?」
にやにやするダンテを見て、何かが込み上げて来たキリトの顔も自然と綻んだ。
「それに、お前すげえ良い顔してるぜ。お前も俺同様、好きな事に関してはとことん嵌るタイプだ。楽しもうぜ、なあ!」
今度はアニールブレードを回転させながら投げつけ、キリトの顎を目掛けてフックを放つ。剣を弾くと空いた左手でフックをブロックしたが、ステータスが敏捷寄りなので若干馬力で勝っているダンテの攻撃でよろめいた。剣を持ったままダンテの腹に拳を叩き込もうとしたが、包み込む様にその手をがっちりと掴まれた。
「げっ・・・・」
「Bingo!」
キリトの腕を左に捻ると同時に足を払い、地面に倒した。空中に打ち上げられたアニールブレードをキャッチし、立ち上がるのを待つ。
「何で・・・・」
引き倒されたあの時なら何の問題も無くデュエルに勝てたと言うのに、あっさり身を引くダンテ。その意図が読めず、キリトはそう呟いた。
「普通ならあの場で追い打ちして終わりだが、俺はお前が敬意を払うべき相手と見なした。初めてデュエルをした時からな。そう言う奴とはじっくりとやりたい主義だ。たとえそれがガキでも。さあ、Shall we dance?」
「あの一撃で勝ちを取らなかった事、後悔させてやる。」
そうでなくてはと、ダンテの笑みはこれ以上無い程に大きくなった。二人は再び向かい合い、ぶつかった。だが、ソードスキルも鞘を投げつける様な小細工も無い、純粋な勝負だ。片や落ち着いて避けながらカウンターのタイミングを伺う黒衣の少年、片や剣を必要に応じて左右に持ち替えながら変幻自在の攻撃を繰り出す赤衣の青年。踊るかの様な二人の動き、刃がぶつかる音色、そしてぶつかる際に飛び散る火花に、トールバーナにいたプレイヤー達は自然と魅入っていた。
「どうだ?お前も段々ノッて来たろ?!」
「さあね!」
キリトは大きく踏み込みながら斜めに斬り下ろしたがダンテがその上から剣を力任せに叩き付け、つんのめらせた。そして最後は左肩を貫かれてダンテの勝利に終わり、頭上に
「良いか、キリト。俺は元不良だが一人の社会人として言わせてもらう。自分の事を考えるのは悪い事じゃない。自分の命が危険に晒されてる時とかにフィールドの片隅で赤の他人が死んだ時、その都度涙を流している暇は無い。一々立ち止まって悲しんでちゃキリがねえぞ。ここはリアルのルールは当て嵌まらない、俺達プレイヤーだけの現実だ。それに、始まりの街を出た時にお前を本当に知っている様な奴の数なんざ片手でしか数えられねえだろ、この人見知りの末期コミュ障持ち。クラインの事もそうだ。本人が許すって言って水に流したんだから、もう忘れろ。お前が勝手に責任感じて無駄な物を背負い込んでるだけだ。」
ダンテの言葉にアルゴも頷いた。
「そうだゾ。ダンテの言う通りもっと気楽に行ケ、皆は自分がどう生き延びるかで一杯一杯なんダ。全プレイヤーの命に気を回す様な高燃費の思考をそのまま続けてみろキー坊。二十代に突入する前に禿げ始めるゾ。」
「言うのは簡単だな。それに禿げるなんて、仮想空間でそんな訳あるか・・・・」
キリトは叩かれた頭を抑えて目を細め、真面目な顔付きで禿げると公言したアルゴを恨めしそうに見つめ返す。
「本当だ、賭けても良い。人間は極度のストレスに長時間晒され続けると禿げるんだ。第一人間は死ぬ時ゃキッチリ死ぬ、俺もお前も、クラインもな。死んじまったら、所詮そこまでしか生きられないその程度の人間でしかなかったって事さ。」
「酷い言い様だが・・・・・返す言葉も無いな。リアルじゃ弁護士かなんかだろ?」
「残念、外れだ。ディベートの講習は受けた事はあるがそれだけだぞ。それに司法試験なんて受けた事も無い。顧問弁護士ならそれなりに儲かるだろうが、あんなストレス塗れの仕事を続ける奴の思考は俺には理解出来ん。」
丁度その時、噴水がある小さな広場から人がどんどん離れて行き、石を作って削られた古代ローマのコロシアムにも円形劇場にも見える様な場所に約四十人のプレイヤーが集結していた。
「お?どうやら何らかのミーティングがあるらしいな。キリト、行ってみるか?」
