Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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更新遅れて申し訳ありません。
夏の仕事の追い込みで執筆の時間が取れませんでした……ORZ

あとグランドオーダー始めました!

玉藻キャッツとアルテラさんを引いたのでそれをメインにプレイ中、オルレアンでランスロさんとファーニブルにジークフリートが出てきてビビりました。
アストルフォの実装はよ!




第四十話「邪竜と騎士。……壊れても進め!」

 この世ならざる幻馬(ヒポグリフ)に騎乗するアストルフォはファーティマを抱えながら、遠き地上の星を見据えた。

 瞬いては消えていく大地の閃光(ヒカリ)は、その全てが二人の騎士の戦いの軌跡であり、北欧の竜殺しと円卓の騎士の激突の火花。

 対峙するは、北欧の竜殺しの紛い物である青年と、バーサーカーでありながらセイバーの剣技の冴えを両立する円卓の騎士。

 さながらそれはアストルフォのマスターである海苔緒の記憶にあった“外典の聖杯戦争(アポクリファ)”の物語を再現するかのような光景であり、予め定められた運命の筋書きに踊らされているかのようにも見える。

 加えてアストルフォ自身も話の中で語られていたように、両者の死闘をじっと眺めることしか出来ていない。

 無論状況は違っている。未だアストルフォの状態は万全であり、魔力も十全に供給されていた。それでも……、

 

『令呪を以て命じる。アストルフォ……その子を守れ。この戦いには一切手を出すな』

 

 海苔緒が用いた第二の令呪。それがアストルフォの行動を縛っている。

とは云っても……一画で二つの命令を行使しており、アストルフォ自身の抗魔力の高さも 相まって実質的な拘束力はそれ程でもなかった。

 けれど、『今飛び出せば逆に海苔緒の足手まといになる』という自覚があったアストルフォに自重を促すのには十分であり……、

 もしもこの場に居たのがアストルフォ単独であったなら、例え敵わなくとも迷わず一直線にランスロットを向かって突っ込んでいただろう。

 その結果として自分一人が死ぬならアストルフォには何の文句もない。しかし飛び出した自分を庇って海苔緒が死ぬようなことがあっては我慢ならない。

 だから現状のアストルフォは抱えたエルフの少女を見捨てることも出来ず、海苔緒の足を引っ張ることもする訳にもいかず……故に地上の光を見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ランスロットの両腕に握られた二挺の短機関銃――PPSh-41から魔弾の群れが掃射された。

 秒間約十五発の発射速度――二挺合わせれば一秒あたり三十発。

 だが海苔緒はその死の暴雨に、真っ向から突っ込んだ。

 次々とランスロットの憎悪に塗れた弾丸が海苔緒の体に命中していく……が、弾丸が纏う白銀の甲冑を貫こうとも、肝心の皮膚を裂くことはない。

 褐色に染まった海苔緒の肌は、魔術的補強を重ねた鋼鉄すらも上回る硬さの竜鱗。英霊の座より直に投影されたジークフリートの悪竜の血鎧は、Aランクの物理攻撃や魔術すらも弾き返す防御性能を誇る。

 

 ――たかだがDランクの擬似宝具など、そもそも相手にもならない。

 

 海苔緒は銃弾の雨を弾きながら、突撃を敢行する。

 心臓が脈打つ度、海苔緒の全身に無尽に等しい魔力が供給されていく。

 途方もない全能感が体を駆け巡るが……同時に海苔緒は鼓動の音と共に自分が破綻していくのを感じた。

 急速な記憶の消滅。写真を収めたアルバムが焼け落ちていくかのように、前世を含めた自己の欠片が代償として根源の海へと溶けていく。

 持って残り十数分……刻限(リミット)が過ぎれば海苔緒の精神は無へ還るだろう。

 

 ――だが、それでも突き進む!

