Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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沢山の感想ありがとうございます。
予想以上の感想に作者もテンションが上がったのですが、何分平日は労働に勤しんでいますので執筆時間が取れませんでした。

電波の受信と仕事の兼ね合いもありますが、何とか速度を保って更新したいと思います。


第三話「進撃の帝国。もしくは揺らぎの街の交錯者たち」

 遠方では無数のクラクションや衝突音が響き。数えきれない悲鳴がその音と重なる。

ようやく尋常ではないと悟ったスターバックス店内の客が次々外へ出ていく。

 だが、まだパニックには至っていない。

 彼等は知らないのだ、銀座に何者が現れたのか。海苔緒だけがその正体を知っている。

 

(ともかく早く逃げねぇと!)

 

「アストルフォ……って、もう外に出てやがる!」

 

 アストルフォは客に紛れて、既に外に出ていた。流石理性が蒸発しているだけのことはある。マスターの指示を待つまでもない。

 

 海苔緒は店内から外へ出ようとしたがそこで加納慎一、ミュセル、美埜里の三人が店内に残っていることに気付く。

 慎一はスマホで何が起こったのか情報を確認している様子だった。

 ……おいおい、何で呑気に携帯なんて弄ってんだよ!

 

「アンタ等ッ! ボケッと突っ立てないで早く外に出た方がいいぞッ! 外は何だがヤベェことになってるみてぇだ!」

 

 異世界の軍隊が目前に迫っているとは云えず、海苔緒は白々しい台詞を口にした。

 

「え、もしかしてボクたちのこと?」

 

 慎一は目を丸めて、己を指さした。

 

「他に誰が居るんだ。ほら、一緒に外に出るぞ!」

「ちょ、ちょっと」

 

 海苔緒は慎一の腕を掴み、外へと引っ張っていく。

 一瞬、ミュセルが凄い顔をしてこちらを睨んだため海苔緒はビビったが、何とか堪えて三人を外に出すことに成功する。

 

 外に出た海苔緒や慎一たちがまず目撃したのは、大空を羽ばたく巨大な異形……ワイバーンとそれに跨る竜騎兵だった。

 まるで品定めをするかのように竜騎兵とワイバーンは銀座周辺の空を周回している。

 

「ノリ、あれ、あれ!」

 

 合流したアストルフォは驚いた様子で空のワイバーンを指さしている。

 海苔緒は焦った様子で返答する。

 

「分かってる!」

 

(ドラッグ・オン・ドラグーンかってんだ)

 

 飛行しているのがゲート向こう側に居る炎龍とかでない分、いくらかマシなのだろうが……、

 海苔緒が内心でツッコンでいるその横で、慎一たちは心底驚いた顔をしていた。

 その表情は、周囲の他の人間が浮かべている『未知に対する驚愕』の表情ではなく『何故、あれがここにッ!』といった具合の困惑の混じった顔だ。

 

 

「***************――」

 

 そしてミュセルが口火を切ったのを皮切りに、慎一たちは未知の言語で話し始めた。

 エルダントの言葉らしい。加えて海苔緒は断片的にその内容を理解していた。

 おそらくは転生時、海苔緒に与えられた『あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能』は魔法や魔術を詠唱するための言語的内容を内包していたのだろう。

 確かに知識は劣化したが、それは知識が脳味噌のどこにしまってあるか分からなくなって引き出せなくなっていただけで、知識自体が海苔緒の脳から消失したわけではない。

 故に慎一たちの会話に刺激され、海苔緒の知識の一部は甦っていく。

 海苔緒も完全理解出来たわけではないが、どうやら慎一たちは神聖エルダント帝国のある世界と日本の間に新しい穴が繋がり、そこからワイバーンたちが出て来たのではないか? と結論付けたらしい。

 それが正しいのか、間違いなのか、現状の海苔緒には判断出来なかった。

 

(とにかく、周りを逃がさねぇと……)

 

 避難を始めている人も中には居るが、状況が分からない大多数の人間は、携帯のカメラを上空のワイバーンへ向けたり、『あれ本物かなぁ?』といった会話を家族や友人たちとしている。

 敵の侵攻が遅いのは、まだ侵攻部隊全てがゲートを潜り抜けていないからだろう。

 何しろ相手は推定数万の軍隊だ。ゲートから完全に出てくるにはそれなりの時間がかかる。それまでにここら一帯の人間だけでも避難させたいが……、

 

(どうする、暗示を使うか?)

