Gate/beyond the moon(旧題:異世界と日本は繋がったようです)   作:五十川タカシ

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今回はサプライズゲストが登場します(震え声)。


第六話「交錯者たちの反攻。もしくは災厄の訪れ」

「何だ、……アレは?」

 

 手近なビルに避難していた駒門は、窓越しの光景を見て圧倒されていた。

 銀座の大通りを駆け抜ける重装騎兵と追随する重装歩兵の群れ、まるで映画の中から抜け出した古代ローマ帝国の軍団のようだった。

 ビルの窓越しに広がる非日常の光景。薄く固いガラスが現実(こちら)幻想(あちら)を隔てている。

 しかし異邦の軍隊の雄叫びは大気を裂かんばかりに周囲に轟き、ガラスを通り抜け、音の波が駒門の全身を震わせていた。

 もはや現実と幻想の境界は曖昧である。

 そう、曖昧なのだ。窓越しに広がる光景が本当に現実か、それとも酷く性質の悪い白昼夢なのか。

 現在、数百人の軍勢がたった三人を目標に、本気で進軍していた。

 騎兵たちは奥歯を噛みしめ、槍を強く握り、馬の轡を必死に引く。馬は馴れないアスファルトの感触に戸惑いながらも、全速力で道路を疾駆する。

 ……が、

 

「顕れよ、〈弾け乱すもの(ザ・ディスラプター)〉」

 

 放たれた光が殺到する騎兵たちの群れの中心に着弾する。瞬間、強烈な閃光と爆音が辺りに轟く。まるで閃光手榴弾(フラッシュ・グレネード)を数個一気に投げ入れたかのような威力。

 経験したことのない事態に、馬も騎手のパニックに陥った。

 何十頭もの馬が騎手を巻き込み転倒、転倒せずそのまま突き進んだ騎兵の殆ども乗り捨てられた自動車に激突し、行動不能となる。……が、それでも突き進んだ騎兵が三人居た。

 彼等三人の目標は先程から帝国の軍隊に壊滅的被害をもたらしている魔導師。

 重装歩兵の長槍が如き長大さを持つ鉄の杖から放たれる魔法は、百戦錬磨と謳われる帝国熟練の兵士を嘲笑するかのように一撃の元に吹き飛ばし、一部の兵士たちを恐慌状態に陥れていた。

 何としてでもここで止めなければ、いずれ士気が維持出来なくなる。

 ぼやけた視界、ほぼ聞こえなくなった聴覚を無視して三人の騎兵は黒髪の少女を何とか視界に捉え、槍を構えるが。

 

「ガハッ――!?」

 

 横合いからの強い衝撃、何が起こったかも理解出来ず騎兵の一人が馬上から叩き落とされ、地面を強い勢いで転がる。

 全身を覆う鎧にして制限された視界の死角を突いたのは、蒼い服を纏い、一振りの剣を握る青年。その左手は確かに輝いていた。

 青年はすぐさま跳躍し、二騎目の騎兵に飛び掛かる。

 

(馬鹿めッ!)

 

 宙に浮けば、回避など出来なくなる。陸に上がった魚に銛を向けるような気分で騎兵は馬上槍を青年に向ける。

 けれど、青年は馬上槍の先端に向かって軽く剣を振るった。

 ただそれだけのことであった筈、なのに接触した槍の重心がずれ、騎兵の槍先は外側に向かい大きく傾く。

 騎兵は何か起こったか理解出来ない。

 

(……はッ?)

 

 青年はそのまま滑るように騎兵の懐に入り、ガラ空きとなった腹部に強烈な飛び蹴りをお見舞いする。そのまま地面に激突し、二騎目の騎兵も脱落した。

 その光景を見た三騎目の騎兵に躊躇の心が生まれた。人の機微に聡い馬はその躊躇を感じとり、速度を緩める。

 青年はその隙を見逃さない。

 青年は剣を構え、地を蹴ると電光の如き速度で騎兵の視界から消え失せる。

 見失ったと思った時点でもう遅い。次の瞬間には腹部を逆刃で叩かれ、三騎目も落馬した。

 ……一騎目から三騎目の落馬まで、実に十数秒間の出来事である。

 その圧倒的な光景に、後方の兵士たちに動揺が広がる。

 

『何だ、あれ?』

『……悪魔』

『いや、化け物だッ!』

 