 

 ランスロットを間合いに捉えた海苔緒は、疾走の勢いをそのまま斬撃にのせてバルムンクを振るう。

 その一撃は膂力に任せただけの英霊からすれば稚拙な剣であったが、隔絶した肉体のスペックが威力と速度が技量を補った。

 海苔緒はジークフリートの身体能力を、セイバークラスを越えた域まで再現していたが……逆にジークフリートの持つ戦闘経験の読み込みに関しては上手く噛み合っていない。

 原因は海苔緒の精神(こころ)を形作る魂の蓄積だ。

 未来の自分の経験を上乗せした衛宮士郎や、英霊の経験蓄積を受け入れる無色の下地があったホムンクルスのジークとは違い――海苔緒はジークフリートの経験を上手く自身の魂に重ねることが出来ない。

 結果――ジークフリートの肉体は再現出来ても、彼が修めていた剣技の模倣に関しては良くて三割程度の域。つまり不出来な物真似に他ならなかった。

 

 ――故に海苔緒は肉体のスペックで、ランスロットを凌駕する道を選んだ。

 

 音速を超える斬撃(ギロチン)――されどランスロットは上体を逸らし紙一重で回避する。

 それはひとえに、ランスロットの持つ無窮の武錬と精霊の加護が相乗効果を発揮した結果である……さもなければランスロットの首と胴は確実に分断されていたであろう。

 大剣が空を切ったことにより生ずる一部の隙を見逃さず、回避に成功したランスロットはそのまま海苔緒の背中へと滑り込むと、褐色の肌に残る唯一無防備な菩提樹の葉跡を狙おうとし……不意に蹴りが直撃した。

 放たれたのは、ノーモーションのケンカキック。

 

「さっきの…………お返しだぁぁぁぁぁッ!!」

「■■■rrrr――ッ!?」

 

 大地を踏み砕く威力が込められた一撃は、ランスロットの胸部甲冑にめり込み……一息の内に数百メートル後方の彼方まで蹴り飛ばした。

 尋常ならざる衝撃がランスロットの全身を揺らし、一隻の艦の残骸へと轟音を伴い衝突する。

 砂埃が周囲に拡散し、遠方の視界を塞ぐが海苔緒は大剣を構えたまま衝突地点を見据え続ける。

 僅かな沈黙の後に響いたのは砲撃の爆音。

 砂埃を掻き消して現れたのは……横倒しになった戦艦の艦砲を乗っ取ったランスロットの姿であり、憎悪に染まった三連砲塔は本来有り得ない角度へと回頭し、海苔緒を捉えていた。

 

「A■■■■thurrr――ッ!!」

 

 放たれたのは十六インチの徹甲弾。重量二千ポンドを超える暴虐が、三連装の砲塔から僅かな時間差で間髪入れずに投射されていく。

 元より戦艦の分厚い装甲板すら貫く巨大な砲弾は、擬似宝具と化したことにより一発一発が地獄に描くに足る威力へと昇華されている。

 並のサーヴァントならば、掠っただけで五体がバラバラになるであろう一撃。

 しかし海苔緒は躱す素振りなど見せず前進した。

 

 筆舌しがたい運動エネルギーを秘めて疾駆する殺意の砲弾の群れ……それを真っ向から大剣で打ち据える。

 

 砲弾と大剣がかち合う毎に猛烈な火花が散り、周囲に破壊の風が狂ったように吹き荒む。大気は絶叫の如き轟音を響かせながら暴威に打ち震えた。

 一部対処しきれなかった砲弾の一部が海苔緒の体に直撃したが、それでも白銀の鎧が砕けただけで褐色の肌には傷一つ付かない。

 衝撃によって生じた砂塵を纏い進撃する海苔緒の姿は、まさしく暴威を運ぶ嵐の化身そのもの。

 縮まっていく距離に合わせ、海苔緒は声を張り上げた。

 

「――剣よ、満たせ!」

 

 呼び掛けに応じ、大剣は解放段階へとシフトする。

大剣の柄に填まった宝玉――そこに保管された神代の魔力が解き放たれ、剣より溢れ出した黄昏色の極光が辺りを煌々と照らし出す。

 そして打ち鳴らされる心臓の鼓動に合わせ、高密度に圧縮された魔力が黄昏色の旋風を織りなし、海苔緒の周辺で巻き起こる砂嵐をさらに苛烈な暴風へと延展させる。

 周囲の兵器は残らず吹き飛び、砂塵が無数の竜巻に巻き上げられたかのよう舞い上がった。

 

幻想大剣(バル)――――天魔失墜(ムンク)ッ!!」」

 