 

 海苔緒の使えるのは型月系統の暗示魔術だ。アストルフォをサーヴァントとし、経路を繋いでから型月系統魔術に関する知識を一部取り戻していた。

 ――が、そこでまたも海苔緒の能力の欠点が露呈している。

 『あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能』の『使える才能』とはどうやら最低限のものらしく、ぶっちゃけ『適正はあるが、才能があるかと問われれば微妙』なレベルなのだ。

 例えば海苔緒が、(みんな)大好きケイネス先生の水銀魔術礼装『月霊髄液』を使ったとする。

 するとそれなりには動かせるが、銃弾を自動防御するような高度な芸当は出来ない。

 つまり『あらゆる魔法と魔術を使える知識と才能』の才能とは『天才』的な才能ではなくあくまで『それなり』な才能。

 海苔緒の暗示は一声、二声ではあまり効力を持たない。

 原作の伊丹と同様に『皇居に向かって避難しろ!』と云っても逃げる気のない者は反応せず、逃げる気のあるものに対し、『皇居に避難だ』と云った場合に初めて多少の効果を発揮する。

 一個人に対して長い時間を掛ければ、海苔緒の暗示でも洗脳に似た効果を発揮するが、明らかにそんな時間はない。

 海苔緒が本当にどうするべきか迷っていると……、最悪なことに竜騎兵の一人が海苔緒たちの居る場所へ向かってきた。

 

(あ、やば……)

 

 まるで海へと潜るように、ワイバーンがビルの谷間に突っ込んでくる。

 竜騎兵は獰猛な笑みを浮かべ、巨大な銛のような槍を一般人へと向けている。

 ターゲットされた人間は認識が追い付いていないらしく、目をパチクリとさせるばかり。

 槍の到達まで約十数秒。

 海苔緒は自然と叫んだ。

 

「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉアストルフォ!!」

「分かってるよ。来てッ! ヒポグリフ!」

 

 その言葉を待っていたと云わんばかりにアストルフォは笑みを浮かべ、この世ならざる幻馬を呼び出す。

 

「############ッーー!!」

 

 突如として銀座に現れた幻馬(ヒポグリフ)はそのままワイバーンに激突し、ワイバーンはトラックに跳ね飛ばされた軽自動車よろしく猛烈な勢いでビルに衝突。竜騎兵ごと地へと叩き付けられる。

 周囲にはガラス片が散らばり、落下地点にあった人の乗っていない乗用車がペーパークラフトのように押し潰れる。

 幸いにも怪我人は居ない。例え理性が蒸発していようとその辺りは心得ていると海苔緒も信じていた。

 あまりに現実離れした光景に周囲の人間たちは言葉を失う。

 破損した車両から盗難防止のアラートが、けたたましく鳴り響く。

 

 

「「キャアアアアアアアアアッ!!」」

 

 

 数秒の沈黙の後、静寂は引き裂かれた。

 周囲の人間はパニックとなり、我先にと逃げだし始める。

 チャンスだと云わんばかりに海苔緒は声を張り上げた。

 

「皇居の方へ逃げろ! 他にもやばい連中が道路を伝ってこっち向かってきてる! 急いで皇居の方へ逃げろ! 皇居の方だ! 皇居の方だぞ!」

 

 暗示を併用しつつ、海苔緒は何度も声を張り上げた。

 いくらか効果はあったようで、幾人かの口から『皇居だ、皇居の方向に逃げろ!』という声が聞こえてくる。これなら集団心理もあって、皇居へ避難してくれるだろう。

 蜘蛛の子を散らすかのように周囲からは人が居なくなる。

 後は原作同様、伊丹耀司などが避難誘導をしていることを祈るばかり……、

 

 

「ちょっと貴女、聞いてるのッ!?」

「うわっと! ……て、アンタ等まだ避難してなかったのか!?」

 

 そこに居たのは慎一たち三人。海苔緒に声を掛けたのは古賀沼美埜里だ。

 

「『避難したか』じゃ、ないわよ! 貴女やあっちのモンスターと女の子は何者? あそこで転がってる飛竜(ワイバーン)がどこから来たのか、知ってるの?」

 

 美埜里は海苔緒、ヒポグリフ、それを撫でるアストルフォ、瀕死のワイバーンや竜騎兵を順番に指し、もの凄い剣幕で云い募る。

 

