Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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今回は慎一×アストルフォといいましたが、半分くらいはアストルフォ×ノリオのようなものです。




第十八話「いつか聞かせて欲しいんだ。そう眠りに落ちるまで」

 ――ふと目が覚めた。

 

「……知ってる天井だ」

 

 起き抜けに――そんな二次創作において擦り切れるまで使い古された台詞を吐いたのは、この屋敷の主であるアミュテック支配人――加納慎一である。

 海苔緒と同じく慎一も風呂に入ってから部屋に戻り、明日の身支度をさっさと済ませた後……ベッドに潜って就寝したのだ。

 枕元のスマホで時刻を確認すると……ちょうど午前零時を回っていた。慎一はベッドから少し離れた位置に置かれたテーブル上の、ステンレス製の水差しとコップを手に取る。水差しの中身はお茶と氷であり、保温性に優れているため、まだ氷は溶け残っていた。

 慎一は水差しから注いだコップのお茶を飲み干すと、椅子に座って一息つく。冷たいお茶が乾いた喉に絡みつき全身に染み渡る。

 

 

(……すっかり目が覚めちゃったな、どうしよう?)

 

 このままベッドに潜って二度寝すべきか? それとも明日から再開するアミュテックの学校での講師の仕事で使う授業資料を再度確認しておくべきか?

 月光が部屋へと注ぐ窓に視線を傾けながら、慎一は思案した。

 大気汚染が進んでいないエルダントの夜空は澄み切っていて、白色の光が淡く地表を照らしていおり、日本の実家の自室に篭りきりであった頃……慎一が窓から見えていた風景と全く真逆の静寂に満たされている。

 感慨に耽りながらそのまま外を慎一が眺めていると……、

 

「あれ? 外に誰か……」

 

 人影が屋敷の裏口から出てくるのを慎一は目撃した。

 ……が、暗さにより誰であるかまでは特定出来ない。

 しかし向かった方角は切り立った崖が壁となって行き止まりの筈。そこにあるのは小さな滝と泉のような滝壺のみだ。

 慎一は顎に手を当てて、しばし考え込んだ後……、

 

「――うん」

 

 気になった慎一は、確かめに行こうと決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗殺未遂、誘拐などのデンジャーな経験している慎一がこんな夜更けに屋敷を出歩くのは軽率と思うかも知れないが、経験しているからこそ現状の警備体制がどれだけ厳重であるかも理解していた。

 屋敷の半径数百メートルの敷地内には自衛隊が多数のセンサーを設置しているし、エルダント側も独自に魔法によって作ったガーゴイル(単眼のフクロウにも似た使い魔)が複数設置して監視にあたっている。

 とりわけ夜の監視は厳重となっており、登録外の人物が敷地に入れば屋敷の警報が鳴り、すぐさま自衛隊やエルダントの兵がこちらに向かってくる運びとなっている。

 しかしだからと云って警戒心は捨て去らず、防犯グッズと懐中電灯を携帯した慎一は屋敷を出た。

 周囲に注意を払いながら、慎一は人影の向かっていた方向に進んでいく。

 

「確か、こっちに向かっていったけど……あれ、この音は?」

 

 慎一が数分ほど歩いた所で、夜風が草木を揺らす響きの中に、小さな滝から泉へと水が零れていく音が混じってきたのだが、その水の跳ねる音が明らかに増えたのだ。

 先程まで一定間隔で聞こえていた水流の響きに、バシャバシャ――と水が跳ねる音が混じっていた。

 ……おそらくそれは誰かが泉の中に入っていること示している。

 慎一は懐中電灯の電源をオフにし、息を殺して泉に近づいた……そして、

 

「……え?」

 

 ――そこには天使が居た。小さな滝から緩やかに水が流れ込む泉の中で、水と戯れている、一糸纏わぬ女神の背中を慎一は確かに捉えた。

 

 染み一つないシルクの如き滑らかな白い肌、水に塗れて艶やかに輝く長い髪。線の細いしなやかな肢体はある種の芸術品の如く、月の淡い光によって照らし出される生まれたままの後ろ姿には清純な可憐さと奔放な淫靡さが矛盾することなく同居している。

