目が覚めたら宇宙世紀…だよね?〜ジオンが独立に至るまで〜   作:妄想零炎

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第99話 Side『ニューヤーク燃ゆ』

 

「誰も入れるなと命じたはずだが?」

 

 テラスに出て声をかけると、ガルマ大佐は怒気を漲らせた。

 

 イセリナ嬢に愛を囁いているところに乱入されたのだから、当然ではある。

 

「警備なら煙に巻きましたよ。大佐、主賓が会場にいなくてどうするのですか。今すぐお戻りください」

 

「貴様はそのためだけにここに来たのか」

 

「そうですよ。さっきも言いましたが、貴方の職務を全うしていただきたい」

 

 酷なことを言ってる自覚はあるよ。

 

 まだ若い青年だもんな。恋もすれば、それに溺れもするだろう。

 

 でも、それが許される立場に大佐はいない。この地球にいる限り、私人でいられる時間は皆無なのだ。

 

 だから父親であるデギン公もイセリナ嬢との婚姻を反対してるんだよ。

 

 君はジオンの将であり、未来の政治家なんだから。

 

「どいつもこいつも!」

 

 ガルマ大佐は髪を乱暴にかき上げ、そしてその手を握って欄干に叩きつけた。

 

 痛くないのかな?

 

「イセリナとのことは私個人の問題だ。貴様らに指図されるいわれはない!」

 

「恋愛は自由ですよ。前線であろうがどこだろうが、好きな人に好きだと告げるのに、誰の許可もいらない。でも、貴方だけはそれは許されんのですよ」

 

「僕がザビ家の人間だからか」

 

 興奮してるせいで、一人称が『僕』に戻ってるぞ。

 

「そうです。そして、貴方はこの北米のトップだ。貴方の下には万単位の兵卒が連なっているんですよ。私情に走り、彼らを見捨てるおつもりか? 女一人のためにすべてを捨てるとでもいうのですか?」

 

 ガルマ大佐の拳がぶるぶると震えている。怒りを溜め込んでいるのだろう。

 

「聞かなかったことにしてやる。出ていけ!」

 

「お断りします。何度でも言いましょう。女一人のために、ジオンのすべてを投げ捨てさせるわけにはまいりません。それに、エッシェンバッハ氏はもともとが連邦寄りの財界の人間。その娘を利用したハニートラップの恐れもある」

 

「キサマ!」

 

 左頬を殴られた。

 

 まだ冷静さがあったのか、加減はされたようだ。身体は傾いだけれど、吹き飛びはしなかった。

 

「イセリナが連邦の走狗だと!? 侮辱にもほどがある! 取り消せ!」

 

「可能性の話です。本人さえも気づいていないかもしれない。貴方が何気なく彼女に溢した言葉が、エッシェンバッハを通じて連邦に伝わっているかもしれない」

 

 胸ぐらを捕まれ、睨まれる。

 

 怒りに満ちて血走った目は、普段の優男とは違う迫力があった。やはりザビ家の人間。目が怖い。ドズル中将にそっくりだわ。

 

「どいつもこいつも僕をザビ家の人間として見る! そのくせ、僕の能力は認めない! 望んだわけじゃない!」

 

「生まれは生まれです。貴方はそれがどれだけ恵まれているかわかってないだけだ。なにより、この戦場に立ったのは貴方自身の意思だ」

 

 士官学校に入ったのも、地球軍行きを決めたのも、彼自身だ。

 

 戦場が嫌だと言うなら、本国で引き籠もることもできた。その頃の坊やでは、(いくさ)のリアルも、独裁者としてのザビ家の肩書の重さも想像すらできなかったかもしれない。

 

 でも、選んでしまったのだ。

 

 一介の人間なら全部投げ出してやり直すことも許されたかもしれない。

 

 でも、大佐の立場でそれは許されない。

 

「知らなかったからと、いまさら全てを反故にはできません。貴方に許されているのは、他者から与えられた責任を全うするか、すべてを投げ出す代わりに、戦場で散って、祖国の意気高揚の礎となるかだ」

 

 言いながら、胸ぐらを掴んだ大佐の手のひらを抑え、捻って解く。

 

 士官学校で教官に揉まれながら覚えた技だ。

 

「そもそもイセリナ嬢、貴女は今の立場を捨て、ジオンで暮らしていく覚悟がおありか?」

 

「えっ?」

 

 彼女はこうした怒号飛び交う場に慣れていない。夜陰でもよくわかるほど褪めた顔色だ。

 

「ジオンは男系家長の社会。そして、この戦争に勝っても負けても、ガルマ大佐は政治の世界に投げ込まれるだろう。勝てば、他のコロニーとの折衝、負ければ連邦との賠償と戦争犯罪の清算。何の才もない小娘が、ただ愛だけで切り抜けられるものじゃない」

 

「イセリナを巻き込むな!」

 

 大佐が殴りかかってくる。

 

 大振りで力任せ。避けるのは簡単だが、敢えて殴られる。

 

 衝撃で視界が白くなり、気がつけば自分が地面に転がったことが認識できた。

 

 今度は手加減しなかったんだな。

 

 ぐわんぐわんと頭の中で音がするが、ふらつきながらも立ち上がると、口の中に異物があった。

 

 ぺっ、と吐き出すと血と一緒に折れた歯が飛び出した。

 

「ひっ!」

 

 イセリナ嬢が怯えた声を出す。眼の前で誰かが傷つく様を見たこともないのだろうな。

 

 自分たちの恋が、数多死んでいった兵や民間人の上にあると考えたこともなさそうだ。

 

 そんな箱入り世間知らずの娘が、この先のジオンでやっていけるだろうか。

 

 地位や立場を捨てて、夢を抱きながら生きていけるほどこの世界は君たちに優しくないんだ。

 

 吐き出した歯を拾って、ポケットにしまう。後で医務室で繋げてもらえないかなぁ。

 

「大佐、自分自身に対して責任を取る手段を持たない人間を、他者は決して大人とは認めませんよ」

 

「黙れ! 二度と僕の前に顔を見せるな! 出ていけ!」

 

 これ以上は言葉を重ねるだけ相手を怒らせるな。

 

 言われた通り、一礼してその場を去る。

 

 かっこつけて殴られたけど、痛くて足元が覚束ないや。痛み止めもらわなきゃ。

 

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