「あ……、いきなりそんなに云われてもな……」

「落ち着いてください、美埜里さん」

 

 美埜里の勢いに海苔緒はタジタジだ。

 それを見かねた慎一が間に入った。

 

「えっと……僕の名前は加納慎一、こっちの人は古賀沼美埜里さんで、……こっちの子はミュセル。それで君の名前は?」

 

 慎一はどうやら名乗り(かたち)から入ることにしたらしい。

 呑気に自己紹介をしている暇はないが、話さねば埒が明かないと思い、海苔緒はしぶしぶ名乗りに応じる。

 

「海苔緒、紫竹海苔緒だ」

 

 出来るだけ簡潔に、海苔緒は己の名を慎一に告げる。

 

「え、ノリオ? もしかして君、男の子?」

 

 慎一は目を白黒させた。どうやら慎一も海苔緒を女性と勘違いしていたようだ。

 だが海苔緒もこの手の反応には慣れっこである。

 

「そうだよ、男だ。悪いかよ。ちなみ歳は二十歳と数ヶ月だ。多分アンタと大して変わらないと思うぞ」

 

 拗ねた調子で海苔緒が答えると、慎一は本当に驚いた様子で固まってしまう。

 そして硬直した慎一と入れ替わるように、幾らか様子が落ち着いた美埜里が再び前に出る。

 

「ふーん、貴方の名前と性別は分かったけど。それで本当に何者?」

 

(あ、やばい?)

 

 美埜里からはつい先刻、スタバに居た時のようなおちゃらけた雰囲気が一切消えていた。所謂仕事モードという奴だろう。銃とか持っていたら、間違いなく突きつけてきそう。

 慎一の側に控えるミュセルに至っては小声で詠唱し、いつでも〈疾風の拳(ティフ・ムロッツ)〉を放てるよう準備をしている。

 対象は勿論海苔緒である……酷い。

 

「あ……、その……」

 

 

 目を泳がせる。コミュ症入っている海苔緒は、真剣に睨み付けられたりすると他人に目が合わせられなくなるのだ。

 助け舟を求め、海苔緒はアストルフォを見た。

 よしよーし、とヒポグリフを撫でていたアストルフォが海苔緒の視線に気付き、トコトコと小走りで近付いてくる。

 埒が明かないと、頭を抱えた美埜里は質問する相手を海苔緒からアストルフォに切り替える。

 

「こっちの子が答えてくれないから聞くけど、貴方たち一体何者?」

 

 するとアストルフォは満面の笑みで、

 

「ボクはアストルフォ。イングランド王の息子にして、シャルルマーニュ十二勇士のひとり、アストルフォさ!」

 

 ブイッ、と片手でピースサインを作り、至極あっさり己の真名(しょうたい)を明らかにした。

 その名乗りに美埜里やミュセルは首を傾げるが、慎一だけは驚いたように反応した。

 

「シャルルマーニュ十二勇士のアストルフォって! 『ローランの歌』や『狂えるオルランド』に出てくるあのアストルフォ!?」

 

 さすが作家の息子。その辺りの知識は豊富らしい。家に資料があるのか、それとも父親に聞いたか、それ以外にも自分で調べたかも知れないが、とにかく慎一はアストルフォの正体に気付いたようだ。

 

「そう、そのアストルフォだよ。この国じゃボクのことを知ってる人が少ないから、嬉しいな」

「でも、アストルフォは確かにモデルとなった人物は実在したかもしれないと云われているけど、その活躍の大半は後世の領事詩の後付で……」

「そんなこと云われても、ボクはボクだよ。オルランドの為に月にも行ったし」

 

 混乱する慎一を余所に、あっけらかんと告げるアストルフォ。

 当然、海苔緒も頭を抱えていた。

 

「ちょ、おま!?」

「いいでしょ、ノリ。どうせヒポグリフは見られちゃったんだから……それよりボクはこれからヒポグリフに乗って他の人を助けていく。ノリはこの人たちと避難を……」

「何云ってやがる、俺も付いてくぞ! 誰かを救援するなら普通の恰好の人間が後ろに乗ってた方が都合がいいだろ。鎧姿のお前だけだったら。絶対警戒される」

「え、でも……」

「お前一人だと危なっかしいんだよ。大丈夫だ、いざという時の『切り札』もある。それに俺はお前のマスターだぞ」

 