 海苔緒はランスロットへ向け、黄昏色の剣気を纏った大剣を振り下ろす。

 真エーテルが形成する斬撃の波が竜の息吹の如く扇状に放射され、飛来する無数の砲弾ごとランスロットの取り付いた戦艦を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ノリ……」

 

 アストルフォは拳を握りしめながら、嗚咽にも似た声を漏らす。

 ランスロットの魔弾が織りなす鉄風雷火すらも寄せ付けぬ海苔緒の姿は、かつてのアストルフォの戦友(とも)であり、聖剣デュランダルの使い手であったシャルルマーニュの聖騎士(パラディン)筆頭――オルランドを彷彿とさせるほどである。

 海苔緒の体より流れ出る魔力はまるで無尽蔵と云わんばかりに、因果線(ライン)を通じて濁流のようにアストルフォへと流れ込んでいた。

 ただ同時にアストルフォは理解する。あの力は見合った代償を支払った故のものであり、海苔緒は己を売り渡すことで奇跡を起こしているのだ、と。

 だがそれでも、海苔緒はランスロットを押し切れずにいる。

 ……実の所、飽和するほどマナの豊富なハルケギニアの地脈という規格外の魔力源を憑代にしているランスロットは、黒化英霊として全ステータスに一段階のマイナス補正を受けながらも最強クラスのサーヴァントとしての水準を保っていた。

 ハルケギニアに根付く地脈の力とは精霊そのものであり、それ故に湖の精に育てられたランスロットにとって、これ以上にないほど体に馴染む。

 具体的な例を挙げるなら――今のランスロットの力は、どこかの平行世界で執り行われた第四次聖杯戦争にて召喚された時と比べて勝るとも劣らない程である。

とはいえ英霊の座から直接ジークフリートの力を得た海苔緒のステータスはその数段上をいくのだが、加えてランスロットには“あのガウェインの全力”を凌いだ経験があった。

 【聖者の数字】により日輪の加護を受けたガウェインはまさに鉄壁であり、故にそういった手合いにどう対処すればいいかもランスロットは熟知している。

 

 ――それにまだ、ランスロットには最強の切り札が残っていた。

 

 アストルフォは“ソレ”が何かを知っている。……海苔緒の知識からではない。アストルフォ自身の生前の記憶に残っている。

 何しろシャルルマーニュ十二勇士の中には、湖の騎士にゆかりのある騎士(・・・・・・・・)が居たのだから。

 

 ――彼の名はオリヴィエ。オルランドの親友であり、十二勇士きっての智将であった騎士。

 

 オリヴィエの愛剣である“無垢なる刃金(オートクレール)”は、高くして清らかなる(ツルギ)と称賛を受け、オルランドのデュランダルにも並ぶと云われた聖剣。

 彼が一度オートクレールを鞘より抜き放てば――打ち倒せぬ敵は無し、と謳われたほどだ。

 シャルルマーニュ十二勇士終焉の地であるロンズヴォー峠の戦いにおいて、敵はオリヴィエにオートクレールを抜かせる(いとま)も与えぬほどに殺到した。

 結果――持っていた槍が棒切れに成り果てるまで戦ってからオートクレールを抜いたオリヴィエは、背後からの槍で致命傷を受けたにも関わらず……夥しい血を流し、両目が見えなくなっても息を引き取るまでは敵を斬り殺し続けたと云われている。

 もしオリヴィエが最初からオートクレールを抜いていたならば、彼だけはロンズヴォー峠の戦いを生き残れたかもしれない。

 アストルフォは、戦友であったオリヴィエから遠い昔に聞いた無垢なる刃金(オートクレール)の逸話を思い出す。

 

『……アストルフォ。我が愛剣オートクレールは、元々私の偉大な先祖であるハンプトンのビーヴィス卿が“湖の騎士”より受け継いだ物であり、かつてはこう呼ばれていました』

 

 アストルフォはその名を呟いた。

 

 ――無毀なる湖光(アロンダイト)、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒化英霊は本来意志を持たない。

 彼等はクラスカードを核とした存在であり、クラスカードとは英霊の座に存在する英雄たちの魂魄(じょうほう)を一度切り刻んでから、必要な部分だけを抽出して組み上げられた魔術礼装である。

