Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです) 作:五十川タカシ
ですが本二次創作はフィクションであり実在の人物、団体とは何ら関係ありませんので、あしからず。
日本、某所の公園にて――
ベンチに座り、陰気な笑みを浮かべたまま鳩に餌をやる人物が居た。フォーマルな黒いスーツを着た一見サラリーマンにも見える男だが、纏う雰囲気や目付きに注視すれば……そんな堅気の業種に就いているようには到底思えないだろう。
それもその筈。何故ならそこに居たのは、警視庁公安部に所属する駒門だったのだから。
そんな暗黒オーラを垂れ流す駒門に、ごく自然な様子で近付く女性が居た。これまたフォーマルな女性用スーツを纏った女性だ。長い黒髪は後ろで結われている。
彼女は時に公安に所属していることになる場合もあり、時にイトウと名乗ることもある……そういった具合に影の定まらぬ女性であった。
イトウと名乗ることもある女性は、声を掛けることもなく駒門の隣に腰かける。
駒門の方も近づいてくるイトウに一瞬だけ、視線をやったが……それ以降は全く気にする様子はなく、何食わぬ顔で鳩に餌をやり続ける。
しばし沈黙を積もらせた後――先に口火を切ったのは駒門だった。
「どうだい、そっちの景気は?」
陰気な顔に相応しい、昏く陰気な声だった。相変わらず駒門の視線は餌に群がる鳩へ向いている。
イトウもあえて視線を交わすことなく正面を向いて話をする。
「的場(エルダント交流)局長から推薦のあった有賀礼人を新たにメンバーへと加えました。貴方の子飼いの部下数名を含め……護衛の体制は万全でしょう」
「ククッ、後は“子供使い”のお手並み拝見って訳だ」
息を噛み殺すように駒門は笑う。いや、その爬虫類じみた笑みは、嗤うと形容したほうがより正確か。
駒門が子供使いの名前を出した時、イトウは一瞬だけ批難するように眉を顰めたが直ぐに表情を正した。
護衛とは精神病院で療養を続ける海苔緒の母親の件のことである。
万全と称したが護衛の人数は少数であり、その内訳は子供使いこと……
有賀礼人氏は昨年の冬にあった秋葉原での騒動の一件で、エルダント要人と加納慎一、古賀沼美埜里等を各国の工作員から守った実績を持つ。
さらに付け加えるなら、有賀は重度のオタクで休日は痛車に乗って秋葉原に繰り出すのが日課だとか。
派遣された駒門の子飼いの部下たちは、対エルダント諜報のためにアニメや漫画に関する知識を身に付けている関係でオタク化が著しい。
よって護衛のメンバーのオタク率は異様に高かった(アラタは元オタクであるし、部下である梶田の密かな趣味はゲームのレビューの投稿だったりもするので、むしろメンバーの中でそういった方面に疎いのはジブリール位だろう)。
けれどだからといって、舐めて掛かれば確実に痛い目を見る。
確かにオタクかもしれないが、彼等全員出自は違えど皆何かしらの修羅場を潜ってきた精鋭である。
何より
こと作戦指揮において彼に及ぶ人材は、現在他に居ないと云われている。その彼と優秀な人材が合わされば、鬼に金棒と云っても過言はない。
「そちらの情勢はどうですか?」
目の前の噴水に視線の焦点を定めながら、イトウは駒門に問い掛ける。
「変わらんな。アメさんは既に共同歩調。露助とEUの連中はウクライナがきな臭くなってるせいか、動きが緩慢。大陸と半島は……、大陸は身内同士の抗争の最中だってのに、こっちには抜かりなく探りを入れてきやがる。半島の方は上も下も誰の後ろに付いて虎の威を借りるか――あたふたしながら品定め中って所だな」
日本の銀座事件がなくとも昨今の国際情勢は、不穏な空気に満ちていた。
中東での過激派勢力の台頭、ロシアとヨーロッパのウクライナ対立問題のさらなる深刻化。中国における腐敗撲滅運動から生じた派閥同士の抗争激化。他にも提示すればきりがない。
