Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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第三十三話「魅惑の妖精亭での暮夜。もしくはその酔言は嘘か誠か?」

 才人に誘われた海苔緒たちは、今宵魅惑の妖精亭ド・オルニエール支店で飲み明かすことになった訳だが……。

 

「聞いてぐれだまえぇぇよぉ~~! 嗚呼モンモラシー……彼女ったら――」

「分かる分かる! ぼくもルクシャナには散々――」

 

 既に出来上がったご様子のギーシュとエルフのアリィーが、肩を組んで結構なハイペースでビールを呑み交わし、想い人(モンモラシー)婚約者(ルクシャナ)に対する愚痴を競う様な勢いで吐き出していた。

 人とエルフが友誼を深める感動的な一場面(ワンシーン)の筈なのに、何故だろうか……。

 

(正直物悲しいと云うか……見てて乾いた笑いしか出てこねぇな。けど、それよりも――)

 

 海苔緒は苦笑から一転して、嫌々とした雰囲気を滲ませながらゆっくりと首を回して隣に視線を向ける。

 すると海苔緒の傍らには……完全に酔っぱらい、満面のドヤ顔を披露している微笑みデブ――もとい、ぽっちゃり貴族のマリコルヌが居た。

 

「サイトから聞いてるよ。――志を共にする同士だってね。ところでセーラー服(水兵服ではなく女装用)を着るのって最高だよね!!」

 

 さきほどからバンバンと海苔緒の肩を叩いたり、海苔緒の頬をツンツンと人差し指で突っついたりと、やりたい放題の絡み酒。

 どうやら恋人兼女王様(おめつけやく)のブリジッタが所用で居ないせいで、タガが外れてしまっているらしい。

 何度か才人やギムリ、レイナールなどの他の水精霊騎士隊の面々が、勢いに乗ったマリコルヌを止めるようとしたが、テンションマックスの無敵状態となったマリコルヌを止められる者は現れていない。しかし満足すれば、その内海苔緒から別のメンバーの所へ移動するだろう。

 なので海苔緒も他の面子を見習い、適当にあしらいつつ嵐を過ぎるのをじっと耐えていた。

 ちなみに今宵の魅惑の妖精亭ド・オルニエール支店は才人たちの貸切である。

 海苔緒は才人を含む水精霊騎士隊のメンバー数名と一緒に呑んでおり、ギーシュとアリィーは少し離れた席で愚痴をこぼしあっている。

 対してルイズたちは少し離れた位置にて女性陣で固まって飲んでおり、その中にはキュルケやタバサの姿もあった。

 キュルケはロマリアから出国後、オストラント号に同乗してド・オルニエールまで同行し滞在している。

 一方タバサはオストラント号には乗らず、一旦ガリアに戻ったのだが……日本との会議というか調整役の名目で、ド・オルニエールへとやって来ていた。

 女王としての名は表には出しておらず、飽くまでガリアの使いという立場でタバサは才人の屋敷には滞在していて、傍らには親衛隊はおろか腹心のカステルモールの姿すらない。

 唯一タバサについて来たのは女官のイルククゥ――、と名乗るタバサの使い魔シルフィードのみである。

 そこからも分かることだが、日本との話し合いは建前――とまではいかなくとも、主目的が別にあるのは察することが出来る訳で。

 まぁ、そんな理屈をこねなくとも才人の近くに居る時のタバサの様子を見ればド・オルニエールへの滞在目的は一目で分かるだろう。ガリア王国の家臣たちの心労が絶えないのは云うまでもない。

 タバサとキュルケ。両者が今宵の魅惑の妖精亭に居る理由はそんな所なのだが……突っ込み所はそこよりも、しれっとナチュラルにルイズたちの女子会に混じって飲んでいるアストルフォだ。

