ウマ娘良馬場ダービー   作:おわらび餅

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ある小さな病室で少女の声だけが響く。

少女の言葉に相手は何も答えず、何も話さない。




植物状態のトレーナーとブロンズコレクター

「おいっすートレーナーさん」ガラガラ

 

日当たりの良い白一色の病室の中に、癖っ毛のツインテールのウマ娘が、陽気な挨拶と共に入ってくる。

 

「これ、お袋が持ってけって送ってきたの。病室は花がないとーだってさ」

 

軽い笑いをしながら、ベッドの隣に備え付けられている台に、花瓶と持ってきた花をセットする。アタシも最初は笑っていたけど、今はその笑顔すら消え失せていた。花を生ける作業を終えたアタシは、トレーナーさんの眠るベッドの横にある椅子に腰かける。

 

トレーナーさんの顔色は、ここ数ヵ月でさらに悪くなっていた。意識はある。でも外からの刺激に対して何も反応しない、いわゆる植物状態になってしまった。頬はこけて、肌はどんどん白くなっていき、呼吸をしているのかも怪しいくらいだ。担当医の話では、回復の見込みはないらしい。

その言葉を聞いたとき、アタシの心は壊れた。

泣いて、叫んで、暴れて…… それでもトレーナーさんは何も言わない。まるで、今の自分を見ろと言われているように感じた。

 

だから、アタシは一人でトレーニングを再開した。今まで以上に頑張って、レースに出て、勝とうとした。そうすればトレーナーさんが帰ってくる気がしたから。よくやったって、へろへろのトロフィーをまたくれる気がしたから

でもダメだった。いつも3位でアタシが求めているものは得られなかった。いつの間にか、アタシはレースで勝つことをあきらめて、いい結果を残せなくなっていった。

 

そんなある日のことだった。生徒会長から生徒会室に呼び出された。

呼び出された内容は、退学勧告だった。

 

 

 

ーーーーーーー

 

「やっほー、あなたの担当バが来ましたよー」ガラガラ

 

いつもと同じ気の抜けた挨拶をして病室に入る。トレーナーさんには聞こえていないのに、トレーナーさんにだけは自分の落ち込んでいるところは見せたくないと思い、必死に声を取り繕う。

 

トレーナーさんの病態は決していいとは言えなかった。むしろここまで反応がないのでは、回復の望みはほとんど絶たれたと言っても差し支えない。そのことが学園の退学勧告よりも、アタシに重くのしかかる。

 

「いやぁ聞いてよトレーナーさん。前のレースは絶対いけると思ったのに、なんと三着!これはもうある種の呪いだねー」

 

昔はアタシも1番を望んでいた。でもそんなアタシはもういない。トレーナーさんがいてくれればもう何もいらなかった。でも、アタシはそろそろトレーナーさんまで無くしちゃう。学園を退学になると、アタシとトレーナーさんの関係はもう赤の他人。

 

レースや学業を蔑ろにしてまで守ろうとしたトレーナーさんも無くなっちゃう。最後にもう一度だけトレーナーさんの声が聞きたいな。そんなことは叶わない夢だと思いながら、次のレースのことを話す。アタシがトレーナーさんの担当として走る最後のレースを

 

「ねぇトレーナーさん、アタシね学園辞めないといけなくなっちゃった。ここのところレースでもいい結果残せてないし、当然ちゃ当然だよね。

だから、次に走るレースが私の最後のレース。応援しに来てね。

あ、トレーナーさんのせいじゃないよ?元々アタシは主人公にはなれなかったってだけだから。」

 

自分で言ってて哀れになる。何が主人公だ、何がキラキラだ。そんなものもとよりアタシには似合わない、そんなことはわかりきっていたはずなのに、トレーナーさんといるとアタシも主人公になれるんじゃないかって、淡い期待を持ってしまった。

 

こうなってしまったのは全て自分の所為なのに。

 

ーーーーーー

 

「ちょいとトレーナーさんや、蹄鉄選びに付き合ってもらえませんか?」

 

「あぁ良いぞ、じゃあ週末に行くか」

 

「おっけー」

 