 湖面で戯れる天使の姿を目に入れた慎一の顔は赤くなり、己の鼓動の乱れを自覚する。

 両手で泉の水を弾き、熱を帯びた自らの肢体を融かすように濡らしていく天使の後ろ姿はそんな不可思議な魅力に満ち溢れており、囚われるようにして慎一はその背中から目が離せなくなってしまう。

 だが雲に半ば隠れていた半月が姿を見せ、月の光が濃くなることによってその正体が明らかになり……、

 慎一の顔が盛大に引き攣った。 

 

「あれ、もしかしてシンイチ?」

 

 天使が振り向くのと同時に湖面が月の光を反射すると、その姿はより一層際立った。

 桃色の髪に、一部を三つ編みに縛って纏めたあの髪型。そして何より、下半身に付いている……アレ。

 そう、泉で水浴びに興じていたのは他ならぬ紫竹海苔緒のサーヴァント――アストルフォである。

 前方を振り向いた丸裸のアストルフォを見た慎一は、走馬灯のように幼き日――両親に連れられて行った動物園のことを思い出す。

 脳裏で繰り返されるのは、実物の象を眺めて喜び興奮する幼き日の無垢なる己だ。

 

(そうだった。象さんは『パオーン』って鳴くんだよね。そう『パオーン』、『パオーン』って……)

 

 象の鳴き声を脳内で何度も響かせながら、慎一は呆然としていた様子でしばらく立ち尽くすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつまで立ち尽くしていたかは分からない。ただ気付いたら、慎一は泉の近くの大樹の根元に腰を下ろしていた。

 その隣では黒いレースの下着にニーソ、加えてガーターベルト(無論全てが女物である)を装着し、白いワイシャツだけを上に羽織ったアストルフォが、同じく腰を据えながら自分の頭をタオルで拭いている。萌えるというか、素直にエロい恰好である……これがもし本当に女性であるならばの話だが。

 

(何故、こんなことになってしまったんだ!?)

 

 慎一は頭を抱える。

 穏やかではないその内心を表すならば、

 

『あ...ありのまま今、起こったことを話すぜ! 夜、外へ出歩いていたら水浴びしている美少女に遭遇した……と思ったら実際は男の娘だった。――以下中略、ソレナンテ・エロ・ゲとか、美埜里さんが持ってる小説にありそうなシチュとか、断じてそんなレベルじゃない。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……』

 

 ……といった所だろう。

 

(そういえば、前にも同じようなことがあったっけ……)

 

 それは綾崎氏着任当初。まだ綾崎氏を女性と認識していた慎一がお風呂場でばったり綾崎氏に遭遇し、一糸纏わぬ姿(♂)を目撃したことがあった。今回の件も合わせ、これで都合二度目だ。

 世の中には何度も落雷にあったという人間もいるそうだが、これはさらに珍しい事例なのではないだろうか。

 慎一当人がそんな逃避じみた思考の海に沈んでいる最中、頭を拭いていたアストルフォが声を掛けてきた。

 

「シンイチは、どうしてここに来たの?」

 

 アストルフォの言葉は不思議としっかり慎一の耳に届き、慌てて思考切り上げ、慎一は返答した。

 

「あ、うん! 偶然屋敷から出てくる人影を見て、誰だろう? ……って思って」

 

 顔はアストルフォの方に向けなかった。否、向けれなかった。泉から上がったばかり肢体が濡れたままのアストルフォは格好も相まって、男と分かっても抗えぬ色香があるというか……ともかく慎一としては新しい扉をオープンする気は断じてない。そんなことをして喜ぶのは美埜里さんぐらいのものである。

 

「へぇ、そうなんだ。ノリ以外にも見られてたんだ」

 

 泉に向けていた視線を慎一へと傾け、アストルフォはコロコロとした笑みを浮かべる。

 

「紫竹さんには許可を貰ったんだ」

 

 それなら自分にも話を通して欲しかったなぁ……と慎一が思っていると、

 

「ううん、屋敷を出るとこを偶々見つられちゃって……事後承諾ってやつかな」

 

 首を振ってからチロッと舌を出して見せるアストルフォ。可愛らしい仕草ではあるが、当然ながら反省の色は皆無だ。

 慎一は海苔緒から聞かされていた言葉を連想的に思い出した。

 

