もしも、マルゼンスキーの脚部不安が解消されたら
津波のような歓声の中、彼女は大きく手を振って応えた
鎮まることなく続く称賛に包まれながら、マイクを向けられる。
「素晴らしい、圧倒的なレースでした! ここで、有馬記念を勝利されたマルゼンスキーさんにコメントをいただきたいと思います!!」
インタビュアーのアナウンスに、発狂にも似た興奮が中山の地を揺らしているようだった。
場内に設置された、複数のやや古びたスピーカーが、彼女の若干の息切れを拾いながら伝えてきた。
「そうね。楽しかったわ。最後のレースで、やっと本気で走れたから」
嬉しそうに、弾む声で、そんな事を言う。
会場の観客が、インタビュアーが、ちょっとだけ間を開けた、ように見えた。
「え、えー、それはクラシック期に噂されていた脚部不安のことでしょうか?」
何とか持ち直したインタビュアーが、上擦りつつも納得できる解釈で切り返した。
そばに控えていたトレーナーは、称賛と興奮が飛び交っていた客席の熱気が、冷え始めたのを認める。
「あー、あれね。あれはまあ、運がよかったっていうかぁ……」
「う、運がよかった、と仰いますと?」
「トレーナーk、が楽しく走るコツっていうのかな。うーん、楽しく走り続けられるコツよね。うん、それを教えてくれたのよ」
「楽しく、走り続けられる……? 先ほど仰った楽しく走るではなく?」
「そうなのよ。楽しく走るんだったら、走りたいように走ればいい。その結果負けても、楽しかったら納得できる。けど、楽しいことって、いっぱいしたいじゃない?」
「そ、そうですね」
一応、納得できる理論だったので、インタビュアーは辛うじて頷いた。
「そうしたらトレーナーが、私が満足するまで走り続けられるようにって、いろいろ教えてくれたの」
「それは、その、トレーニング内容を変えた、ということでしょうか?」
「まあ、そんな感じね。デビューしたての頃、走りたいように走ってて、まあ、それで勝てちゃって」
「は、はあ……」
マルゼンスキーの素の能力が高いことは周知の事実なので、言っている意味は飲み込める。納得はしづらいが。
「そのあとも、なんだかんだ勝っちゃって。一回、ハロン棒とゴール見間違いしたときは、すっごく笑われたわぁ」
「あ、あれですか。私、放送で見ていたのですが、故障したのかと思いました」
「ちょっち、恥ずかしい過去よねぇ。気を抜いちゃってたわ。ライブの振り付けとか、歌詞とか思い出して確認してたから」
「お、おう」
それはつまり、優勝を前提に次のことを考えていたという余裕から、意識が逸れていたということか。
「え、えー、それで、その、楽しく走り続けられるコツというのは……」
「あ、ごめんなさいね。前置きはこのくらいにして。そうやって、ちょっと走り方の見直しをして、ちょっとドジもあって、って感じだったのよ」
「え、あー、見直しというのは走法のことでしょうか? 浅学なので、見たところあまり変わってらっしゃらないような……」
「ああ、違うのよ。なんとなく走ってたのを、意識的に『差し』に変えたってだけよ」
「あ、そうだった……ん? え? 差し? 差しですか?」
「ええ、そうよ?」
「あの、僭越ながらマルゼンスキーさんの全レース、全て、その、逃げの作戦だったのでは……」
「やらかしちゃったNIKKEI杯の時から差しよ? ……あら?」
もう、言葉がなかった。
会場も完全に静まり返っていた。
周囲の無反応にマルゼンスキーが、小首をかしげる。
ひらひらとインタビュアーの目の前で手を振ってあげていると、
「いえっ、待ってください!? 差しだったのであれば、なぜ開始直後から先頭になってるんですか!?」
「あー」
マルゼンスキーが、視線を宙へと浮かし、右左と動かし、ちらりと自身のトレーナーに向けた。
トレーナーは、インタビュアーに割り込み失礼と会釈をし、
「単に、マルゼンスキーが速いだけの話です。彼女の差しの待機位置が、結果逃げの位置になっただけなので」
「はあ!?」
中山競馬場が絶叫した。
年の瀬が迫る時期。
三人のウマ娘トレーナーが、常連にしているバーで祝杯を挙げていた。
テレビの番組が年末進行特有の特番だらけの中、深夜前のニュース番組は平時と同じように放送中であり、今日の一大ニュースとして有馬記念を取り上げていた。