「ああ。」
「俺っちも付いて行くゾ。」
三人はプレイヤー達の流れを追ってそこに向かった。ダンテは下に降りて座りたかったのだが、キリトはやはり未だに大勢の人の周りにいるのが馴れないらしく、居心地が悪いと言って会場の一番上の段に座ったままだった。アルゴも職業柄あまり目立つ訳にも行かないと言って聞かず、キリトの近くで待機している。仕方無いので二人の側に立って他のプレイヤー達に見られない様に柱の後ろに立ちながら、ミーティングの始まりを待った。
「はーーーい!それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいます!」
劇場の中心に立った銅色の防具と青の上下を身に付けた男が手を叩いて声を張り上げ、注目を集めた。
「今日は俺の呼び掛けに応じてくれてありがとう!俺はディアベル。職業は気持ち的に『ナイト』やってます!」
「SAOにJOBシステムなんてねえよー!」
「ホントは『勇者』って言いたいんだろ?言え言え、言っちまえ!」
張り詰めた空気が一瞬緩み、客席に座っていたプレイヤー達は一斉に笑ったり冗談混じりの野次を飛ばしたりした。だが、それもやがて収まり、ディアベルと名乗ったプレイヤーが真面目な顔付きで再び喋り始める。
「今日、俺達のパーティーは迷宮区の塔の最上階でようやくボスの部屋を発見した!」
コレを聞いた全員がおおっとどよめいた。
「俺達はボスを倒し、第二層に到達していつかこのデスゲームがクリア出来ると言う事を始まりの街にいる皆に伝えなければならない。それが俺達の義務なんだ!」
力強い言葉に、拍手の渦が巻き起こった。中には口笛を吹き鳴らす者まで現れた。
「じゃあ、まずは六人のパーティーを組んでみてくれ。フロアボスは只のパーティーでは倒せない。パーティーを束ねたレイドを作るんだ。」
最後部でコレを聞いていたキリトはすぐにアルゴとダンテにパーティーの申請を出し、二人は何も言わずに承諾した。会場の方に目を向けると、外套を身に着けてレイピアを持ったプレイヤーがひとりぼっちで座っているのに気付いた。恐る恐ると言った様子で近付く。
「アンタもあぶれたのか?」
「あぶれてない。」
声の高さからして女性プレイヤーだろう。キリトの質問には必要最低限の答えを返した。
「他の人達が皆お仲間同士みたいだったから遠慮しただけ。」
それをあぶれると言うんだろ、と言いたくなったキリトだが、これからパーティーに誘う相手と無駄に軋轢を生じさせてはいけないと思い直して黙った。
「そっか。じゃ、暫定で俺達と組まないか?上で組んでる人が二人いるんだ。ボスは一人だけじゃ攻略出来ないし、今回だけ。」
そのプレイヤーは無言で頷き、キリトが出したパーティー申請を受け入れた。キリトの視界の左上に自分とダンテ、そしてアルゴのHPバー以外にもう一本その下に追加された。左側にAsunaと書かれている。
「じゃ、よろしく。」
アスナは無言で頷いた。
「皆組み終わったかな?じゃあ」
「ちょお待ってんか!!」
関西弁の濁声がディアベルの言葉を遮り、座っていた男性プレイヤーの一人が階段を数段飛ばして飛び降りると、ディアベルの隣に着地した。小柄だがガタイの良い体をしており、背中に刀身が長い片手直剣を背負っている。髪の毛は彼のスタイルなのか、デフォルメされた毬栗の様に所々で突き出ていた。
「ナイトはん。コレだけは言わせてもらわな、仲良しこよしは出来ひんな。」
「言いたい事があるなら、どうぞ?まず自己紹介から。」
フンと鼻を鳴らして不快極まり無いと言う感情を隠そうともせず、男は口を開いて喋り始めた。元々普通に会話する時の声が大きいので殆ど叫びながら喋る彼の声は耳障りで、ダンテやキリトは思わず顔を顰めた。
「ワイはキバオウってもんや。ボスと戦う前に言わせてもらいたい事がある。こん中に、今まで死んで行った二千人に詫び入れなアカン奴らがおる筈や!!」
「キバオウさん、君が言う『奴ら』とは元ベータテスター達の事かな?」