 帝国の兵士は知らない。彼の正体が神の左手であり、同時に神の盾たる【ガンダールヴ】であるということを。

 虚無の担い手の長い詠唱の間、無防備となる主を守ることに特化した才人の能力は、機杖を使う海苔緒との相性抜群と云える。

 開けた平野なら帝国にも勝機があったかもしれないが、ここは銀座のど真ん中だ。入り組んだ地形の中では一度に大規模な攻勢は仕掛けられないのだ。

 銀座の大通りは完全に才人たちの支配するキリング・ゾーンと化していた(※キリング・ゾーンと表現したが、海苔緒も才人も、勿論ルイズも、相手を極力無力化することに努め、無益な殺生はしてはいない)。

 

 

『何をしているッ! 相手はたった三人だぞ。さっさと……』

 

「顕れよ〈叩き潰すもの(ザ・スラッガー)〉」

 

 帝国指揮官が味方を叱咤している途中で、〈疾風の拳(ティフ・ムロッツ)〉にも似た不可視の一撃が狙い澄ましたかのように指揮官を跳ね飛ばす。

 吹き飛ばされた指揮官は仰向けで宙を舞い、脳内には走馬灯がよぎった。

 

(何故、こんなことになったのだ……?)

 

 ことの始まりは、侵攻先であるこの異郷の地より数人ばかり適当に攫ったことにある。

 たったそれだけの人間を検分しただけで、この地に住む者たちが惰弱で戦う気概のない蛮族であると判断したのは明らかな失策だった。

 現状、帝国侵攻軍はたった三人の相手に圧倒されている。

 指揮官の目に映るのは、天に届かんとする巨大な摩天楼と、どこまでも続く透明な鏡の壁。

 こんなものを作る技術は帝国には存在しない。それも驚くほど大量に、だ。今しがた己を吹き飛ばした長大な鉄の杖。あれに似た代物も、きっと数えきれないほどあるのだろう。

 最初は奇襲だから成功した。だがきっと時が経てば、あの杖に匹敵する武器を携えた連中が大挙として此方に押し寄せ、帝国軍に反撃を加える筈。

 

(なに……が……、宝の、山……だ。元老院、の、連……中、め! ここはグリフォ……ン、の……巣の中だ)

 

 撤退を叫ぼうとしたが、それも叶わず……指揮官は地面に体を強く打ち、失神した。

 指揮を引き継ごうとする者は次々、海苔緒の狙撃に遭い吹き飛ばされる。

 機杖は射点を変えなければ、詠唱した魔法を機杖が読み込み保存するため、別の魔法に変えない限り連射が可能だ。つまり固定砲台に徹すれば、再詠唱(リ・キャスト)は必要ない。

 隊列を組んで接近しようとすれば海苔緒に纏めて吹き飛ばされ、少数が突破出来ても、才人に封殺される。

 天秤がどちらに傾いているかは、もはや明白。

 いずれ遠からず才人たちの方面に押し寄せてきた帝国軍の部隊の一部は完全に瓦解するだろう。

 

 そんな光景を駒門は放心したように見つめていた。

 駒門の部下たちもお互いを符丁で呼ぶのも忘れ、互いの見える光景を伝え合っている。

 異世界から侵略という衝撃的な事実も、それを上回る光景によって打ち消されていた。

 

『なんだ、こりゃ? アメリカのハリウッド映画かよッ!?』

『そりゃ、もしかしてマー○ル原作か?』

『空の上じゃ、ワイバーンが次々撃墜されてる。槍持ってグリフォンみたいなのに乗ってんのはまさか、さっきのピンク髪のスターバックスの客か?』

『こっちで対戦車ライフルみたいな武器使って魔法ぶっ放してるのは、ピンク髪と相席してたガキだ。くそっ、どうなってる!? どこの担姫のアンジェリカだよ!』

『上層部に報告したんだろ! 政府のコード【6666】発動はまだなのか?』

『大方内閣の連中がブルってんだろ。なにせ、今の政権は自衛隊を【暴力装置】とか呼んでた連中の集まりだからな』

 

 怒声とも悪態とも付かない声が通信の中を飛び交う中、コード【6666】という単語が漏れた。

 現実のアメリカに概念計画(CONOP)8888というものが実際にあった。これはアメリカ国防総省の戦略軍が極秘に制作した防衛プランであり、もし現実にゾンビによるパンデミックやバイオハザードが発動した場合、どういった対策をとるのか具体的に書かれている。

 この計画は後に暴露されて笑い話の種となり、国防総省は『訓練のために作った計画であり、人々が訓練用の架空のシナリオを実際の計画と勘違いしないよう、あえて全くありえないシナリオを採用した』と声明を出しているが、もしかしたら本気だった……かもしれない。