そう、マルゼンスキーの、そして、そのトレーナーの爆弾発言を、である。
マスコミが、そして国民が大好物な「実は強すぎたんだよ」伝説である。
「―――凄いじゃない、反響」
東条ハナは皮肉気に言った。
棘だらけの言葉に、河内(こうち)トレーナーは、苦々しく顔を歪める。
「……最初は、あれを暴露する気はなかったんだ」
「おま、それはなしだろ! マルゼンスキーの脚部不安は検査でも指摘されてたのに、なんかずっと走ってるし、なんか八冠してるし、なんでか故障しなかったんだぞ!? 説明するべきだと俺は思ってたね!」
沖野は、その言葉に色々溜まっていた鬱憤をどっさり載せて突き付けた。
ちなみに、この場の支払いは河内が担当である。教え子が勝ったのに。
「戦術を隠すのは常套手段だろ?」
「そうは言ってもねぇ……」
「とはいえ、もう引退したし、あいつも言っちゃってOKとか言ってたから、まあ、最後だし、いいかなって」
「あんな説明でだれが納得できると?」
「大丈夫だ、解ってる。俺も納得できてない」
唐突に、河内は頭を抱えた。
「走りのフォームを見てて、どうにも爆発力があるのは分かってた。初戦から三戦目の弥生賞までは好きに走らせたんだが、外向してる足のことを考えたら、差しに転向した方が足の負担が減るんじゃねーかと思ったんだよ」
「まあ、逃げよりは負担は少ないわね」
「だろ? だから、好きに走るのもいいが、走り続けられるように差しの戦術を練習したの。そしたら」
「そしたら?」
「周りが遅すぎて、溜めて走ってるのに、前に出ちゃうと宣いました」
「……………………」
「……………………うそやろ」
いや、ホントなのよ。
「NIKKEI杯は、インタビューで言ったのもあったんだが、それより、どうしようってことだった」
「どうしよう?」
「自分が差しの走りをしてたのに、先頭をずっと走ってたし、余力全然あるから走り方間違えた?とか、このままだと勝っちゃうから後のライブとインタビューのあれこれとか、第四まで先頭のまま来ちゃって、でも普通より抑えてるし足に余裕ありまくりだし、このまま差をつけすぎるのも気が引けるとか、その辺考えてた時にハロン棒が見えて、「え、ゴールしちゃった!?」とか、驚いてたら、後ろから足音が迫ってきてて、そこで現実取り戻して、まだゴールしてないのに気づいたんだと。で、再加速して、優勝」
「…………なにそれ?」
「俺が、「なにそれ?」だよ! 足が止まり始めた時、マジで故障かと思ったんだぞ!? 訳を聞いたら、そんな素っ頓狂な理由だったから、速攻で一部だけ切り取って話させたんだ。優勝インタビューの直前の直前だったから、すんげーお粗末なカバーストーリーになったけど」
「マルゼンのイメージで、意外に抜けてるって、その辺からついたよなぁ」
「実際そうだし。容姿と言動から勘違いされやすいが、あれでまだ、十代の子供だからな。シンボリルドルフが変なの」
「ちょっと。なんでルドルフを引き合いに出したのよ」
「いや、あれは絶対におかしい。俺もそう思う。十代の視野じゃないぞ。新堀家の帝王学マジパナイ」
「じゃろ?」
「こ、こいつら……」
実際問題、シンボリルドルフが、世間体、政治的影響を考えて行動できてしまっているのは、大人からすると違和感しか覚えない。
皇帝なんて異名をつけられてから、態度、言動に拍車がかかったのは、身近にいる人間が全員同意するだろう。
「でも、それなら、そのあとはもっと下がってもいいってなるだろ? 後のレースもずっと前じゃねぇか」
脚質の転向という、希少なケースに陥ったはずなのに、あの引退レースのインタビューが発表されるまで、誰もマルゼンスキーが差しの動きをしているなんて思わなかった。
まあ、逃げ作戦のくせに、終盤にやたら加速して二位をめっちゃ突き放してたけど。それは、もはやマルゼンスキーだし、で片付けられてしまっていた。
沖野の言う通り、抑えているのに前に出てしまうにしても、レース中のポジションは通常の差しの待機位置でよかったのではなかろうか。
「そうね。それだけ余裕が出るなら、追い込みの走りもできるでしょうし」
ハナとしても、これまでのマルゼンスキーのレースを思い返すに、後方脚質でレースを運ぶ展開に、あまり違和感はない。スパートの加速力と最高速度が頭おかしいので、後ろで全然問題ないだろうと考えられる。
