リンフォン・ハプニング   作:Touno

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前編

1

 

 

 そうだ廃墟、行こう

 

 

 私は急にそう思い立ち、午前中の講義を終えてすぐ下宿に戻って最近ご無沙汰だった廃墟探索の準備を始めた。

 講義に持っていくノートパソコンの入ったリュックサックを下ろし、代わりに小ぶりなショルダーバッグを用意する。

 今回は近場だし出来るだけ身軽にしたほうがいいだろう。

 持ち物に軍手や十徳ナイフといった不法侵入ツールを追加する。

 鳥子からもらったナイフはサイズも大きく持っていくと警察に職質されたときに面倒なことになりそうなので置いていく。

 それにこれは裏世界で使いたい特別なものだ。

 銃は論外。一切弁明の余地が無い。

 本物の銃を所持して公共交通機関を使用するなんて本来一般人がやることではない。

 

 そこでふと我に返る。どうして世間になじめないただの大学生に過ぎなかった私が銃を携行するか吟味するような立場になってしまったのだろうか。

 鳥子が気軽に銃を携行してるのを見て驚いていた頃とはすっかり隔世の感があって、慣れというのは恐ろしいものだ。

 これもある意味では別世界の人間になったと言えなくもないけど、私が求めている別世界とは全く別物なので勘弁してほしい。

 思い返せば、今まで別の世界への手掛かりを探すために心霊スポットを探索し続けていたわけだが、裏世界にたどり着いたことで、実際のところ既に目的を達成してしまったような気もする。

 

 加えて、鳥子と一緒に行動するようになったことは常に一人で行動してた私の人生に劇的な変化をもたらした。

 

 まず、廃墟探索の頻度が劇的に減ったのがそれだろう。

 以前からネット上に転がっている実話怪談を見ては現地調査に向かっていたわけだけど、泊りがけの検証になると大学生活との兼ね合いで土日に絡めてどうにかすることが多かった。

 だから鳥子とつるむようになって裏世界探索やその準備、または裏世界関係なく二人で出かけることが土日に差し込まれるようになると必然的に廃墟探索の機会が消えていった。

 

 それに加えて最近は事あるごとに鳥子から土日の予定を聞かれることが増えた。

 いや、あれには事と言えるような用件は何もない。世の女性がよくやる会話の中身ではなく会話そのものが目的のやつだ。

 

 鳥子の人となりとこれまでの環境を慮るに、そんな一般女性の行動原理に適合した生活を送ってきたようには思えないが、きっとこういう作法は遺伝子レベルで刻み込まれているものなんだろう。

 カラテカからもそういうメッセージがたまに来るので一般的にはそちらのほうが多数派なのかもしれない。

 鳥子の内面は見た目ほどには陽キャではないけど、こういうときには見た目通りのアクティブな言動がよく見受けられる。

 

 この前も予定を聞かれて家にいると答えたら暇なら出かけようと返ってきたが、これはひどい誤解だと思う。

 暇だからしょうがなく家にいるんじゃなく家にいたくているんだということが鳥子には感覚として理解しがたいようだ。

 

 加えて私が出かけるとき(特に近場)は綿密な下準備はせず行き当たりばったりで探索に向かうことが多いため、いざ用事があるかと鳥子に尋ねられると、行こうかなと思ってるところはあっても今まさに向かおうとしているわけでもなく、加えてその準備をするという明確な意志もなければ今ここでやらねばならないという必然性があるというわけでもない状況であるため、私としては特にないという回答しか出てこず、そのまま鳥子に付き合うことになるのが常態化している。

 

 メッセージアプリを開いて鳥子とのやり取りを適当なスワイプで遡るとそのようなやり取りが大量に出てきた。

 

 

 ────────

 

 

 今何してる?   

 

 何も  

 

 じゃあどこか出かけようよ  

 

 準備とかあるし  

 

 今準備してた?   

