トリニティソウルは深いぞ   作:紅乃 晴@小説アカ

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1.裏返った世界で

 

 

 

綾凪市。

 

10年前に起こった同時多発の無気力症によって、都市部に壊滅的な被害が出たこの町は、復興時に未来型都市のモデルケースとして発展を遂げた。

 

ただし、発展したのは中心部が大半で、田園部や中心部から離れた縁側の小さな町には、未だに10年前の被害の爪痕が残っている。

 

富山県の湾岸都市であるここが世間から注目されることは少ないが、この町では奇妙な事件が発生していた。

 

リバース事件。

 

連続して発生している猟奇殺人事件であり、発見された遺体の状態が、肉体の表裏を反転させたような凄惨なものであることから、一連の事件をそう呼称している。

 

警察もこの超猟奇的な事件に対応しきれず、未だに犯人への手がかりも掴めない状態であった。

 

今夜、二人目の被害者が出た。休日だと言うのに呼び出された俺は自宅から真っ直ぐ事件現場へと向かい、黄色の立ち入り禁止テープを潜って被害者の遺体がある場所へと入った。

 

 

「二階堂警視正」

 

 

現場入りしてすぐに声をかけてきたのは、伊藤巡査部長だ。部下の楢崎(ならさき)さんも同行しており、二人はすでにリバースした被害者の遺体を確認している様子だった。

 

 

「二人目か……どう思いますか、伊藤さん」

 

「とてもじゃないが普通とは思えない……と、言ったところです」

 

 

そう答える伊藤さんも、隣にいる楢崎さんも顔色がとても悪い。それもそうだろう、人体の表と裏が〝裏返った〟ような遺体を見れば誰でもそうなる。俺も初めて見た時は誰も見ていないところでフラッシュバックして吐き出してしまったほどだ。

 

 

「伊藤さん。わかっていると思いますが、今回の件も戒厳令を敷いてください」

 

「……!また隠すのですか」

 

「遺体の状態と……二回目と言うのもあります。いたずらに報道を過熱させると、市民にも不信感と恐怖心を抱かせることになります」

 

「しかし!遺族への説明も……!」

 

「では、この遺体を遺族に見てもらいますか?」

 

 

そういうと、伊藤さんは口を一文字にして静かになった。こんなひどい状態の遺体を遺族に見せるなど……できたとしても、それは人間的には終わっていると言える。裏返った結果、人相の判別すらできないのだ。……独りよがりな考えかもしれないが、こんなショッキングな遺体を突きつけて、貴方の家族は亡くなりましたと心なく告げるよりも、行方不明としたほうがいいのかもしれない。

 

それに、他にもこの事件を公にできない理由がある。

 

 

「伊藤さん、楢崎さん」

 

 

二人目が出た以上、俺は決めていたことを実行する。俺は周囲に聞こえないように二人にそっと話す。

 

 

「お二人が信頼できる人を集めておいてください。秘密を守る信頼できる人を。集めたら報告書類の中で合図を。そこから先は指示を出します」

 

 

俺の様子に何かを察したのか、強面の伊藤さんが小さく言葉を返してきた。

 

 

「警視正。何をするつもりですか」

 

「それは、お二人が合図を出してきてくれた時に話しましょう」

 

 

とにかく、今回の件は内密に。そう告げて俺は二人を綾凪警察署へと返した。まだ本格的に事は動いていない。〝彼〟とも話し合ったが、現場レベルで秘密主義部隊を構築する必要がある。そして、彼らには真実を知る権利と、それに伴う命の危機も知らせなければならない。

 

このリバース事件が〝史実〟通りなら、犯人グループは必ず次のターゲットを決め、襲うことになるはずだ。

 

警察署に戻る伊藤さんたちと入れ替わる形で、現場の封鎖線を警備していた所轄の警察官が俺の元にやってきた。

 

 

「失礼します、二階堂警視正。現場の状況を確認したいと……」

 

 

彼が一瞥する先に目をやると、眼鏡をかけた長身の男性が立っていた。濃いグレーを基調にしたスーツの上から、ダッフルコートを纏う彼を見て、俺は所轄の警察官を下がらせる。

 

 

「また現場を荒らしに来たのかぁ?聞かん坊め」

 

 

周りに誰もいないのを確認してそう言うと、相手はあきれたようにため息をついて答えた。

 

 

「そんなんじゃない。……またなのか?」

 

「あぁ、今月で二回目だ。全く、ままならないものだ」

 

 

現場に入ってきたのは神郷 諒。

 

彼はこの物語の主要人物であり、本来なら〝警視正で綾凪署の署長〟であったはずだ。だが、今の彼は綾凪市にある国立医療大学で妹の映子と共に働いている精神や脳科学の教授という座に着いている。

 

俺はシートを被せられたリバースした遺体を諒に見せる。本来なら一般人である彼に見せてはならないものだが、俺と諒は大学時代からの〝協力者〟であり、この事件を追うもう一つの組織にも所属している裏の顔を待っている。