「決まってるやないか!ベータ上がり共は、こんクソゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった!あいつらは上手い狩り場やらボロいクエストを独り占めして自分らだけポンポン強うなって、その後もずっと知らんぷりや。」
そこで一度息を吸い込み、ギロリと会場にいる全員を見渡した。
「こん中にもおる筈やで!?ベータ上がりの奴らが!!そいつらに土下座さして、溜め込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして命は預けられんし、預かれん!!」
コンプレックスが根深い程尊大な態度を取るとどこかの本で読んだ覚えがあるダンテは、今正にそれを体現する男が目の前にいると感じ、その完璧な当て嵌まり様に思わず笑い出しそうになった。
キバオウがきっぱりとそう言った直後、彼の顔面目掛けてピックを一本投げつけた。額へと吸い込まれて行き、見えない拳からのストレートパンチを食らったかの様に足は地を離れ、仰け反って後ろに吹き飛ばされた。
「ちょ、ダンテ何してんだ?!」
ダンテの突然の暴挙にキリトは慌てた。彼の手には既に投擲用のピックが三本握られている。一本目を投げた直後に柱の後ろに背を預けて身を隠したのだ。口元にいやらしい笑みを浮かべる彼の目は据わっており、こめかみが小さくひくついている。キリトの手を振り払った。
「ああ言う自惚れた人間を見ると、ボロクソに叩きのめしたくなるんだよ。勿論、言葉だけじゃなく肉体的にもな。」
「だ、誰や!?ワイに物をぶつけくさったんは?!出てこんかい!!」
これ以上叫ばせても迷惑にしかならないと思い、ダンテは柱の裏から現れた。最後部の段でピックをペン回しの要領でクルクルと回し、耳穴をほじっている。
「よっ、と!」
その場から助走を付けて一気に飛び降りると、華麗な一回転をしながら会場の中心に片膝立ちで着地した。
「紹介が遅れたな。俺の名はダンテ。ちなみに、あいつが憎いと言って憚らないベータテスターだ。毬栗ヘッドの発言に対して幾つか反論を述べさせてもらう。構わねえだろ、ディアベル?」
「あ、ああ・・・・」
ディアベルはダンテを見るや否や動揺の色が走り、僅かにだが目を逸らした。心無しか、怯えている様にも見える。
「何や、ワレ!まず謝らんかい!」
青年期は危ない連中とつるんだり殴り合いをした事もそれなりあり、今でも何人かの危険人物との交流もあるダンテは、一目でこのキバオウと言う男は大して危険ではないと見抜いた。だが善くも悪くも威丈高な話し上手だ。先程彼が喋っていた時の様に余計な火種を持ち込んだ所為でビギナーの大半が恐らく彼に賛同する。特に周りの空気に支配されて右から左へ、左から右へ流れに乗らなければ異端視されるこの社会では尚更だ。
だが、逆に言えばそれだけだ。立場が危うくなると怒号を飛ばして威圧するしか能が無いただの独りよがりになってしまう。それに気付いたダンテはまずは足場にしている根拠とプライドを崩す事に決めた。
「黙れ色違いのモヤっとボール。良くそんな生き恥晒した髪型でいられるな。それと声を抑えろ。頭に響くし、俺の偏頭痛が酷くなる。」
キバオウは背中の剣に手を掛けようとしたが、それより速くダンテのピックに再びソードスキル発動の前兆である光が宿り始めた。ソードスキルをいつでも発動出来る状態にあるダンテと、まだ背中の剣を抜きかけているキバオウ。どちらの攻撃が先に当たるか、結果は明白である。
「スピードなら既に武器を抜いている俺の方が上だぞ。それにここは圏内だ。ノックバックはあっても、完全決着デュエルでない限り俺は死なん。」
キバオウは今にも掴み掛からんばかりの憤怒の表情を浮かべて体を震わせていたが、またピックを顔にぶつけられてひっくり返る醜態を晒したくないのか、その場を動かなかった
「では、始めさせてもらう。ここにいるテスターの奴らも良く聞け!確かに俺を含めたテスターの何人かはすぐに始まりの街を離れた。だが、だからと言って死んだ二千人に詫びを入れる必要があると言う理由にはならない。」