 片手に浮かんだ赤い痣をかざしながら、海苔緒はアストルフォを真っ直ぐ見据える。

 召還したのが日本だからか、それとも何か別の要因かは分からないが、アストルフォは原作のアポクリファ時に比べ、大幅に能力が弱体化している。

 宝具は【触れれば転倒(トラップ・オブ・アルガリア)】が欠落し、他は軒並みランクダウン。

 保有スキルはほぼそのままだが、元々低い基礎ステータスがさらにダウンしている。

 だとしても腐ってもサーヴァント。常人が相手なら十人だろうと百人だろうと問題ではないが、なにしろ相手は万の軍隊だ。

 アストルフォを一人にすれば、無茶するのは目に見えている。

 ウィンドウ越しにすれ違った才人たちのことも気になる海苔緒は、腹を決めてアストルフォに付いていくことにした。

 それに一応であるが、海苔緒には文字通りの『切り札』がある。

 

「時間がない。悪いが俺たちは逃げ遅れた人の救援に行かせてもらうぞ」

 

 

 海苔緒がそう告げると、アストルフォが光りに包まれ……次の瞬間鎧の姿にシフトする。その光景を見て、慎一やミュセルは目を丸めた。

 ただ美埜里だけは……、

 

「イングランド王の息子……息子ッ! あなた男? つまり両方♂? それでマスターって、どういうこと!?」

 

 

 眼前の光景など目に入っていなかった様子で、再起動した美埜里が海苔緒たちに迫る。先程の冷徹な雰囲気とは違う、禍々しくおどろおどろしい妖気のような重圧を美埜里は背中に背負っていた。

 

「それは……」

 

 プレッシャーに圧されて返答に窮する海苔緒に代わり、アストルフォがあっさり答える。

 

「それはボクがサーヴァントで、ノリがマスターってことだよ」

 

 自慢するようにアストルフォは海苔緒と腕を絡める。

 その瞬間、美埜里の中で何が弾けた。

 

「こんなかわいい男の子同士で奴隷(サーヴァント)に、御主人様(マスター)、つまりそれは……ふふ、腐腐腐腐腐。じゅるり……はっ、いけない、いけない!」

 

 ゴクリッと生唾を飲み込む音が後に続く。

 どうやら危険なスイッチが入った様子だ。美埜里は数秒間、完全に自分の世界に入っていた。

 ドン引きした海苔緒はこれ以上生理的に関わりたくなかった。

 

「ともかく説明している暇はない! 俺とアストルフォに分かるのは……銀座のど真ん中に穴が空いて、そこから化け物やら鎧を着た中世の軍隊みたいなのが際限なく溢れ出してるってことだけだ。しかも連中、誰彼構わず殺しにかかってやがる」

「そんな……」

 

 絶句する慎一。

 海苔緒はアストルフォと知覚を共有することで門から溢れ出す兵士たちの存在を感知していた。

 加えて海苔緒はその正体にも見当が付いていたが、今の時点では海苔緒の推測でしかなく、正しいとは限りないし、口に出しても混乱を招くだけだ。

 ともかく今はこの場を乗り切らねば、何も始まらない。

 海苔緒はアストルフォの後ろにしがみ付き……ヒポグリフに跨った。

 

 

「ヒポグリフ!」

 

 アストルフォの掛け声に応じるように幻馬は翼を羽ばたかせ、徐々に宙に浮いていく。

 

「待って、まだ話が……」

「何度も云うが詳しい説明をしている時間はないッ! アンタたちは走って皇居の中に避難しろ。あそこなら時間が稼げるし、いざとなれば半蔵門から西に脱出できる。お互いに生き残れたら、何でも話を聞かせてやるよ。―-じゃあな、急いで逃げろよ!」

「あっ、ちょっと待ちなさい!」

 

 幸運なことに現在地はかなり皇居寄りだ。今ならまだ余裕を持って皇居に避難出来るだろう。

 海苔緒とアストルフォは慎一や美埜里の制止を振り切り、ヒポグリフで空へと飛び立った。

 

 




という訳でアストルフォは弱体化、元のスペックと対軍宝具と併せて単独で帝国を撤退させるおそれがあるので……こういった形に落ち着きました。

ノリオ君の『切り札』は予想出来る人も居るかもしれません。

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