 女子会での堂々たる振る舞いを見るに、複数の女性を侍らず色男と云うよりはまるで女性の一人としてメンバーに溶け込んでいるようですらある。

 驚異のコミュ力であるが、さすがの海苔緒もあそこまで厚い面の皮は正直欲しいとは思わない。何事もほどほどが一番だ。

 他に目を惹く面子は、奥で静かに酒杯を呷る千早とケイローンのコンビ。何やら親しげに笑みを交わしながら談義している様子。

 いつの間に親しくなったのだろう……と、海苔緒は心の中で思う。だが原作的に考えれば、波長が合うのは自然なことなのかしれない。

 加えて海苔緒の席からでは見えないが、大沢シェフとリュリュが厨房を手伝っているそうだ。

 才人とルイズの紹介でスカロン氏と知り合ったそうで、大沢シェフはスカロン氏から色々と助言を頂いたとのこと。

 そのお礼を兼ねつつ、日本主催の晩餐で出す予定の料理の味の感想をルイズを筆頭とした魔法学院の生徒に聞きたいようだ。

 

(それは良いんだが、リュリュって娘……大沢シェフにくっ付きすぎじゃねぇか。大沢シェフって妻子持ちだったよな、確か。不味くねぇか?)

 

 まだ二人を知り合って間もない海苔緒だが、その目から見てもリュリュが大沢シェフに対して師弟関係を越えた思慕の感情を抱いていることは明白だった。

 見た目二十代後半と云われても納得するぐらいに若々しい大沢シェフだが、実際は四十近い歳でリュリュと変わらない歳の娘という事実を考えると、色々不味いと云うか……。

 悩む海苔緒だったが、大沢シェフとリュリュの一件は杞憂に過ぎない。

 実際の大沢シェフは上手くリュリュとあしらっていた。他にも年下の女性の弟子を数多く持ち育ててきた大沢シェフとしては、この程度のことは慣れっこなのだ。

 女性に惚れられ、迫られたのは一度や二度ではない。しかし大沢シェフは全ての誘いを断っており、浮気をしたことはない(但し料理馬鹿過ぎて……仕事関連で妻と喧嘩することは日常茶飯事だが)。

 海苔緒の杞憂な心配をよそに、大沢シェフはリュリュの補佐を得て妥協なく料理を仕上げていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魅惑の妖精亭ではゆったりとした時間が流れていた。店の雰囲気に体が馴染めば、可愛らしい恰好した給仕の女の子たちに混じってクネクネした動作で店内を回る『トレビアーン!』が口癖なオネェ言葉のムキムキマッチョマン――スカロン氏にもいい加減慣れてくる。

 もし万が一日本テレビに露出すれば名物店長として有名になるかもしれない……とか、変な所から毒電波を受信した気がするが、きっとそれは酒のせいだろう。

 海苔緒は気分を変えるため、才人に話題を振った。

 

「そういや才人。あそこのレコード、どうしたんだ?」

 

 海苔緒の指さす先。魅惑の妖精亭の中央には年季の入った業務用レコードが配置されていた。ラッパのような古めかしいスピーカーが付いた骨董品だ。回転するレコード盤に降りた針が記録された音を伝達し、金管楽器の如きスピーカーから店内へと浸透するように響いている。

 店の雰囲気にはぴったりであったが、ハルケギニア由来の物でないのは明らか。

 才人は杯の中身を干して一息ついてから、海苔緒に答えた。

 

「あ、あれな。親戚の蔵の中に壊れた状態で放置されてて、機会があったからレコード盤数十枚と一緒に引き取ったんだよ。そんでコルベール先生が色んな機械を調べたいって云ってたから、先生に引き渡してさ……」

 

 そうしてコルベールによって分解修復されたレコードが、ここ魅惑の妖精亭に設置された訳である。

 付け加えるなら、このレコードはエルフの協力を得て作った試作のバッテリーを電源として使用している。ちょうど車のバッテリーほどのサイズで、主な原材料は精霊石。目下問題なく稼働しており、改良も続けているとこのこと。

 説明を聞いた海苔緒は『短期間によくもこんな物を作れるものだ』と感心というより絶句した。

 

「……ほんとスゲェな。コルベール先生」

「うん、俺もマジでそう思う」

 

 戦闘機やら戦車の整備を担当して貰ったり、ノートパソコンのバッテリー残量を回復してくれたりと、コルベールに幾度となく助けてもらった才人の台詞には深い実感がこもっていた。