「何やと!?お前は人が死んでも何とも思わんのか!!」
「ああ。」
詰め寄るキバオウを見つめ返すダンテは落ち着き払ってそう斬り捨てた。
「生憎、俺は目の前で人が死ぬのを間近で見た事が二度あるから、ベトナム戦争レベルの物を見ないと大したリアクションは取れないぞ。ましてやここはゲームの中だ。血を流す事は疎か、痛みを感じる事も無い。死んでいると言う実感自体があまりしない世界にいるからな。」
「キバオウさん、皆は貴方の言い分を聞いた。彼の良い分も聞くだけ聞いても良いんじゃないかい?」
肩を竦めるダンテに今にも殴り掛かろうとするキバオウの肩にディアベルが手を置いて取りなした。
「ありがとう、ディアベル。では話を戻そう。お前の言い分ではこの一ヶ月で二千人が死んだ原因がベータテスターにあると言っていたが、今この場でそれが誤りだと言わせてもらう。全ての元凶はこの世界を作り出した茅場秋彦だ。GMであるあいつは言うなれば、この世界の全てを見聞きし、支配している絶対神。だが、責任を取らせたくてもこの場にはいない。要するにお前は都合良く責任転嫁出来るスケープゴートが欲しかっただけだろう?違うならば言ってくれ。」
だが何も言えない所を見ると、図星も図星、大図星を見事突いた様だ。
「攻略会議にワザワザ火種を持ち込んでプレイヤーの対立を煽って・・・・・アンタ一体何がしたいんだ?それに、石碑を確認したが死んだプレイヤーの中にもフィニアス、ルシア、グロリア、そしてクレドなど、俺が知っているベータテスターがいた。」
今のダンテの凛とした佇まいは言うなればベータテスターと言う被告人を有罪にせんと弾劾する原告の意見陳述を封殺しようとする弁護士の様に見える。
「それに考えてみろ、デスゲームだぞ?茅場の言った事を忘れた訳じゃないだろう?HPがゼロになった瞬間、現実世界の肉体も活動を停止する。明日は我が身と言う状況で手取り足取り教える様な余裕があると思うか?まず自分が生き残らなきゃ他人の心配なんてしている余裕はない。」
「何やと・・・・おのれはそれでも人間か!?」
「違うと言いたいのか?じゃあ、例え話をしよう。今お前の顔面に銃が突き付けられている。最早殺される一歩手前だ。その状況で『死にたくない』と何があっても思わない、と言える奴だけ挙手しろ。」
再び勢いを吹き返したキバオウだが、直ぐにまた叩き潰された。
これなら行ける、とダンテは心の中で確信した。先程の例え話で手を挙げる者は誰もいなかった。キバオウの話に耳を傾けたプレイヤーの大多数は、元ベータテスター達を魔女狩りよろしく吊るし上げるべきだと言う考えに心が傾きつつある。その様な反論し難い空気になってしまうと、まともな議論が成り立たず、健全な思考も停止する。その斉一性の原理が発生して集まったプレイヤー達を完全に支配してしまう前に、敢えて反論をする悪魔の代弁者の役を演じたのだ。
「だろうと思ったよ。それが当然の答えだ。俺だってまだ三十にもなってねえんだから死にたくはない。じゃあもう一つ。例えば、崖から落ちそうになっている人間が二人いる。一人は自分で、もう一人は全く知らない赤の他人。」
人差し指と中指を立て、指を一本ずつ折った。
「二人が掴まっている命綱は一人分の重さにしか耐えられない。さあどうする?助かるか?助けるか?それとも共倒れになるか?」
会場の全員を見渡して会議に参加した全員に答えを求めるかの様に一人一人の顔を真っ直ぐと見据えた。ダンテの発言は一理あると思う者も、論破されて言葉に詰まる者も、相変わらずダンテをキバオウ同様睨み付ける者もいた。
「更に、デスゲーム開始を宣告されてから僅か数日でこのガイドブックは無料で道具屋を通して販売されていた。それも常に更新されている。持ってる奴は全員に見える様にしてくれ。」
ダンテが取り出したガイドブックにプレイヤー達は見覚えが無い筈は無かった。無料で販売している物品など本来ならSAOには無かったのだから、当然皆の印象に残っている。案の定その場にいる全員がガイドブックを掲げた。