 

 いや  

 

 じゃあ大丈夫じゃん  

 私に付き合ってよ  

 

 

 ────────

 

 この日はまんまと連れ出されて池袋に行くことになった

 東京芸術劇場のすぐそばにあるアウトドアショップに行ったが、一件で終わりというわけではなくもすぐ近くにあるキャンプ用品店やスポーツ用品店も見て回ることになった。

 最近はキャンプが流行ってると聞いていたけど都心部で店も客もこんなには多いとは予想してなかった。

 

 とはいえ、売ってるものに実用性があるのは確かだが、今使っているものに不満があるわけでもなければそう簡単に壊れるものでもない。

 だいたい確かな目的があって来てるわけでもないので結局何も買わなかったわけだが、これではわたしのやってる無計画な準備とあまり変わらないのではないだろうか。

 

 こういうやり取りを何度か重ねたあと、私のことを土日の使い道に悩む暇人だと認識したようで週末が近づくと用事を聞いてくることが増えた。

 おまけに鳥子からは平日も今何してるという質問が飛んでくるようになった。

 そのうち業務日報でも提出しろと言ってくるかもしれない。

 

 人付き合いがなく世間の行動様式に疎いのは確かだけど、本当にみんなこんな面倒なことを毎日やってるのかは疑問に感じる部分もある。

 日々の行動を決定するにあたり他人の存在を考慮する必要ができたことによる影響というところか。

 

 鳥子の誘いは大体は裏世界につながる行動ではあるからそれに付き合うこと自体は構わないけれど、こうやって日常生活における裏世界の比重が大きくなっていくことは、望ましい反面で私に新たな不安を呼び起こすことになった。

 

 裏世界の空と同じ色になったこの右目があるおかげで裏世界への手がかりを見つけることは容易になったけれども、たまたま手に入った便利なものをそのまま何も考えず使っているだけなので、もし突然無くなるとしても私には為す術もなければその予兆を掴む方法も無いのだ。

 再入手に関しては──―、手に入れたときのようにもう一度あのくねくねをじっくり見ればおそらくは可能かもしれない。

 しかしそれは余りぞっとする話ではないし、必ず手に入るという保証もない。

 現にきさらぎ駅の米兵たちはあれだけ裏世界の事象を目の当たりにしていたにもかかわらず同じように発症した人は誰も居なかったはずだ。

 ──―もしかしたら正気を失った人たちの中にはいたのかもしれないが、今となってはそれを確かめることもできない。

 それに、もし取得条件が正気を失うまで怪異を見続けることであるならば、もう一度やるのは鳥子のサポートがあったとしても遠慮したいところである。

 

 そもそも私は怖いものが好きなわけではないのだ。

 別の世界という目的があるからこそ我慢できているだけであって避けられるならそれに越したことはない。

 であれば、今回の廃墟探索でもっとマイルドな別世界への入り口が見つかれば勿怪の幸いだし、裏世界の別の場所に繋がっているゲートがあったとしても今後の役に立つし悪いことではない。

 特に何もなければ、それはそれで──―よくあるハズレを引いたという話に落ち着く。

 

 

2

 

 大宮駅の9番線から宇都宮線に乗り10分ほど電車に揺られたところで目当ての廃墟がある駅に到着する。

 駅前は住居と併設した商店街が立ち並び、一見すると都会の喧騒から切り離された田舎という雰囲気だ。

 途中の田園地帯もそうだけど、東京から直通で繋がっている電車に乗って数十分で来られる駅にしてはずいぶんな格差だと思う。

 

 

「まあ、私のところも似たようなものか」

 

 

 大学の最寄り駅の南与野だって、区画整備したことで駅前ロータリーは近代的に若返りを遂げたけど、高層建築が少ないから駅を出ると広々とした空が利用者を迎える雄大な景観になっている。

 おまけに駅前と大通り以外は未開発だから、駅を出て線路沿いに少し歩くと河童の森といういかにもな名前の森があったり、高架下に何もない砂利と雑草に覆われた空き地が所在なさげに点在しているくらいだ。

 探したらいわくつきの廃墟もありそうな気がするが、そういう怪しいものが自宅から歩いていける距離にあるというのはあまり心が浮き立つ話でもないので積極的には調べないようにはしている。

 大学でも構内を変な白いものが漂ってるのを見たなんて噂話が耳に入ったこともあるが、おおかた夜通し大学で酒盛りしている学生がうろついてるのを見間違えたくらいのものだろう。そういうことにしておきたい。

 