 その為、外見や性能は再現されていても肝心な英霊の内面部分は不必要なモノとして意図的にオミットされている。

 だからクラスカードを核にして顕れる英霊とは、中身(こころ)が伽藍堂の傀儡であるのが正しい姿なのだ。

 

 ――しかし何事にも例外は存在する。

 

 例えば……()のウルクの地を治めていた英雄の王。()の王ならば魂を複数に裂かれ、クラスカードの枠に押し込まれようとも自我を失うことなどないだろう。

 例えば……“ヘラの栄光”の名を冠する大英傑。狂乱の座に堕とされ、黒い泥に呑まれようとも最後まで己が矜持を全うしようとした彼ならば、魂を切り刻まれ道具(カード)に貶められた所で、意志が完全に消えることなどありえぬ筈だ。

 そして今回のランスロットも同じく……彼の魂に深く染みついた耐え難い苦悩と慟哭は、たかだが(・・・・)クラスカードに改変された程度では救われなかったのだ。

 黒化英霊と化しながらもランスロットは、未だに狂気を宿し続けている。

 真エーテルの奔流が迫る中……ランスロットは霞んだ思考の中で、壊れかけた映写機(フィルム)が映し出すかのような走馬灯(かこ)に想いを馳せる。

 

 

 ――男の話をしよう。

 

 男はただ、一人の女の救いを求めていた。

 男は騎士で女は王妃。仕える王に、王妃(おんな)の救済を願ったのが悲劇の始まり。

 完璧であると、騎士は王を理解していた。

 完璧であると、男は王に憤った。

 完璧ゆえに女は報われず、完璧ゆえに男は苦悩する。

 騎士と王妃の秤は揺さぶられ、いつしか男と女へと傾いた。

 許されないと騎士は思う。報われないと王妃は思う。

 けれど男と女は止まれない。理想の騎士と王妃など、現実を前にしてはかくも脆く儚い。

 かくしてブリテンの魔女は嘲笑を浮かべ、男と女は理想の王を裏切った。

 

 

 

 狂いながらもランスロットはかつてを想う。

 モードレッドとアグラウェイン等によりギネヴィアとの不貞を暴かれた後……アグラウェインが『元より貴女は王に相応しくなかった』とギネヴィアをなじる光景を目にして、ランスロットは怒りを隠せなかった。

 ……自分が責められるのはいい。王妃(ギネヴィア)と過ちを犯したのは全て自分の弱さが原因であり、王に罰せられるのも当然のことだ。だが全てを知った上で、何故彼女を責めることが出来る!?

 完璧なる王の正体が“理想に殉じる少女”であり、王が背負う宿命があまりにも重いものだと知りながらも寄り添う努力してきた彼女を知っていながら!?

 なにより裏で王妃(ギネヴィア)を脅し続けたアグラウェイン(おまえ)が何故そんな台詞を口に出来るのだ!?

 

 ――だから。

 

『ほざいたな――アグラウェイン!』

 

 それからの顛末は幾つの物語に語られる通りで……志を同じくしたキャメロットの騎士たちを斬殺したことにより、ランスロットの持つ無毀なる湖光(アロンダイト)は聖剣から魔剣へと堕ちたのだった。

 

 

 

 真エーテルで形成された斬撃が五体を両断せんと迫る刹那――ランスロットは腰に下げた剣に手を掛けた。

 これより常時発動していた騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)己が栄光の為でなく(フォー・サムワンズ・グロウリー)――二つの宝具が封印される。

 全身を覆っていた幻惑が解除され、海苔緒の蹴りの衝撃で兜が半壊したことにより憎悪で醜悪に歪んだ表情までもが露わとなった。

 鞘から抜刀の瞬間――地脈からの供給により鞘に蓄積されていた膨大な量の魔力がランスロットの無毀なる湖光(アロンダイト)を通して溢れ出す。

 ジークフリートの幻想大剣天魔失墜(バルムンク)は拡散放出型の宝具であり、当然ながら距離と共に威力が減衰する。

 いくら破格の威力を持とうとも、この法則から外れることはなく――結果として極大魔力同士の衝突による猛烈な衝撃の末、聖剣バルムンクの一撃は相殺された。

 衝撃が掻き消えると、ランスロットは虚空へと魔剣を掲げる。

 すると周囲に飛散した神代の魔力(しんエーテル)無毀なる湖光(アロンダイト)へと収束していく。

 真エーテルの吸収。これにより魔剣へと反転していた無毀なる湖光(アロンダイト)は今この時、束の間ながら神造兵装としての機能の一端を取り戻したのだ。

 