「どうやってそれが現れ、お前達の手に渡ったか教えよう。俺達ベータテスターが情報を集めて提供しているからだ。勿論情報はベータ版の物だから、正規版と多少の違いは何かしらある。総じて全てが同じと言う訳ではない。そこだけは注意してくれ。」
擬音が付きそうな凄まじい勢いで、ダンテはキバオウを指差した。
「俺達テスターは直接的にはビギナーの面倒は見なかった。それは正しい。反論のしようがない。けど、見捨てたなんてとんでもない。この情報配布で間接的にとは言え右も左も分からないそいつらの言わば、補助輪役をしていたんだ。今ここにいる奴らだって少なからずその情報のお陰でまだ生きている。感謝こそすれ恨まれる筋合いは無い。お門違いも甚だしいぜ。」
考えの浅はかさに心底失望したとばかりにダンテは鼻で笑った。
「本来なら情報提供をする義務はこれっぽっちも無いが、事情が変わったから踏み切った。元ベータテスターだけでは当然荷が重いから攻略の確率を底上げする為に全プレイヤーに情報を開示した。先立った二千人も当然お前らが持ってる情報を手にしていた。だが恨みの矛先を向ける方向を間違えるな。向けるなら茅場に向けろ、この状況を作り出したのはあいつであり、あいつ一人だ。俺達テスターも所詮は最終的な調整箇所を確認する為の駒として利用されていただけに過ぎない。お前らが死ぬ確率を大なり小なり下げてるんだから、ありがとうございますと頭の一つも下げて手厚い礼を言って欲しいもんだ。良いか、クリアには現在の残存兵力八千人でアインクラッドの第百層をクリアしなければならない。プレイヤー同士で争うなんて無駄以外の何物でも無い。」
「何や?!さっきから聞いとったらおのれは偉そうにべらべらべらべら開き直って屁理屈ばっか捏ねよって!!人間の命を何や思とるねん、こん腐れ外道が!!」
今度こそ完全に剣を抜いたキバオウが怒り心頭でダンテに向かって行くが、今度は遠方から飛んで来たピックが顔面に命中した。吹き飛ばされこそしなかったが大きく後ろに仰け反り、すかさずダンテはがら空きになった腹にヤクザキックを叩き込んだ。物わかりの悪さにいよいよ怒りのボルテージが上がって来たのか、ダンテの声が戦慄き始めた。
「お前にその台詞、そっくりそのまま返してやるぜ。賠償しろだと?死んだ二千人が墓の中で寝返り打ってるぜ。 命に値段をつけようとするなんて、失礼にも程がある。それもデータとポリゴンの塊で出来たSAOでしか役に立たないアイテムやコルで、賠償しろだと?リアルでは糞程の役にも立たない様な物で、命を賠償しろだと?!」
ダンテは腰のアニールブレードを引き抜いてキバオウに向けた。
「阿呆も休み休み言え!ゲームでなければ、今この場でてめえを半殺しにしてやる所だ!」
「その辺にしてやってくれないか?」
ダンテの肩に彼の背中に当たる陽光を遮る程の斧を携えた巨漢の大きな黒い手が置かれ、落ち着き払った低いバリトンボイスが彼を制した。カルマは振り向き、その人物を見て一瞬にして表情が和らいだ。
「おお、誰かと思えば。まさかあんたも箱庭の哀れな囚人の一人とはね。」
その手の主は、ダイシー・カフェのマスター、アンドリュー・ギルバート・ミルズだった。長身のダンテすら凌駕する巨体に見合った両刃の巨大な斧を背負っている。
「ああ。それとここではエギルと呼んでくれ。多少やり過ぎてはいるが、確かに君の主張は尤もだ。キバオウさん、人間の命の価値は金や、増してやアイテム等では測れない。大の大人ならそれ位の常識は弁えていると思っていたんだがな。いや、弁えて然るべきだ。君こそ、その発言を取り消して死んだ二千人に詫びるべきだ。」
流石に二メートル近い筋肉質なスキンヘッドの巨漢の体格が放つ圧倒的なエギルの威圧感にキバオウの怒りは一瞬にして霧散した。何も言わず、何も言えず、会場の隅の方に座り込んだ。
「皆も聞いてくれ。俺は何度かフィールドで死にそうな目にあったが、ベータテスターがワザワザ作ってくれたガイドブックのお陰でこうしてここでまだ生き延びている。ベータ版の情報とは言え、情報は情報だ。使わない手は無い。コレを手に入れる事が出来た事に、そしてこの情報のお陰でここまで生き残れた事にまず感謝すべきだ。コレがあったにも拘らず今まで死んで行った二千人の失敗を踏まえて、俺達はどうボスに挑むべきなのか?それがこの場で論議されると俺は思ってたんだがな。」