それ等の事象は、日本とも密接に関わってくる。
例えば中東での過激派勢力台頭。アメリカが主導したイラク戦争により反米勢力は一時的に一掃された。……が、結果として勢力の分派によって多数の過激派組織が誕生し、その勢いを増している。
過激派勢力にとって異教徒は敵であり、異教の神などは尚許し難い。そんな彼らが亜神やサーヴァントの存在を知ったらどうなるか……想像するに容易いだろう。
なので日本政府は亜神については表現をぼかし、サーヴァントについては存在自体を秘匿することを決定していた(ケイローンはギリシャの神の一柱であり、アストルフォに至ってはもろにキリスト教にまつわる聖戦士なので、存在が露見すれば過激派勢力のターゲットにされる可能性が非常に高いため)。
次にウクライナの対立問題。この問題については歴史的にも根深く、一概にどちらが悪いとも云い難いため主観的な意見はさておくとして――日本と関わってくるのはエネルギー資源の占有だろう。
ロシアは近年、エネルギー資源の輸出を行うことで国を豊かにしてきたのと同時に、資源輸出を交渉カードにしてEUに圧力を掛けている。
EUは資源地が欲しい。ロシアはEUを始めとした資源輸出対象国が資源地を手に入れるのを望んでいない。
そんなタイミングで銀座事件が起こった。
全ての情報を総括した日本政府の発表は数日後に迫っているが、既に情報は小出しで公開され続けている。
複数の
かつてマルコ・ポーロが謳った大法螺が現実のものとなろうとしているとは、余りに痛快な皮肉だろう。
新大陸を巡って血塗れ闘争を繰り広げた者達の末裔が、それを放っておくなど考えられず筈もなく……必然的に日本がEUとロシアの思惑に巻き込まれることになるのは必然。
中国に関しては虎狩り、蝿叩きと呼称される腐敗撲滅運動により権力闘争が巻き起こっている。
背景として『かつての日本の如く人民を総中流階級へと押し上げる』というスローガンを内外に掲げて共産党は活動してきた訳だが……現実として出来上がったのは一部の超富裕層と大部分の貧民という格差社会。
中国各地では誰も住まない街、誰も通らない高速道路、使われない空港などが平然と作り続けられている(一説によれば、アメリカがここ百年で使用したコンクリート量を中国は僅か数年で消費しきったとか)。
これまで世界一の消費国となると思って、投資してきた世界中の資産家たちも投機の熱が冷めてしまい――総中流階級を夢見て共産党に尽くしてきた人民たちの不満は爆発寸前である。
故の腐敗撲滅運動であり、少なくなるであろう
異世界へと領土を広げれば……今までのツケをチャラにしても十分御釣りがくる。
中国は派閥同士で争いを続けながらも、互いを出し抜くために派閥それぞれが個々に日本への工作を開始した。
遠からず大陸で起きた騒乱は、日本までも巻き込むだろう。
半島に関しては……特筆すべきことはない。相も変わらず平常運転である。
最後にアメリカは今回最初から協力関係を示してきた。
エルダントの一件を既に把握していたため、アメリカは理解が早かった。
イラク戦争の反省を生かし、直接の介入はせずに自衛隊のバックアップに回ると宣言。矢面に日本を立たせつつ、自国アメリカの利益を最大限確保するために活動を開始する。
他の国が何とか異世界へと繋がる門のどれかを『日本の領土の一部ごと確保出来ないか?』 と画策している中――唯一アメリカだけは『異次元の門を開ける技術を解析し、実用化出来ないか』と考えていた。
同盟国である利点を生かし、アメリカは日本と共同で世界初の『魔法』研究機関を設立しようと動き出してもいる。
――けれどそのような各国の動き全ては、云うなれば嵐の先触れに過ぎない。本当の嵐はこれからやってくるのだ。
「紫竹海苔緒の処遇に関しては、どうなるのでしょう?」