 この世界の日本では、これと似たような防衛計画が極秘文書として存在していた。

 コード【6666】……エルダント帝国との接触に影響され制作された、異世界からの侵略に対する防衛計画。

 けれど誰も本気で計画書を作った訳ではない。非公式ながら異世界と接触した日本政府が、様々な体裁を整えるため作ったお役所仕事丸出しの文章の一つに過ぎなかった。

 それが今まさに発動しようとしていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空を翔る帝国の竜騎兵たちは今まさに混迷の渦に呑まれていた。

 炎龍などの一部の例外を除き、空において彼等はずっと敵なしであった。いくつも城塞を落とし、いくつも城を陥落させ、今回も竜騎兵隊は帝国の栄えある先槍を務めることとなったのだ。

 本来の世界ならば彼等はヘリや戦闘機といった既知の範疇を超える未知の兵器によって駆逐され、力の差など理解することなく墜ちていっただろう。

 けれどこの世界線においては違う。彼等は理解の及ぶ範疇のものよって圧倒的な力の差を見せらせ、力の差をまざまざと痛感しながら墜ちていく。

 彼等……竜騎兵とワイバーンの敵は、幻獣に跨り金の穂先を持つ馬上槍を携える……たった一人の騎士だった。

 

『なんだ……アイツは?』

 

 震える声で竜騎兵の一人が呟く。落とされた仲間は、既に十数騎はくだらない。

 ――触れれば、墜ちる。

 魔的な表現だが、そう評するしかない。あの槍の金の穂先に触れた途端、竜騎兵はワイバーン諸共、転がるように宙を滑り地上へ落下するのだ。

 

『こ、こっち、向かってくる!』

『散れ、散れ!!』

 

 幻馬に乗った騎士は全速力で竜騎兵の団体へと突撃した。まるで理性(きょうふ)を母親の股座に置いてきたかのような無謀かつ無茶苦茶な勢いである。

 運悪く逃げ遅れた竜騎兵の一人は、正面から幻馬の騎士と接敵した。

 

(女……、いや子供?)

 

 男の視界に映ったのは白銀の鎧を纏った桃色の髪の少女だった。

 一瞬、竜騎兵の脳裏にモルト皇帝の第五子、ピニャ・コ・ラーダ率いる薔薇騎士団が連想される。

 少女はまるで恐れ知らぬ幼子のように悠然と微笑んでいた。

 その姿はまるで、死と狂気と戦争と断罪の神『エムロイ』の化身。

 

(……死、神!!)

 

 竜騎兵が必死に振るった長槍は保身なき紙一重の動きでかわされ、代わりに少女の振るう金の穂先がワイバーンを突く。

 瞬間、竜騎兵は何事も理解出来ぬままワイバーンと共に地面に落下するのであった。

 

「さぁ、次は誰だ!」

 

 勇ましく名乗りを上げながらアストルフォは槍を空へと掲げた。

 こうして目立つことで竜騎兵たちを釘づけにし、ワイバーンによる被害を防ぐためだ。

 けれど内心、アストルフォは胸を高鳴らせていた。こんな機会はもう二度とないと思っていたからだ。

 シャルルマーニュ十二勇士として活躍していた己を思い出す。

 同時にこの後、厄介なことになるだろうとも頭の隅で理解していたが、理性の蒸発しているアストルフォはその辺り極力考えないようにしている。

 

(まぁ、ノリと一緒なら後は何とかなるでしょ)

 

 ……その為にも早く合流しないとね。

 

 アストルフォはその想いを強く胸に仕舞い込むと、次の敵へと視線を定める。

 

 

「ヒポグリフだぁぁぁッ! 当たると痛いぞ~~ッ!」

 

 海苔緒のやっていた某ゲームの台詞を改変して借用しつつ、アストルフォはいつもの如く無鉄砲に竜騎兵の群れへと再び突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一体何がどうなっている!?』

 

 声を張り上げたのは帝国軍の中でも上位に位置する指揮官の一人。

 門を潜り、蛮族共も屠り、その屍の山に旗を立ててモルト皇帝の名の下でこの地の占領を宣言した所までは良かった。

 だが現状はどうだ? 空では竜騎兵たちがたった一騎の幻馬と騎士に圧倒され、地上では一部の部隊がたった三人の敵に侵攻を阻まれている。

 増援を送ろうにも巨大な塔のような建物に挟まれ道幅が限定され、他の道から侵攻しようにも帝国はまだこの異郷の地形を全く理解していない。

 指揮官たちの中で焦りが生じ始めていた。

 

(……このままでは責任問題が生じる)

 