内心ビクビクしながら、アタシはトレーナーさんとデート(仮称)の約束を取り付ける。アタシは周りと比べて全然地味だから、大っぴらにデートに誘うなんてことできない。だからこうして、蹄鉄選びに乗ってもらうフリをして一緒に街へ出かける。

 

 

出かける当日、もちろんこれはデートではない。ただのお出掛けだ。そう自分に言い聞かせながら待ち合わせ場所へ向かう。待ち合わせ場所はいつもの街ではなく、少し離れたショッピングモールにしてもらった。

 

ただ蹄鉄選びに行くだけとは思えないような気合の入った服と、ふんわりと薔薇の香りのする香水。でも、メイクまでは本気でしない。アタシが本気になってることを悟られないように。トレーナーさんを見つけて、高ぶる気持ちを抑えて何事もないように声をかける。

 

「おいっすー、ごめんねー待った?」

 

「いいや、今来たところだ。」

 

「そっかそっか、じゃあ行こっか」

 

「あぁ。あ、ネイチャ。似合ってるよその服」

 

褒めてくれた。嬉しい。その一言でアタシの心臓は大きく跳ね上がり、同時に顔は嬉しさから真っ赤になる。今日のために服を選んだ甲斐があったというものだ。でも顔を見られたくない。服を褒められただけで真っ赤になってしまう、この顔を見られないように、アタシは少し早歩きでトレーナーさんの前を歩く。

 

そこから蹄鉄を選びに行き、喫茶店に入る。ショッピングモールにしたのはこのためだ。コーヒーの香ばしい香りが鼻を刺激する。お昼を少し過ぎたこの時間に、客は少なく、薄暗い店内で2人だけになったように錯覚してしまう。

 

「今日はありがとね」

 

「ネイチャのためならどうってことないよ」

 

子どものように無邪気な笑顔でそう答えるトレーナーさんに、また顔が赤くなる。喫茶店の照明が明るくなくて助かった。赤くなった顔はバレてないだろうか。そんなことを考えながらトレーナーさんとの話を続ける。

 

………………………

 

 

「やばい、話し過ぎちゃった!急がないと!」

 

「少し急げば間に合うはずだから、そんなに急がなくても大丈夫だよ。」

 

駆け足になりながら学園を目指す。トレーナーさんは時間を見ながら、ゆっくりと早歩きほどのペースでアタシの後をついてくる。アタシは寮の門限に間に合うのか少し心配になり、トレーナーさんに振り返りながら声をかける。

 

「もー、ほら急いでよトレーナーさん!」

 

「大丈夫だって、まだ時間もあるし……っ!ネイチャ!!後ろ!!!」

 

「え?」

 

「くっ!!」ダッ

 

グイッと体を引っ張られ、後ろに投げ飛ばされる。何が起こったのか理解できず、唖然としていると周囲の人の叫び声でようやく状況を理解する。

 

アタシが振り返って話をしている途中、居眠り運転の車がアタシに向かって走ってきたのだ。トレーナーさんはそのことに気付いて、アタシのことを身を挺して守ってくれた。

 

すぐに病院へと運ばれ、緊急手術が行われた。なんとか一命は取り留めたものの、トレーナーさんは植物状態になってしまった。アタシはそれから毎日病院へと足を運び、トレーナーさんに今日あった出来事などを語り続けている。

 

 

でもそんな日々ももうすぐ終わりに近づいているのか、そう考えると不安でたまらない。夢でもトレーナーさんがいなくなる夢を見て、ここ数日は満足に眠れていない。

 

 

ーーーーーー

 

レース当日。病院に無茶を言って外出許可を取り付け、車椅子に乗せたトレーナーさんを商店街の人たちに任せたあと、アタシはゲートへと向かう。最近のアタシにしては珍しく、この日のために久々に本腰を入れて練習をした。

 

でも、心の中では半分以上諦めていた。目を覚さないトレーナーさん。学園からの退学勧告。いろんなことが重なって正直わけがわからない。アタシの内側がぐちゃぐちゃになっているのを自分自身でありありと感じる。

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

「さぁレースもいよいよ終盤に差しかかってきました!!ナイスネイチャは少し厳しいかー!?」

 

 

