Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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今回にてエルダント編は終わりです。今回は少し長くなりましたが、何とか収まりました。
本当はエルビアメインの話もやりたかったんですが……それはいつかやろうと思います(遠い目)。

VITAのフェイト/ホロウ アタラクシアの発売が待ち遠しい。


第二十話「交わる世界。ゆえに移ろいゆく運命」

 二日目をアミュテックの運営する学校の見学に費やし、いよいよエルダント滞在最終日となる三日目を迎えた海苔緒とアストルフォ。

 本日は神聖エルダント城の城下町を見て廻った後、練兵所の見学をさせて貰うことになったのだが……、アストルフォが思いつきの飛び入りで訓練に参加を始めたのだ。

 何も知らないエルダントの正規兵たちは甲冑姿のアストルフォのことを、どこぞの爵位持ちの騎士の娘か何かと勘違いしていた様子で、兵士たちは当初、アストルフォを暖かい目で見守っていたのだが……その眼に驚愕が宿るのに、さして時間は掛からなかった。

 初乗りのチョ●ボを三分と経たず完全に乗りこなし、訓練用木製馬上槍(ランス)を用いた模擬騎乗戦(ジョストをより実戦的にしたようなもの)にて、国境の小競り合いで実戦馴れしたエルダント兵を相手に、アストルフォはあっさり十数人抜きの連勝を果たして見せた。

 さすが騎乗スキル持ちのサーヴァントなだけはある。……けれど調子に乗ってドジを踏みかけた場面がいくらかあったので圧勝という訳でもなかった。むしろ海苔緒から見れば、ハラハラして心臓に悪かった場面が多かったといえる。

 そして今現在は銀髪の美丈夫――コルドバル卿が引き連れてきた近衛の騎士も訓練に混じり、木剣などを用いた騎乗なしの一騎打ち戦が開始されたのだが、予想通り……またもアストルフォが無双している。

 海苔緒は黙ったまま、アストルフォとドワーフの男性騎士の試合をじっと見つめていた。

 

 

「ウオォォォォォォ――ッ!!」

 

 近衛ドワーフ隊の精鋭が雄叫びを上げて振り下ろすのは、身の丈の倍以上はあるかという模擬の槍斧(ハルバート)。屈強ではあるが総じて矮躯でもあるドワーフが、欠点のリーチを補うにはこうした武器が適しているのだろう。

 膂力に物を云わせた一撃ではあるが、術理にも適っている。

 このドワーフの騎士は隙の大きい振り下ろし一撃を放つ直前、目にも留まらぬ鋭い突きと払いのコンビネーションでアストルフォの体勢を崩していた。

 足がよろけた状態では避けることも、防御することも難しい。故に足元を正すために僅かなタイムラグが生じるのだ。

 その隙をついて、ドワーフの男性騎士は全身全霊を込めた槍斧(ハルバート)をアストルフォに叩き込もうとしたのである。

 相手が少女のような見た目をした……ただの優男であったなら、男性騎士はここまで本気にならなかっただろう。

 けれど目の前の存在は男の同胞たちを既に何人もたやすく打ち破っている。故に騎士として全力で臨み、打倒するのが礼儀。

 ドワーフの騎士は歯の根をガチガチに噛み合わせ――一切の躊躇なく槍斧(ハルバート)を最高速、最大威力で打ち下ろす。

 対してアストルフォは、今まさに己の頭蓋を叩き割らんばかりに迫る槍斧(ハルバート)を見つめ、悠然と微笑んでみせた。

 模擬戦とは思えぬドワーフの鬼気迫る勢い、肌をジリジリと焦がすその熱気は――アストルフォに、かつて慣れ親しんだ戦場の空気を想起させる。

 肌を撫でるこの(くうき)に恋い焦がれ――幾度となく戦場を駆け、幾度とも云えぬ冒険の旅に出た。

 なればこそ、アストルフォの胸の内には恐怖はなく――まるで、つかの間の逢瀬を楽しむ乙女の如く、一瞬、一瞬を噛みしめるかのような純然たる歓喜で心を満たしていた。

 槍斧(ハルバート)が直撃せんとする刹那――、アストルフォは逃げる素振りなど微塵も見せず、剣を正面に構えたまま足元を正す。

 その行動に周囲は驚き、目を見開く。エルダントの騎士や兵士たちは知らぬのだ――理性が蒸発しているとまで謳われた()の騎士の逸話を。

 防御も回避も元より念頭になかった。アストルフォが望んでいたのは、最初から真っ向勝負の打ち合いである。

 怒涛の如きドワーフの騎士の槍斧(ハルバート)の振り下ろし一撃を、アストルフォは両手に持った剣による振り上げの一閃で即座に迎撃する。

 