会場は水を打った様に静寂に包まれた。誰も口を開かない。片やベータテスターを弾劾するキバオウ、片やベータテスターを擁護するダンテとエギル、どちらの言う事が自分の信じる事に一番沿うのか。それぞれのプレイヤーの胸中では様々な感情が入り乱れ、綯い交ぜになっているのだろう。
「あー・・・・えっと、じゃあ、再開して良いかな?」
多少ぎくしゃくしながらもディアベルが沈黙を破り、ポーチからパンフレットを取り出した。表紙には『#1 Floor Boss Information』と書かれている。
「ボスの情報だが、この会議を始める少し前に配布された。これによるとボスの名は『イルファング・ザ・コボルドロード』。それと『ルインコボルド・センチネル』と言う取り巻きが三匹いる。得物は斧とバックラー。四本あるHPバーの最後の一本がレッドゾーンに入ると、曲刀カテゴリーのタルワールに武器を持ち替え、攻撃パターンも変わると言う事だ。最後に、アイテム分配についてだが、金は全員で自動均等割。経験値はモンスターを倒したパーティーの物、アイテムはゲットした人の物とする。では、決行は明後日の朝十時から。良く休んで戦闘に備えてくれ。」
ディアベルが最後にそう締め括り、会議はそれでお開きとなった。終始睨み付けるキバオウを捨て置き、ダンテはその場を後にしてエギルに礼を言いに行った。SAOプレイヤーの中では恐らく一番の巨漢であるエギルはスキンヘッドでもある為、人込みの中ではすぐに見つける事が出来た。
「エギル。バックアップをありがとう。」
英語で礼を言いながら手を差し出し、エギルもそれを握って小さく笑った。
「気にするな。アンタが弁護士だったら是非雇いたいね、負ける気がしないぜ。しかし、あんたがベータテスターだったとは驚いた。人は見かけに寄らないな。」
「それは言えてる。コレを言ったら失礼かもしれないが、お宅がゲームをする様な人間には見えないんで、正直驚いたよ。まあ、ボス攻略は色々とよろしく。後、飲食店開くならその内幾らか投資させてくれ。」
「ああ、是非頼むよ。ボス攻略も、素人なりに頑張ってみせるさ。」
握手をしてフレンド登録を済ませると、アルゴ達が待っている場所へと戻った。
「相変わらずお見事な弁舌だナ。法律関係の仕事をしたら絶対負けねー気がしてきたゾ。言い方がシビア過ぎるのが玉に瑕だガ。」
パチパチと乾いた拍手を贈るアルゴは口に銜えていたピックをしまった。二度目にキバオウを襲ったピックはアルゴが投げた物だったのだ。
「エギルにも同じ事を言われたよ。俺は今のリアルでの仕事で十分金は入るから別にやる気は無いがな。」
「まあ、あの脳筋ヤローにはあれ位で丁度良いだロ、ニャハハハハハハ。」
「 歯に衣を着せた所で意味は変わらん。それに認めるべくを認めなければ、先へは進めない。」
高笑いをするアルゴを睨み、ダンテの言葉にキリトは反目した。
「おい、ダンテ。あれはやり過ぎだろ?あいつの言った事は間違ってはいない。俺も、ビギナーを見捨てたうちの一人だ・・・・」
「また始まったよ。」
それを聞いてダンテはやれやれと天を仰いで大袈裟に溜め息を大きくついた。
「まだクラインが気にしていると思ってんのか?あいつは自分の意志であの時始まりの街に残った。それに、お前はクライン以外のビギナーとの面識は無かったろ?第一、お前は悪人に仕立て上げられて悔しいとは思わないのか?悪いが、あのままじゃ俺達ベータテスターは数に物を言わせたビギナー共にモンスターの如く狩り尽くされる。それを防ぐ為にも仕方無い事だ。」
その場の誰もが、アルゴですらも口を閉ざした。
「んじゃまあ、各自ボス攻略当日まで好きにしててくれ。そこのレイピア持ったマントの人も。」
「言われなくても、好きにする。どうせ暫定のパーティーだから。」
至極無感動な声音で返したアスナは外套の裾から埃を払い、去った。