半端ニンゲン   作:ちいたら

1 / 1
見なくても良いです


ぷろろぐ

初夏が過ぎた頃であった

 

 

日の惑星が嫌がらせをするかのごとくこの吸っている息の温度を上げていく

 

 

 

 

ビルが立ち並び、人が敷き詰められているこの街では

 

 

追撃してくるように熱が張り付いてくる

 

遠くの景色が歪み、道路は一瞬で水を温くする

 

 

 

玉粒の汗をかかねば数刻で倒れてしまうだろう

 

 

人を殺す環境だが

 

 

スクランブル交差点には人が鮪のように泳いでいた

 

 

止まることなく目的の地めがけ前を向いて今日という日を生きていた

 

 

音が愚者愚者と騒ぎ立て、空気が出入りする音で耳は埋まっていた

 

 

ふと、目が止まる

 

 

白い紙に墨が垂れたような

 

 

 

堕ちることのない影のような

 

 

酷くあわれな

 

 

どこにでもいる

そんな若者が立っていた

 

立ったまま動かず、周りから避けられていた

 

貧乏なのだろうか

服は継ぎ接ぎだらけ

 

 

 

 

手を突っ込んでいるポケットはボロボロだ

 

 

視線は痛々しく突き刺さり見下している

 

 

 

若者は顔を上げない

 

周りを見る気はない

 

 

若者はおもむろに歩き出した

 

傷んだ心が動いた

 

 

やっと自分の探している場所が見つかったのだろうか

 

 

迷わず突き進んで行く

 

 

後から追ってくるものは眼の前にあったホコリが

 

どこか去っていくのだった

 

 

脚は止めず、外界とは遮断した歩み方であった

 

 

蝉の言葉だけが厭に残った

 

 

 

 

 

 

 

 

ツギハギが立ち止まった場所は人通りのない廃ビルだった

 

 

上を見上げたその顔には黒くて脆いものがあった

 

 

 

 

 

 

 

今、何時なんだろうか…

 

…どうだって、いいか…

 

 

 

…、

 

 

…俺は、

 

 

鎖を断ち切りたかったんだ

 

 

 

この腐った大地から自由な空になりたかったんだ

 

 

 

 

この魂を縛り付けてくる有機体を抜け出して、

 

 

 

鬱蒼とした映像を変えたかった

 

 

 

 

 

 

けれどこの愚物は醜く足掻く

 

 

残酷にも

 

 

願いを否定する

 

 

 

 

…今夜が最後の夜、か

 

 

辺りを見下ろしてみる

 

 

遠くには敷き詰められた光が眩く

 

 

 

 

もう見ることの無い

 

 

吐き出そうな数の人の生がそこに映し出されていて

 

 

 

 

あらゆる色が様々な形を見せていた

 

 

 

俺が1人消えたとて

 

 

これは決して変わらないだろう

 

 

当たり前のことを、

 

 

自分の価値を、理解したのだ

 

 

 

そのせいか、視界がぐにゃりと歪んでしまった

 

 

 

 

 

 

 

邪魔だな

 

 

 

 

 

 

 

体が傾きだした

 

 

 

景色は激しく流れてゆく

 

 

 

下は見ない

 

 

最後に見るものだからだろうか、

 

 

何処か不思議と笑みが浮かんだような

 

 

そんな気が

 

 

心に響く

 

 

落ちゆく視界に月が見えた

 

 

 

生命の力を浴び、眩く光る石

 

 

 

最期を看取ってくれるように月と星々は照らす

 

 

 

この世に生まれ、友を作り、恋をし、差を知り、親は消え、涙を流し、上を仰ぎ、輪から外され、

 

 

 

 

 

最後はこの世に別れを告げる

 

 

 

 

 

時は戻らない

 

 

 

命は返らない

 

 

 

 

当然とされていることをふっと脳の奥底に沈めた

 

 

 

 

 

 

数秒の命は時に心に余裕をもたらす

 

 

少しだけ、口が動いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あばよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に、出た

 

 

 

 

誰に向けたものか自分でも分からないのに

 

 

 

宛先がある訳でもないのに

 

 

 

 

 

だが、自然と口から出てきたのだ

 

 

この3文字だけ出てきたのだ

 

 

 

そんなおかしなことに

 

 

思わず笑ってしまった

 

 

 

 

 

 

消えたはずの感情は果たして

 

 

 

 

なにをもたらすのだろうか

 

 

 

 

 

分かることが

 

 

 

 

 

 

あるとするならば

 

 

 

 

 

 

 

 

この時だけは笑っていいんだ

 

 

 

 

 

 

高らかな笑い声

 

 

その数瞬の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

月明かりは紅に変わり、それは消えた。

 

 

 




ぼちぼち書きます

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。