目が覚めたら宇宙世紀…だよね?〜ジオンが独立に至るまで〜 作:妄想零炎
それはこの日一番の衝撃的発言であった。
「瓦解、ですか。とても閣下のお言葉とは思えませんな」
「軍部も政治家たちも、このまま最小限の出血を強いつつ、反撃の体制を整える遅滞戦術が上手くいくと考えている。だが、すでにジオンによって宇宙を掌握されているという事実を忘れているようだ。自分たちの頭上を抑えられているというのにね」
「宇宙はまだ支配されたわけではありません。サイド6は中立ですし、サイド7は実際は我らの息がかかった場所、アナハイムもこちらに友好的です」
「ふむ。だがそれだけしかないと言えるだろう。特にルナリアンどもは本質は商人だよ。繋がりの深いサイド4を通じて、どちらにつけば良いか様子を伺っているといったところか」
「ルナ2はまだ健在です」
エルランはなんとか反撃を試みる。だがそれほ歯牙にもかけられなかった。
「寡兵といって良いだろう。ルナ2駐留軍だけでは地球近海全てを防備することはできない。そして、あそこを落とされたら終わりだ。
「南極条約では、宇宙から地上への質量兵器の使用は禁止されております」
「条約は条約でしかないよ。それで勝てるとわかっているのに、その手を取らない指導者がいると思うかね。特にあのギレンだ」
エルランは黙るしかなかった。
「もはや時間は我らに味方しない。それどころか、時を置けば置くほど敵の力が増すことになる」
「ならばどうするというのです? 北米残存戦力を注ぎ込んだニューバーンは落ちましたし、北アフリカと中東、イタリアは奴らの手中にある。既存戦力ではMSに抗いしきれないことは明白です」
「MSを作るなと言ってるのではないよ。連邦がこの戦争に負けたとしても、瓦解するわけではない」
「何が違うというのです?」
「人類には、まだ連邦という統合組織が必要だということだ。この戦争、たとえ勝ったとしても、コロニーの独立は抑えられないだろう。弾圧を続ければ第2第3のジオンを生み出すだけだ。ジオンを叩いたとしても、次は
「負けた場合はより悪いでしょう」
「連邦という組織は残る。もしなくなってしまえば、旧世紀の古代ローマ帝国崩壊の時代に逆戻りだ。各コロニー同士で地球という枯れかけた資源を奪い合い、それこそすべてを焼き尽くすまでの戦国時代が訪れるだろうよ」
「それは考えすぎではないでしょうか」
「そうだね。まあ忘れてくれていい。初めに言ったとおり、与太話でしかないからね。話題を変えよう」
ゴップは柔和な笑みを浮かべると、一息に杯を呷った。
「ところで、君はレビル君と会っとるかね?」
「は? え、はい。先日もこのジャブローで」
唐突な切り替わりに、エルランは間の抜けた顔を見せてしまった。
「モニター越しに、だろう?」
「ええ、まあ。まだルウム戦役の傷が癒えてらっしゃらないとのことで」
ゴップは頷くと、席を立ち自らの執務机に向かう。その後ろにある書棚。そこから一冊の書籍を抜き取ると、棚が横にスライドした。
アナログなダイアル施錠された扉が現れ、ゴップは慣れた様子で解錠すると、中から一冊のファイルを取り出した。
戻ってくると、そのファイルをテーブルの上に置く。
「目を通してみたまえ。そこには、君の知らない連邦という組織の一部が記されているよ」
不穏な言葉に恐る恐るファイルを開き、そこに記載された内容を読み進めていく。
「AIと催眠処置による人格の移送?」
それはオーガスタのニュータイプ研究所で戦前より行われていた極秘の研究であった。
人の人格パターンを高性能AIに記憶させ、それを催眠処置を施した他者へと移植する。
被験者となったのは、連邦により政治犯とみなされた者や、天涯孤独でスラムに住んでいるような下層民たち。資料の後半には、まだ幼い子供がいくつものコードで機械に繋がれている写真もあった。
人倫にもとる所業がそこには記されている。
優れた指導者の思考パターンをAIに学ばせ続けることにより、人類にとって有益な指導力をもった人格を生み出す。
その副産物として、その人格を人間に移植することで、優秀な人間を人為的に増産する。
「これは……こんな人体実験が」
「オーガスタではだいぶ以前からでね。先日の基地放棄は、これらの資料を抹消し終えたから行ったのだ。この事実が知られれば、世論が沸騰しかねないからね。重要職員のほとんどは、東洋の『ムラサメ研究所』に転属している」
「ムラサメ研究所……待ってください! 確か、レビル将軍の主治医がドクター・ムラサメ」
エルランの中で、恐ろしい空想がパズルピースを組むように構築されていく。
ルウム戦役で旗艦を落とされ、生存が絶望的となってからの、奇跡の生還。
モニター通信で、有名な「ジオンに兵なし」の徹底抗戦を唱えたが、それ以後の露出は一切ない。
通信時の映像が不鮮明であり、音声も不明瞭な点が多かったことから、一時期は偽物説が出回った。
もしその噂が本当だとしたら?
レビル将軍は死んでいて、人格をコピーしたAIだけの存在でしかないとしたら? もしくは、その人格を移植された別人だとしたら?
容姿はモニター越しならCGでどうとでもなるし、現代では外科的処置を施せばいくらでもそっくりな見た目がつくれる。
「レビル君は革新派の中でも、特にカリスマの高い存在だった。何せレビル派、なんて名がつけられるくらいだからね」
革新派の中にも、様々な派閥がある。その中でもレビル派は最大勢力であった。
「死を偽装したとして、一体誰が得をするというのです」
「徹底抗戦なんてものは、此度の結果を生み出した責任を取りたくない政治家と、レビル将軍の名を利用して軍内でトップに躍り出たい人間が仕組んだプロパガンダに過ぎんよ。彼らはこの戦争を凌げば、再び中央で甘い夢を見れると信じている」
それこそ妄想だ、とエルランは否定したかった。だが南極条約以降、レビルの姿を直接見たものが存在しないのは確かだ。
「仮にこれが本当だとして、閣下は私に何をさせたいのですか?」
「話は先に戻るが、私は連邦の崩壊を望まない。ゆえにこの戦争では、上手く立ち回る必要がある」
「上手く、ですか」
「RXとRGMの生産が始まったことから、機は熟したとして近々我らの大規模反抗作戦が複数開始される。そのとき、君には作戦の指揮をとって貰いたい」
「私が?」
「そうだ。それにともなってだが、君は明日にも中将へと昇任される」
「私が、中将……」
昇格するのは素直に嬉しかったが、それは同時に、今回のことがすでに決定済みの事であるという証でもあった。
「大任ですな。なぜ、私なのでしょう?」
軍の高官は他にもいる。自身はレビル派に属してはいるが、その中では大した功績を示したわけでもない。
「君は、ジュニアハイスクール時代にムンゾに留学しているね」
投下された爆弾にエルランは心臓を掴まれた気になった。
「そのときできたご友人が、今もムンゾにいる」
もはや逃れられない。エルランは覚悟した。
ジャブローのモグラ。蔑称で呼ばれていたはずの男は、震える自分に向けて、穏やかな、しかしどこまでも恐ろしい圧力を持って笑いかけた。