二人の疑問に、河内は、ウマ娘における大前提を言った。
「マルゼンスキーは楽しく走りたいんだよ。楽しくない走り方させても意味がない」
「あー」
「あー」
ハナと沖野が納得の声を上げた。
河内が言ったのは、各ウマ娘のテンションの保ち方や上げ方にかかる部分だ。
好物を手に入れる、ライバルに勝つ、何連勝できたなど、強いウマ娘がルーティーンやジンクスにし、調子を引き上げる部分。
マルゼンスキーの場合は『楽しく走る』が、該当する。
「勝つ為だったら、俺だって下がらせたさ。あの子も、負けたくないし、勝ちたいには勝ちたいし。傲慢もいいとこだが、あの子は「楽しく勝ちたい」のであって、ただ「勝ちたい」じゃないんだよ」
とうとう河内は突っ伏した。
「ジュニアのあの成績が、脚部不安の状態で、だぞ。そのあと、どういう因果か、凄腕の整体師に会えて、それで骨接ぎの矯正してもらって、大分マシになったら、もう手が付けられなくなった」
「無敵じゃねぇか」
「実際無敵だったろ。春天で十五馬身差叩き出した時点で、俺、ウマッター検索しまくったぞ。強すぎてバッシング食らうと思ったから」
優勝直後の検索結果は、概ね好評ではあった。
圧倒的な強さは時として、反発心、反骨心を生むものだが、マルゼンスキーのキャラクター性から、綺麗で超強いお姉さんの枠で固定されたのは幸いである。二十歳未満の学生だけど。
「マルゼンスキー伝説の一端だったな、あれ。生涯馬身差が百二馬身とか未だに信じられんよ」
「東条さん、シンボリルドルフで塗り替えられない? 伝説すぎて、俺、担当トレーナーの重圧で死ぬんだけど」
「無理よ。ルドルフの脚質を考えなさい」
シンボリルドルフは傑出した能力の持ち主だ。身体能力と頭脳の数値がほかのGIウマ娘より、二~三個上の次元で纏まっている。
ただ、惜しむらくは、マルゼンスキーほどではない。
河内が推察したように、マルゼンスキーの元来の脚質は、差し系のものだったのだろう。だが、スペックが超次元にあったため、結果全出走者の前を走ってしまうだけで。
トレセン学園に入学し、大別される脚質を学び、自分が逃げなのだろうと思いトレーニングしていたマルゼンスキーに、元来の双方に切り替えた結果、差し作戦なのに先頭を走るとかいう、訳の分からん現象が生まれたのである。
ルドルフも、ちょっと頑張れば逃げ作戦は可能だろう。マルゼンスキーと同じく差し系の脚質のため、似たような走りはできるだろうが、体力の消耗が激しい逃げ作戦では、シンボリルドルフが自負する鋭い伸びは期待できない。なので、最終馬身差もそこまで開くことない。
そもそも、『ちょっと頑張れば』の時点で、マルゼンスキーの能力値に追いついてない。
マルゼンスキーは、溜めて走ってるはずなのに先頭に出ちゃってるとかいうバカげた能力を持っているのである。
基本能力値が圧倒的に違う。
やっぱり、マルゼンスキーおかしい。
「……俺も引退しようかな」
「何バカなこと言ってるの」
「いや無理。絶対無理。あんな逸材引き当てて、しかも超大成功させちゃった後、誰を担当しても、猛烈に不幸になるに決まってる」
「……分からなくはないけどね。名伯楽と言われる人たちの苦労は見てきたから」
実績を積めば積むほど、周囲の期待、いや要望は高くなっていく。
あれだけで来たのだから、このレベルは『絶対』に超えてくる。
この予想を裏切ると、碌でもないことになるのは歴史が証明している。
「どうしよう。ホントどうしよう。俺まだ三十前半だよ? あと三十年くらい現役期間あるんだよ? ぶっちゃけ、マルゼンスキーが稼いでくれた賞金で、老後の心配ないんだよ。引退できるんだよなぁ」
「無理だろ。無理無理。世間様が絶対許さないね。だって、またマルゼンスキーみたいなの期待するし。超期待するし」
「よね」
そんな事解ってる。解ってんの。
「ライブ終わって学園帰ってきたら、理事長に呼び出されてさ」
「ほうほう」
突然話が変わったが、ハナも沖野も止めなかった」
「お話ですよ。今後の『お話』。次の担当は見つけたか? 候補はいるか? 何ならチーム作るか?って」
「そうなるでしょうね。学園、URAとしてもスター候補になるかもしれないし」
河内は両手を顔に当てて、さめざめ泣いた。
「言外に辞めんじゃねえぞって圧力かかった。もう、もう消えたい」
八方塞がりである。