 

「ボクも同感だね。精霊石にこんな使い道があったなんて考えもしなかったよ」

 

 不意に、横から才人と海苔緒の会話に割り込む声。

 

「え? あ?」

「なッ! ――ダミアン!?」

 

 ハッとなった二人が慌てて顔を向けると、いつの間にやら才人と海苔緒の横に元素の長兄であるダミアンが腰掛け、チビチビと杯を干していた。

 海苔緒も、ダミアンがド・オルニエールの警備に関わるアドバイザーとして雇われていることは知っていたが直接対面するのは初めてだ。

 

「一応ボクも呼ばれたからね。遅れながら参上した訳だけど。もしかして迷惑だったかな?」

 

人を食ったような笑みを浮かべながら、ダミアンは困惑する二人にそう云い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから小一時間ほどが過ぎたが……場の勢いというか雰囲気に流され、海苔緒と才人とダミアンは三人で固まって飲み続けている。

 ダミアンはいつも携帯している金管楽器のような巨大な杖を所持しては居ないが、才人はダミアンを一応警戒している様子だ。

 その証拠に護身用の剣を手近な位置に引き寄せ、キープしている。

 元素の兄弟と浅からぬ因縁を持つ才人としては、和解したとしも当然の行動であろうと海苔緒は納得する。

 しかし……。

 

(マジで十歳前後の子供にしか見えねぇのに……何本ウィスキーを空けるつもりだ?)

 

 どうやらダミアンはかなりのうわばみらしく、度数の高い酒を次々空けていた(ジークフリート化を経験した後の海苔緒も相当だが)。蛇足ではあるが、ド・オルニエール支店では日本から入ってきた珍しいお酒やカクテルを多数扱っており、それが目的で来店する客も少なくない。

 海苔緒が凄い飲みっぷりのダミアンを見つめていると、視線に気付いたダミアンが海苔緒に声を掛ける。

 

「どうしたの? ボクが気になる?」

「あっ、いや……アンタが元素の兄弟の長男だってのが未だに信じられなくてな。疑っている訳じゃないんだ! その、何だ……」

「云わなくても分かるよ。こんな容姿(みため)だからね。雇われ稼業で依頼人に舐められるのも日常茶飯事さ」

 

 慌てて弁解しようとする海苔緒に、ダミアンは特に気にした様子はなく、軽口の様な気安さで受け答えを返した。

 その気安さのせいか、そうでなければ酒の効力か、コミ症気味の筈の海苔緒がさらに口を滑らせた。

 

「その見た目……何か理由(わけ)でもあんのか?」

 

 一瞬だけ――柔和な笑みを浮かべていた筈のダミアンの顔が硬直した。まるで仮面に亀裂が奔ったかのように。そこに一瞬だけ、ダミアンの素顔が垣間見えた気がしたが……当人はすぐさま取り繕って仮面を被り直す。

 

「そんなに気になるかな?」

 

 ダミアンの笑みは先程と変わらない。無邪気な子供のような笑いのままだ。けれども瞬くほどの間に見えたダミアンの顔。そこに映りこんだ複雑に絡み合った感情の発露を両眼でしっかりと捉えていた海苔緒としては、ダミアンが怒っているように思えて萎縮してしまう。

 

「いや、すまねぇ。酒の飲み過ぎで出た戯言だと思って忘れてくれると助かる」

 

 若干目を逸らしつつも頭を下げて謝罪する海苔緒。対してダミアンは少し考えるように小首を傾げた後……。

 

「……まぁいいか。目的も有耶無耶になりつつあるし、戯言ついで話すことにするよ。才人も聞きたいだろうし」

 

 そう云うとダミアンは大仰な仕草でウィスキーを呷り、舌を湿らせてから再度口を開いた。

 

「ボクら元素の兄弟にはね…………エルフの血が混じっているんだ」

「「は?」」

 

 才人と海苔緒の声が重なる。事情を脳が理解するまで少しラグが生じていた。思わず咳き込んで酒が喉に絡まり、焼ける様な刺激が二人を襲った。

 先に復帰したのは才人の方だ。

 

