Q.ルギアにまいこはんは似合わないのか? 作:GT(EW版)
吹き抜ける風に乗ってふわふわと流されていくプリンの如く、タカネが成り行きでシルバーの修行を見ることになってから三日が過ぎた。
生まれて初めて人に教える側の立場に回ったことで、彼女の中でもうずまきじまでの日常に変化が──訪れることはそれほど無かった。
シルバーが来てからも、タカネは大体いつも通りの日々を過ごしている。いつもと同じ時間に起床し、いつもと同じ日課をこなし、いつもと同じ時間にご飯を食べていつもと同じ時間にお風呂に入って眠る。温かくも厳しい舞妓の実家で染み付いた、実に規則正しい生活スタイルだった。
それは、彼女のポケモンたちにも同じことが言える。モンスターボールから放し飼いにされているタカネの六匹のポケモンたちもまた、各々が各々の時間を気ままに過ごしていた。
ニンフィアはタカネの日課である神事の鍛錬に付き合い、ポリゴン2は彼女の周りをぶらぶらとうろつき人間観察を行う。
エアームドは自主鍛錬の一環として水辺で水ポケモンの狩りごっこを行えば、ハッサムも同じく自主鍛錬の一環として感謝のバレットパンチを繰り返している。
バンギラスは封印された大怪獣のように岩に包まれた姿で惰眠を貪り、ヌオーはぬおっとしていた。
ぬおっとしていた。
──そう、シルバーがタカネのもとで何より学ばなければならなかったのは、ポケモントレーナーとしての彼女の知識や技術ではなかった。
と言うか、トレーナーとして必要な能力に関しては、今の時点でも特別タカネが指導する必要は無かったのである。
彼の場合は今後対戦回数をこなし、相応の経験を積めばその内勝手に自分のレベルまで追いついてくるだろうと、他ならぬタカネ自身がそう思っていた。
あれ? 別にこの子、私が教えるようなこと無くない?
……とは、修行開始から今日までの彼を見て素直に思ったことである。流石はポケモン金銀のライバルだと、飲み込みの早さと天性のバトルセンスに舌を巻いていたほどである。
前回は偉そうに語っていたものの、タカネが見たところ経験以外の面で彼が今より強くなる為に必要だと思ったのは「ある一点」だけだった。
──それこそが、ぬおっとすることである。
「ぬおっとするって何だよ……」
「何だろうねー」
困惑するシルバー。
自分自身でも何を言っているのか理解していないタカネ。
ぬおっとしているヌオー。
三者三様なうずまきじまの修行風景は、今日も平和だった。
しかしタカネは決してふざけてそう言っているわけではなく、彼女の中では至って真面目に、自らの体験も踏まえた上で根拠ある助言をしているつもりだった。
彼女もまた感覚派な為にお世辞にも指導者に向いた人間とは言い難かったが……「ぬおっとすること」はまさしくポケモントレーナーの成長に必要な一つの真理と考えていたのだ。
そしてそれは、彼女のポケモンたちも同じだった。
「そうだね……シルバーくんはなんて言うか、出会った頃のバンギラスに似ているんだ」
「なに?」
ぬおっとすることの何たるかを上手く言語化できなかったタカネは、うんうんと唸りながら自身の体験談を語り出す。
それは、彼女の手持ちの一匹であるバンギラスとの出会いだった。
シロガネ山の洞窟奥地で出会った当時サナギラスの彼は、今でこそ放し飼いにしても生態系に迷惑を掛けない程度には大人しくしているが、出会った時は手が付けられない暴れん坊だったのだ。
それこそ触れる者全てを傷付けるキレたナイフのような性格をしており、捕まえた当初はバトルに支障を来たすほどの問題児だったものである。
そんな彼を変えたのが、今しがた二人の前でぬおっとした顔で野生のパウワウと戯れているヌオーだった。
「暴れ回るサナギラスを、ヌオーはいつもの顔でぬおっと受け流していたねー。あの頃はヌオーの方が数段強かったのもあって、しばらくそうしていると少しずつサナギラスの方も力の差がわかるようになって……次第に彼も落ち着いて、考えるようになってくれたんだ。自分がヌオーのように強くなるにはどうすれば良いのか……ヌオーの強さの秘密についてね」
「強さの秘密だと?」
力に対して誰よりも強く執着しているシルバーが、そんなタカネの話に食いついてきたのは自然な流れと言えるだろう。
彼の純粋な態度にかわいいところもあるじゃんと気を良くしたタカネは、嬉々として自らのパーティメンバーの精神的支柱、ヌオーの強さの秘密について饒舌に語っていった。
語らねばなるまい……
シルバーくん、キミにも教えよう。ヌオーの強さの理由を。
ヌオーはウパーだった頃、ある悪党にいじめられていたんだ。