レース運営者としては、期待する以外の選択肢がない。
実際、マルゼンスキーが走り続けた三年間が、どれだけレース界隈を、そして日本を賑わせたか。
彼女が走る前後で、経済が右肩上がりするし、CM出ればその会社の株価が爆増するし、電気代やすくなるし、水道代安くなるし、ガス代も安くなった。あと、ガソリン代がめっちゃ下がった。二重課税を撤廃させたから。
マルゼンスキーの趣味であるスポーツカーの燃料がハイオクであり、
「最近のガソリン代って高くなってるのよねぇ。あれって、二重課税っていうんでしょ? お姉さん、それはちょっちいただけないわー」
と、インタビュー番組に出演した時にそんな事を言った途端、行政に対して大規模デモが勃発し、内閣府が訳の分からん言い訳をした瞬間、支持率が10%を切ったので、慌てて与党が税制改革をして、何とか凌いだ。という生ける伝説が発生した。
なので、政府の高官も人気取りのためか、マルゼンスキーの応援をめっちゃ頑張ったりとか、一日警察署長(ネット掲示板でめちゃくちゃスレッドが更新された。10000パートくらい)とか、畏敬訪問とか、天皇陛下と謁見とか、紫綬賞受賞とか。
日本中がマルゼンスキー祭りだったのである。
「ダメですか? 辞めちゃダメなんですか? 今時、六十まで働くのはどうなのって世間の風潮じゃないですか。一発当てたんだから、早期リタイヤいけると僕は思います」
「なーに言ってるの、トレーナー君」
「げっ!!」
酒の所為もあるのだろうが、弱音を吐きまくる河内に、背後から声をかけたものがいた。
「マルゼンスキー」
「チャオ! おハナさん、沖野さん。久しぶりねー」
今を時めく、日本の中心が、ひらひらと手を振って笑っていた。
バーの客が騒めくのを尻目に、アダルティーなバーという場所に則して、真っ赤なドレスを着てきたマルゼンスキーは、沖野が座っている椅子を指さした。
その意図を察した沖野が、慌てて手持ちの酒と一緒に一つ隣へ移動。結果、マルゼンスキーが河内の隣に着席した。
「雰囲気壊しちゃうけど、お酒以外でお願いできる?」
「か、畏まりました」
冷静沈着が売りのバーテンダーも、流石に彼女の来店には動揺したようだ。
本来、未成年は入店御法度であるが、保護者同伴で、飲酒厳禁を貫くのであれば入店可能ではある。
まあ、それを度外視しても、マルゼンスキーが来たという事実だけで、店としては箔が付く。
彼女はそういう存在に上り詰めた。
「で、何でここに」
河内が、少しの怒気とかなりの後ろめたさを見せながら訊いた。
それに対し、マルゼンスキーは余裕綽々の笑みを見せつけて、こう言った。
「君の考えなんてお見通し」
「つまり、河内が愚痴るならここって解ってたのか」
「そうよー」
マルゼンスキーは楽しそうに、してやったりといった口調で笑った。
「シニアの夏合宿が終わったくらいからかなぁ。この人が読んでる本、転職とか田舎暮らしとかになってたから。ああ、辞める気なんだって」
「お前、それは露骨すぎるだろ」
「教え子には隠し通しなさいよ」
「いや、春天からずっとテンパってて……」
上半期……特に春天で十五馬身差をつけてからの宝塚記念、そして夏合宿と、息する暇もないほどだった。
合宿が終わった直後に、ようやく自分の置かれている状況を把握できたので、今後の身の振り方を考え始めたのである。
「私だって、世間がどう思ってるのかくらい解らない訳がないし、トレーナー君の評価とか解ってたつもりよ? だから、まあ、逃げるんだなぁとは思っただけ」
「情けない」
「立場ねーなー」
「うるせぇ」
が、三人とも、河内が置かれている状況は理解できるし、自分がそうなればその選択を取ってしまうだろうというのも、納得できる。
現状、一番近い状況にあるのが、チームリギルのチーフトレーナーである東条ハナだろうか。
が、彼女にしてもチーム内にいるメンバーですら、今のマルゼンスキーほどの人気や名声を持っていない。
河内が感じている重圧は、もしかすればハナが受けるはずだったものも含んでいるのかもしれない。
「思ったんだが」
沖野がグラスを揺らしながら、ぼやいた。
「マルゼンスキーの引退は、実はトゥインクルシリーズのことで、ドリームトロフィーに移籍します、じゃダメなのか?」
ちょっとだけ、店内の喧騒が静まった気がした。
「そうね。マルゼンスキーの実力なら、総合優勝だってできるだろうし」
