目が覚めたら宇宙世紀…だよね?〜ジオンが独立に至るまで〜 作:妄想零炎
MS3機対12機。
絶望的とも言える戦力差に、トニー・ジーンは顔を青ざめさせていた。
「なんだよこれ。やれるわけねぇじゃんかよ」
とはいえ、戦端は既に開かれている。なにより小隊長であるノーランが撤退を指示していない。司令部の命令はこの場の死守である。
やるしかなかった。
今回のダカール制圧で、ジオンには戦勝ムードが漂っていた。トニーとしてもこのまま終戦となれば除隊し、軍のエースとして胸を張って帰郷できると思っていたのだ。わざわざ好んで死地を踏みたいわけではない。
トニー・ジーンは、サイド3の農業プラントコロニーの出身であった。
両親はほぼ国営であるプラント公社に雇われる形で、少なくない農地区画を経営しており、それなりに裕福な環境で育った。
本国の工業科大学に入ったのは、農地に使われる機械設備について学ぶことを親に求められたからだ。
長男は後継ぎとして経営を。
次男はその補佐。
三男であるトニーは、設備の修理点検といった専門的な知識を持つことで、家業を支えるようにと期待された。
若者にありがちな親にあらかじめ設えられた人生の軌道というものに反発心を持っていたトニーは、親元を離れたことで、ズムシティの学生の間で広まりつつあった『コロニー自由解放運動』の思想に、にわかに飛びつくことになる。
特別に大層な理由があったわけではない。ただこれまでとは違う、刺激的な人生を求めただけ。
正直なところ、ギレン・ザビが掲げる『サイド経済共栄圏』といった思想には大した興味などなかった。政治屋の言葉は何度聞いても頭に入らない。
とにかくわかるのは、自分ならもっと大きなことを世界に対してできる。そんな漠然とした自信だった。
解放運動に関わるうちにできた仲間を煽って、軍の地球攻略義勇兵に志願した。
そこで活躍し、祖国の英雄として祭り上げられる。
そんな子供じみた夢物語を本気で成し遂げられると感じていた。
現実は映画みたいに甘くはない。
そんな使い古された言葉も、自分に酔ったトニーの耳には入らなかった。若者特有の、肥大した自尊心がもたらす病でもあった。
MSの適正試験にパスしたことで、義勇兵として突撃機動軍に入り、いくつも戦場を経験した。
自分が仲間に引き入れた面々は多くが死んだ。
一度の出撃で知った顔が幾人も消える。
兵となれば死ぬこともある。
わかっていたつもりだったが、本質的に理解はしていなかったのだ。命が失われる瞬間は、もっと尊厳のあるものだと思っていた。
そこに優しさなどない、無情な世界にやってきたのだとようやく自覚して、トニーは自身の選択に恐怖した。
次は自分かもしれない。
そう思うと震えが止まらなかった。
一度は逃げようと思った。適当にPTSDを訴えて除隊する。
地球の環境はコロニー育ちの人間からすればあまりに過酷で、体調や精神を崩す人間は後を断たない。それに紛れて本国送還、それが無理でもせめて後方勤務にでもなれば当面の安全はつかめるはずだった。
だが、同期であるノーランは踏みとどまることを選択した。
女の身でありながら――トニーは軽度とはいえ、ジオン民にありがちな
気に入らなかった。
彼女が落ち込み、逃げることを選択してくれれば、自分はそんな彼女を支えるという名目でこの戦場から離れることができたかもしれない。
圧倒的に理不尽な思考を自分が持つことに愕然とした。
そんな惨めな己の自尊心を認めることができず、トニーは意地となって戦場に残ることを決意した。
女を守るために、戦場に残った男。
そんなヒロイックなカバーストーリーを自分の頭の中に描いていた。
だがノーランは小隊長に抜擢された以後、頭角を表す。
機体の肩を紅く塗り込み、誰よりも深く敵陣に飛び込んで斬り倒すその様から、『
キンバライドのMS部隊のエースと言えば、間違いなく彼女であった。
自分とて撃墜数なら負けていない。だというのに、切り込み役というだけで目立ち、実力を買われて異例の尉官昇進を果たしたノーランに複雑な思いを抱いた。
ダカールとルナツーが落ちたことで、これまでの膠着状態から一転、戦況は一気にジオン寄りとなった。
ジオンが勝利すれば、自分はその立役者。エースの一人として故郷に帰れる。
帰る家がないというノーランも連れていけば、十分に虚栄を満たせるはずだった。
一方的で利己的な思考であったが、彼の思想が特別なわけではなく、これはジオンの男性であれば大多数が抱いているものでもあった。
そうした皮算用の最中に下された無慈悲な命令。
迎撃部隊の準備が整うまで、現地を死守せよ。
トニーは知らなかった。軍において自分たち義勇兵はどこまでいっても外様であり、使い捨ての駒でしかないということに。
エース部隊など持て囃されても、裏では正式な訓練を受けたわけではないはぐれ者と嘲笑されていることを。
――せっかく生き残れそうだってのに。なんでこんなとこで!