 ――刹那、大気が弾けた。

 

 両者の刃が激突した瞬間、周囲の大気が破裂し、鳴動する。剣戟同士の衝突により発生した烈風が相対する両者に吹き荒む。

 衝突の音はもはや乾いた木同士が噛み合う音に(あた)わず、その威力は剣撃の範疇に収まらず、轟音を伴うソレは地を抉り飛ばすかの如き爆撃と表現した方が妥当といえる。

 マスターである海苔緒は迎撃の瞬間、アストルフォが【怪力】のスキルを発動させたのを知覚していた。これによりアストルフォは一時的に筋力をワンランクアップさせることが出来る。

 通常ならばおそらく……武具がかち合った瞬間に、模擬の槍斧(ハルバート)の方の柄がへし折れていただろう。

 しかしながらドワーフが使うことを想定してか、模擬の武具とはいえ一等頑丈に作られているらしく――槍斧(ハルバート)の柄は凄まじいしなりを見せたが、それでも亀裂一つ入らなかった。

 アストルフォの方も槍斧(ハルバート)の猛撃に押し込まれ、固い地面に両足をめり込ませていたが、だがそれでも体勢自体は崩してはいない。

 槍斧(ハルバート)の振り下ろしの勢いが完全に削がれたタイミングで、アストルフォは再度【怪力】のスキルを行使し、一気に槍斧(ハルバート)を押し返す。

 これにより槍斧(ハルバート)は勢いよく宙へと押し上げられ、後ろへと引っ張られる。

 

「えいっ!」

「――な、なっ、なっ!!」

 

 相対していたドワーフの騎士が気付いた時には既に遅く、まるで己の一部のように槍斧(ハルバート)を固く握り込んでいた男は、槍斧(ハルバート)ごと背中から後ろにひっくり返った。

 何が起こったか理解が追い付かず、『……な、何で俺は空を見てるんだ?』と云いたげなドワーフの騎士の首元にアストルフォはちょこんと木剣を突きつけ(模擬戦における儀礼的な止め)、それにて勝敗を決した。

 

「そ、そこまで! しょ、勝者――アストルフォッ!!」

 

 審判役の騎士の宣言と共に周囲からは歓声が湧き上がる。外様の騎士も同然なのだから、普通なら罵倒やブーイングを飛び交う筈なのだが、あまりも清々しい勝ちっぷりが続き、いつの間にやら大勢のファンを獲得したようだ。

 アストルフォは歓声に応じるように、周囲に満面のドヤ顔ダブルピースを振りまいている。

 海苔緒としてはアストルフォの自重のなさはいつもながら頭痛の種なのだが、今はそれよりも……、

 海苔緒は隣に座る美丈夫へこっそり目を向ける。

 

「――うむ」

 

 頬をほんのり赤く染める美丈夫の正体はガリウス・エン・コルドバル卿。ペトラルカ皇帝の側に侍り、大臣として外交、軍事を司る神聖エルダント帝国、事実上のナンバー2。

 ともすれば内外問わず美女たちの視線も厚く、女性からは引く手あまたと思うのだが全く靡く様子がない。

 それは何故かって? 正解は……女性に全然興味がないから。

 途中から近衛を引き連れ練兵所に現れたコルドバル卿は、見学席の隅に座っていた海苔緒の隣に態々腰を下ろしていたのである。

 おかげで海苔緒は色々な意味で緊張を強いられながら、半ば冷や汗を掻きつつアストルフォの活躍を見学し続けていた訳である。

 通常なら、自国の一般兵士のみならず近衛の騎士まで負け続けているのだから軍事を司るコルドバル卿としては気分の良いものではない、と思ったのだが……全然そんなことはなく、むしろ上機嫌な様子で食い入るようにアストルフォを眺めている。