レース後半アタシは三着どころか、10着にまで落ちていた。どんどん他の子たちがラストスパートへ近づいてきても、アタシの足は動かない。先頭集団との差がぐんぐんと開いてくる。あぁ、やっぱりアタシは主人公でもなんでもなかったんだ。そう思い込んでしまった時、途端にアタシの足が重くなり、もう前へは進まなかった。

 

(ごめんね、トレーナーさん)

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

(どこだ…ここ…)

 

俺は何もない白い空間にいた。自分はしっかりと形作られているくせに、地面も空も何もない。ただ視界全部が白くて、ここが狭いのか、広いのか何もわからない。

ただとてつもなく気持ちが良い。ここにいることこそが正解かのように、何かする気力も何もなく、何もしたくない。このままここにいれば、どれほど幸せだろうか。

 

そもそも俺はここにくる前、何をしていたんだろうか。記憶が一切ない。何かをしていたような気はする、しかし思い出そうとすると、こめかみの奥が痛くなる。思い出すことがタブーかのように、過去のことを思い出せない。

 

(まぁなんでもいいや…こんなに心地いいんだから…)

 

ふと、何もない白い空間の一角に窓のようなものが現れた。そこからは大勢の人の嵐のような歓声が聞こえる。

 

(チッ…なんだようるせぇな…)

 

心地よい空間を乱す音を消そうと、その窓を閉めようと手を伸ばす。すると、その中の1人の声だけがはっきりと聞こえた。

 

\ネイちゃん!がんばれー!!/

 

 

(ネイ…ちゃん…?)

 

何故かその単語に懐かしさを感じる。何故だ、俺は何も知らない。何も知らないのに、この単語を聞くとなぜか安心する。またこめかみの奥が痛くなる。さっきよりもズキズキと痛みが増している。痛みを我慢しながら、懐かしさの正体を考える。

 

……………………

 

「えぇ!?アタシ!?…その、なんていうか…嫌になったら言いなよね?」

 

 

 

 

 

 

「アタシは…そんな器じゃ、ないんだってば」

 

 

 

 

 

 

 

「ちゃんと……見せたいじゃん。1番キラキラしてるとこをさ…!」

 

 

 

 

 

 

「ありがとね!トレーナーさん!!」ニコッ

 

 

 

………………

 

 

 

(ネイちゃん…ネイちゃ……ネイチャ…!ナイスネイチャ!そうだ、俺はあのとき車にはねられて…

すぐにネイチャのところへいかないと!)

 

今までのことを鮮明に思い出す。思い出した頃には頭痛は消えていた。

さっきまで閉めようとしていた窓の外へと手を伸ばす。窓の外の世界と触れた瞬間、思わず目をつぶってしまうほどの眩い光が溢れ出してくる。

 

 

………………

 

 

次に気が付いた時には、俺は車椅子に座りながらレースの観客席にいた。近くにはネイチャのことを応援している商店街の人たちが、一心不乱にネイチャのことを応援していた。

 

「こ…こは?」

 

「ネイちゃん!!がんばれー!!ってあんた気がついたのか!?」

 

「は…い…いま…やっと……ゴホッ!」

 

 

思うように発声ができない。それほど長い間、俺はしゃべってなかったんだろう。そんな俺を心配して、商店街の人たちが俺の周りに集まって来てくれる。

 

「おいあんた大丈夫か!?無理すんな!」

 

「俺は…大……丈夫…です…ネイチャ…は?」

 

「それがあんまり調子が良くないみたいなんだよ…」

 

「わかり……まし…た…」

 

身体中に付けられていた点滴のチューブを引き抜き、車椅子から立ち上がる。しかし、足の筋肉も衰えが激しく、自重を支えきれずによろめいてしまう。転倒寸前のところで商店街の人たちに支えられてなんとか立つ。

 

「あんたさっきまでずっと寝てたみたいなもんなんだから、いくらなんでも無茶だ!」

 

「たとえ…無茶でも……ネイチャはがんばってるん…です……俺も…彼女を応援……しないと…!」

 

息を切らしながら、自分の思いを伝える。そうすると、呆れられた顔を向けられ、最前線へと運び込まれる。

 

