目が覚めたら宇宙世紀…だよね?〜ジオンが独立に至るまで〜   作:妄想零炎

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第207.4話 挿話『騎士の誓い』

 

 ――これは『閃光の伯爵』隊が極東を制圧した後の一幕である。

 

 ニムバス・シュターゼンが、新設された特別遊撃部隊、通称『閃光の伯爵(ライトニング・カウント)』に合流して驚いたのは、彼らの移動拠点であるギャロップのカーゴに、MS用シュミレーターが設置されていたことであった。

 

 このシュミレーターは個々人の戦績を集計してランキングが発表されており、パイロット以外にも部隊内の人間であれば誰もが使用、参加可能であった。

 

 中には週間のパイロットの勝敗に賭けを行っている者もおり、それはまさにゲームであり、当初は、戦場に娯楽を持ち込むなどニムバスの目には野卑なものに映った。

 

 だがシュミレーターを用いて練習を重ねることで、パイロットだけでなく後方の兵たちですらMSの操縦、運用に長けており、いざ作戦となれば全兵が有機的、効率的に行動するだけの練度を兼ね備えていた。

 

「お疲れ様」

 

 シュミレーターボックスから出たニムバスに、マリオン・ウェルチが近づき、水の入ったカップを渡してくる。

 

「ああ」

 

 色素が薄い少女は、その無表情さもあって、人造物のような雰囲気を醸し出している。

 

 彼女はフラナガン機関のニュータイプ調査実験の事故により、感情が著しく欠落してしまった。

 

 実験前は、年相応の笑顔も見せることも多かったことを、ニムバスは覚えている。

 

 その記憶と今の彼女との落差に、なぜだかニムバスは胸が締め付けられるような感情を覚えるのだ。

 

 マリオンは続いてシュミレーターから出てきた人物に、水を渡しに向かった。

 

 オルド・フィンゴ中尉。

 

 この部隊の実働パイロットの一人であり、整備士も兼ねる人間だ。

 

 見た目はマリオンと変わらない歳の少年のようでありながら、成人した大人だという。どこか飄々としており、職業軍人ならば誰しもが身につける硬い雰囲気が一切ない。

 

「いやー負けましたねー」

 

 誇りもなく、へらへらと笑いながら受け取った水を飲み干す中尉に、ニムバスは苛立った。

 

「貴様は銃撃戦に拘り過ぎだ」

 

 苦言にオルドは肩を竦める。

 

 階級はニムバスの方が上である。だというのに彼はそうした人をくった態度を誰彼構わず行い、改めることをしない。そして、それを隊をまとめる指揮官であるゼクス大佐が黙認していた。

 

「私が新型(ゲルググ)、そして貴様がドムというのも気に食わんな」

 

「地上での機動力ならば、ドムの方が優位だと思いましてね。大尉の専用機相手であれば、さすがに厳しいでしょうが」

 

「白兵戦ができんわけではないのだろう? ならば詰められた時点で切り替えるべきだ。手を抜いていたように思えるぞ」

 

「ああ、旧式でどこまでやれるかデータ取りたかったんですよ。何せゲルググのデータはこの前追加したばかりですから」

 

 そういって悪びれない。

 

 事実彼は、先に対峙したマリオン相手には全勝している。

 

 ニムバスですら、最近の模擬戦では彼女相手に黒星をつけることが増えてきた。その成長ぶりにニュータイプという肩書の凄みを感じるほどである。

 

 だというのに、目の前の男は何の苦も無く彼女をあしらったのだ。

 

「あー、マリオン少尉との試合は、まあ相性勝ちみたいなもんですね。ニュータイプって、感知が鋭い分、逆に追い込みやすいというか」

 

 事もなげにそう告げる中尉。

 

「貴様は……ニュータイプをどう思っている?」

 

「どう? とは?」

 

 質問を質問で返す姿勢に、思わず手が出かかるが、ニムバスは強い自制心でそれを抑えた。

 

「ニュータイプ。人の革新。マリオンは間違いなくニュータイプであろう。貴様はシュミレーターとはいえど彼女に完勝している。それは私ですら難しいことだ」

 

「人の革新ねぇ」

 

「貴様!」

 

 鼻で笑うような態度にニムバスは怒りを抑え切れなかった。

 

 だが、横合いからマリオンが腕を掴み、行動を止める。

 

「それが答えですよ、大尉」

 

 笑うオルド。

 

 どういうことだ?