アストルフォ(こいつ)を本当の意味で従わせるのは、アメリカ大統領にだって無理な話さ』

 

 皮肉めいた口調だったが、色々と諦めた表情を浮かべて溜息を付きながら海苔緒は語っていた。

 慎一はアストルフォとは短い付き合いだが、その性格は大まかにだが理解は出来る。

 生粋の自由人なのだ、彼は。

 ――天衣無縫、気ままな風が服を着て歩いているような存在(これも海苔緒談)。だが彼の立ち居振る舞いは決して不快なものではない。むしろ逆で。本人さえ意図せずに人も魅せ、人を惹きさえもする。ともすれば、ある種のカリスマともいうべきものだろうか? 

 そんなアストルフォは普段何も考えているのか、慎一には分からない。

 

(……紫竹さんなら分かるのかな?)

 

 海苔緒もアストルフォとの付き合いは数ヶ月というが、大分アストルフォのことを理解しているように思える。

 数ヶ月という期間が短いようで長い。慎一もペトラルカやミュセルを筆頭にして数ヶ月の間に、エルダントでの交友関係をすっかり深めていた。

 加えてだが、あの某ゲームの設定通りならば、海苔緒(マスター)アストルフォ(サーヴァント)経路(パス)を通じて互いの記憶を夢として見ることがある筈。

 慎一が一度尋ねてみた所、海苔緒は曖昧な笑みを浮かべるだけで詳しいことは何も話さなかった。

 つまりそれはきっと……、

 

「――ありがとね、シンイチ」

「えっ?」

 

 突然の感謝の言葉に慎一の思考は中断した。

 慎一が感謝の意味を問うまでもなく、アストルフォは続きを口にする。

 

「ノリと友達になってくれて。サイトやシンイチが友達になってから、ノリが自然と笑うことが多くなったんだ。前は無理して笑う方が多かったから……だからありがとう、シンイチ」

「無理して笑う……あの紫竹さんが?」

 

 慎一は目を丸めた。確かにいくつかの質問に対しては曖昧な笑みを浮かべていたが……無理して笑っているという程ではなかったと慎一は記憶している。むしろ才人を交えて男同士、馬鹿話に花を咲かせて笑い合っていた印象の方が強い。

 

「ノリは他人に弱い所を見せたがらないから。ノリはね……本当は臆病で泣き虫で、人付き合いが苦手で、その癖すごい寂しがり屋で、今風に形容するならツンデレ――っていうのかな?」

 

(寂しがり屋のツンデレ……滅茶苦茶云われてますよ、紫竹さん)

 

 アストルフォはまるで寂しがり屋のウサギでも語るかのようである。まぁ、実際のウサギは独りぼっちの方が気楽に生活できるらしいのだが……今はその話は置いておこう。

 どこぞのギャルゲーキャラよろしく説明される海苔緒と、慎一の頭の中の紫竹さん(ノリオ)が上手く結びつかず、慎一は首を傾げてしまう。

 すると、アストルフォはさらに言葉を続けた。

 

「一緒に寝てると偶にね……泣いてるんだ、ノリ。寝たままうわ言で『すいませんすいませんすいませんすいません』とか『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』とか、泣きながらずっと謝ったりもしてる時があって……最初は何で謝ってるかもボクには分からなかった。」

「……え?」

 

 アストルフォの笑みが曇る。夜の帳に浮かぶ半月に雲が被さり、アストルフォの表情を照らす淡い月光は暗く陰った。

 

「けど、後から気付いた。ノリが泣いている夜は、決まってノリがお母さんの様子を病院へ確認をとったり、直接足を運んだりした日の夜だって。ノリはね、泣きながらお母さんに謝っているんだと思う」

 

 海苔緒は定期的に母親の入院する病院へ足を運んでいた。だが直接は会うことはない。自分が顔を見せれば、母親がどんな状態に陥るか身に染みて理解しているからであろう。

 贖罪にも似たその行為は……海苔緒が海苔緒となった日から背負い続けているモノの一端であった。

 

「それは……」

 

 『紫竹さんの所為じゃない』と慎一は思った。海苔緒の身の上を慎一は海苔緒自身から聞いていた。人は誰しも生まれを選ぶことは出来ない――少なくともそう信じている(・・・・・・・)慎一は、海苔緒に非はないと云いきることが出来る。

