目が覚めたら宇宙世紀…だよね?〜ジオンが独立に至るまで〜   作:妄想零炎

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第201話 Side『ストームブリンガー』

 

 ドク・ダームは本名ではない。

 

 ドク自身、自分の本当の名前は知らなかった。

 

 幼少の頃はトムと呼ばれていた気がするし、たまたま忍び込んで見かけた映画館でリバイバル上映されていた映画の登場人物の名を名乗っていたこともある。

 

 彼は自分が何者なのか知らなかった。

 

 ドクはサイド1のスラムコロニーにて、売春婦の息子として生を受けた。

 

 望まれて生まれた子供ではなく、客との間にできた子であり父親などわかるはずもなかった。

 

 無事生まれこそしたが、母親にとって息子は生活において足手まといでしかなかった。

 

 彼の面倒をみたのは、一帯の売春婦を取りまとめていた老婆である。

 

 その老婆も別段彼をかわいがったわけではない。

 

 同じ境遇の子供は沢山いた。

 

 教育を受けることもなかったし、腹一杯に食事を貰うわけでもない。

 

 病や事故で死ぬ子供や、ヤク中のマフィアの玩具にされて殺される子供もいた。

 

 移民計画初期に作られた老朽コロニーに住む人間はほぼ全てがそんな有り様であった。

 

 ドクは運良く生き残った。生まれつき身体が丈夫だったともいえる。

 

 ドクは青年になったが、未だに字も数字も読めなかった。時計の見方すら知らない。幼少期に必要な教育は一切受けなかった。

 

 老婆と母親が死に、売春窟がなくなると、ドクはその地のマフィアの違法薬物バイヤーの舎弟となった。

 

 コロニーには非合法薬物(ドラッグ)の製造工場があり、それを売りさばくのがコロニーの主な収入であった。

 

 コロニー所有者が経営している工場でもあり、連邦への横流しや賄賂もあって半世紀近く見過ごされてきた場所だ。

 

 サイド1の掃き溜め。

 

 そこで生きるには、犯罪に手を染めるしかなかった。

 

 窃盗、恐喝は当然であった。

 

 強いものにはとことん媚びへつらい、弱者からは徹底的に奪った。

 

 ドクにとってそれは生きることと同義であり、社会悪や犯罪心理なんてものは耳にしたことすらなかったし、言われても何が悪いのか、と理解する気もなかった。

 

 とにかく常に飢えていた。

 

 満足な食事を取ったことなどない。だから骨ばった身体をしていたし、眼窩は窪んでいた。

 

 満足するには金がいる、ということだけはわかっていた。

 

 そして金は他人が持っているもので、欲しければ奪わねばならなかった。

 

 ドクを使いっ走りにしていたバイヤーは、自身の商品の管理をずさんにしていた。

 

 それを知っていたドクは、バイヤーの男の家へと忍び込んだ。

 

 薬物を盗み、それを売れば金になると考えたからだ。

 

 自分は顧客を見つけてきてはバイヤーに紹介し、端金でしかない手間賃を貰うが、直接薬を売っているバイヤーの懐には大枚があると思っていた。

 

 バイヤーはバイヤーで、組織の上層部に金を上納していたのだが、ドクにはわからなかった。

 

 忍び込んだとき、不幸なことに寝台にはバイヤーの情婦が寝ていた。

 

 人の気配に起きた女はなんだかよくわからない悲鳴をあげた。高く不快な声に、ドクは咄嗟に女の首を両手で絞めた。

 

 盗み見た映画で、人は首を絞めると声が出せなくなることを知っていた。

 

 女はもがき、腕や顔を引っ掻いた。だが痛みを感じれば感じるほど「黙らせなければ」という強い観念に迫られ、ドクはますます手に力を込めた。

 

 どのくらいそうしていたのか。気がつけば女は動かなくなっていた。

 

 死んでいた。

 

 ほっとするのもつかの間、ドクは問題に気がついた。

 

 女が死んだとなれば、バイヤーは怒り狂うことだろう。そうしたら、次は自分が殺されるのではないか。

 

 逃げなければならない。

 

 辺りを見回したドクはそこに、脱ぎ散らかした女の服と鞄を見つけた。

 

 鞄に飛びついて中を漁り、金の入った財布を奪い取るとその場を逃げ出した。

 

 その足で宇宙港へと向かい、サイド3行きの船に飛び乗った。

 

 彼にとって幸運だったのは、一月まえにサイド3では民間船と連邦艦艇の接触事故でコロニーが破損しており、その修繕のために人足を求めていたことだ。

 

 そして、サイド1の宇宙港における管理はずさんを極めており、個人IDなどなくとも問題なかった。さらにサイド3にてコロニー修繕を行うコロニー公社も、労働人員は質より量であり若くて体力のある人間ならば素性を求めなかった。

 

 そのコロニー公社の労働者派遣船に飛び乗れたのだ。

 

 サイド3につき、コロニー外壁の修繕業務に就くかたわらで、街の繁華街でサイド解放を謳う学生運動に出会った。

 

 その一人が、今の小隊のメンバーであるトニーであり、意気投合した――多分に酔いとドラッグのせいだが――ドクは、彼の誘いに乗ってジオン義勇兵に参加する。

 

 コロニー公社に務めていたという経歴――ワークポッドの運転経験があった。しかし無免許で一ヶ月も働いていない――だけで、新兵器であるMSのパイロットにされた。

 

 同期のトニーやノーランと比べればはるかに技量が足りていなかったのだが、これまでとは勝手が違う兵器の運用を部隊では持て余しており、半ば押し付けられる形であった。

 

 それでもドクにとって戦場は居心地が良かった。

 

 誰かから食料を奪う必要も残飯を漁る必要もなく、MSに乗って人を殺せば褒められて金も出る。

 

 コロニー民の大半が地獄と称したアフリカの大地は、彼にとってはまさに楽園であったのだ。

 

 ドクはこの幸運に感謝した。

 

 コックピットには、あの日殺めた女の財布が紐で吊るされている。人工皮革だが、高級感のある真っ白な財布だ。

 

 女の顔は覚えていなかったが、この財布が自分に幸運を運んできたのだ、とドクは考え、財布をお守りとしていた。

 

 女物の財布を持つ彼を訝しむ人間は多くいたが、事実は話さず、ドクは「これが俺の女神様だぁ」と嘯いていた。

 

 知れば常人は眉をひそめる。そんな品性の男だった。

 

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