Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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第一話「銀座にゲートが現れたようです。または最低系主人公的テンプレ導入」

「熱い……」

「大丈夫、ノリ?」

「あぁ……なんとか」

 

 

 その日は蒸し暑い日だった。季節は夏、曜日は土曜。

 未だ時刻は午前十一時を回ろうかという頃合いだが、既に気温は三十度を超えている。

 真夏の日差しが照りつける中……女性と見紛うばかり線の細い男とこれまた性別不明のピンク髪の人物が、大勢の人で賑わう銀座周辺を連れ添って歩いていた。

 男の現在の名を紫竹(したけ)海苔緒(のりお)という。しけた海苔ではない、あしからず。

 彼は転生者である。俗に云う神様転生というテンプレに遭遇した彼は、全く思慮のない要求を自称神様に突きつける。

 というか全く転生を信じていなかった故に、適当で無茶苦茶な要求だった。

 曰く、銀髪で蒼と金のオッドアイ、女性と見紛うばかりの麗しい容姿。

 曰く、某野菜人並に頑強な肉体に、某聖剣の鞘と同等の無限回復能力。

 曰く、あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能、及び尽きることのない莫大な魔力。

 曰く、ありとあらゆる武器を虚空より取り出し、使うことが出来る能力。

 曰く、危険な状況に陥れば陥るほど冷静沈着となる鋼の精神。

 曰く、某金ぴか並の黄金律スキル。

 曰く、某運命のサーヴァントの使役(ランダム)。

 等々――最低系の要求を自称神は全て受け入れ、海苔緒(前世)は剣と魔法のファンタジーが存在するアニメや漫画、もしくは小説の世界に最低系転生をした……筈だった。

 海苔緒が転生した先はどう考えても前世と同じ現代日本だった。

 加えて手に入れた能力にはどこかしら欠点があった。

 例を挙げるなら『あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能』は、転生した瞬間から知識の方が徐々に劣化していき、『ありとあらゆる武器を虚空より取り出し、扱うことが出来る能力』は『扱い方』は分かっても『使いこなすこと』は出来ないし、なにか制限に引っ掛かって出せない武器も無数に存在する(海苔緒本人曰く劣化ゲート・オブ・バビロン且つ劣化ガンダールヴ)。

 肉体は常人より遥かに頑丈であり、回復の能力も化け物並に優れているが、身体の運動能力は常人と何ら変わらない。

 

 さらにさらに、第二の人生は最初から波乱に満ちていた。

 

 海苔緒という名前を与えた両親は、どちらも黒髪黒目の日本人であり……銀髪で蒼と金のオッドアイである海苔緒が元で父親の方が母親の不義を疑い、離婚に発展。

 母親はそれが原因でノイローゼとなり、海苔緒を過剰に虐待……何度も殺しかけた。

 『某野菜人並に頑強な肉体に、某聖剣の鞘と同等の無限回復能力』が無ければ、とっくに死んでいただろう。この時点で前世の記憶が戻っていなかった海苔緒はただされるがままだった。

 海苔緒の五歳の時にマンションの四階から母親に突き落とされ、虐待が発覚。海苔緒は児童保護施設に預けられる。(保護された時の転落の怪我は軽傷と判断されたが、能力で回復していただけで実は重傷だった)。

 児童保育施設では、見慣れない容姿や海苔緒という名前が原因で軽い虐めの対象になることもあったが、母親との生活に比べれば遥かにマシだった。

 記憶が戻ったのは六歳の時。

 海苔緒は失意に沈んだ。

 碌な人生を歩んでいないことに対する憤りもあったが、それ以上に転生先が自称神の云っていた『剣と魔法のファンタジー』が存在する世界ではなかったことや、自分の能力が穴だらけなことに気付き、失望していた。

 それでも実は現代ファンタジーの可能性にかけて数年に渡り調査したが、それらしい組織や地名など何も出てこない。

 欠陥だらけの海苔緒の能力だが使えない程ではないが、それでも現代日本では無用の長物でしかなく、海苔緒は第二の人生を平凡且つ気楽に生きることに方針を変えた。

 幸いにも黄金律スキルは正常に機能しており、児童保育施設を出た海苔緒は紆余曲折(金運チート)の果てに高級マンションを購入、管理は他人に丸投げして自分は最上級のスイートに入居。以後気楽なニート生活を送る。

 転機が訪れたのは二十歳の誕生日。

 成人式の誘いを無視した海苔緒がスイートの一室、シアタールームで二四時間耐久映画鑑賞をしている最中……、

 