「つまりお前らもティファと同じ……」

「いや、ボクらの場合は遠い祖先にエルフが居たってだけの話さ。ボクの成長が遅いのはエルフの血が先祖返りしている影響でね。さらに付け加えるならボクら元素の兄弟は“偉大なる始祖とエルフ”の間に生まれた一族、ということらしいんだ」

「なッ――!?」

 

 先代たちの話が本当ならね、とダミアンは最後に云い足した。

 特大級の爆弾発言。即ちアンリエッタや、タバサ、ティファニアと同じく王族の証たる始祖の血を引いていることになる。しかも始祖ブリミルとエルフの混血から始まった血統という、ブリミル教の教義を真っ向から否定する血筋ときた。

 才人は驚いた様子で尋ねる。

 

「――ッ!! まさか! お前らはブリミルとサーシャの……」

「色々と詳しい話は大分失伝していて分からないけど、ボクらが使う先住魔法のその証拠の一つだね。特にボクの弟のドゥドゥーの使う“関節に先住魔法を掛けつつ剣で戦う術”は始祖ブリミルと血を結んだエルフの女剣士が使っていた技だと、ボクらの伝承には残っているよ」

 

「そういや夢で見たサーシャの動きと、ドゥドゥーの戦い方……今思うと似てたな」

 

 護衛と暗殺、方向性は反対だが骨子となる術理の基本がそっくりであった気がすると、才人は今更ながらに思った。

 海苔緒も大分混乱していた。原作知識のある海苔緒もダミアンの出自に関しては知らなかったからだ。才人と同様に震える声で海苔緒は尋ねた。

 

「じゃあ、アンタたちも虚無の系譜って訳か?」

「――違うよ。ボク等は虚無の系譜じゃない」

 

 海苔緒の問い掛けをダミアンの無機質で冷たい声で否定する。

 続くダミアンの声は色々な感情が入り混じった表現しがたい語りであった。

 

「ボクら一族は始祖の血を引きながらも虚無の力を与えられなかった。――故にボクらは虚無にして虚無に非ず。虚無の兄弟にして虚無の兄弟に(あた)わず。だからボク等の先祖はこう名乗ることにした」

 

 ダミアンは一転してやけに陽気な声で『知ってるかい? ブリミル教に異端認定された学者の一説によると、元素を司る系統魔法は虚無(ブリミル)先住(エルフ)の魔法が交わって生まれたそうだよ』と呟いてから、再度自らの兄弟の渾名を口にする。

 

「――“元素の兄弟”と」

 

 ダミアンの名乗りに才人と海苔緒は固唾を呑む。

 とんでもない話を聞いてしまった、と二人は頭を悩ませる。

 しかし能面の如き表情を浮かべていたダミアンはネタばらしをするかの如く突然表情を崩し、からかうように告げる。

 

「やだな。まさか本気にしたのかい? 今の話」

「「はぁ? じゃあ、嘘なのかよ!!」」

 

 重なる才人と海苔緒の声。

 特に真剣に聞き入っていた才人が憤慨するようにダミアンに喰ってかかるが、ダミアンは涼しげな表情で受け流した。

 

「だから最初に云った通り……酒の席での戯言だよ。ボクの話が本当か嘘かは君たちで決めるといい」

 

 ダミアンは肯定も否定もしなかった。他の水精霊騎士隊のメンバーは酔いが回りすぎていてダミアンの話を聞いてはいない。結局ダミアンの話をまともに聞いていたのは、才人と海苔緒の二人のみである。

 

「じゃボクは席を外すよ。噂のシタケノリオ君も見れたことだしね。後は気分を変えて二人で呑み直してくれ」

 

 そう云い残すとダミアンは別の席へと移動し、才人と海苔緒は狐につままれたような顔で互いを見合わせる。

 一杯食わされたとみるべきか? 真偽の判断は二人につかなかった。本当のような嘘の話なのか、嘘のような本当の話なのか……二人は悶々とした気持ちを引き摺りながらも酒を呷るのだった。

 




ダミアンの発言は、作者の勝手な考察ですので……あまり深く考えないでください。

次回は女子会編。

では、

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