 つまりそれは……、

 

 地脈からの供給魔力が凄まじい勢いで消費されていく。通常の魔術師……いや、アインツベルンのホムンクルスでさえ数分と持たない魔力消費。

 それに比例してランスロットのステータスが跳ね上がった。

 さらに魔力消費を倍加させ、ランスロットは己の後方へ向けて魔力の濁流を噴射させた。――それは非効率も甚だしい擬似的な魔力放出。

 地上を駆ける黒い彗星が如く――ランスロットは海苔緒に向かって疾駆する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖剣と魔剣が一合交錯する度に大地は砕け、大気は震え、燦爛(さんらん)たる魔力(ほのう)が周囲に咲き乱れる。人知を超えた暴力の応酬。

 発生した衝撃波に中てられて、辺り一帯の物体が悉く破壊されていった。

 二人の闘争はまさしく神話の再現にして地獄の具現。

 スペックで勝るのは未だジークフリートと化した海苔緒であり、それを技術で覆すのが無毀なる湖光(アロンダイト)を握ったランスロット。

 形勢は逆転し、今度はランスロットが徐々に圧している。

 竜殺しの属性を持ったアロンダイトは正面から悪竜の血鎧を切り裂いていく。海苔緒は既に全身から夥しい量の血を流していた。

 対してランスロットは鎧に無数の破損がありながらも、生身の体は未だ軽傷で済んでいる。

 正直な所、両者の力は拮抗していた。ではなぜランスロットが圧しているのか?

 答えは無毀なる湖光(アロンダイト)の能力にあった。

 

 ――ST判定の成功率の倍加。

 

 簡単に説明すれば――宝具等の通常では防ぐことは出来ない特殊な攻撃の発動に際し、 アロダイトは通常の倍の確率でそれ等を凌ぐことを可能とする。

 例えば()の騎士王の聖剣エクスカリバーが放たれ、それをランスロットが本来四割の確率で防げるなら、アロダイトはさらに八割の確率まで防御や回避の可能性を押し上げる。

 現在の聖剣バルムンクは湯水の如く魔力が供給され続け、半解放に近い状態で振るわれているため、呼応したアロンダイトの能力がランスロットに適応される。

 最初にバルムンクの一撃を相殺出来たのもこの効果があってこそ。

 加えて【精霊の加護:Rank A】とステータスアップ。

 これらが相乗効果を生み、ランスロットは不自然(・・・)とも云える頻度で致命傷となる攻撃を防ぎ続けていた訳だ。

 一方、満身創痍となった海苔緒は動きに隙が生じていく。

 海苔緒に踏み込みが鈍ったのを肌で感じたランスロットは、タイミングを合わせてアロンダイトを捻るように差し込み、バルムンクを巻き上げた。

 大きく仰け反る海苔緒。……そして準備は整った。

 ここきてランスロットは、無毀なる湖光(アロンダイト)の真価を発揮する。

 

 ――魔剣の刀身が光り輝く。

 

 それは盟友たちを斬り、その血で染まったことで失った筈の光。神造兵装としての真なる機能の一端。

 騎士王の持つ聖剣の光が『苛烈にして清浄なる赫耀』に例えられるならば……この魔剣が放つ輝きは『高潔にして清廉なる玲瓏』であり、まるで夜の湖面に映る月の光のよう。

 光を放出するだけの出力は持たなかったが、それでも真エーテルを取り込んだことでアロンダイトの刀身に数秒間纏わせるだけなら十分可能であった。

 

「――真・無■■る湖■」

 

 獣のような唸り声と共にランスロットの光り輝く魔剣が鋭く振り下ろされ、大剣を握る海苔緒の右腕を纏う竜鱗ごと斬り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 激痛と共に意識が点滅する。海苔緒の再生能力はアロンダイトの有する竜殺しの権能によって鈍化し、ダメージの蓄積により肉体は限界寸前。加えて右腕が根本から欠落した。

 なにより肉体だけでなく精神の崩壊が顕著だ。記憶の大幅な喪失により、もはや海苔緒は自分が誰からすら見失いかけている。

 だがそれでも……戦うべき理由と守るべき者の存在だけは胸に残り続けていた。

 

(このままじゃ勝てねぇ。まだ足りないのか……捧げられるものは残らず捧げた。それでも届かねぇのか?)