 

『問おう、君がボクのマスターかい? ……って何これ? もしかして映画ってやつ。ねぇねぇ、ボクも見ていい?』

 

 という具合に、本当に忘れた頃になって転生の特典であるサーヴァント、クラス・ライダー、アストルフォが召喚されたのであった。

 それからマスターとなった海苔緒は明るく楽観的な(理性の蒸発した)性格のアストルフォのおかげで外出の回数が激増し、引きこもり生活を半ば強引に脱却した。

 現在海苔緒はアストルフォの強い要望で関東周辺を二人で旅行中……、こうして二人は今、銀座を歩いている。

 

 ――以上説明終わり。

 

「本当に大丈夫、ノリ? どっかで休む?」

 

 海苔緒はアストルフォに『ノリ』という愛称で呼ばれている。

 サーヴァントであるアストルフォには、気温の上下など然したる問題ではないが、マスターである海苔緒は違う。

 心配そうに覗きこむアストルフォに、海苔緒は顔を真っ赤にして背けた。

 

(誰のせいだと思ってるんだよッ!)

 

 海苔緒はそう心の中で叫んだ。

 何故なら海苔緒とアストルフォはさっきからずっと腕を組んで歩いているのだ。

 少女のような外見のアストルフォだが、実際の性別は♂である。

 昨日は昨日で、千葉の夢の国(ランド)に行った時もこんな調子だった。

 野郎同士が仲良く腕を組んで夢の国。しかし相手がアストルフォともなれば、話は別である。

 夏休みということもあって夢の国は大勢の人でごった返していたが、灼熱の熱気に負けない勢いでアストルフォは、はしゃいでいた。

 アストルフォと並んで乗り物に乗り、チュロス(アストルフォの食べ方がやたらとエロかった)やポップコーンを食べ、また乗り物に並び、合間に食事をして……最後にはエレクリカル・パレードを二人で見学。泊まりのホテルも当然相部屋(意味深)。

 

(どう考えてもカップルです、本当にありがとうございました)

 

 ……もう相手がアストルフォなら♂でもいいんじゃないか?

 地獄のような夏の熱気に中てられ、アストルフォだけではなく海苔緒の理性も蒸発寸前である。

 

(いかん、いかん)

 

 海苔緒は首をブンブンと振った後、己の伊達眼鏡の位置を指で修正した。

 海苔緒は銀の長い髪を黒く染めて後ろにポニーで縛り、両目にはわざわざ黒のカラーコンタクトを填めている。

 髪を切らないのは『某聖剣の鞘と同等の無限回復能力』のせいか、髪は切っても切っても一定の長さまで伸びるのだ。逆に云えば何もしなければそれ以上は伸びない。

 外見も一四歳くらいから成長が止まっている。これもおそらくは『某聖剣の鞘と同等の無限回復能力』の弊害だろう。

 カラコンや髪染めはいちいち外出した際に外人と間違われて警察に声を掛けられるのを防ぐため。身分証を呈示した際、大抵の警官は『紫竹海苔緒』という名前を見て笑いを噛み殺す。『え、君、男なの? 本当に成人なの?』ともよく聞かれる。

 海苔緒はそれが堪らなく嫌だった。

 

(とにかく頭を冷やそう)

 

「アストルフォ、やっぱり休憩することにするわ」

「分かったー、じゃ、あそこのスタバに入ろー!」

 

 勝手知ったる様子でアストルフォは近くのスタバを指さした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 注文をアストルフォに任せ、海苔緒は何とか席を確保する。アストルフォは魔術のように長いオーダーを通し、店員から飲み物を受け取った。スタバの注文の仕方を見る限り、もしかしたら海苔緒よりもよっぽど現代に適応しているのかもしれない。

 

「はい、どうぞ」

「ありがと、アストルフォ」

 

しばらくクーラーの風で涼みながら、(アストルフォの突然の提案で互いの飲み物を交換して飲み合いっこしたり、ハプニングもあったが)二人は概ねリラックスして過ごした。

百合カップル……とか周囲からヒソヒソと聞こえたが、気にしないったら気にしない。

 

「しかし東京も物騒になったもんだ」

 

 

 話題を切り出したのは海苔緒の方だった。折りたたんでポケットに入れていたチラシを海苔緒はテーブルに広げる。

 

 

 『娘を探していますッ!』

 

