カツン、と固い音が響く。
誰も居ない。
伝わるのは反響する硬質なその音色と、指先から細胞へと通る冷たい黒。
白い場所だった。屋外なのか屋内なのかも分からない。
ただ分かるのは、座っていること。そして目の前のテーブルの上に見慣れた盤があった事。
故に何の疑問を抱かず。
世界から隔離された様な真っ白な空間の中で、ただ白黒の盤上に己の黒を打ち付ける。
『_______お前に勝つのはそう難しか無いなぁ』
揶揄う様な声が鼓膜を揺らした。
つられる様に盤上から視線を上げる。
椅子に胡座をかいて座っている金髪の男。軽薄そうながら優しげな青い瞳は、よく知るものだった。
『こっちが攻めに攻めりゃそれなりに勝ちを拾える。実際、俺はそうやってお前さんに勝った時が殆どだ』
_______総合勝率は僕の圧勝だけどな。
ヒヒ、と人懐っこい顔で彼が笑った。
視線を下げる。合わせてゆっくり手を下ろす。
カツン、と丸っこい黒の
『_______しかし、コッチが受けに回ると途端に手が付けられないのよねぇコイツ』
声が変わる。
ドレッドヘアーを後ろで編んだ、中々目立つ髪型の黒人女性。
サングラスを半分下げて挑発的に笑う姿は、なるほど彼女が常日頃言う『イカした女』なのだろう。
『ほんっとアタシと相性最悪。もし赤い糸で結ばれてるなら報告してね、ちょんぎってやるから』
_______こちらのセリフだ、馬鹿野郎め。
呆れと懐かしさを綯い交ぜにして彼女が笑った。
視線を下げる。
カツン、と馬に跨った黒の
『_______それに、ちょいと負けず嫌いが過ぎますなぁキミは』
声が変わる。
品の良いタキシードに身を包んだオールバックの老人。
重ねた歳を感じさせる白い髪の端を少しだけ前に垂らすのがお洒落なのだと良く話していた。
『どれだけやっても満足しない。負けたら地の底まで怨みを抱く。しかもその相手が己自身とは、いやはや老骨としては些か心配ですなぁ』
_______アンタに心配されるほど落ちぶれちゃいないさタヌキジジイ。
親御の様に目を細めて老人が笑った。
視線を下げる。
カツン、と
『_______でも、優しい』
声が変わる。
大好きなぬいぐるみを抱き抱えた、大きなリボンが似合う人形の様な少女。
生まれた時からの友達なのだと、自慢げに話してきたのを思い出す。
『
_______その通りだ、よく分かってるじゃあないか。
やっぱり、と嬉しそうに友達を抱き締めながら少女が笑った。
視線を下げる。
カツン、と聳え立つ様な黒の
『_______感謝してるよ』
カツン、と麗しき白の
思わず視線を上げる。
そこにはいつものアイツがいた。
『キミだけだった。何度負けても私に挑んで来てくれたのは』
白く長い髪を後ろで束ねた赤目の人物。真っ白な肌は病気がちで外に出られないからだ、と良く話していた。
可愛らしい男子にも見えるし、凛々しい女子にも見える。中性的で人工的な美しさ。
作り物めいたその人物は、白の
_______そういえば男か女かも聞いてなかったな。
『プフッ………それ今言うこと?キミらしいっちゃキミらしいけど』
男か女か。
何処出身なのか。
兄弟はいるのか。
夢は何か。
思い返せば何も知らない。どうでもよかったと言っていい。それを脇に置いてでも、成したいことがあったから。
ただ知っているとすれば、好きなものと得意なもの。
共通してただ一つ。この白と黒の
視線を下げる。
カツン、と気高き黒の
『もう、いかなきゃ』
_______あぁ、とっとと行け。アンタらが居なくなると思うと清々するよ。
『強がっちゃって、負けず嫌いの寂しがり屋の癖に』
盤を見下ろす。
未だ終わっていない白黒の
カタリ、と白の
『_______【名は体を表す】』
遠くから聞こえた掠れ声に耳を澄ます。