「だよな」
ハナと沖野が頷きあう。
確かに、詭弁を弄すれば、その案を採れるだろう。若干のやっかみを受けるかもしれないが、世間的には、まだマルゼンスキーが走っている姿を見たいのは確かである。
「私は走ってもいいんだけどねー」
「……そう言うってことは、河内が納得してないわけ?」
「納得というか……トレーナー君、教えてあげたら?」
グラスを一杯仰いで、河内は恨み節を溢した。
「海外移住しろだと」
「は?」
「どういうことだ?」
河内は不貞腐れたように言った。
「マルゼンスキーが強すぎるから、日本にいてほしくない。日本のレースを荒らすな。走るなら海外にしろってさ」
「……それで何で不満なのよ」
その言い草は、海外で通用する実力があると太鼓判を押されたのではないか?
「協会(URA)のお偉方は、マルゼンスキーがマル外ーーー親が外国籍だったってのが引っかかってる。今は日本に帰化してるけど、元は国外の血筋ってのが、具合が悪いらしい」
「……まだそんな悪習が残ってるの?」
「胸糞悪い話だがね。そもそもマルゼンスキーの今の異常な人気に乗っかって儲かってるくせにな。それはそれとして、国産馬の強化の方が大事なんだよ」
「……ウマ娘と人間の遺伝子の違いって、血液型くらいじゃなかったっけ?」
現在でも、人間からウマ娘が生まれてくる原理は、決定的な仮説、程度には説明できる。
数千年前、あるいは数万年前から共存しているらしいし、人種交配が進み、外見上人族に見えても、内包している遺伝子にウマ娘のものを持っていることは確認されている。
隔世遺伝のように、唐突に人同士の夫婦からウマ娘が生まれることは、もはや常識である。
新堀家や目白家など、共通性のある名前を持ったウマ娘が生まれやすい家系もあるが、これは数世代前の人々が経験則から行ってきた交配の結果だと考えられている。
しかし、そんな家系は特殊例であり、一般的にウマ娘は現在、どこの家庭からでも生まれる可能性のある人種という認識だ。
今更、国籍で判別する方がどうかしているのだが、未だにこの習慣がまかり通ってしまっていた。
「マルゼンスキーを日本代表として海外に送り込むのはできない。やるなら勝手にやってくれ。が、協会(URA)の言い分だな」
「……妄執よね」
「そう?」
ハナは落胆したが、マルゼンスキーは違う意見だった。
「どういう事?」
「私は、おじいちゃん達の気持ち、ちょっち解るのよねぇ」
「どの辺が?」
「んー、もし五十年前にこの状況だったら、おじいちゃん達、私を凱旋門に出したはずよ」
「……そうかぁ? 昔の方が、むしろ風当たり強かったんじゃないか?」
「国内はね。クラシックは海外で走って、シニアで戻ってくるとかしてたらしいじゃない? で、シニアの二年目で凱旋門賞を狙う流れ」
「……なくはないでしょうけど」
「昔の、それこそシンザンかテンポイント以外で、凱旋門に挑めるウマ娘っていなかったじゃない? 強めに言うけど、昔の日本のウマ娘は弱かったのよ」
「そうだなぁ。ジャパンカップ、負けっぱなしだったしなぁ」
近年では勝つ場面が増え、世界レベルにまで登ってきたが、未だ日本国籍のウマ娘が凱旋門賞を勝った記録はない。
「その頃なら、なりふり構わず、私を日本のウマ娘として出したんじゃないかしら。でも、今の後輩ちゃん達のレベルが上がってるから、もしかしたらイケるかもって期待があるのよ。そんな時期に、私が出てきちゃったから、おじいちゃん達、歯痒かったんじゃないかなぁ」
「……その理屈は、理解も納得もできるわね」
つまり、日本人という人種から生まれたウマ娘の実力が上昇傾向にある今、異国人の血を引くとみられているマルゼンスキーは純国産ウマ娘ではない、という考えだ。そんな彼女が凱旋門に勝っても、日本のウマ娘が勝ったと純粋に喜べないのだろう。
「別に、凱旋門に出ていいのよ? ただ、URAのバックアップとかは、最低限になるみたい」
「結果、勝っても、それはマルゼンスキーという一個人が優れていたという話で、日本のウマ娘が勝ったわけじゃない。お偉方はそう考えるのさ」
「……そうだよなぁ。本人目の前にして言うことじゃないんだが、マルゼンスキーだけ、完全に別次元なんだよなぁ。凱旋門、普通に勝ちそうだしなぁ」
果たして、マルゼンスキーが苦戦するのだろうか?