 とはいえ駅前はそれなりに賑わっていて人通りもあるので、廃墟の在処がこの付近であったなら怪しい噂が立つまでもなく取り壊されていたに違いない。

 私はバス停に向かい、目的地の近くまで運行しているバスに乗車する。

 時刻表を見ると通勤通学から外れた時間帯では一時間に一本程度しかないようなので帰りの時間は気を付けたほうがいいだろう。

 今日は泊まりのつもりはないし、あまり遅くまで引っ張りたくはないものだ。

 夜の廃墟は怪異よりも人間絡みでの危険のほうが多いわけで、深夜に変質者や不審者に追われて逃げ帰るような事態は避けたい。

 特に夏は危険だ。

 日が長く活動時間が長い確保できて夜でも防寒対策の必要がないのは便利だけど、動きやすいという世の理は私以外にも適用されるため、肝試し気分の若者と意図せず遭遇する可能性が高く夏場の活動はそれ自体がリスクを孕んでいる。

 人が苦手だからとかそういうを抜きにしても人気のないところで私のようなか弱い女が跳ね返りの強い若者グループと遭遇するのは面倒事しか生まない。

 

 それに今日は一人だから荒事への対応力はゼロだ。

 鳥子は用事があるらしいので、今日廃墟探索してることは特に伝えてない。

 そもそも一緒に行動するわけでもないのに行き先を伝えるという感覚が私には掴みづらいのだ。

 一人の友人もいなかったんだから、そういう作法に慣れないのは仕方ないだろう。

 それに裏世界の関わらないところでは基本的に一人で行動したいという気持ちもある。

 

 その一方で鳥子を放置しておくと一人で何をしでかすか分からないから動向を聞いておかないとという気持ちはあるのでこの辺りはお互い様なのだろう。

 あんな陽キャ然とした容姿と性格なのに友達がいないというのも不思議な話だけど、普段の言動から察すると、人見知りする上に距離感の掴み方がヘタクソだから周りとしても扱いきれなかったのではないだろうか。

 

 それに皐月のこともある。

 唯一の友人にベッタリだった鳥子が、皐月と無関係なキャンパスライフに注力するはずもないから、おそらく大学生活の一切合切に対しては皐月に回すリソースの余剰分のみで対応してきたのだろう。

 その結果、大学入学後の新歓やオリエンテーションといった新入生同士の親睦を深めるためのイベントに関わろうとせず、大学以外のどこかでの活動に主軸を置いている近寄りがたい美人大学生が出来上がるわけだ。

 

 結果だけ見れば美人という点を除き私も似たようなものだけど、私に関してはは大学はおろかあの家から出ていけるかも怪しい境遇だったから、自分が大学生活を満喫するなんてビジョンは持ち合わせていなかったし、いざ状況が一転して奨学金やらなにやらのおかげで大学に行けるようになったところで、自分がパリピの中に混じって騒ぐような人間だとは思わないし、なれるとも思わない。

 なんにせよ私が大学に通う理由は趣味である民話や伝承について学ぶためで、それ以外のサークルだのコンパだのは私の関与しないところでやっててくれればいい。

 

 

「サークルはちょっと考えたんだけどね……」

 

 

 大学ではもちろんサークル活動が行われており、中にはオカルトだとか民俗学のサークルや同好会もあった。

 そういったサークルに所属すれば情報収集は出来たと思うけど、サークルのような狭いコミュニティで他人と関わる状況に私が耐えられるはずもない。

 現にオカルト研究会が会員募集の呼び込みをしていたのを見て部室へは行ってみたが、中に人がいるのを察してそのまま帰ってきたくらいだ。

 誰も居ずに資料だけ見せてもらえるなら入ってもいいかもしれないけど、そんなものが同好会の会員として成立するかは甚だ疑問だし、自分で調べたほうが気が楽だ。

 

 そういえば、他の大学だと廃屋研究会みたいなのがあるってネットで見た気がするけど、そういう団体の活動報告ってどうなってるのだろう。

 活動実績にこんな廃屋を訪ねましたとか悪霊が出ると噂の井戸の傍で一泊しましたとか書いて提出するんだろうか……? 