視線を下げたままなのに。何故か彼等の姿が目の前に浮かんだ。
『キミの国の言葉だったっけ。確かにそうだ、キミを見てればよく分かる』
カンッ、と音が響く。
手元の盤上で
『_______
金髪の男が苦笑いを浮かべながら後ろ手を組んで立っていた。
イカした黒人の女がこちらを向かずにヒラヒラと手を泳がせていた。
ハットを深く被った老人が口元の笑みだけを覗かせていた。
お友達を抱き抱えた少女がリボンを揺らしながら大きくバイバイと手を振った。
そして最後に、見たことも無いほど綺麗な笑みを浮かべてソイツがヒョイとこちらに何かを投げた。
パシ、と手のひらで掴み、開く。
砕けた白の
もげた白の
潰れた白の
折れた白の
割れた白の
そして一人手を転がる、無傷の黒の
『_______じゃあね。キミに神の御加護があらん事を』
★☆★
「_______面倒な夢を見た」
ムクリ、と少年が起き上がる。
白い壁に安物の寝台。あるのは人が一人入れるかどうかといった狭いクローゼットに流し台、最低限一室として機能する程度の物しかない。
まぁ学生寮としては十分過ぎるだろう。むしろ煩わしい同室の居ない一人部屋であることに感謝しなければ。
「朝飯は…………降りるのも面倒だ、適当に買ったのを冷蔵庫に放り込んでたはず………」
緩慢な動作で立ち上がると、後ろ手で頭を搔きながら寝台の横に備え付けられた冷蔵庫に手を伸ばす。
近所のスーパーで適当に買った、温めるだけの料理達。一階の食堂に行けば朝食は食べられるが、どうにも行くのが面倒だった。
「………温めるのすら面倒だな、パンでいいか………ん?」
レンジに放り込むのすら億劫に思う怠慢な思考と共に惣菜パンに手を伸ばし、頬張る。安っぽい味だが腹は膨れる、冷たいから適温になるのを待つ必要も無いのが良い。
モゴモゴと口を動かしながら準備をしようと洗面台へ向かおうとした彼の視界に、ふと玄関の扉が目に入る。
投函口からひょっこり出ている白い紙。
パッと手に取れば、そこに書かれた内容に思わずパンを咥えながらため息をつく。
「………
『部活動入部規定のお知らせ』。
入学してから幾度も目にしたその文面に、内容に視線を通すことも無くゴミ箱へスローイン。
ポスンと外れてゴミ箱の横に落ちたくしゃくしゃの紙を暫く見つめた後、渋々と拾って中に捨てた。
「………全く。何度言えば良いのやら、俺に部活動などに割く時間など無いと言うのに」
眉間に皺寄せ零した言葉。その意図はたった一つのプランを遂行する為。
時計に目をやる。
「………!いかん!余計なことで7時前の貴重な時間を………!」
時間は午前6時58分。学校の始まりは9時15分、準備と登校時間は10分もあれば事足りる。
しかし焦った様子で机に駆け寄り、進学を機に準備した最新型のパソコンの電源を入れる。
間に合うか。
間に合えば生ッ!
間に合わなければ死ッ!
ならばやることは1つのみ。パソコン先生の調子を祈るのみッ!!
_______【埼玉県立
県内では珍しく学生寮が充実している高校であり、スポーツが盛ん。
遠方からスポーツ進学して来た生徒達や親元を離れる理由のある学生、ただ単に一人暮らしを満喫したい者まで様々な高校生が通う中規模学校。
様々な部活動に力を入れている割には県下では精々が強豪手前の中堅高。
全国出場どころか近年では殆どの部活動が県覇者にすら届かない、通称【無冠の
「くっ………間に合うか!?頼む、僕に力を貸してくれ
そんな
彼の名は【
そう、この男______________
『うぬ_______
「うおおおおおおおおお!!!こんワムゥゥゥゥッ!!!!」
_______U-15チェス世界大会元チャンプであり、生粋の
なんだワムたんガチ勢って………ッ!!
出オチかと思ったそこの君!
多分その感性は間違ってないので大切にしましょう