 コルドバル卿は時より恍惚とした表情を浮かべながら、やけに艶々した声で『美しい』とか、『可憐だ』だとか独り言を呟いていて、耳元で囁かれたならどんな女性も昇天するような美声であったが、隣に居た海苔緒としては別の意味で魂が抜けそうだった。

 アストルフォが傍に戻ってくる頃には、海苔緒は精根疲れ果て引き攣った笑みが顔に張り付いていた。

 けれども練兵所の見学を終え、いくらか言葉を交わした後にコルドバル卿から渡された品を見て、海苔緒は疲れも吹き飛ぶほどに驚くこととなる。

 

「皇帝陛下からの褒章だ。受け取るといい」

「……これは!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 慎一が所有するエルダントの屋敷に帰る頃にはすっかり夕暮れ時で、厨房から伸びる煙突からは夕焼け空に白い煙が上がっていた。

 加えて十数分と変わらぬ間に、戸締りを終えて学校から慎一たちも帰宅し、揃って夕食となったのだが……、

 

「ミュセル、この料理は!?」

「はい、旦那様!! 今日はシエスタさんに教えて頂いたヨシェナヴェを作ってみたんです」

「ヨシェナヴェ……って、寄せ鍋のこと。ああ! 平賀さんが云ってた、あの!?」

「はい、初めて御作り致しましたので、上手く出来ているかは自信がないのですけれど」

 

 驚く慎一を見て、嬉しそうな笑みを浮かべならミュセルは謙遜しつつ、慎一の言葉に頷いてみせる。

 美埜里さんもミュセル同様、才人のメイドであるシエスタとは銀座事件の後の軟禁時に親しくなっており、ヨシェナヴェの存在も聞いていたようで『ああ、これがタルブって村の郷土料理の……』と興味深そうに料理を眺めていた。

 海苔緒も聞いていたし、存在自体は才人から聞く以前より知っていたが、まさかここで見る事になると思わず、目を見開いて驚くこととなる。

 同じく日本出身でありながら蚊帳の外に置かれた綾崎氏は頭に?マークを浮かべ、すぐさま事情を尋ねる。

 

「あの、慎一さん。この寄せ鍋っぽい料理は一体何なのですか……?」

「それはね――」

 

 慎一は才人のメイドであるハルケギニアの住人シエスタと、その曾祖父――佐々木武雄の存在を交え、ヨシェナヴェという料理について語った。

 

 

 

 …………………………

 ……………………

 ………………

 

 

「つまり平賀才人さんが漂着するよりもずっと以前にハルケギニアに来ていた人物が他にも居た、と」

「うん、今も生きていれば、日本に戻ってこられたんだろうけど……」

「案外、戻ってこれなかった方が幸せだったのかも知れませんよ。小野田少尉の例を考えますと……」

「それは……」

 

 皮肉めいた綾崎氏の言葉に、慎一は表情を渋くした。

 小野田少尉とは日本敗戦後もその事実を知らず、実に三十年間もフィリピンに残留し、戦い続けていた大日本帝国の軍人だ。

 死ぬのが怖くて降伏しなかった訳ではない。飽くまで軍務を全うするため一人孤軍奮闘していたのである(彼は孤軍奮闘の状況が六十歳まで続けば、レーダー基地に決死の突入攻撃をして果てる覚悟だったという)。

 とある日本人が小野田少尉をフィリピンで発見したことを切っ掛けに、日本で存命していた当時の上官から任務解除・帰国命令を受けることなり、小野田氏はついに日本へ帰国した。

 しかし当時の日本世間の風当たりは冷たく、三十年の間に現地の軍人や住人との戦闘で死傷者を出していたことや、日本政府からの見舞い金の百万も靖国神社へ寄付したことから、マスコミに『軍人精神の権化』、『軍国主義の亡霊』といった心無い批判や無数の虚偽報道を浴びせられることとなる。

 結局、小野田氏は故郷であった筈の日本に馴染めず、半年でブラジルへ移住してしまった。

 綾崎氏の台詞は一連の出来事を揶揄してのことだろう。

 竜の羽衣――つまりは兵器であるゼロ戦を大切に保管し、『天皇陛下に返上してくれ』と遺言を残していた佐々木武雄氏だ。

 この事実が公になれば、一部のマスコミが『軍国主義の亡霊、なんと異世界にも!』とかいった見出しで喜び勇んで記事にするのは目に見えている。

 佐々木氏が存命であれば、どれだけ失望したことだろうか。

 