 けれど、アストルフォは慎一が言葉にするよりも先に(かぶり)を振った。

 

「ううん、ノリは自分の(せい)だと思ってる。それも理由もあるんだ。ボクにもまだ話してくれないけど……きっといつかは話してくれると信じているから、ボクはその時まで待つことにしてる」

 

 当然のことながら、海苔緒が夢を見るならば――アストルフォもまた夢に見るのだ。

 故に知っている……かつて紫竹海苔緒でなかった者の記憶も、紫竹海苔緒となった者の思い出も。

 そしてそれが銀座事件を境に、色あせてくすんでしまったのも。

 けれど理性が蒸発しているとはいえ、超えてはならぬ一線は弁えているし、海苔緒の抱えるものの重さを理解出来るが故に、アストルフォは誰に対しても秘密を告げたことはない。

 だが、それは慎一にはあずかり知らぬことである。

 

「えっ、あ……そうなんだ」

 

 色々と疑問に思うことは多々あったが、慎一はあえて口には出さず、ただアストルフォに頷いて見せた。これ以上の詮索は海苔緒とアストルフォの間に土足で踏み入るような気がして、遠慮したのである。

 ただこれだけは聞いておきたいと思って、慎一は意を決して尋ねてみた。

 

「アストルフォは紫竹さんのサーヴァントだから、紫竹さんを心配してるの?」

 

 自由に振舞うアストルフォは何故これほどまでに、海苔緒を気にかけるのか? その理由を慎一は知りたかった。

 考えるまでもないと、アストルフォは殆ど間を置かず答える。雲に沈んだ半月が再び姿を現し、月光がアストルフォの顔を照らした。それは満面の微笑みで……、

 

「違うよ。ノリと約束したから……『友達』だって」

「友達?」

 

 あまりに当たり前の言葉に、慎一はオウム返しのように単語を返す。

 

「そう、友達。――友達だからノリを心配する。それって当然のことだよね」

 

 召喚されて数日後のこと、顔を真っ赤にした海苔緒はアストルフォに云ったのだ。『俺と友達になってくれ』……と、精一杯の勇気で震えながら差し出された海苔緒の手を掴んだ日の事をアストルフォは忘れない。

 それは魔術師と使い魔の間に結ばれる契約でもなく、聖杯を掴むための同盟の誓いでもない。マスターとサーヴァントである前に友人でいようと云う、単なる口約束に過ぎない。

 ――故に何より尊い(ちぎ)りであると、アストルフォはあの日より、約束を深く胸に刻み込んだ。

 このいつ終わるとも分からぬユメから醒め、再び眠りに落ちる時まではずっと彼の友でいよう……、と。

 アストルフォは、はにかみながら頭を掻いて、

 

「それにノリはオルランドに似て、放っておけない所があるしね」

「オルランド……それってシャルルマーニュの筆頭聖騎士(パラディン)だったっていう、あの?」

「うん、そうだよ。オルランドが失恋とか諸々でおかしくなっちゃった時は大変だったなぁ……。全裸で放浪し始めるわ、全裸のまま素手で熊やら猪やらと格闘するわ、農民たちに迷惑かけるわ、しっちゃかめっちゃかでさ。最終的にはボクが月から持ち帰った理性を鼻から注入して元に戻ったんだけど……いやぁ、あの時は大変だったけどすごく面白かったよ!」

 

 身振り手振りを交えて、アストルフォは熱っぽく語ってみせる。

 

「それ、ホントの話?」

「うん、マジマジ、ホントホント」

 

 慎一は目をパチクリさせるが、アストルフォはあっけらかんと己の話は真実だと肯定した。

 

(エルダントも凄いファンタジー世界だけど、アストルフォの居た世界はもっと出鱈目(ファンタジー)だなぁ)

 

 この世界においての最初の月面到達者はニール・アームストロングとエドウィン・オルドリンだが、アストルフォの世界では何番目なのだろう? 下手すると世界観的に月の姫とかも居そうである。

 それからしばらく……慎一はアストルフォの冒険の日々の思い出に耳を傾け、大いに驚くのであった。

 




次回はアミュテックの学校での話を予定、

では、

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