 

諒は顔をわずかに顰めてから思案するように俺に問いかけた。

 

 

「蓮。やはり10年前の……」

 

「同時多発の無気力事故との関係は調査中。てゆーか、大学の教授が知るような内容じゃねえーっての」

 

 

そもそもどこから情報を入手するのか……多分、〝彼〟が連絡しているのだろうが、こうやって現場にホイホイ一般人が殺人現場に来るな。俺は諒を連れて事件現場を後にする。あとは鑑識や他の署員の仕事だ。

 

 

「分かってはいるんだが……しかし……」

 

 

彼も彼で、複雑な過去を持つ。俺と同じように〝目覚めている側〟の人間だ。彼も警察官という道に進もうとしたのだが、もとより彼の両親の影響から脳科学や精神科学に重きを置いていたので、無理にこちらに来る事はないと断ったのだ。

 

 

「わかってるよ。だが、あまり踏み込むな、わかったな?……あと、お前。映子にちゃんとプロポーズしろよな」

 

「なっ……!?なんで知ってる!?」

 

「妹から嘆きのメールで聞いた。ったく、相思相愛だから多めに見てきたが、プロポーズくらいちゃんとしろよな。長男だろ」

 

 

レストランまで予約したくせにプロポーズの言葉すらろくに送れないってどういうことなんだよ。そしてその一部始終を実の妹から聞かされる未来の兄貴分の辛さを分かれ。

 

 

「蓮には関係ないだろ」

 

 

しきりに眼鏡をいじるのが諒が誤魔化している証拠だった。まったくもって素直じゃない。これは弟たちにもからかわれるわけだ。

 

 

「また昔の癖が出てる。テンパると出る癖、治らないよな、ホント」

 

「……うるさいっ」

 

 

そう言ってはぐらかす諒に軽く蹴りを入れると本気のローキックが帰ってきた。ははは、こやつめ。警察署の警視正と、大学の教授が道端で取っ組み合いに発展。大の大人二人が何をやってるのか。

 

 

「あ、蓮兄ちゃん!諒兄ちゃんも!」

 

 

どちらが上か白黒はっきりさせようとしていた最中、繁華街のある方向からやってくる〝三つの影〟。そのうちの一つが手を振りながら駆け足で近づいてきた。

 

 

「慎、今帰りか?ずいぶんと遅いな」

 

「ははは、友達とカラオケで盛り上がっちゃって……」

 

 

手を離してネクタイを整え、何事もなかったように振る舞う諒は、ごまかすように苦笑いを浮かべる弟の慎に少し厳しい目を向けた。遊ぶのは構わないが、「弟と妹」を連れ回すのは感心しないらしい。

 

 

「兄貴ってば、歌下手なのに盛り上がるんだから」

 

「慎兄ちゃんは合いの手も下手なんだよぉ」

 

「お前ら余計なこと言うなって!」

 

 

顔を真っ赤にした言い返す慎を見て笑う双子の兄妹。洵と結祈。本来ならいないはずの二人が楽しそうに慎をからかっていた。

 

 

「別に知ってるから別に気にしない」

 

「蓮兄ちゃんひでぇ!それもそれで複雑っつーか……」

 

 

俺の言葉が止めになったのかガックリと肩を落とす慎。そんな兄の横を通り抜けて、双子の片割れである結祈が俺の腕にからみついてきた。

 

 

「ねぇ、蓮さんは今日ご飯食べてく?今帰りなんでしょ?」

 

「いや、いきなりは不味いだろ」

 

「お母さんとお父さんには私から言うから!ね、いいでしょ?諒お兄ちゃんも!ほら、行こ?」

 

 

そう言って強引に俺を神郷家へと引っ張ってゆく結祈。きっとそのまま妹の映子も合流するんだろうなと思いながら、まだ雪が残る帰り道を歩いて行く。結祈は白い吐息を燻らせながら、腕に抱きついてくる。やめなさい、好きになっちゃうでしょうが。

 

そんな俺たちの後ろ。俺と結祈、諒という順番の最後尾で、慎が何かを呟いていた。

 

 

「結祈はホントに蓮兄ちゃんのこと好きだよねぇ、早く告白すればいいのに……イテッ」

 

「兄貴、それ余計なお世話」

 

 

何か呟いてたが洵に蹴られていた。きっとまたデリカシーに欠けることを言ったのだろうか。まぁちょうどよかった。妹の件もある。

 

 

「諒の人生相談にも乗らなくちゃだしな」

 

「なっ……余計なお世話だ」

 

「諒兄ちゃん、人生相談って?」

 

「慎には関係ない」

 

「えー、いいんじゃん。教えてよ」

 

「関係ない」

 

 

淡白に答える諒にしつこく聞いて回る慎。そんな二人のやり取りを若干冷めた目で見る洵。そして俺の腕を引っ張って帰り道を進む結祈。

 

それが、俺にとっての今の光景だった。

 

 

 

 

 

 

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