「ちょっと光流君!」

 

 美埜里さんが綾崎氏を注意する。自衛官として色々思うことはあるようだが、それはあまり表情には漏らさなかった。

 綾崎氏も云い過ぎた自覚があったようで、『すいません、自分でも少し口が悪かったと自覚しています』と素直に謝る。

 小野田氏の話題によって周囲の空気が暗くなるが、海苔緒の相方であるアストルフォは空気を読まず、むしろ場の空気を変える勢いで陽気に声を張り上げた。

 

「それより皆揃ってるんだから早く食べよう! ボク、今日は滅茶苦茶動いたから、もうお腹ペコペコ」

 

 この時ばかりは海苔緒も空気を読まない己の相方に感謝を覚えながら、出来るだけ明るい口調で返答した。

 

「お前はサーヴァントだから魔力が補給出来てりゃ、そんな腹は減らねぇだろ」

「気分だよ、気分。ノリもお腹減ったでしょ。それにシンイチたちも」

 

 アストルフォの柔らかい表情を見て、慎一だけではなく美埜里さんや綾崎氏の表情もほぐれていく。

 

「それもそうね、光流君も早く席に付きましょ」

「はい、分かりました美埜里さん」

 

 美埜里さんに促され、綾崎氏も己の席につく。

 

「じゃ、食事にしようか! ミュセル、配膳をお願い」

「はい、旦那様!」

 

 アストルフォの勢いに引っ張られて周囲に明るい空気が戻り、食事の間は終始和やかな時間が過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食事を終え、風呂で一日の汚れを払った海苔緒は寝間着に着替えてから、缶ビール数本を持って屋敷の資料室……つまりはアニメのDVD、BDや漫画、ライトノベルが満載の、ある意味で慎一の仕事場でもある大部屋へ向かった。

 部屋の前に立ち、海苔緒はコンコンと軽く手の甲で数度扉を叩く、

 

「あれ、ミュセル? 今日の夜食だったら紫竹さんの分も……」

「いや、その紫竹だ」

 

 いつもの習慣でミュセルと間違えたらしい。海苔緒の声を聞いて、慎一は慌てた様子で声を返した。

 

「え、紫竹さん! いいよ、入って、入って!!」

「邪魔するぞ」

 

 紙箱に収納された六個入り缶ビールを片手に、海苔緒は大部屋へと足を踏み入れた。

 

「あれ、紫竹さん、片手に持ってるのは……缶ビール?」

「おう、本当はアストルフォ用に持ってきたんだが、いつの間にやらこっちの地酒を仕入れて飲んでやがったんでな」

 

 ちなみにアストルフォにあんな外見に反して酒を良く呑む。元々出自が中世の騎士であり、飲料水代わりに麦酒等を常飲していたらしいので酒に強いのは当たり前かもしれないが。

 けれど飲み過ぎるとサーヴァントの癖に酔って絡み酒に発展するので性質が悪い。しかも最終的には脱ぎだす。

 なので海苔緒は酒を飲んでいるアストルフォには、なるべく近寄らないようにしている。

 

「それでお前が話したいことがあるっていうから、長丁場になるかもと思って持って来たんだが……もしかして要らなかったか?」

「そんなことないよ。僕も話したいことが一杯あったし。けど、紫竹さんがビールを飲むなんてイメージになかったから」

「いや間違ってねぇよ。最近まで下戸だったからな」

 

 さらに子細を述べるなら、海苔緒は酒を好んで嗜むようになったのは……銀座事件時のジークフリート化の後からである。

 

「慎一も呑むか?」

「ごめん、僕は……遠慮してくよ」

「そうか」

 

 慎一の座っている数人掛けのソファに少し距離を取って腰を下ろすと、海苔緒はプルタブを開けてビールに口をつけた。

 

「――で、話っていうのは?」

「あー……、単刀直入に聞くけど、紫竹さん大丈夫? 無理してない?」

 

(やっぱりか……)

 