「ほら!ネイちゃんを応援してやりな!トレーナーさん!!」

 

商店街の人たちに感謝をしながら、俺は今までで1番空気を吸った。

 

ーーーーーー

 

 

 

 

「ネイチャ!!!!!」

 

 

 

 

「……え?」

 

嘘だ。なんで。どうして。頭が流れてくる情報を処理しきれなくて、考えがまとまらない。1番聞きたかった声が、どうやってももう聞けなかった声が聞こえる。

 

感情が抑えられず、声のする方を見た時には、アタシの顔はすでに涙で覆われていた。

 

「がんばれ!!!君が主人公だ!!」

 

「!!」

 

すでに重くなり、上がらなくなった足にもう一度力が入る。肺の中に空気が入り込んでくる。今までの悩みなんかが全て吹き飛んで、走ることだけ考えれる。アタシはトレーナーさんの言葉だけでどこまでもいける、そんな気さえした。

 

「はああああああ!!!」

 

すでにラストスパートをかけている先頭集団に追いつくために、ようやくアタシもラストスパートをかける。疲れはなく、どこまでも走っていける気がした。彼のために、ただそれだけを考えて走った。

 

結果は3着。

ただそんなことはどうでもいい。ゴールした後、アタシはすぐに観客席の方へと走る。涙でぐちゃぐちゃになった顔を誤魔化さずに走る。彼の元へと。

 

「トレーナーさん!!」

 

「ネイ……チャ…おめでと……う…ゴホッ!」

 

「もういいよ!何も喋らないで!!」

 

商店街の人たちにその弱々しい体を支えられながら、アタシへの賞賛をくれる。でも、トレーナーさんはまだ治ったばかりで、喋り方も辿々しく、すぐに咳き込んでしまう。

喋らなくてもいいと、止めようとするアタシの手をトレーナーさんは握る。

 

「俺は…大丈夫…!ごめんな……トロフィー…作ってないや…」

 

「トロフィーなんていらないから!トレーナーさんが無事ならもう何もいらないから!!だから死なないで!!」ポロポロ

 

「死なないよ……さっき戻ってきた……とこなのに…」

 

トレーナーさんの弱々しい姿を見て、今すぐにでもこときれてしまうのではないかと心配になる。そんな中、息を切らしながら必死にアタシに話しかけてくれる。暖かい。あぁ、この声をどれだけ待ち望んだか。

 

 

「ただいま…ネイチャ…レース……惜しかったな…」

 

 

「おかえりなさい、トレーナーさん。ううん、今日だけは3着も悪くないよ…」ポロポロ

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

その後トレーナーさんは病院へと運ばれ、精密検査を受けた。担当医は奇跡が起こったと興奮気味にアタシへ話してくれた。検査結果に異常はなく、すぐにトレーナーさんは退院して、トレーナー業へと復帰。まだ体は治りきっておらず車椅子だが、アタシへのトレーニングは前と同じように行われている。

 

その結果、アタシのレースでの調子も徐々に戻ってきた。退学勧告も取り消され、いつもの日常が帰ってきた。

 

今日はトレーナーさんと一緒に、いつもの商店街であの時最後までできなかったデートの続きをしている。アタシがトレーナーさんの車椅子を押していると、申し訳なさそうにトレーナーさんが話しかけてくる。

 

「いつもすまないなネイチャ」

 

「なーに言ってんですか。こうなったのもアタシのせいなんだから、こうするのは当然でしょ?」

 

トレーナーさんの状態は日を増すごとに良くなってきている。腕も段々と太くなってきて、顔色も良くなってきた。そんなことを考えていると、グーと大きな音が聞こえた。

 

「…すまんネイチャ、お腹が勝手に」

 

「あはは!いいよいいよ!若いもんはちゃんと食べなきゃね!なに食べたい?」

 

「え!?いいのか!?じゃあハンバーグが食べたい!」

 

「おっけー。じゃあこのまま食材買いに行こっか!」

 

茜色に染まった商店街を、愛しい人と共に行く。他愛もない話をしながら、なにもない日常に幸せを感じる。アタシはこの時間が何よりも好きだ。

あなたといるこの時間が。

 

 

 


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