イトウの思考に感情が付随した。本来で影として活動する彼女は公私を完全に割り切らねばならぬ身なのだが……彼のこれまでの経歴と考えると、どうしても同情が胸から浮き上がってしまう。
だが駒門はそんな感傷に気付くことはなく、飽くまで公安部所属の身として話を続けた。
「ハルケギニアでの件が一段落したら、銀座の門の向こう側に派遣されるだろうよ。伊丹耀司が配属された第三偵察隊に編入される予定だ」
「伊丹耀司……二重橋の英雄ですか? ですが彼は――」
しかし駒門は違った。
「偶然って云いたいのかい? 伊丹の経歴は確かに地上スレスレの低空飛行だろうよ。けどな、経歴だけみれば“子供使い”も似たような――いや、大分酷いか。……で、その真っ当で平凡な経歴だった“子供使い”さんは一体どんな活躍したんだっけか?」
「それは……」
押し黙るイトウ。駒門はイトウが躊躇ったその先を口にする。
「“子供使い”――
イトウは『反中ゲリラ勢力の協力もありました』と反論しようかとも思ったが、そんなもの人民解放軍の前では雀の涙ほどの戦力でしかなかった。だが
しかし彼がスーパーマンでもなんでもないことを、彼の苦悩と共にイトウはよく知っている。
「伊丹耀司も同じ……と、そう云いたいのですが?」
「そこまでは云わんさ。けど最近考えるようになったことがある。“世の中には埋もれていく才能がどれだけあるのか?”ってな。例えば――」
駒門は指折りして、三人の名を出した。
一人は加納慎一。一人は平賀才人。そしてもう一人は紫竹海苔緒。
「この三名は、日本の教育制度の中で
その成果として、加納慎一はエルダントとの強固なパイプを結び、平賀才人は領地と爵位を与えられ、紫竹海苔緒の至っては銀座事件において単独で炎龍を撃退し、被害拡大を未然に防ぎ。現在はハルケギニアにおいて信じられない功績を上げようとしている。
「世の中にはそんな風に特殊な環境に放り込まれることで、発揮される才能もある。伊丹耀司もそんな一人じゃないかって……ただそれだけの話さ」
駒門の見立てが正しかったことは、後にはっきりと証明されることとなる。
けれどそれは今のイトウには理解が及ばなかった。
「そうですか、分かりました」
「……そうかい。気を引き締めた方がいいぜ。じきに嵐だ。忙しくなる」
上辺の言葉がイトウの口から零れると、駒門はベンチから立ち上がる。
駒門の纏う不吉なオーラに中てられてか、人馴れした鳩が散り散りに飛んで行く。
鳩の餌が入っていた紙袋をゴミ箱に捨てると……駒門はそのまま公園を去っていく。
イトウはしばらく経ってからベンチを離れ、駒門とは反対方向へと歩き出した。
――同時刻、ハルケギニアにて。
紫竹海苔緒はアストルフォ、ケイローン、ジュリオと共に火竜山脈に来ていた。
目的は地脈の下見と、
その為に、杭の形をした地脈制御用魔術礼装を作成したのだが……実質は海苔緒ではなく、ケイローンが作成したようなものである。
――【神授の智慧A+】
それがケイローンの持つ超絶チートスキルの名前だ。このスキルは英雄の持つ特殊な固有スキルの除くほぼ全スキルにB~Aランクの習熟度を発揮出来き、加えて他のサーヴァントにそれ等のスキルを授けることを可能とする。
思わず『インチキ効果も大概にしろ!』とか、『そんなんチートや、チーターやん!!』と叫びたくなるのは海苔緒だけではないだろう。
ケイローンはそのスキルを駆使して、【道具作成A】と【陣地制作B】を取得して見せたのだ。
けれど納得は出来る。アキレウスやその父ペレウスが使っていた槍は、ケイローンが自作したものだし、ケイローン自身の弓も自作である。
加えてケイローンは神々たちから様々な知識を授かっており、その中に魔術(当時は魔法)の知識があっても何ら不思議ではない。
ケイローンの狩猟の師たる女神アルテミスの従妹である女神ヘカテ―へ仕えていた巫女がメディアだったことを考えると、ケイローンとメディアが同じ系統も魔術を修めていたと考えた方がむしろ自然と云えよう。