 海苔緒は慎一が此方も心配していることに薄々気が付いていた。慎一も隠し事が出来るタイプではないし、特に今日の夕食時は顕著で慎一は心配そうな表情で海苔緒を伺っていた。

 気を遣わせてしまったことに海苔緒は少し罪悪感を覚えつつ、慎一には素直な気持ちを吐き出すことにした。元々そのためのアルコールである。

 置換魔術の応用で冷やされたビールを喉に絡ませてから、海苔緒は潤った舌を滑らせる。

 

「ぶっちゃけると無理はしてる。銀座にゲートは現れる。異世界の軍隊に襲われ、挙句龍に食われそうになる。加えて全世界に女装を晒して公開羞恥プレイだ。しかもそんな女装野郎に日本政府は『君が必要だ』なんてのたまってやがる」

「………………」

 

 慎一は黙って、海苔緒の愚痴に耳を傾けている。

 海苔緒はそこまで口にすると、ポケットからある物を取り出した。

 

「それって、例の翻訳指輪?」

「ああ、改良型のな。今日コルドバル卿に渡された。ペトラルカ皇帝からの褒章ってことらしい」

 

 銀座事件で慎一たちを救った報酬として渡されたのは、改良型の翻訳指輪。最大の相違点は日本政府を通じてもたらされたハルケギニア特有の魔力結晶鉱石である風石が指輪に填まっていることだろう。

 原作では、エルダントのドワーフやエルフはエルダントの世界の大気に混じった魔力に依存しており、魔力が欠乏すると魔法が使用できず、最悪――死に至る。

 そして原作では地球には魔力が存在しておらず、地球側に魔力が流失して魔力の真空地帯が発生する大事件が起きた(幸いにも慎一の機転で次第は何とか収束する。詳しくは八巻参照)。

 けれどこの世界ではこの事件は発生しておらず、発生する兆候も全く見られない。

 かといって地球に魔力が潤沢に存在している訳ではなく、エルダントのドワーフやエルフが地球に行っても魔力欠乏症は起きないのだが、通常の条件では魔法は使えないといった状況らしい。

 なので原作同様、地球で魔法を使う場合は魔力を封入したガラス瓶を持ちこみ、それを使用することで一時的に魔法が使用可能となる……というのが今までの常識だったのだが、ハルケギニアより持ち込まれた精霊石(火石、水石、風石、土石)が状況を変えた。

 高濃度に圧縮された魔力結晶である精霊石を上手く応用すれば、魔力の存在が希薄な地球においてもエルダントやハルケギニアの魔法を簡易的に使用することが出来る。

 エルダントでのその応用試作品が、海苔緒に渡された翻訳指輪という訳だ。ハルケギニアの世界では従来型の指輪が問題なく使えるのだが、地球やゲートの向こう側の世界ではそうではないので、量産されれば大活躍するだろう。

 それにこの改良型翻訳指輪は地球への輸出品として大変なポテンシャルを秘めており、地球との正式な国交が開かれれば、外貨の獲得の目玉になると容易に想像出来る。

 そんな貴重品を海苔緒はペトラルカ皇帝から褒章として与えられたのだ。

 

「こちとら数ヶ月前までただのオタクのニートで引き篭りだったってのに、気付けば馬鹿みたいに重い責任や期待が背中に伸し掛かってきやがる。だから正直云うと無理してる」

 

 それが海苔緒の偽らざる本音であった。

 

「だったら僕が……」

「けどよ。慎一が心配しなくても大丈夫だ。日本政府に協力するのは俺自身の意思だ。別に強制されてのことじゃない」

 

 海苔緒は明日、的場に『日本政府への協力を受託する』という返事をするつもりだ。

 地球と三つの異世界は急速に交わりつつある。改良型の翻訳指輪やミュセルの寄せ鍋などエルダントにおいても既に影響が現れ始めている。おそらくハルケギニアにもだろう。

 それは勿論、良い面もあるのだろうが同時に悪い面も存在している。

 ――この屋敷に住むエルビアがバハイラムから仕入れた情報によると銀座事件から溯ること数ヶ月前、バハイラムの傀儡竜二体が突如として消失したらしい。目撃した兵士の証言によると『突然現れた巨大な門の中へと傀儡竜二体が飛び込み、門は溶けるように消えた』とのこと。