それくらい、国内では圧倒的だった。圧倒的過ぎた。
かのシンザンを超える、いや超えた逸材だろう。だがしかし、メディアはマルゼンスキーを『怪物』と評しても、シンザンを超えたとは言わなかった。
「それはそれで、困っちゃうんだけどね。勝てて当然って期待は、すこーし重いのよ」
疑う余地もなく、世界最強クラスである。
ブロワイエとか、普通にぶっちぎれる。
そういう実力の持ち主であるが、だからと言って人生経験はまだ二十年弱しかない。彼女なりに、プレッシャーは感じている。
「そういうわけで、トレーナー君と今後のこと、話し合った結果、引退なのよ」
「いや待ってくれ。今いくつかすっ飛ばしただろ?」
「それを話すかどうかはトレーナー君にお任せしまーす」
沖野の問いに、マルゼンスキーはこれ以上答えるつもりはない。
彼女は話し合いの結論に納得しているし、例え今ここで河内が説得され引退撤回になっても構わない。
鍵は河内の手の中にある。
「今の話を聞いても、挑まない理由としては弱いわよね?」
「弱いよ」
ハナの指摘を、河内は認めた。
「ぶっちゃけ、今から行っても、勝てる可能性は高い。不安要素は馬場の状態くらいだな。あくまでも、レースをするだけなら、だが」
「なら、行ってもいんじゃねーの?」
そこまでの可能性があるのなら、挑まない理由を探す方が困難のはずだ。
「おそらくだが、敵は全力で妨害してくるだろうし、さっきも言った馬場の状態次第じゃ、負けることもある。日本の悲願をこいつに背負わせるのはちょっとね。せめて同行者がいれば、まだ考える余地はあるんだが」
「生徒会長はどうなんだ? 戦績、実力、ともに条件満たしてると思うが」
「……ルドルフは、飛行機があまり得意じゃないのよ」
「マジで? そこそこ聞く話だけど、会長もなのか」
人よりも感覚が鋭敏なウマ娘の中には、飛行機や船を苦手とする者がいる。
三半規管を揺らされるのに弱いらしく、車でも電車でも、すぐに酔ってしまうようだ。
鍛えられればいいのだが、そんなことをするくらいなら走る方を選ぶだろう。
日本が島国で、それほど広くはないということもあり、移動の際には多少我慢し、一晩寝れば回復できるが、ユーラシア大陸の場合、移動時間が普通に長いので、日本からの遠征はウマ娘の体調管理に大半の日程がとられることになる。
半年や一年滞在するのであれば話は別だが、一つか二つのレースのために渡欧するのは、少々リスキーなのだ。
「ルドルフにそこまでしてもらうのもねぇ。あの子も挑戦できるならしたいかもしれないけど、生徒会の仕事を何か月も放っておくのは、ストレスになりそうよね」
責任感が強いシンボリルドルフの事だ。学園の状況は常に気に掛けるだろうから、結局、真のパフォーマンスを発揮できるかは疑問が残ってしまう。
「じゃあ、ジャパンカップだけ出るとかは? 海外組と戦えるレースの一つだぜ?」
「それだけ出るのは顰蹙買うだろ。まあ、この前の奴ですら、何人か出走辞退が出たし」
海外からの招待ウマ娘の中で二名ほど、体調や怪我を理由に出走辞退の申し入れが発生した。
それは、マルゼンスキーとの戦いを避けたのではなく、本気で倒すために練習しすぎての故障や体調不良だったそうだ。
ブロワイエが体調を崩したというニュースは、マジで世界中で騒動になった。
ちなみに、この後に判明するのだが、ブロワイエがマルゼンスキーの引退に強く反対を表明して、超熱烈にマルゼンスキーのフランス招待を呼び掛けてくる。ファーストクラスの航空券付きで、である。
「それに、俺もマルゼンスキーも英語が全然解らん。フランス語とか宇宙語。異国で日本と同じパフォーマンスを発揮できるかの疑問があるし、水が合わない可能性もある。URAのバックアップってのもの、通訳すらつかなくて、レース登録の補助程度らしいからな」
「コーディネーターくらい自腹切ったら?」
「雇ったやつが信用できない。日本URA派遣じゃないとな。日本より治安が悪いんだから、身辺の警戒はやりすぎて困ることはない」