そしてトレーナーとなる私に助けられ、一命を取り留めた。
それからウパーはトレーナーの下でさらなる強さと正しい道を極めようとした。
一匹、二匹、三匹……ウパーの周りには仲間ができた。
そこに再び悪党がやって来た。彼は、仲間と共に戦った。
私には勝てる自信があった。旅の中でウパーはヌオーに進化していたし、その時の私は八つのジムバッジを集め終えて一番ノッていた時期でもある。
だけど、悪党は強すぎた。
ヌオーの仲間は次々と倒された。最大戦力のバンギラスがやられた時には私も今度ばかりは負けるかもと焦った。すっごい慌てた。
トレーナーの焦りはポケモンたちにも伝染する。ハッサムなどはそれでもと立ち上がり闘志を剥き出しにしていたが、あの時のバトルの流れは完全に呑まれていたと言えるだろう。
しかし、ヌオーは違った。
ヌオーだけは一切焦らず慌てず、いつも通りのぬおっとした態度で私の指示を待っていた。
ヌオーは自分が追い込まれたその時でさえも、トレーナーのことを信じ抜いていたのだ。私は、自分の弱さを思い知った。
その時のヌオーが何を思い、何を感じていたのかは窺い知れない。ただその時、私は痛感したんだ。ヌオーかわいいと。
それと同時に理解したんだよね。ぬおっとしていることこそが正義。いついかなる時もぬおっとしている奴が強いのだと。
ぬおっとしていれば周りがついてくる。ぬおっとしていれば実力通りの結果が必ず手に入る。そのことをヌオーは、私と出会う前から知っていたのだ。
「私はそんなヌオーのとてつもないマイペースさとその生き様に惚れたんだ」
「そうか……何言ってんだお前」
一連のヌオー語りを無駄に壮大な口調で告げたタカネに対して、シルバーが返したのは無情なまでに辛辣な一言だった。
そんな彼のリアクションに不満げな顔をしながら、思い出したように彼女は付け加える。
「あっ、因みにその時戦った悪党って言うのがキミのお父さんだね。あの人強かったよ! ヌオーが踏ん張ってくれなかったら負けてた」
「は?」
そう。
実を言うとタカネには、彼の父親であるサカキとはちょっとした関係があるのだ。
相棒のイーブイを連れて旅に出て間もない頃に武者修行中の彼と出会ったり、地面タイプのエキスパートとしてウパーの育成法についてありがたいアドバイスを貰ったり。
「は?」
それからしばらくしてジムバッジを集め終わったタカネは、セキエイリーグへ向かう道中にトージョウの滝で再会し、前述のバトルを繰り広げることになった。
その時の勝負はヌオーがその真価を発揮したことで辛くもタカネの勝利に終わったが、負けた後のサカキが何やら楽しそうに悪巧みしていそうな笑顔を浮かべていたことを思うと、あの時の彼は本気ではなかったのかもしれないと振り返っていた。
「待て、急にそんな情報をぶっ込んでくるな!」
「なんだよー、キミが知りたいだろうと思ったから教えてあげたのにー」
ポケモン金銀のライバル、シルバーがロケット団ボスサカキの息子であることは金銀のリメイクである
タカネもまたそんなオリ主特有の原作知識から善意100%で「私君のお父さんと会ったことあるんだぜー!」と話したつもりだったのだが、シルバーから返ってきた反応が期待通りのものではなかったことに不服な顔をする。彼女は割と人の心がわからない巫女だった。
不貞腐れたように唇を尖らせるタカネに対して、シルバーが頭の中で吹き乱れる情報の嵐を処理しながら問い掛ける。
「……俺のことも、アイツから聞いたのか?」
「んー? ああ……うん、そんなところだね、うん」
「だからサカキJr.なんて呼んだのか……」
「あははー」
三年前にロケット団を解散して以来、行方をくらませていた彼の父──サカキがそんなことをしていたのかとシリアスな顔で受け止めるシルバーを見て、タカネは喋りすぎちゃったかなと気まずい苦笑を浮かべる。
それから数拍の間を空けて、シルバーが訊ねた。
「俺は……アイツに勝てると思うか?」
タカネが父と面識があることを知って、真っ先に浴びせた質問がそれである。あくまでもトレーナーとしての「強さ」に固執する彼のブレない姿勢を目の当たりにして──タカネはそれでこそシルバーだと、コロッと機嫌を取り戻した。
そして彼女は嘘偽りの無い本心で、はっきりと告げた。
今のキミでは、まだ勝てないと。
しかしその上で、タカネはまるで天上の神から信託を授かったかのように道を示した。
彼が望む強さに辿り着く為に、今一番必要だと思った道を。
「あの時……私はヌオーのおかげでキミのお父さんに勝てた。だからキミもお父さんに勝ちたいのなら、闇雲に鍛える以外にも「ぬおっとすること」を覚えた方が良いと思うよ」