 海苔緒はその報せを聞いた時、ひどく嫌な想像が脳裏によぎった。『押すなよ、絶対に押すなよ!』的な最悪のネタ振りのような予感だ。

 既に海苔緒の知る展開からゲートの物語は乖離している。下手にゲートを壊すと危険な世界と繋がりかねないので穏便にゲートを閉じて、再度開門する手段を得るのが最善であろう。

 だが現状、原作通り上手くいくとも限らない。だから海苔緒は上手くことが運ぶよう、誘導する立ち回りをする必要があるのだ。

 日本政府は調査協力のため、現地であるアルヌスの丘へ行って貰いたいとの意向を示しているので海苔緒にとっては渡りに船。

 危険ではあるが、海苔緒の側には常に相棒であり友人でもあるアストルフォが居る。

 だから大丈夫であると……海苔緒は自身に云い聞かせた。

 

「それより俺は、お前の方が心配だぞ。危なかっしいし」

「え、僕……」

 

 慎一は自分より他人を優先しすぎて、危険な目に遭う傾向がある。アミュテックに就職して以降、慎一は何度も命を危険に晒していた。

 

「どこぞのエヴ●じゃねぇんだから。お前が死んでも代わりは居ねぇんだ。アミュテックの代表取締役が務まるのも、ミュセルの御主人様になれるのも、ペトラルカ皇帝と友達付き合いが出来るのも、世界でただ一人、加納慎一お前だけだ。死んだら誰も代わりにはなれねぇ。だから出来るだけ無茶はするな、慎一」

 

 ビールのせいか頬をほんのり赤く染め、海苔緒は慎一から視線を逸らしながら恥ずかしそうに告げた。日の浅い友人が口にするのは厚かましいとも思ったが、一言慎一に忠告したかったのである。

 ミュセルの慎一への依存度を見る限り、ネタではなくガチで後追いしそうである。ペトラルカ皇帝が荒れるもの確実だ。

 他にもたくさん影響が出る。それだけ慎一はエルダントの住人たちに愛されている。 故に、もし死ぬようなことがあれば誰もが悲しむ。海苔緒はそれが心配なのだ。

 しかし慎一はキョトンと目を丸めて、

 

「それは紫竹さんもでしょ。紫竹さんの方こそ危なっかしいし」

「はぁ? ……いや、お前みたいに誘拐も暗殺未遂もまだ経験してねぇよ。それに俺が死んでも悲しむ奴は居ねぇしな」

 

 チクリ――と、海苔緒の胸に己の母のことが刺さったが、すぐに頭の隅に追いやる。

 

(そう、誰も悲しむ奴なんて……) 

 

 そう海苔緒が思い掛けていると、慎一が珍しく強い語調で口を開く。

 

「そんなことない! 紫竹さんが死んだらアストルフォは絶対悲しむよッ!! ミュセルや美埜里さんだって、割れたお皿を直して貰ったシェリスやブルークも、アストルフォと仲良くなった光流君やエルビアだって。それに紫竹さんが死んだら僕が凄く悲しい。せっかく同じ趣味で語り合える友達になったんだ。だから『自分が死んでも誰も悲しまない』とかそんな悲しいことは云わないでほしい」

 

 いつになく真っ直ぐな瞳で、慎一は己の偽りない本心を告げた。作為のない所作だからこそ、やさぐれた人間ほど、その強い想いが響くもので……、

 海苔緒はそれを聞いて顔を真っ赤にし、慎一から顔をプイっと逸らした。

 

「は、恥ずかしい台詞……い、云ってんじゃねーよ!! そういう台詞は禁止だ! 禁止!!」

 

(うん……どこからどう見てもツンデレです。本当にありがとうございました)

 

 本当にアストルフォの云った通りだなぁ……と思う慎一。

 こうして海苔緒と慎一は友人として、時折くだらない話を交えながらも幾度となく言葉を交わし、エルダント最終日の夜は更けていくのであった。

 




いよいよ次回よりハルケギニア編。

徐々にですが、4つの世界は確実に交わっていきます。
その過程をじっくり書いていきたいと思いますので、楽しみにして頂ければ幸いです。

では、


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