 

 元々グレーゾーン極まりない廃屋への侵入を大学へ報告するにあたり、地権者に許可を取って行為を合法化できているものだけ訪問するのかもしれないけど、廃屋で器物損壊が行われた場合に、動物や空き巣、私のような物好きな不法侵入者などの犯行か正当な訪問者の犯行かの切り分けは非常に難しいだろうし、そうなると正直に許可を取った人間だけが馬鹿を見るのではないだろうか。

 おまけに中で怪我等をした場合の責任問題まで出てくると非常に面倒くさい話になることが予想されるので、こっそり入ってこっそり出ていくのが一番だという結論に至る。

 更に言うと研究会として活動するということは集団で廃屋に入るということになり、私が求めているものとは相容れない。

 というか端的に言って気まずい。

 

 鳥子とは何度かの裏世界探検で一緒に行動するのが自然になってきたが、わたしはそもそも人付き合いの良い方ではない。

 だから、出会い頭から息つく暇もないくらいバタバタしてたとは言えどうして鳥子と一緒にいることは苦にならなくなってきたのかという疑問が湧くが、

 

 

「鳥子だからなあ……」

 

 

 言語化できるような明確な理由は思いつかない。

 それでもあえて言うなら、自分のことを受け入れてくれる相手だからというところに尽きるのではないかと思う。

 

 

3

 

 

 工業団地を抜けた先の少しさびれた停留所でバスから降りる。

 ここから少し歩いたところにある建物が、経営者が自殺して以降打ち捨てられたままで廃墟になっているという噂だ。

 地域のコミュニティサイトで埼玉の心霊スポットの話題をサルベージしていた時に見つけたわけだけど、曰く、誰も居ないはずなのに足音や声が聞こえる。曰く、夜にぼんやりと光るものが彷徨っていた。曰く、一緒に入った友人が行方不明──―

 まあよくあるテンプレのような怪奇現象であるが、実際に入った人間の書き込みということなので実話判定となり、今日ここの実地調査を行うに至った。

 

 辿り着いた廃墟は入り口が砂利を撒いた操車場になっていて壁も無ければチェーンポールが立ててあるわけでもなく、奥の建物までご自由にお入りくださいというオープンな廃墟になっていた。

 事前調査では元はゴミ集積場だったという話なので収集車が乗り入れやすい構造になっているのだろうが、操業停止した後もそのまま侵入者対策を講じていないというのは、防犯面で問題なかったのだろうか。

 周囲を伺いこっそりと中に入り込む。入口から向かって左側はおそらくゴミを保管するスペースだと思うけど天井まで吹き抜けになっているだだっ広い空間になっていた。

 集積していたゴミは既に処分されたらしく大きなゴミは残っていなかったが地面には家庭ごみが散見された。ここが使われなくなった後も散発的に近くのゴミが捨てられてきたのかもしれない。

 

 入り口のすぐ右には小さな窓があって、受付のための事務室の窓口のように見える。

 窓に近づいて部屋の中を見ると机と椅子がおいてあるだけで奇麗に片付いている。

 机の上には何も置いてないし見える限りでは床にゴミも落ちておらず、浮浪者や近隣のヤンキーに使われている形跡はない。

 

「これ、中に入れないようになってるんじゃ……?」

 

 そうだとすると、掲示板に書きこまれていた中に入ったときの体験談が全くのでたらめであったことになる。

 空振りの可能性は考慮しても廃墟ですらないのは想定してなかった。

 廃墟の度合いなんて比較しても仕方ないけれど、私が最初に裏世界にたどり着いたときに使った大宮の廃墟はちゃんと廃墟してた。

 ボロボロの内装、朽ちた調度品、散らばるゴミ

 そんな世間から見放されたような空間が別の世界に迷いこんでしまうような非現実感を漂わせているものだけど、これでは現実世界との繋がりが残りすぎていてどこか別の場所に行ける感じはしない。

 

 それでも一縷の望みは捨てず周囲を見渡すと、窓の横に事務室には直接繋がっていないが建物の中に入っていけそうなステンレス製のドアがあった。

 期待を込めてそっとドアノブを回すと少しの擦過音と共にドアは開いた。

 

 内部の照明は消えているが日中ということもあり中の様子は十分に見ることができる。

 リノリウム張りの床が奥に伸びていて左右にいくつかドアノブが突き出ている。

 入ってすぐ右手に事務室に通じるドアがあったがやはり鍵がかかっていた。

 

 

「こんなに整頓されてるんだから、当然鍵がかかってるよねえ……」

 

 

 ひとまず事務室のことは諦めて中に入り周りを観察しながら進んでいく。

 廊下の正面にはスライド式のガラス窓がありそこから光が差し込んでいて、窓の外は田んぼが一面に広がってて遠くにはビルらしき高い建物が見える。

 左手側の壁が途切れて空間が空いているので、どうやらL字型の廊下になっているようだ。

 構造からしてこの建物の裏手にも出入り口があって社員の通用口か何かがあるのだろう。

 