 

 視界に映るのは、右手を失った己に追撃を掛けようとする騎士の姿。

 目の前のソレはどんな名をしていてどんな素性の騎士であったか、今となっては海苔緒には分からない。

 けれど眼前の騎士が、己が全霊を掛けてでも打倒しなければならない敵だということは覚えている。……例えどんな手を使おうとも、だ。

 

(いや……まだだ。まだ賭けられるものが――あった)

 

 海苔緒の瞼の裏に映るのは、大きく咢を開いた悪竜の相貌。それが意味するのは、座のジークフリートから与えられた最凶宝具の使用解禁。さらなる代償を伴う強化である。

 海苔緒は悪竜の呑み込まれる自分の姿を幻視し……、

 

(いいぜ、どうせ残りカスみたいな魂だ。欲しけりゃ全部くれてやる。――だから)

 

 嗤ってみせた。

 

(――だから代わりに、ありったけの力を寄越しやがれぇぇッ!!)

 

 

 

 突如として海苔緒の流す血が妖しい輝きを放ち、流血に染まり半壊していた白銀の甲冑が復元される。

 ――いや、復元というのは正しくない。その形状は明らかに元の甲冑とは異なっていたのだから。

 新生した鎧は白銀からドス黒い血色に染まり、鋭利で禍々しい――まるで竜の外見を象ったかのような形に変わっていた。

 大きく開いた胸元と背中以外は再生した甲冑により全身隈なく覆われ、頭を包み込んだ兜は悪竜の頭部のような意匠を形成する。

 海苔緒が残った左腕で拾い上げるのは……右腕と共に数メートル先に飛ばされたバルムンクではなく、砂に埋もれていた朽ちかけの剣。

 振り下ろされるランスロットのアロダイトと振り上げた海苔緒の剣が交錯する。

 結末は目に見えている。魔剣は朽ちかけた剣を打ち砕き、海苔緒を袈裟切りにするだろう。

 

 ……けれど、

 

 刃金と刃金が噛み合った瞬間、剣が大きく弾かれる。

 仰け反ったのはランスロットの方だった。

 

「■■■■――ッ!?」

 

 海苔緒の手に握られた剣は、海苔緒自身の流血に濡れたことで全く別物に変幻していた。

 朽ちかけていた筈の剣は鎧と半ば同化し、禍々しい輝きを湛えた魔剣へと生まれ変わっていたのだ。

 

 ――鮮血開放・悪竜形成(ブレーカー・ファヴニール)

 

 それは悪竜の鮮血を浴びたことにより自らも悪竜の権能を得るに至ったジークフリートの逸話の過大解釈。流した鮮血に染まった物体を己が肉体の一部に同化することで宝具へと昇華し、血を流すたびに自らを悪竜へと近づける対人宝具。

 つまりそれは力を得る代償として、その身を悪竜へと蝕まれていく祝福(のろい)に他ならない。

 だがそれでも海苔緒は構わなかった。たった一つの(とも)を除いて、失うモノなどもう何一つないのだから。

 代償はたちまちに支払われる。宝具発動の直後から加速度的に記憶が消滅していき、人格には致命的な破綻が生じた。

 

「あ、ガッ――!?」

 

 ――認識に無数の亀裂が奔る。自分を示す記憶(しるべ)は跡形もなく虚無(こんげん)の彼方へ消え去り、もはや自分が何者かすらも分からない。

 そんな名も失った己を突き動かすのは、悪竜としての本能だった。

 

「Aaaarrrrrrrrrrrr――――ッ!!」

 

 けたたましい咆哮と共に■■■は願望器としての力を行使し、セイバーのクラスカードを核として失われた右腕を再構成する。

 しかしそれは飽くまでも霊体で編みこまれた義手に過ぎず、自らの右手の再生を意味しない。右手を構成していた魂魄(じょうほう)は、アロンダイトの一撃により■■■の肉体から完全に剥離してしまっていた。