 捜索願いのチラシである。娘の名前は望月(もちづき)紀子(のりこ)というらしい。先程、銀座の中心でこのチラシを配っていたのはおそらく家族だろう。

 紀子という名前に海苔緒は親近感を覚えた。

 詳細な記載の欄には、恋人の祐樹という人物と一緒に突然失踪したと記されていた。

 

「ボクも知ってるよ。『銀座連続失踪事件』でしょ。昨日もテレビのニュースでやってたし」

「あぁ……そう云えば」

 

 昨晩の風呂上り(意味深)、ホテルの売店で買ったゼリーを一緒に食べつつテレビを見ていた時、そんなニュースがやっていた。

 『銀座連続失踪事件』とは……、

 ここ最近発生した事件で、数人の人物が銀座周辺で不可解な神隠しに遭っている。同時に銀座では黒い外套を被った人物の目撃情報も複数上がっていた。

 噂によれば、黒い外套の奥には中世の騎士のような鎧が見えたとか……、

 

「まさか他のサーヴァントじゃないよな?」

 

 

 海苔緒はアストルフォだけに聞こえるよう小さく囁いた。

 思い浮かべたのは海苔緒を転生させた意地の悪い自称神。

 三咲町や冬木市が日本に存在しないことは既に確認済みだが、それでも万が一ということがある。

 ……銀座で聖杯戦争とか本当に洒落にならない。隠蔽出来ずルーラー召喚必至だろう。

 けれど、チュウチュウとストローで飲み物を吸っていたアストルフォがかぶりを振って否定した。

 

 

「それはないよ。だってサーヴァントの気配なんて微塵もしないし。そもそも聖杯が存在しないんだから、起こる筈がない。ボクも最初驚いたなぁー、聖杯戦争に呼ばれたと思ってきたら聖杯自体がないんだから」

「だよなー」

 

 にゃはははは――と笑うアストルフォに海苔緒は同意した。

 聖杯戦争に呼ばれて現界したアストルフォだが、呼ばれた先は魔術の魔の字も存在しないような世界。

 しかし聖杯にかける願いは特になく、二度目の生を楽しむために受肉出来ればいいぐらいの理由しかなかったアストルフォにはむしろ好都合だった。

 現界に必要な膨大な魔力は海苔緒が問題なく肩代わりしてくれるし、海苔緒が死なない限りずっとこの世界に留まることが出来る。

 つまりアストルフォの現界には聖杯戦争のような期限がなく、アストルフォは半分受肉したも同然なのだ。

 

 

「けど、何だかここ一帯は魔力が濃いというか……アレ?」

「どうした、アストルフォ?」

「凄い魔力を持った人が近づいてくる。連れのもう一人からも魔力を感じる……サーヴァントじゃないけど、これは――」

 

 アストルフォとパス結んでいる海苔緒も少し遅れてその存在を魔術的に知覚した。

 スタバのウィンドウ越しに見えたのは、アストルフォの様なピンク髪をした女性と、大量の買い物の袋を両手に持った黒髪短髪の青年だ。

 どうやら痴話喧嘩をしているらしく、周囲の歩行者は二人から距離を取りつつ物珍しいものを見る目を向けていた。

 

「ルイズ、いい加減機嫌直してくれよ」

「そっちこそ反省しなさいよね、この馬鹿犬ッ! また知らない女に色目使ってッ!!」

「だから誤解だって!」

 

 二人の声が大声であったため、ウィンドウ越しにも聞こえた。見事な……くぎゅボイスだった。

 

「ねぇノリ、あの二人だよ、あの二人! あれ、どうしてそんなに冷や汗かいてるの?」

「……大丈夫だ」

 

 目を丸くした海苔は伊達眼鏡を外し、カラコンを傷つけないよう己の目を片腕で拭った。

 再度ウィンドウを見ると、外にはイラついた様子の駆け足でスタバから遠ざかるピンク髪の女性の後ろ姿と追いかける青年の姿があった。

 

「サイトの馬鹿ッ、馬鹿ッ!」

「待ってくれ、ルイズッ! 俺の話を聞いてくれッ!」

 

二人の姿は人混みに溶けていき、やがて見えなくなる。

 

「………………」

「どうしたの? 本当に顔色悪いよ」

 

 海苔緒は言葉が出なかった。

 その脳裏では数年前、平賀何某(なにがし)が秋葉原周辺で神隠しにあったというニュースを聞いたことと、今年の初春にF-2戦闘機が某基地から一機消失したという噂がネットでまことしやかに流れたことを唐突に思い出していた。