 左右のドアを確認しながら廊下の突き当りに向かう。

 他のドアノブも回してみるが鍵はどこも開いていない。

 本格的に廃墟ではなく管理された物件のようだ。

 

 廃墟に対しての振る舞いとして当然のように鍵の有無を確認しながら内部に踏み入っているが、これだけ整備された建物だと探索というよりも不法侵入しているという感覚を覚えずにはいられない。

 

 こんな風に廃屋に不法侵入していることが知れたらまた小桜から小言をもらうことになりそうだ。

 私の人生で良識ある大人には触れる機会がなかったので、宗教がかってない常識的な説教を受けるというのは結構貴重な体験ではある。

 とはいえ小桜が常識ある大人として私たちに注意するような立場になっているが、小桜自身も常識の範疇にあるとは言い難いような生き様を送ってる気はする。

 

 小学生かと思うような体格の女性が都内の一軒家に一人暮らししていて、ろくに外にも出ず昼夜逆転した生活を送っている。

 どうやって生計を立てているか外部からは全くわからない。

 それでいて生活に困ってる様子はない。

 

 そんな胡散臭い生き方をしている割には妙にモラルがあるというか、社会の常識からはみ出してはいても社会のルールは守っているというような、自儘な生活を送ってはいるけど社会の枠組みで許される範囲で済ませている。

 その一方で、私や鳥子のような非常識な人間には常識の欠如について是正を促すことはできても、自分を客観的に見た場合、常識という枠組みには収まっていないという自覚はあるように思う。

 

 ふと現代文の授業で聞いた若山牧水の短歌を思い出した。

『空の青海のあをにも染まずただよふ』というのは、どちらにも染まれない半端ものであることを嘆いた歌であり小桜の言動にも通じる部分がある。

 だが、どっちつかずの存在であることはあたり前のことなのではないだろうか。

 私のような小市民は言わずもがな、誰しも1か0かという両極端なふるまいはせず、状況に応じて、悪く言えば曖昧でどっちつかず、よく言えば双方に配慮した振舞いで社会を成立させているように思う。

 

 その半端を失うということは、半端ではないどちらか一方に偏ってしまうことに他ならない。

 半端ないというとポジティブなニュアンスに感じてしまうが、半端という他人への阿りを捨てて極端へ振り切ってしまう──―

 それは字義どおりの半端ない優秀さを持つ一方で、半端を切り捨てて行きつくところへ行ってしまった閏間皐月のような存在のことではないだろうか。

 

 半端ねえ女 閏間皐月

 

 閏間皐月に対する恐怖心とか重厚なイメージがヤンキーめいた軽薄なものに置き換わって思わず吹き出しそうになってしまった。

 

 恐怖が触媒になっている裏世界では、こういう卑俗化というか恐怖を消し去るような別のものに置き換えるのはかなり有効な手段であるように思うので、

 今度出くわした時には半端ねえ閏間皐月を想像するのはいいかもしれない。

 しかしだ、それでヤンキーを引き連れたスケ番閏間皐月が出てきてしまったら私たちに対抗することはできるのだろうか。

 非現実的な恐怖は減じても暴力をいとわない人間というのはそれだけで恐ろしいし、物理的に危害を加えてくる可能性がある集団となるとかなり厄介な存在なのではないだろうか。

 

 

「まあ、そうなったら汀さんでも呼んで対峙してもらうのが一番かな……」

 

 

 言動の端々にマフィアとかそういう本職の雰囲気を漂わせている汀さんであればヤンキーの上位存在として確実な対処が可能であると期待してしまってもいいのではないだろうか。

 閏間皐月の待つアジトに単身乗り込む汀さん。襲い掛かるヤンキーをちぎっては投げちぎっては投げて囚われの小桜のもとへとたどり着く──―

 

 いけないいけない、廃墟が期待と違ったせいか余計な思考が浮かんでしまう。

 まだハズレと決まったわけじゃないので目の前のことに集中しなくては。

 突き当りを左に向かうと予想通り入ってきたドアと似たようなドアがあり外に出られるようになっていた。

 近づいていくとドアに嵌め込まれた窓は曇りガラスになっていて外の景色までは分からないが太陽の光が明るく差し込んでいるのは分かる。

 