 それでも剣を握るのに差し支えはない。

 ■■■が左手の剣を振るうと鮮血開放・悪竜形成(ブレーカー・ファヴニール)の効果によって……まるで竜の尾の如く伸縮し、数メートル先のバルムンクに巻き付き手元に引き寄せた。

 そして右手にバルムンクを握りこむと、二刀の剣をもってランスロットに猛攻を仕掛ける。

 

 二撃、四撃、六撃、八撃――、

 

 幾つもの残像を置き去りにして奔る剣の稲妻。ランスロットをそれすら凌ぐが、構わないと云わんばかりに剣戟を振るうたび速度は更に上昇していく。際限なくアクセルを踏み込んでいく感覚に合わせ、肉体がマグマのように煮え立つ。

 魔力の過剰供給(オーバーブースト)による限界を超越した肉体の駆動。代わりに骨という骨が軋み、肉と肉が断裂していくが、悪竜の因子は破損個所を直ぐに補填(・・)していった。

 それでも動かないというなら竜鱗の裏側から生えた無数の刃が■■■の肉と骨を貫き補強することで無理矢理に可動させる。

 崩壊に近づく肉体とそれを押し留めようと全身を貫く激痛に、■■■は獣のような叫びを上げた。

 

「■■■■arrrrrrrrr――ッ!!」

 

 ブレーキはとうの昔に壊れている。心は既に空っぽだ。――後は破滅(おわり)へと向かって疾走するのみ。

 そしてランスロットも同じく……限界に近づいていた。■■■の強化に合わせて魔力消費を増大させ、アロンダイトによるステータスアップ効果を引き上げてきたが、とうとう肉体がついていかなくなっていた。

 ――つまりはチキンレース。どちらが相手を打倒するかのではなく、どちらが先に自壊するかのデッドヒート。

 故にこれは既に外敵との勝負ではなく、自身を賭ける戦いへと変わっていた。

 

 ――斬る、削る、叩く、穿つ。

 

 動作の一つ一つが渾身であり、それに応じる動きもまた全霊。――失速は即ち死を意味する。

 一刀が旋風を生み、一撃が瀑布を描き出す。聖剣と魔剣が切り結ばれるごとに所有者たちの躰は破損し、心は摩耗していく。

 未だに拮抗を続ける二人は、まるでその身を削り合う歯車のように噛み合っていた。

 狂える二人を支えているのは、獣となってなおも残り続けた想いの欠片であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 狂乱の檻に囚われながらも、ランスロットはおぼろげに摩耗した過去を想う。

 

 ――守りたい(トモ)が居て、救いたい女性(ヒト)が居た。

 

 王と皆のための騎士で在りたかった。

 一人の女性を守る男で在りたかった。

 そんな矛盾の果てに己はどんな結末を辿ったのか、心が擦り減ったランスロットにはもう思い出すことが出来ない。

 ひたすらに憤怒と憎悪が胸の内に渦巻いている。

 一体自分は何を憤っていたか? 何に絶望していたのか? それすらも今は遠く……ただただ己の内に溢れる衝動に任せ、その意味すら忘れて名前を口にする。

 

 

 

 半ば邪竜と化した■■■は衝動に身を任せ、剣を振るった。

 邪竜の衝動とは……すなわち宝を守ること。洞窟にて多くの黄金を抱え込んだことから邪竜は抱きしめるモノ(ファヴニール)という名が与えられていた。

 ならば■■■にとっての宝とは何だ? ……答えは決まっている。

 声が聞こえた。遠くから何かを呼びかける叫びを、■■■は壊れかけた認識の片隅で感じていた。

 その声が聞こえる度に、限界を迎えた筈の■■■の躰に力が戻る、力が滾っていく。

 壊れかけた体が徐々に熱を失っていくのに対し、胸の内側から何か熱いものが込み上げてくる。

 空っぽになった■■■には、ソレが何なのか理解出来ない。けれどそれでもソレが大切な宝物であったことは本能で分かっていた。

 

『もういい! もうたくさんだ!! なんでそんなになるまで戦い続けるんだよ!? これ以上続けたらノリが居なくなっちゃう! だからお願い、やめてくれ……ノリィィィィッィィィ――――ッ!!』

 