故に今回海苔緒はケイローンの手伝いをしただけであった。気分はお父さんに夏休みの工作を手伝って貰う子供である。
海苔緒は『もうケイローン一人でいいんじゃないか? というかキャスターのクラスカード要らなかったんじゃねぇか?』と思ったが、ケイローン曰く、そうではないらしい。
『私はアーチャーのクラスで降臨したため、大規模な地脈制御を行うほどの魔術行使は出来ません。ですから必然的にキャスターのクラスカードを使うノリオの力が必要となります』
海苔緒は一瞬、固有結界を使う某アーチャーのことを思い出したが……ケイローンが嘘を云う必要はないので、本当のことなのだろう(元の座に存在するケイローンの能力が凄すぎるため、クラスごとに能力制限が敷かれている可能性が高い)。
だがそれでも【神授の智慧A+】がトンデモスキルなのは変わりない。
海苔緒は既にキャスターのクラスカードをインストールしており、羅針盤にも似た魔術礼装で地脈の中心点を探知している。
既に大まかな位置は割り出しているので、中心点は数分と経たず発見出来た。
「アストルフォ、杭を頼んだ。先生もお願いします」
「まかせてよ!」
「了解しました」
アストルフォは抱えていた人の背丈ほどの高さの杭を、海苔緒の示した地点へ突き刺す。杭は一見すると真っ黒に見えるが、それらの正体はびっしりと細かく書き込まれた神代の言語である。
続いて海苔緒に向かって頷いて見せたケイローンが槌で杭を半分ほど地面に打ち込んだ。それから誤差を確認し、問題ないと判断すると……海苔緒へバトンタッチする。
「ノリオ、後は頼みました」
「わ、分かりました」
緊張で声が少し上擦る。海苔緒は呼吸を整えると、打ち込まれた杭の頭に両手を沿える。
「――――――――」
【高速神言】のスキルが発動し、海苔緒の口から理解の及ばぬ言葉が発せられる。その場に居た者の中で(海苔緒自身を除き)ケイローンだけが、その正しい発音を理解出来ていた。
杭に書き込まれた神代の文字が輝き、杭を中心として巨大な魔法陣が斜面に投影される。
海苔緒は杭を触媒として地下深くの地脈へと制御を伸ばす。
(――届いた!)
ここからが肝心だ。水の流れを絞るかのように、ゆっくりと細分化された地脈の流れを収束し一本化していく。そしてその状態を定常化させ、風の元素を地上へと放出させるための
とは云っても今回は下地作りだけなので
最後に
『……Ar……t■■■……』
“何か”が地脈を溯っている途中で海苔緒に触れ、強烈な悪寒が全身を這い回る。海苔緒に触れて覚醒した“ソレ”は、海苔緒に向けて獣のような唸りを上げる。
怨嗟と憎悪に塗れた叫びが海苔緒の脳裏の縊りつく。それは輝きを恨む声であり、誉れを厭う声のようであった。
海苔緒は瞬時に接続を中断し、その場で尻もちをつく。
「大丈夫(ですか)、ノリ(オ)!!」
慌てて駆け寄るアストルフォとケイローン。少し離れた場所で周囲を警戒していたジュリオも直ぐにその輪に加わる。
海苔緒はケイローンの診察を受け、問題ないと判断されると再び地脈への接続をトライした……が、今度は異常を感知出来ず。不審を抱きながらも、海苔緒たちの火竜山脈での作業は結局滞りなく終わりを迎えた。
海苔緒が感じた違和感の正体――それが地脈の中で眠っていた一枚のカードによるものだったことが判明するのは、しばらく経ってからことであったが……。
――ただその時には、何もかもが遅すぎた。
残りのハルケギニア編に関しては、ド・オルニエールに戻って日常話を少しやった後、ビダーシャルとの会談を行い、そして【最後のイベント】をこなしてエピローグとなる予定です。
申し訳ございません、今しばらく続きます。
後、アラタさんが護衛を引き受けてくれているのは、イトウさんへの個人的な恩義からといった感じです。
では、