 

 ニムバスは目の前の男を睨みつけた。

 

「僕は、ニュータイプなんてものは『人の出来損ない』だと思っています」

 

「なんだと?」

 

「直感に優れ、物事の真理を見極め、一切の遅延と誤解なく相互理解を行える人間――そんなのが、この世界で生きていけると思いますか?」

 

「何が言いたい?」

 

「ニュータイプなんて言ってますが、そんな者は人類がこの地球に生まれてからずっと存在してるんですよ。エスパー、サイキッカー、占い師、霊能者、予言者。呼び名は違えども太古の昔から存在し、中には歴史に名を残しているものもいる。だけど、彼らが居て今現在はどうですか? 我らは土埃に塗れながらも、互いの欲望のために戦っている」

 

「ダイクンが掲げたニュータイプ論は、そんな過去のペテン師どもとは違うだろう。もっと高貴な――」

 

「そんなものはないと言ってるんです」

 

 相変わらず穏やかな口調ながら、それはゾクリとするほど冷たく、まるで臓腑に刺しこまれたナイフの刃のようだった。

 

 ニムバスは手首をつかんでいたマリオンの手が震えていることに気づき、その指をほどかせ、庇うように前に出た。

 

「ニュータイプは、善人というわけではないのですよ大尉」

 

 この男も、クルスト・モーゼスと同じ、ニュータイプ脅威論者か。

 

 オルドは続ける。

 

「人類の革新、可能性。そんな聞こえの良い言葉を付加しただけの既存の存在に過ぎません。事実彼らが人類の叡智と善性の象徴だというのなら、なぜジオンと連邦は争うことになったのでしょうね。結局生きている以上、そこに欲望があります。いまよりも幸せになりたい。自身の望みを叶えたい。それはニュータイプでも変わりはないでしょう。結局ニュータイプなんてのは、ただ直感力と適応力に優れただけの個人でしかないんですよ。そうでないのなら、そもそもマリオン少尉はEXAMシステムの開発なんてものに協力するなんてしなかったでしょう」

 

 未来視が行えるほどに直感力に優れているのなら、自身の精神をAIに閉じ込め、同族である人間を虐殺するためのシステムに手を貸さなかったはずだ。

 

 そうオルドは語る。

 

完成されたニュータイプ(・・・・・・・・・・・)なんてものがいずれ現れるとしても、それはもはや人類とは言えないでしょう。そして、理解も受け入れもされない。そんな存在がこの宇宙で何を成すというんです? 仏道のごとく、すべてを悟って爆ぜて消えるようなものでしょう。人類すべてを救うことなんてない」

 

 彼はどこか遠くを見つめた視線で言葉を紡いでいた。

 

 結局のところ、古代より連綿と続けられる宗教的な思想でしかないと。

 

 そうした過去の概念から抜け出せない論理に、人類の革新など担えないのだ、と。

 

「逆に大尉に問いたいのですが」

 

 オルドの目はどこまでも冷たく、鋭い。

 

 心臓の裏側までも見透かされているような恐怖をニムバスは感じとった。それは戦場でさえ抱かなかった感覚である。

 

「大尉は『ジオンの騎士』を自称されてますね。その矜持で、貴方は何を守るつもりですか?」

 

 オルドの目は一切の感情的な熱を持たず、故に目の前に立つ者を狂気の狭間に引きずり込むような錯覚を覚えさせるのだ。

 

「ジオンという国を守る盾となる。お題目は結構。で、貴方の背中に隠れたその少女はなんです? ニュータイプだというレッテルとともに、戦場に駆り出されたその少女は」

 

「何が言いたいのだ」

 

「貴方はニュータイプというものに嫉妬しているだけでしょう」

 

 怒りとともに中尉の襟首を両手で掴み上げる。

 

「私を侮辱するのか!」

 

「大尉、だめ」

 

 マリオンがニムバスの腕をつかむ。

 

 瞬間、彼の脳裏に閃光が奔る。

 

『この人は、大尉を試そうとしているだけ。大尉が、ニュータイプを――私を、怖れているから……』

 

 頭の中に響く少女の声。

 

「私が……マリオンを?」

 

 勢いを無くしたニムバスは、オルドを掴み上げていた腕の力を抜いた。

 

 地に足をつけたオルドは特に気にした様子も見せなかった。

 