 たった数名の反撃で栄えある帝国の軍が苦戦している。仮令この地を首尾よく占領したとしても、このことが報告されれば最悪何人かの首が飛ぶ(物理)かもしれない。

 何とかせねば……と、頭を捻っていると門の向こう側から大勢の悲鳴のようなものが響いた。

 門の向こう側には後詰めの予備兵力が控えている筈。

 何が起こったと、その場に居た殆どの兵士が門へと向き直る。

 門を潜り抜けたのは巨大な赤い首だった。

 肌を鋼のような鱗で覆い、双眸には獰猛な光を湛えている。

 それを見た瞬間、その場に居た全員の心臓が停止しかけた。中には堪えきれず失神した者も多数居る。

 震える声で指揮官の一人がその名を紡いだ。

 

『……炎、龍?』

 

 炎龍……門の向こう側、ファルマート大陸にて災厄と表現される絶対的生物(フリークス)である。

 人の身でソレに抗うことは出来ず、ただ洪水や台風が過ぎ去るのを待つように息を潜めることしか出来ない。

 炎龍は帝国軍には目もくれず、門を超えて空へと飛び上がった。目指す先は帝国が数名の敵に反撃に遭っている地点。

 その様子を門の近くに詰めていた兵士たちは放心したように眺めるしかなかった。

 故に誰もが気付かない。炎龍が全身に淡い砂のような光を纏っていたことを……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、海苔緒たちは何とかこちらに近づこうとする帝国軍を撃退し続けていた。

 途中から一方からではなく三方に分散して近付こうとするようになったが、機杖の連射には歯が立たず、ルイズと才人のサポートもあって既に四千から五千程度の兵士を行動不能に陥れていた。

 ここからはゆっくり後退しつつ、敵を引き付け時間を稼ぎ……最後には合流したアストルフォと共にヒポグリフで空から脱出するか、それとも才人とルイズに付いていきハルケギニアに一端退避するかだろう。

 そして後は到着した警察や自衛隊などに任せるつもりだ。

 

(仮に何とかこの場を切り抜けたとして……その後どうなるやら)

 

 海苔緒の活躍は既に町中の監視カメラに捉えられているだろう。もしかしたらもう既にビルに取り残された人の一部が、海苔緒の姿を録画し動画サイトとツイッ○―などに上げているかもしれない。

 良くて任意同行、悪くて問答無用で取り押さえ。競馬や宝くじなどで荒稼ぎした前科もあるので捕まったら……追及必至だろう。

 海苔緒がそんなことを思っていた矢先……、

 

「おい、ノリオ、あれ?」

 

 サイトが大声を出し、空を指す。前方の道路には何故か巨大な影が出来ていた。

 

「え……どうし、た?」

 

 海苔緒は示された方向を仰ぎ見る。

 ――そこには巨大なドラゴンが滞空していた。本来ならばここに存在しない筈のソレの名を海苔緒は呟く。

 

「……炎龍、だと?」

「お~い、ノリ、こっちは終わったよ……って。なんだ、アレ!? もしかして竜種(ドラゴン)?」

 

 ちょうどワイバーンを掃討し終え、ヒポグリフに跨ったアストルフォが海苔緒たちに近づくと、炎龍はアストルフォの方を向く。

 獰猛な光を放つ炎龍の双眸に、一瞬だけ不可思議な淡い光が灯り……刹那、炎龍はアストルフォ目掛けて急速な勢いで突撃する。

 

「え、なに!?」

 

 アストルフォとヒポグリフは何とか炎龍の突撃を回避し、距離を置こうとするが炎龍はアストルフォの後ろに喰らい付き、離れようとはしない。

 

(一体、何が起こってやがる! マジでドラッグ・オン・ドラグーンかよ)

 

 だが考える暇もなく、帝国軍が好機とばかり部隊を鼓舞し、海苔緒たちに接近しつつあった。

 状況は一気に最悪の方向に傾いていく。

 そんな中……海苔緒は首から下げた『お守り』に自然と手を当てる。

 その長方形の薄いお守り(ケース)の中には剣を両手で空へと構え、赤い飾り毛を伸ばした騎士の描かれた札……即ちセイバーのクラスカードが封入されていた。

 




次回――ノリオ、魔法少女(カレイドライナー)始めるってよ。

……という訳でこれが切り札です。
どのセイバーなのかも多分、皆さんお分かりだと思います。

では

追記
コード【6666】に関してはオリジナル設定です。
何となく思いついたネタですが、本編に挟んでみました。

炎龍の行動の目的は、原作でジゼルに命令して炎龍を操っていたあの方と、
あの方の趣味を思い浮かべれば、なんとなく理解出来ると思います。

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