いつもどおりの戦術で敵機を2機仕留める。だが敵は混乱する素振りも見せずに3機でこちら1機を狙うという、数の利を生かした判断で距離を詰め、逆にこちらを分断しようと動いてくる。
飛んでくる弾丸がドムの装甲を掠め、不快な音と衝撃がコックピットに響く。
「ちくしょう! オレだってなぁ、エースなんだよ!」
やけくそになって叫び、ラケーテン・バズを敵の足元に向かって撃ち込む。
中距離の対MS戦で大火力の砲弾を直撃させる機会はそれほどない。よって地面などに当て、爆圧でダメージを与えるのが主な扱い方だ。
飛び退いた
敵の
すかさず武器を肩の110mm機関砲へと切り替え、弾丸を叩き込む。
中距離牽制用の武装であり、威力を弾頭量に頼った弾丸のために集弾率は悪い。だがそれでも火力は十分であった。
敵はチタン合金の装甲を散々に撃ち抜かれて沈黙した。
「やれるじゃねえか」
トニーは気持ちが高揚してくるのを感じていた。
敵は連携は取れているが、動きは鈍い。
よく観察すれば、各所の装甲が剥がれフレームが剥き出しになっていたり、片腕が吹き飛び無くなっている個体も存在する。
これまでろくな補給もなしに突き進んできた結果であった。
「当たっちまいな!」
バズーカの爆発を目眩ましとしてつかい、怯んだ相手に左肩のランチャーよりミサイルを2発ほどプレゼントしてやる。
見事に直撃した相手は、上半身を半ば吹き飛ばされた。
相対していた最後の1機が、砲撃のために足を止めたこちらの隙をついてビームサーベルで切りかかってくる。
即座に武装をヒートサーベルへと切り替え、その斬撃を受け止めた。
本来ならビームサーベルの出力に負けて、ヒートサーベルは両断される。しかし、この豪雨でビームサーベルの威力は格段に落ちていた。
メガ粒子は、多量の水分によってその収束率を著しく低下させるという性質がある。ましてやビームサーベルはまだ開発されたばかりの新兵装であり、十分な処置が取られていなかった。
切り結んだ相手を、ドムのパワーで押し退ける。
たたらを踏んだ相手に、110mmをお見舞いした。
各所から火柱を上げて敵は落ちる。
「ハハハハハッ! ザマァみろ! やったぜ! オレもこれで真のエースに――」
その時ドムの背中に砲弾が直撃した。
偶然の一撃ではあった。
防衛展開していた他の部隊が全滅し、連邦後続の機甲部隊がMS隊に追いついたのだ。
制圧射撃として放たれた砲弾がたまたま命中したに過ぎない。
しかしバックパックはMS共通の泣き所だ。サブジェネレーターや推進剤のタンクが格納されているだけでなく、前面装甲よりもはるかに防御が薄い。
そこを撃ち抜かれた結果、プロペラントごと誘爆し、トニーは爆炎に飲まれて死んだ。