それは酷く抽象的な物言いであったが、彼女は彼女なりに至って真剣な眼差しで、強さに対する彼の渇望と向き合っていたのだ。
──しかしその提案が後にシルバーという少年を新たな境地に至らせることになるとは、この時の彼女も予想していなかったものである。
ポケモン金銀のリメイク作、HGSSにはライバルとサカキの関係に踏み込んだあるイベントが存在する。
それは2010年当時の映画館で配布された幻のポケモン「セレビィ」を連れ歩きながらウバメの森へ行くことで発生する、通称「ときわたりイベント」と呼ばれるものだ。
セレビィの能力「ときわたり」に巻き込まれ、三年前のカントー地方へワープする主人公とご近所さん。セレビィに導かれるようにして辿り着いたその場所で、二人はロケット団解散直後のサカキとライバルのやり取りを目撃するのである。
それから舞台はラジオ塔占拠事件時のトージョウの滝へと移り、部下の言葉に応えてロケット団への帰還を果たそうとするサカキを阻むべく、主人公が挑む──というのが、当イベントの内容だった。
そしてHGSSのさらなるリメイク作である
それが先日配信されたダウンロードコンテンツ──「逆襲のサカキ編」である。
新シナリオによって主人公は幻のポケモンセレビィを捕獲することができるようになり、そのセレビィを伴いウバメの森の祠へ赴くことで、プレイヤーは本作本編の裏側で起こっていた出来事と、誰も知らない新たな物語と対峙することになるのだ。
そこで発生するセレビィの「ときわたりイベント」では、HGSSでも見ることができた親子のやり取りの他に、本編の覚醒ルートにおいてライバルがどのようにして大幅なレベルアップを遂げたのか……その修行風景を目にすることができた。
しかしその内容は「うずまきじま」の「ぎんのほこら」で、ただ何もせずにぬおっとした姿で水溜まりの上に佇んでいるヌオーの姿をライバルが鋭い眼光でじっと見つめているという、何ともシュールな光景だった。
一見するとヌオーの可愛らしさしか伝わらない、修行とは言い難い様子だったが……祠の端でその様子を微笑ましげに見守っているタカネに話しかけることで、プレイヤーはその行動の意味を知ることとなる。
「ふふん ヘンなことしてるって おもったでしょ?
たたかってばかりじゃ みえないことも あるからね
あのこは ほんとうは やさしいこ……
ときには ぬおっとすることもたいせつだって おしえてあげたんだ!」
銀の巫女、タカネがライバルに課した修行の意味であった。
主人公を、父サカキを超える為に力だけを闇雲に追い求め、それ以外の全てを削ぎ落とそうとするライバルのことを彼女は健気に心配していたのである。
あの子は努力家で誰よりもストイックな人間だが、四六時中張り詰めていたらいつかその内潰れてしまうと……そう思った彼女は彼にヌオーのマイペースさを見習わせることで、その心に余裕を持つように教え諭したのだ。
マダツボミの塔の長老は彼に、「ポケモンは戦いの道具ではない」と言った。
チャンピオンのワタルは彼に、「信頼と愛情こそが何よりも大切だ」と説いた。
しかし銀の巫女タカネは、彼らとはまた違った視点から彼のことを見て、正当に評価していたのだ。
今の彼は共に戦うポケモンを道具として扱っていないし、愛情だって持っている。
ただそれを自覚していないだけで……強くなることに焦りすぎるあまり、他ならぬ自分自身のことを見失い掛けているのだと。
だからこそ彼女は、彼にヌオーのぬおっとした姿を観察させることで無理にでも立ち止まらせ、今一度自分自身を見つめ直す時間を与えてあげたのだ──と、プレイヤーたちは彼女の台詞からそう解釈することになる。
実際、その後ライバルが本編のチャンピオンロードで主人公と会った際には以前までの言葉の切れ味を維持しながらも、バトルの中では冷静に、落ち着いた振る舞いをするように変化していた。
闇雲に力を追い求めるだけではなく、立ち止まってぬおっとすることを覚えたライバルは覚醒の兆し──俗称「ぬおっての極意」を会得することとなる。
そんな彼は本DLCでも強力なチャレンジャーとしてキミの前に立ちはだかり──そして共にサカキに挑む、頼もしき戦友となるのだ!
思ったより停滞してしまいました。本当に申し訳ない
ポケモンSVが出る頃には更新するつもりだったんや……
ライジングハートゴールド&ディープソウルシルバーの掲示板回
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