「ニムバス大尉。貴方は誇り高い人間なんでしょうね。だからこそ嫉妬している。パイロットの技量で自身を追い抜きつつある彼女に。そして、怖れている。彼女が、自分を必要としなくなることに」

 

「何を言って――」

 

「戦場に十代というジュニアハイスクールに通うような少女を連れてきて、騎士の誇りもなにもないということです」

 

 マリオンを部隊に連れてきたのは、それが上の命令であったからだ。だが、確かに年端もいかない子供を戦場に引きずり出し、人を殺す命令を直接下しているのも事実だ。

 

 マリオンは正式には軍属ではない。フラナガン機関所属の人間であり、部隊配属にあたって少尉階級待遇を与えられただけに過ぎないのだ。

 

「東洋には武士道という言葉があります。『武士道とは、死ぬことと見つけたり。修羅道とは、倒すことと見つけたり』なら、大尉の騎士道とはなんです? 貴方の誇りは、何のために存在しているんですか?」

 

 ――。

 

 あざ笑うように告げ、去っていったオルドを追うこともなく、ニムバスはただその場に立ち尽くしていた。

 

 虚無感がニムバスの全身を支配していた。

 

 そっと、マリオンの細い指が腕に触れてくる。

 

「やめろ! 私の心を読むなっ!」

 

 反射的に撥ね退けてから、ニムバスは自身の行動を恥じた。

 

「すまない……だが、今はよして欲しい。私は、醜い自分の気持ちを君に見せたくない」

 

 それは先のオルドの言葉を認めるものであった。

 

 マリオンは一瞬戸惑うような素振りを見せたが、それでもニムバスの手に自身の指を絡めた。

 

『私は、貴方に感謝しています。大尉』

 

 頭に、いや、心に響いてくる少女(マリオン)の声。

 

「感謝? いま、君も感じ取っていることだろう。私は君を怖れている。そうだ、中尉の言った通りにな。騎士として、いや軍人としても情けない人間なのだ。感謝されるようなものではない」

 

「でも、大尉はあの時、私を助けてくれました」

 

 テレパシーではなく、直接言葉として発せられる少女の声は、感情的抑揚が薄かった。

 

 脳裏に浮かぶ、極東での戦闘。

 

 無人機の感応波(サイコウェーブ)によって前後不覚に陥ったマリオンを助けたあの時。

 

「大尉は、私をいつも庇ってくれた。EXAMシステムから、私の心を取り戻してくれた」

 

「それは……任務だったからだ」

 

「それだけじゃないこと、私は、知っています」

 

 戦争に巻き込んでしまった負い目だ。

 

「やめろと言った。私の心を覗くんじゃない」

 

 そう言いつつも、ニムバスは彼女の指を解かなかった。そこから何か暖かなものが流れてきており、強張った気持ちが薄らいでいくのがわかったからだ。

 

「なんの取り柄もない私だけど、それでも国のためになるならって、実験に協力しました。それは間違いだったけれど」

 

 繋いだ手から、悲しみの感情が伝わってくる。

 

「失ったものは大きくて。でも、それでも良かったことがあります。貴方に会えました」

 

 ゆっくりと、本当にゆっくりとマリオンは笑った。

 

 ぎこちない、むりやり顔の筋肉を動かした仮面のような笑顔。だがそれは、彼女の精一杯の表現であることをニムバスは知っている。

 

「貴方が守ってくれたから、私はここにいます」

 

 嘘偽りのない気持ちが伝わってくる。

 

「――そうか。やはり、中尉の言う通り、ニュータイプとは出来損ないなのだろうな」

 

 ニムバスは首を横に振ってマリオンを見た。

 

「こうすることでしか、己の感情を伝えることができないなど、不憫なものだ。これでは、常に裸のまま真空に立っているようなものではないか」

 

 真意を相手にぶつけることしかできないのでは、互いに心を傷つけるしかないこともあるだろう。

 

 膝を折り、彼女の前にかしずく。

 

「私にとっての『騎士道』とは、弱者を守ることだ。だが、君は弱者ではない。本来なら私など必要ないのだろう。それでも、ここに誓わせて欲しい」

 

 まっすぐにその瞳を見つめる。

 

「このジオンの騎士、ニムバス・シュターゼン。君の盾となろう。いずれ君が、本当の気持ちを表に出すことができるようになるまで。いずれ君が、大人(・・)に成るまで」

 

 繋いだままの彼女の手の甲へ口づけをする。

 

「全ての悪意から君の心を守ってみせる」

 

 

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