日本ほど治安のいい国はない。逆説的に言えば、ほかの全ての国は治安が悪いのである。
現地で通訳や案内人を雇っても、それが善人だとは限らないし、善人だとしても魔が差すことはある。
マルゼンスキーに怪我でもされれば、河内は日本中からバッシングされると思い込んでいる。最悪殺されるとも。それは当たっていた。
「URAのバックアップが万全なら、その辺は全部クリアできるが、必要最低限だって言われちまったからな。じゃあもう、引退するかって話になった」
「……もったいねぇ」
「同感ね。マルゼンスキー、未練はないの?」
ハナは河内ではなく、マルゼンスキーに崩し所がないか探ってみた。
「んー、ダービーには出たかったなぁ、くらいかな? あの頃の私は、まだ普通に走ってただけだったけど、ね」
「海外に興味はない?」
「観光もよさそうよねー。豪華客船で世界一周旅行とか、しちゃおうかしら?」
「競い合うのは疲れた?」
「……本音を言えば、私についてこれる子がいないのは寂しいかな。本気の本気ってまだ出せてないから」
ハナは河内に鋭い視線を向けた。
貴様、不完全燃焼させてんじゃねーよ。
「本気の本気が出せるとしたら、誰を相手にした時だ?」
沖野の疑問に、マルゼンスキーは少々考えながら言った。
「んー、ルドルフはまあ、候補の一人よね。ただ、多分勝っちゃうから。本気、までかな」
ハナは反論しなかった。マルゼンスキーの予想は、妥当だからだ。
「海外なら、ブロワイエかな。あの子は、まだ伸びそうだから。いいとこまで行けるんじゃない?」
「本気の本気、までは行かない?」
「どうなのかしらね。ビデオは見たけど、自分の目で見たわけでも、走ったことがあるわけでもないから。ラップタイムを見る限りは勝てるわね」
過去に、URAはマルゼンスキーの圧倒的過ぎる速度にいちゃもんを付けたことがある。
―――勝つなら十馬身以内。
興業として、圧倒的大差をつけての勝利は盛り上がるが、だからと言ってそれを連発されると白ける。
なので、勝ちを確信出来たら、手を抜け……この場合は足を止めろと言ってきたのである。
マルゼンスキーとしても、競り合うことすらできずに勝ててしまう状況や、絶望的な差を見せつけて後輩を屈服させる趣味はないので、提示された条件を飲んだ。ただ、距離が長くなると、どうしても差が開いていってしまうので、春天の十五馬身は河内トレーナーが怒られる程度で済ませられた。
極たまーにであるが、長距離レースでは起こるのである。超大差勝ちが。
このような理由があり、マルゼンスキーは現役時代、本気の走りをしたことがない。体の限界まで速度を上げたことがない。故に、自分がどこまで走れるのか、自分でも解っていない。
練習でタイムアタックはやったが、やはり実戦での緊張と高揚、対戦相手の存在からくる底力が発揮されたからこその時計だと考えるので、彼女は練習時の記録は補助くらいにしか思っていない。
ちなみに、その補助の記録でブロワイエの最速レコードの二秒前でゴールしてたりする。レース場の地形や馬場状態に左右されるが、同一距離で二秒差はほぼ絶望的な差であることは間違いない。
「あーあ。私、こんな傲慢な女になりたかったわけじゃないのになー」
勝ちすぎてはならず、さりとて負けることは期待されず、対等な敵に出会えず。
マルゼンスキーという、稀代の天才が持って生まれた才能は、甚だ高すぎて天元突破していた。それゆえの不完全燃焼だ。
あるとすれば、もはや異種格闘技戦くらいかもしれない。90ccのオフロードバイク対マルゼンスキーとか。
「ちなみに、仮定として、今の状態でレース自体には出れるのか? 疲労の蓄積とか、怪我の予兆とかはない?」
沖野の疑問に、マルゼンスキーは朗らかに答えた。
「ぜーんぜん、健康そのものよ。今から3200走っても大丈夫なくらい」
「……マジで引退する理由皆無じゃん。走り切ったのに、走り切れてねぇ」
沖野としては口惜しい。
