目が覚めたら宇宙世紀…だよね?〜ジオンが独立に至るまで〜 作:妄想零炎
おかしな男だ。
ガルマ・ザビは、オルド・フィンゴ中尉をそう評価した。
おかしいと言っても、気が狂っているとか、常識外れだというものではない。彼の言葉の端々には、幾度も自らが熟考した上でたどり着いた自信と知性が滲み出ていた。
それでいて容姿は自分よりも幼い少年に見えるのだから、調子を崩してしまう。
MSの稼働状況の悪化は喫緊の問題であり、改善策があるなら詳しく聴こうと呼び出してみれば、恐縮する素振りすら見せずに本部の見通しの甘さを指摘し、物資を強請って悪びれもしない。ここまでくると失礼を通り越して痛快なのだろう、友人であるゼクスは堪えきれないと笑い出す有様だ。
もしここに彼がいたらどうしたろうか? ゼクスと並んで類稀な才をもったもう一人の友人。
中尉の言を、他愛も無い話だと切り捨てたか、それとも霞むほどの策を見せただろうか。
「降伏した一般市民が大勢溢れている。君はこれをどうする?」
仮面をつけた無二の親友を思い出し、比較しようと挑むように問題を投げつけた。彼は一瞬、面食らった表情をして、首を傾げて不敬にも逆に質問をしてきた。
「受け入れないのですか?」
「キャンプの設営は行っているが、とても足りる物ではない」
南極条約締結からの電撃的侵攻であったのは事実だが、連邦には堂々と宣戦布告を行ったのだ。だというのに奴らはニューヤーク市民に避難勧告を行うどころか何も知らせずにいたのだ。
結果、彼らは自身が住む都市を爆撃で破壊され、行き場を失ってしまった。無論、そうした現状を作り出したのは自分たちジオンである。
ガルマの心情としては窮状を救ってやりたいと考えている。婚約者であるイセリナの父、ヨーゼフ・エッシェンバッハ市長からも寛大な配慮が欲しいと嘆願されているのだ。
イセリナとの婚約を正式に認めて欲しいガルマとしてはなんとかしたいのだが、何も生み出さず資源を食いつぶすだけの人間数千人を賄うだけの余力はなかった。
「あーそうではなく、本国に受け入れないのですか?」
「ムンゾにだと? できるわけなかろう。連邦の人間だ。防諜の問題もある。なにより送り出すための手段がない」
連邦軍は撤退時にご丁寧にも、軍事品の生産転用が可能な施設や、宇宙港を破壊していった。これを修繕してシャトルを宇宙に上げるようにするにはかなり骨が折れることになるだろう。
「オデッサがあるではないですか。あそこには艦隊用のカタパルトがありますよ。第2陣で降りてくるザンジバルに乗せて、グラナダ経由で送ればよろしい。スパイ対策は、避難民専用のコロニーを作り、移動を禁止すれば済む話です」
わけもない話だといった様子で机上の空論を語る中尉に、ガルマは頭痛がする思いだった。
「それこそ――」
「資源ならありますとも。先にも述べたように、オデッサには鉱山があります。水や空気も有限だった開戦前とは違い、地球からいくらでも送れます。アステロイドベルトから引っ張ってきていた隕石群を改造して仮のコロニーとして流用しても良いでしょう。ああ、後は半数をサイド5に送るのもよいでしょうね。あそこはルウム戦で大勢を失ったばかりだ。水と空気を他のサイドよりも格安にして売りつける条件にすればよいかと」
「まて、待て待て」
唐突に現実味を帯びた話にガルマは驚き、混乱する。これは政治的な話だ。
「私の一存では決められん。姉上に相談しないと」
思わずそう零すと、中尉はあからさまに残念なものを見つけた表情となり、肩をすくめた。
ガルマは己の顔が熱くなり、今にも眼の前の少年に殴りかかろうとする自分を徹底的に抑えつけなければならなかった。
「ならば急ぐことです。対応は速いほうがいい。これは連邦が仕掛けた作戦なのですから」
「なんだって?」
「遅滞戦術だな」
ゼクスは理解したようだ。ここでもガルマは自身の能力の低さに苛立ちを覚える。
「民間人を避難させなかったのは、保護すれば当然彼らを食わせねばならなくなるからです。捕虜もそうですね。食い扶持を稼がないうえに内在的な火種となる存在です。もしぞんざいに扱えば、世論は炎上する」
「連邦の人間だぞ? そこまで悪感情が噴き出るとも思えんが」
「少佐、戦闘中に見た民間人は、我々が思い描いていた特権階級に生きる人々でしたか?」
「いや、どこにでもいる人間だったよ。赤い血の」
「そうです。彼らは本質的には我らと変わりません。地球にこそいますが、連邦からは見捨てられた貧しい者たちが殆どでしょう。実際、財界の人間は先に市外へ脱出していたそうじゃありませんか。残っていたのは中層階級とスラムに住むような底辺の者たちです」
ガルマは頬を叩かれたような気持ちになった。
「国という立場が違うだけの、連邦から見捨てられた者たち。それがいまわれわれが抱えている人間です。彼らを人道的観点から受け入れるのは、ギレン閣下の標榜する『サイド経済共栄圏』の思想とも合致するでしょう。なにせ今後の労働力をかなりの数確保できるのですから」
「確かに我が国は人的資源に乏しい。だがそううまくはいかないだろう。ましてや貴様が言っているのは、誘拐と変わらんではないか。実行すれば戦争犯罪として後の世で糾弾されることになる」
「もちろん、希望を募りますとも。それでも結構な数が手を挙げると思いますがね」
「策があるのか?」
「単純です。兵役を免除すればよいのです。いくら亡命したからといっても、今までの母国に弓を引くのは心情的にできないでしょう。なにより心身が疲弊し戦いたくないと感じている者は多いはず。くわえてコロニー建設で仕事は山ほどある。地球に残りたい者は、オデッサの鉱山で働いてもらうのもよいでしょう。中には家族を宇宙に送り、仕送りのために鉱山で働くことを選ぶものもいるはずです」
この男は悪魔だ、とガルマは確信した。
無垢な子供の容姿をしながら、まるで映画に出てくる詐欺師のような論調で事を語る。
そして恐ろしいことに、話を聞いても、それをペテンだと振り払えない自分がいた。
彼の策が図に乗れば、自分は公国に大きな経済効果を与えた存在として評価されるに違いない。そうなれば、親の七光りだと、MSにも乗れない指揮官などと嘲弄する輩の口を閉じることができる。それどころか、この功績で父であるデギン・ソド・ザビにイセリナを婚約者とすることを認めて貰えるかもしれない。そうなれば、彼女の父であるヨーゼフ・エッシェンバッハも無碍にはできなくなるだろう。
「大佐」
中尉の顔が笑っている。
「ここからはじめましょう。すでに賽は投げられたのですから」