 彼方から悲痛な叫びが聞こえる。

 それはもう名前も思い出せない誰かの声。

 思い出せないのに、■■■は名前を呼んだ。

 

 

「Aaarr――あ、ああ、あす………アストルフォォォォォォォォッォォッ!!」

「アァァァァサァァァァァァァ――ッ!!」

 

 

 雄叫びと共に全力の剣と剣がぶつかり合い、激突の衝撃で躰を軋ませながら■■■とランスロットは後ろに吹き飛ばされる。

 

 ――――もうこれ以上は肉体がもたない。後僅か数度の交錯で、躰は硝子の如く砕け散ってしまう。

 

 そう判断した両者は、肉体強化に回していた魔力(リソース)すらもカットし、残る全魔力を両手に握った聖剣/魔剣へと込めていく。

 魔剣無毀なる湖光(アロンダイト)は吸収した真・エーテルの放出に加え、ランスロット自身の現界に必要となる最低限の魔力すらも残さず剣へと注ぎ込むことで、ただ一度きりの奇跡を起こしていた。

 対して聖剣幻想大剣・天魔失墜(バルムンク)はその担い手が悪竜の因子に汚染されたことで、真エーテルの輝きは黄昏色から暗く淀んだ暗色へと変化を遂げていった。

 こうして聖剣は魔剣へ、魔剣は聖剣へとその属性を反転させる。

 光の暴風が双方の刀身より迸る。放たれた極光は空間そのものを焼き尽くすかの如き勢いで伝播し、広がる衝撃は周囲一体の物質を原子の塵へと悉く分解していく。

 開放しただけでこの有様だ。

 

「“幻想大剣(バル)――――――”」「“真・無毀なる(アロン)――――――”」

 

 だというのに、二人は僅か数歩と離れていない超至近距離で同時に臨界に達した宝具を撃ち放った。

 

「“天魔失墜(ムンク)――――――!”」「“湖光(ダイト)――――――!”」

 

 ――瞬間、世界から音が消失した。閉鎖された空間全体が閃光と熱波に包まれた。凄まじい熱量の衝突に空間そのものが軋みを上げている。

 爆心地では二つの光の柱がせめぎ合い……やがて十数秒間の攻防の果てに消失した。

 光の中から見えてきたのは……剣を振り下ろした姿で静止する海苔緒と、胴体を深く袈裟切りにされたランスロットの姿。

 

「ア、アァァ、サァ…………」

 

 両者の体から光が飛散する。虚空へと手を伸ばすランスロットは霊子に分解されて消滅し、海苔緒は自身の姿へと戻っていく。

 但し、その右手だけはまるでそれが海苔緒自身のモノでないと証明するかのように、肩の付け根から肌の色が異なっていた。

 ランスロットの消滅と宝具同士のぶつかり合いにより、空間から安定が失われる。じきにこの空間は消滅し、海苔緒たちは元居た場所に自然と復帰するだろう。

 

「ノリ――!」

 

 上空より降りてきたアストルフォは慌てて海苔緒に近づく。しかし……、

 

「ノリ?」

 

 アストルフォの呼びかけに対し、海苔緒は全く応じる様子を見せない。それどころか彫像のように硬直したままだ。

 震えるアストルフォの手が海苔緒の肩に添えられる。

 すると糸の切れた人形よろしく海苔緒は地面へと倒れこむ。

 

「……え?」

 

 最悪の予感がアストルフォの胸を過った。砂の中に沈みこんだ海苔緒の瞳は一切の光りを宿してはいない。駆け寄ったアストルフォが必死に肩を揺するが、それでも海苔緒は反応しなかった。

 

「嘘だよね…………ノリ?」

 

 答えは返ってこない。

 記憶の完全喪失。記憶という精神の支柱を失った海苔緒の意識は、意味を持たない無数の断片へと分解されていた。

 死に様々定義はあるが、心の死をその人物の終わりと数えるなら……紫竹海苔緒という人格(にんげん)は間違いなく一度死を迎えたと云っていいだろう。

 




次回でゼロ魔編を終了し、そのさらに次の話よりついにゲート編突入です。
今年も何とか盆の休みが頂けたので次回はなるべく早く投稿する?予定です。

後、ネタバレになりますが……次回で海苔緒は復活します。なのでどうぞご安心(?)ください。



では、

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