折角の才能が、そんなつまらない柵で腐らされてしまうことが。
なんとか、彼女が完全燃焼できる舞台を用意してあげたいと考えてしまう。個人的にも、全ての力を振り絞ったマルゼンスキーを見てみたいのだ。
「サッカーのワールドカップみたいなやつ、できねーかなー」
「それが凱旋門賞だろ」
「そうなんだけどさぁ」
その後も、四人はあーでもないこーでもないと、うだつの上がらない夢物語で時間を潰すのだった。
ウマ娘のマルゼンスキーは激マブ。
サービス開始当初に配られた交換チケットでお迎えしたのよ。
スポーツカー好きで、赤くて、お姉さんで、バブルっぽい(バブル期よりちょっと後の時代の言動)って、好きな要素しかなかった。
今でも、彼女はうちのエースですよ。
ちな、水着はエロ過ぎて、エロ過ぎて、エロ過ぎて……。
以下、なんとなくの設定。
マルゼンスキー
高等部一年時に河内トレーナーにスカウトされた。外向していた足が伝説の整体師によって大分マシになり、走行フォームが綺麗になり、怪物具合に拍車がかかり、日本経済を上昇させた激マブ女。チョベリグとかの死語を大復活させた元凶。
日本の象徴様イチオシのウマ娘。
戦績:主にGIのみ 以下全部一着
朝日杯、NHKマイルC,|ここから差し作戦採用|ラジオNIKKEI杯(GⅢ)、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念、大阪杯、天皇賞(春)、宝塚記念、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念
ゲーム的に言うと、脚部不安が解消され、能力値の限界突破、トレーニング伸び値が二倍以上になった。
芝:A ダート:C
短距離:B マイル:A 中距離:S 長距離:A
スピード:2400
スタミナ:1800
パワー:1600
根性:1200
賢さ:1200
固有スキル:紅焔ギア→レース終盤突入時、加速、速度が超絶に上がる、に変化
※順位指定なし(前は最終コーナー突入時に加速のみ上昇)アンスキがゴミになる
河内トレーナー
なんだかんだで十年目のトレーナー。マルゼンスキーに出会うまでは最高でもGⅡ三着のウマ娘を育てられただけの、多分凡百のトレーナー君。マルゼンスキーとは性格の相性が良かっただけ。マルゼンスキーの才能におんぶにだっこで名声を手に入れさせれた男。
東条ハナ
おハナさん。基本はアニメと変わらず。マルゼンスキーがリギルに入らなかったくらいの差異。
沖野トレーナー
まだゴルシしかいない。
シンボリルドルフ
ギリギリ現役中。来年の宝塚くらいで引退予定。
この作品はフィクションです。登場人物、団体、その他名称、事象は、現実や史実と何ら関係ありません。
ブロワイエ
まだスぺちゃんと戦ってない時間軸のつもり。世界最強と目されるマルゼンスキーを倒すためめっちゃトレーニング中。スぺちゃん危うし。
新堀家
シンボリ系の実家。シンボリ系の生産牧場はシンボリ牧場(有)だけど、ここでは新堀家に。
この作品はフィクションです。登場人物、団体、その他名称、事象は、現実や史実と何ら関係ありません。
目白家
メジロ系の実家。実際はメジロ牧場、メジロ商事系列だけど、ここでは目白家に。
この作品はフィクションです。登場人物、団体、その他名称、事象は、現実や史実と何ら関係ありません。
URAの偉い人たち
しゃーないやん。マルゼンスキーが覚醒したら、国内で勝てる奴おらんのやもん。そんなんより、後進に期待したいやん。
サイレンススズカ
逃げて差すが代表的で、マルゼンスキーと似ていると思われるが、そもそもマルゼンスキーは逃げてない。マルゼンスキーは、差してるつもりで足溜めて走ってるのに先頭になってる超次元ウマ娘で、スズカは逃げ続け、一息二息溜めを作って最後伸びる。レース展開が似ているようで、まったくの別物。
ちなみに、スズカの大逃げなら、中盤まで先頭で、終盤でマルゼンスキーにぶっちぎられることになる。