 しかし不思議だ。

 有象無象がひしめく大型の匿名掲示板なら真っ赤な嘘が書き込まれてもおかしくない。

 対象を知悉したうえで事実をちりばめて情報に信憑性を持たせるものから、ネットの書き込みから対象を類推しその文脈に基づいたもっともらしい嘘をつく方法、目の前のスレッドに書かれた単語に脊髄反射的にバイアスのかかった持論を展開する方法と、書き込みについてその真実性を担保するのは生半なことではない。

 嘘を嘘と見抜けなかったほうが悪いと言われても仕方ないところではあるけど、地域のコミュニティサイトでの書き込みが事実に大きく反するというのはとても違和感がある。

 たまたま釣られて訪れた私のような異邦人でも簡単に事実と異なると判断できるようなあからさまな嘘を書き込んで、利用している住人から一切突っ込みがないということがありうるのだろうか。

 過疎った掲示板で独り言のように嘘を書き連ねるだけならまだしも、サイトにはそれなりに住人がいたので、そこでのおかしな書き込みに一つとして反論が出ないのはおかしいと思う。

 

 ここで考えられる原因は何だろう。

 例えば、実は内輪で回してる掲示板で、示し合わせてそういう怪談を作った。

 例えば、そういう書き込みを受けて、管理者が保全のために清掃と施錠を行った。

 例えば、管理者が人除けのために中に入ると危険だという噂を広めようとした。

 もしくは、あの書き込み自体が、確かめに来ようとする誰かを誘い込むための釣り──―

 

 

カチャッ! 

 

 

 突然鍵の開くような音がした。

 廊下の向こう、入ってきた入り口の方だ。

 

 なんとか悲鳴は噛み殺したけど、丁度不安を掻き立てる方向に思考が流れてたので本気で驚いた。

 

 もしかして誰かが入ってきたのだろうか。

 土地の管理者とかかもしれないけど、相手が誰であってもトラブルにしかならないのでこっそりと出ていこう。

 都合よく裏口の近くにいるので引き返してドアノブに手をかける。

 サムターンが付いてるので内側からなら鍵が無くても開けられるのは幸運だった。

 開錠して音を立てずドアを開け隙間から外を覗き見る。

 周りに誰も居ないのを確認しドアの隙間に体を滑り込ませて外に出る。

 

 アスファルトの敷かれた地面へ飛び込むように踏み出して急いで外に出ていく。

 敷地の面した道路にたどり着いたので何食わぬ顔でバス停のある方に向かって歩き始める。

 

 まずは一安心だ。

 

 管理者がいるなら中が奇麗なのも理屈が通る。

 車の音はしなかったから歩いてここまで来たのだろうか。

 管理されてるのであればそれは廃墟ではない。

 廃墟でなくても怪奇現象は起こりうるが、前提となる情報に疑義が生じたなら付随する情報にも信頼性が欠けるとみなすべきだろう。来た誰かと鉢合わせても面倒だ。

 

 今日はもう帰ろうか。

 バス停へ戻ろうと歩を進める。

 建物の裏口の面した道路から道なりに歩くと建物の左側にあった集積所の高い壁が左手に見える。

 周りが田んぼという立地でぽつんと高い壁の建物が立っているのは目立ちそうな気もするけど、ところどころ煤けたように薄黒くなっているコンクリートの壁面は保護色になって違和感を減少させている。

 そのまま歩き続けて集積所の前面に戻る。

 建物の前には車も自転車もない。

 まあ、地元の人間が管理してるなら徒歩で来ることもあるだろう。

 戻ろうとしたときに事務室の窓が視界に入る。

 

 事務室に何かある。

 

 何なのかはよく分からないけど何かがあるのは分かった。

 窓に近づいて事務所の中を見ると机の上に立体の構造物が置いてあった。

 さっき見たときは絶対にこんなものはなかったはず───

 

 中には誰も居ない。

 さっきの音はこれが原因なのだろうか。

 

 辺りを伺いながら横のドアを開ける。

 中をのぞいても誰もおらず、他の部屋からも音は聞こえてこない。

 

 事務室のドアノブを回すと、開いた。

 

 部屋の中は生活感の無い無機質な雰囲気で

 

 机の上に手の平くらいの大きさの立体が置かれている。

 

 その立体の下に敷かれた紙にはこう書かれていた。

 

『RINFONE』

 

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