 

(そう云えば、この世界……型月作品はあるんだが、ゼロ魔っぽい作品は存在しなかったんだよなぁ)

 

 

 ……何だぁ、そういうことかぁ。

 海苔緒はやや現実逃避気味な様子で内心に呟く。その顔には乾いた笑みが張り付いていた。

 

「あ、また一人近づいてくる。これで三人目だね。見て、こっちに入ってくるよ」

 

 

 アストルフォの言葉によって海苔緒は急速に現実へと引き戻される。

 スタバの扉をくぐったのは、三人の人物。

 それぞれ、冴えない風体の二十歳前後の男性、季節感を無視したニット帽で耳元をすっぽりと隠した異国風の女性、眼鏡を掛けたスタイルのいい女性だった。魔力を感じるのはニット帽の美人女性からだ。

 

「シンイチサマ、ココハ?」

「スターバックスと云って、珈琲の専門店なんだ。注文は僕がするからミュセルは安心して。取り敢えずここで休憩しよ、もうクタクタだよ。すっかり忘れてたけど『こっち』じゃ今日、コミケの日だったんだね」

「迂闊だったわね、慎一君。私は既にツテを頼って手を回しているわ!」

「さすがです、美埜里さん。目的はBL同人誌ですね、分かります」

 

 互いの遣り取りから、三人はシンイチ、ミュセル、ミノリというのが分かった。

 三人の来店と同時に、アストルフォに集中していた好奇の目線の何割かがミュセルと呼ばれる女性に移る。

 そういえば、ライトノベル作家――榊一郎先生と類似した作品が、こちらの世界では菅野省吾と呼ばれる人物の著作になっている。

 加えて今の所、その菅野省吾先生の作品群の中に『アウトブレイク・カンパニー』に該当する作品は存在していない。

 今更になって海苔緒は自称神様の言葉を思い出す。

 

『約束通り、剣と魔法のファンタジーが存在するアニメ、漫画、もしくはライトノベルのような世界へ転生させてあげよう』

 

 海苔緒の記憶が正しければ酷くうすら寒い、芝居がかった口調だったと思う。

 ここにてきてやっと、海苔緒は自分と自称神様の『世界』という言葉の定義が違ったことを悟った。

 自称神様は繋がった異世界同士を一つの世界で括り、定義していたのだ。つまり剣と魔法のファンタジーが存在したのは日本と繋がった異世界という訳で。

 ――銀座、夏、土曜、望月紀子、連続失踪事件、コミケ。

 海苔緒の脳内でパズルのピースが急速に組み上がり、転生から二十年と数ヶ月、頭の隅で沈殿していた筈の記憶が急速に浮かんだ。

 

(まさか――)

 

 海苔緒は、ハッとなって己のスマホで時刻を確認する。

 ……時刻はちょうど午前十一時五十分を指し、

 瞬間、世界が捲れ上り、捩じれた。

 魔力の流れを知覚していた海苔緒は、感覚的にそう表現するしかなかった。

 

「何、これ? もしかして固有結界?」

 

 アストルフォは驚いた様子で云った。

 海苔緒とアストルフォが察知したのは世界の一部が塗りつぶされていくような巨大で圧倒的な違和感。銀座の中心に巨大な穴が穿たれたかのような感覚。

 まるで透明な水を墨で塗りつぶすかの急速に世界が変貌を遂げていく。

 世界と世界が絡み合った刹那、銀座の地が大きく揺れた。

 形成されたのは巨大な門。

 

 

「クソ、マジかよ!」

 

 

 海苔緒は吐き捨てるように云い放つ。

 その頃、銀座の中心地では異界の門から蝗の群れのように続々と異界の兵が溢れ出し、銀座の地に足を付けていた。

 それは蹂躙の始まりであり、同時に地獄の幕開けでもある。

 世界を震撼させ、異世界の存在を白日の下に晒す発端となる銀座事件。最低系転生者――紫竹海苔緒はその中心地近くにて、こうして事件へと巻き込まれることとなった。

 




ノリオという主人公の名前は、多重クロスの接着剤的な意味合いで付けましたので特に他意はありません(棒)。

ちなみに主人公の現在の容姿はネギまの千雨が黒髪になったような感じをイメージしています。

追記

時系列的にはゼロ魔はアニメ原作終了後(一部小説版設定混在)、アウトブレイク・カンパニーは原作途中、ゲートはプロローグ部に当たります。

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